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人類の選択

作者: 綿柾澄香

 終わることのない戦争、絶えることのない食糧難、尽きることのない欲望。果てのない泥沼に、人は明るい未来の青写真を描けなくなってしまっていた。人は、いつからか進歩することを、前に進むことを忘れてしまっていたのだ。さらに、人が破壊した地球の環境は人の手に余るものになってしまった。もはや人類に星の修復は不可能となってしまっていたのだ。そうして、進化に行き詰った人類が、星を穢した人々が最後に縋ったのはAIだった。


 余分も無駄もない完璧な思考と判断。それにより、人類の停滞した歩みを強制的に進め、星を修復するという手段に打って出たのだ。

 人類が全ての選択をAIに託すことになって幾星霜。西暦は遥か彼方に消え去り、灰色に染まっていた地球は青と緑を取り戻した。


――そして、かつて百億にも迫った人類の総数は二億人にまで減少した。


「ねえ、聞いた?」


 リヴェはそう言って、空を見上げる。


「なにを?」

「地球を出るって決定したらしいよ」

「マーヴデアが決めたのか?」

「そうだよ」


 マーヴデアとは、人類がその未来を託したAIの名称だ。きっと、その由来を知っている人間はもうこの世界のどこにもいないのだろう。


 地球を出るという噂は以前からあった。この地球にも寿命はある。AIはこの地球を出て、次なる居住可能な星へと至るための演算を繰り返しているのだ、という話はかねてから広まっていた。


「ということは……」

「うん、第二次人口抑制が始まる」


 これも噂通りだ。

 人類を宇宙に打ち上げるとして、その宇宙船に今の人類の全人口の二億人が搭乗できるか、と問われれば答えはノーだろう。作れる筈が無い。ならば、どうするか。答えは簡単だ。人口を抑制すればいいのだ。かつて、百億近くいた人類を二億人にまで減らした時と同じように、今回も人口を減らせばいい。


 もちろん、マーヴデアによる人口抑制の方法は大量虐殺なんて非人道的な方法ではない。まあ、AIの行動に人道的も非人道的もないけれども。


 マーヴデアはただ、人類の出産を制限するだけだ。人の寿命は約八十年。さらに、女性の出産できる期間はもっと短い。約五十年、人が一人も産まれなかったのならば、百年で人類は滅びる。そして、マーヴデアにはそれを実行し得るための手段がある。というよりも、今のマーヴデアにできないことなんて無いだろう。


「今回の人口抑制では、人類の総数は二百万人にまで抑えるそうよ」

「二百万……」


 百億から九十八億人減らしたのに比べれば、今回の抑制は二億から二百万。数でいえば以前の五十分の一以下の抑制数だ。けれども、比率でいえば、全体の二%にまで減らした前回と比べて、今回は全体の一%にまで減らすのだ。ある意味、前回よりも大規模な人口抑制ともいえる。


「ねえ、これでよかったのかな」


 と、リヴェは僕の目を見る。


「なにが?」

「この選択でよかったのかな、ってこと」

「この選択で、って?」

「AIに人類の選択すべてを託してしまうことにしてよかったのかな、ってこと」

「その選択をしたのは僕らじゃない。ご先祖様だ」

「うん。だから、私は今、そのご先祖様の選択を問うているの。ご先祖様のこの選択は正しかったのかな?」

「……」


 彼女のその問いに、僕は何も言えず、首を振る。

 わからない。

 答えられない。


「確かに、AIに全てを託すことによって、人類は今まで生き延びてこられた。でも、私たちは、ただ延命治療を受け続けているだけなんじゃないか、って思うの。想像してみて。ベッドに横たわった枯れ果てた身体。そこに繋がれた無数のチューブ。意識はない。けれども、心臓は動き、弱々しいものの、呼吸もある。そんな状態でも、生きているのだと、胸を張って言える?」


 彼女が言いたいことはわかる。

 きっと、人類は百億にまで膨れ上がったあの頃に、絶滅することが決定していたのだ。それでも生き汚く足掻き、マーヴデアという延命装置に縋り、なんとか今までその種子を繋いできた。


 その状態でも人類は“ヒト”として生きていると言えるのか、と彼女は問うている。


「私は、やっぱりこの選択は失敗だったと思う。こんなの、生きているだなんて言えない」


 それは、一瞬だった。僕が止める隙なんて一部もなく、彼女は懐からナイフを取り出し、自らの喉を掻っ切った。


「リヴェ……」


 辺りに散った鮮血。もう、彼女は動かない。

 きっと、人類はこの先も生き長らえる。マーヴデアの加護の下に。けれども同時に、ここ数十年の間、人類の自殺率は三割近い数字が続いている。それはきっと、リヴェと同じように考える人たちが沢山いるからなのだろう。


 今のこの状況で人類は生きていると言えるのか。

 彼女はかつての人類の選択を失敗だったと言った。

 リヴェの手に握られたナイフをとる。


 僕は……

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