タバコノート。
仕立ての良いスーツと甘やかなタバコノートの香りを身に纏ってあなたは、私を迎えに来る。
「……?」
思わずあなたを見つめた私を、不思議そうに見つめ返すその戸惑いの表情が、この関係が不確定なものであると、私に確信を持たせる。
分かっている。この日常の中で、足りないモノを補い合うだけの関係性。好き?と聞かれれば、好きと答えるかもしれない。でも、絶対にそんな事は聞いてきたりはしない。私も聞く事はない。
聞いた所で、どうにもならないと、分かっているのだから。
安全と思われる要塞の、数ある部屋の中のひとつ。防音の壁だけが、息苦しさから私たちを解放する。
身に纏った鎧を自ら脱ぎ去り、匂いまでもを消すために彼は、私に背を向けてシャツのボタンを外しながらシャワールームへ向かおうとしている。私は、そのボタンを外す右腕を掴み手を止めさせる。
「ん?」
私の行動が理解出来ない彼は、私がする事をただ大人しく受け入れるだけだった。
私は、彼の首筋に顔を近付け息を吸い込む。
“ここじゃない”
微かに感じるバニラの甘い香り、その香りが放たれている場所を、探していた。何処に付けたのか……。
彼の代わりに私がシャツの残りのボタンを外し、その中のシャツも捲り上げて全身を確かめる。体に、私の鼻先が触れるか触れないか位の距離で、確認する場所は徐々に下がっていく。私は床に膝をついてベルトを外し、その下もまた同じようにしていくと、私の頭に大きな手が優しく乗せられ、それから私の頬に触れ、顎に手を掛けた。少しだけ上を向けられた、その先に見えた彼の、もう止めて?とでも言いたげな表情。
まだ、分かっていないのに。香りが放たれる元を探すのは諦めて、私の顔に触れる彼の手を取り、私の顔の正面にあったモノへと手を移す。自分が、どうなっているか確かめて欲しかった。
しっかりと確認出来るように、少しだけ力を入れて押し当てる。
重い鎧から解放された生身の男。微かに残る香りだけが、辛うじてその身を包んでいる。その中に私も溶け込むように、体を寄せて立ち上がる。
香りの膜が二人を覆う。異なる成分が混ぜ合わされば、きっともっと……。
私の戦闘服などは、いつの間にかほとんど剥ぎ取られていたが、隠されていたモノ全てが露になる一歩手前でどうにか残っているものがあった。それでもそんな物は指一本で簡単にずらされてしまう。
肌を重ねながら、お互いの手は、責め込む場所を探り合う。
息が荒くなりながらも、責める手を止めたりはしない。
弱点など、疾うに知られている。私も知っている。それなのに、敢えて弱点は狙わずその周りから責め込むのは、弱点を突くまでの序奏に過ぎない。
甘い、でもほんのりスパイシーな香り。タバコノート。
この香りのように私も、あなたを包み込んで、二人で一つに、なりたいの。
香りのモデルは、ブルガリブラックでした。