西条家 失踪事件
2007年4月
「今朝未明、東京都中央区の路上にて、無差別殺人事件が発生致しました。男女合わせた6人が殺害され、殺害したのは15歳少年とのことです。一体、なぜ少年は6人もの男女を刺し殺したのか、動機はまだわかっていないそうです。警察は、動機を聞き出すなどをし、捜査を進めるとのことです。」
第一章 「ロジカルシンカー」
2018年11月
1
「またですか、もう。」
いつもの声に目が覚めた。
「朝からつべこべ言うな。頭が痛い。」
軽い毛布を被っていただけだったので、ぶるっと震えた。すかさずタバコを口にし、火をつけた。
「いい加減にしてください。ここはあなたの家じゃないんです、事務所なんですよ。事務所。」
そう言って奴は窓を開け出した。しかも全開だ。
暗くて見えなかった埃が、日にあたり部屋が一層汚く見える。
「人間という生き物は、体温が低下すると頭の動きが鈍くなるんだ。」
「人間という生き物は、寝起きの脳を起こすのに、冷たい風が必要なんですよ。知りませんでした?」
間髪入れずに、根拠のないことを言ってきた。
タバコが嫌いなだけのくせに。まったく、成長したもんだな。嫌なほうに。
仕方なくボロボロのソファの上で軽い毛布を頭まで被り、タバコを吸っていた。
タバコを吸い終え、コーヒーを飲もうと湯沸室に行ったその時、ドアをノックする音が聞こえた。
「お客さんだ。」
私はルンルンとし、ドアを開けて言った。
「どうも、砂山探偵事務所へ、ようこそ。」
2
えらく汚い探偵事務所だなと思っていたら、出てきた男も小汚かった。髪はボサボサ、服はヨレヨレ。
こんな男が、探偵をやっていて有名だなんて信じられない。
ボロボロのソファに案内され、お茶を出された。
私を出迎えた男が、明らかに面倒くさそうに名刺を渡してきた。出迎えた時には笑顔だったのに、私の顔を見るなり、何かに落胆したような表情を浮かべていた。
何に落胆しているのだろう。
「探偵の、砂山浩二です。」
片手で名刺を渡してくるとは。礼儀知らずめ。
仕方なく受け取り、助手を務めていると言う稲川幸太郎からも名刺を受け取った。
そして、私も名刺を出した。
「静原佳奈子と申します。今日は探して頂きたいものがあり、参りました。」
「詳しく聞きましょう。」
稲川さんが答えてくれたが、砂山さんのほうは一切興味がないようで、さすがに失礼ではと目線をやっていたら、それに気づいた稲川さんが砂山さんをつついた。
「砂山さん、お客さんの前ですよ。」
「最近少しも面白くない事件が続いていて、私はほとほと嫌気がさしてるんだよ。新しいお客さんだと思ったらこんな小娘だぞ。まったく。」
砂山さんが言い終える前に稲川さんが叩いていた。
小娘ね。言ってくれるじゃない。もう28歳なのよ。でも、ここで言い返すわけにはいかない。どうしても、この人に事件を担当してもらわないと。
「詳しくお話します。興味がでましたら、担当していただけると有難いです。」
「ふん。話してみろ。猫が失踪とかだったら追い出すぞ。」
「いいえ、そんな穏やかなものではありません。失踪したのは私の知人のお爺様です。私の知人は西条家の方で、西条家のお爺様が行方をくらましたのです。」
「西条家といえば、あの財閥の?」
稲川さんは若そうに見えたのに、さすがに知っているか。
「ええ。お爺様はもうお歳で、半年ほど前から寝たきりな状態になっていました。しかし……」
「なるほど。寝たきり老人が、どうやって失踪したのか。だが、なぜ失踪扱いにしている。誰かが連れ去ったのは明白じゃないか。」
「それが、お爺様のビデオレターが見つかったんです。」
「わかった。西条家まで案内してもらおう。」
すっと立ち上がり、またヨレヨレのコートを着ながら砂山が言う。
「えっ、でも、ビデオレターの内容は聞かなくてもいいんですか?」
「ああ。君の話は十分に面白い。後は現地の方がなにかと推理しやすい。早い方がいいだろう。それはそうとして……」
私のことをジロジロ見終えると、私に尋ねてきた。
「お前は何者だ。」
3
「お前は何者だ。」
静原さんに向かって言う砂山さんに、僕は驚いた。
砂山さんは、誰でも職業を言い当てることができたのに、静原さんの職業はわからないってことなのか?
失礼な発言をしているとわかっていながら、砂山さんにもわからない静原さんの方が気になり、あえて今回は怒らない事にした。
「何者、と言われても。名刺にカウンセラーと書かせていただいてますが。」
「カウンセラーの特徴にどれも似つかない。大人しめな雰囲気も無く、人の話を上手に聞くタイプでもない。服装もブランド物を着ている。カウンセラーはどんな人にも合わせられるように、普通ブランド物なんて着ない。そして何より、その黒い手袋はなんだ。」
なるほど。確かに彼女は少し綺麗目な服、そしてカバン。それに似つかわしくない黒い手袋をはめている。パッと見た感じ、プライドが高そうで尚更カウンセラーには見えなかった。
彼女は何かを諦めたように、ふうっと息を吐くと、目線を下に向けながら言った。
「私、サイコメトラーなんです。」