誘い水
だらけきった休み前の夜。座面の狭いソファーには座らずに、私達は床に座ってテレビを見る。横並びではないから、縦並びとでもいうのか、私が彼を背もたれに、彼はソファーを背もたれにして座る。とても、穏やかで贅沢な時間。
脇に置いたテーブルの上には、安物の缶チューハイ。飲みながらただボーっと流れる映像を、なんとなく視界に入れて、背中に感じるもうひとつの心音。
ほんのちょっとだけ、気にしてるフリをして聞いてみる。「重い?」
彼は掴んでいた缶チューハイから手を離し、その左手を私のお腹の上に乗せ、右の手と組み合わせ、私を包み込むように「大丈夫」と。分かっていた返事に、ありがとうの代わりに彼の太ももに手を這わせゆっくり擦る。「しあわせ。」何となく呟いた言葉が、今の私の全てだと思えた。それが自分で可笑しくて笑ってしまう。「しあわせ。」また、確認するように口にする。
彼は、ふっと笑って「ああ。」とだけ言うと、私のお腹の上で組んでいた手をほどき、左手を頭に乗せて優しく撫でた。
テレビの画面にはいいタイミングで、映画のCMの、綺麗すぎるキスシーンが写し出された。たぶん、彼も見てるはず。
普段なら、何てことない映像が誘い水となり、彼の手が頭から顔に緩やかに移動していく。軽く顔を横に向けられると、私は自分の意思で不自然なまでに首を後方へと向けてみる。彼もまた、少し前屈みになりながら不自然な角度で顔を前方へ向けている。互いの不自然な角度が自然に重なりあう。アルコールの香りを共有しながら、全身の力は抜けていく。
私の顔に添えられていた左手はゆっくり下へと移動する。侵入を遮るボタンは慣れた手つきにあっさりと攻略されると、素肌に沿って奥へと進んでいく。
左手を迎え入れた申し訳程度の膨らみは、その手が離れていかないよう必死に自己主張して、その場に留めさせていた。
意識がそちらへ集中していたところで、忘れていた右の手が動き出す。ローライズのジーンズなどは何の防御にもならなくて、ほんの少し指先が入り込めば、あっという間に目的地へと辿り着く。
抜けていた全身の力は、上下の刺激に耐えかねて一気に強ばり反応を示す。素直すぎる反応が、言葉はなくても受け入れている事を彼に伝える。彼の太ももに這わせた私の手は、声を出す代わりに力を入れて限界を知らせる。その気がないフリの限界だ。
それに応えるように彼の指先にも力が入る。
「はぁっ。」
漏れでた声と同時に溢れでた……誘い水