懺悔
これが殺意なのだろうか。
だとしたら、今までの俺には明確に覚悟が足りなかった。
今の俺の行動原理には論理もクソもない。
次に意識がハッキリとした時には、すでに基地の入り口でオダを殴り飛ばしていた。
「てめえ!」
怒りに任せて叫んだが、次の言葉が出てくるほどに、感情は整理されていなかった。
オダはやけに素直に殴られた。
そのまま立ち上がることなく、か細い声だけが漏れた。
「……ここまですんなり来れたのは、あの人が無事だったからじゃなくて、ごたついてたからなのか?」
その発言は俺の神経を逆撫でした。
「無事!? どの口がそんなことを……」
また、殴りかかろうとしたところを近くにいた職員に止められた。
「離せ! 全部こいつのせいなんだ!」
俺は拘束から逃れるために、腕を振り払った。
改めて振り上げた拳を前にして、じっとこちらを見ているオダと目があった。
また、避けようとする意思が感じられない。
そもそも何故、敵地であるこの基地にやってきたのだろうか。
湧きだした疑問が、俺の直情的な怒りを減衰させた。
「ここへ何をしに来た」
俺は会話をするために、できる限り感情を殺そうと努力した。
しかし、今回の場合はそんなことをする必要はなかったようだ。
「僕を殺してくれ」
先ほどまでの感情とは裏腹に、今度はその言葉が逆に俺を冷静にした。
「魔法では死ぬことはできなかった。こちらの世界で死ぬためには、あのナイフを使うしかないんだろう?」
静かに言い放たれたが、周りにいた職員にも聞こえただろう。
始めは、恐れから遠巻きに見ていた職員たちも、暴れる様子のないオダを見て、少しづつ観客が増えている。
「場所を変えよう」
俺はもう一度、国境基地外の中立地帯にて、オダと対峙することにした。
「死にたいだなんて、どういう風の吹き回しだ」
「僕の行動原理は一貫してるよ。あの人のために、より良い世界を作る。もうこの世界でやることはないんだ」
それにこれは2度目だ。
僕はもう何もしない方がいい。
オダは弱々しく、そう呟いた。
その言葉に嘘はないように思えた。
「本当にお前は死ぬためにここに来たんだな。俺はお前のことを殺したいと思っていた。だけど、お前の願いなんか、これっぽっちも聞いてやりたくないほど憎んでもいる」
「そう、だろうね。ナイフだけ渡してもらって、あとは自分でなんとかしようかとも思ってはいるんですが」
その後の言葉は続かなかった。
自分で自分を刺すのは怖いのだろう。
魔法ではできそうに思えても、ナイフは俺たちにとってリアル過ぎる存在だ。
「ここの兵士の方がそういうことには慣れているだろうけど」
そういえば、どうしてこちらの領地まで入り込めたのだろうか。
ごたついていたとはいえ、国境警備はまた別の管轄のはずだ。
「途中であった兵士にも攻撃はしてこなかったのか?」
俺の問いかけを受けて、オダは少し不思議そうな顔をした。
「誰も僕のことは気にしていないようだったよ。だから、てっきり君が手をまわして中まで来させているのだと思っていた」
何か違和感がある。
あれだけの戦いの後だ。
警備の人もオダの顔は知っているはずだし、何より俺たちは明確に姿が違う。
見逃されるはずも、気にされないはずもない。
「やっぱり自分でなんとかしよう。僕の祖先は自分の腹を切るのが得意だったらしいしね」
俺が思案しているのを、躊躇いだと勘違いしたようで、オダはナイフを渡すようにと手を伸ばしてきた。
オダの気持ちに嘘はないと判断していたが、いざナイフを渡すとなると、また疑念が湧いてきた。
俺はオダの手が届かないように、ナイフを後ろ手に隠した。
「……警戒しているのかい?」
「まあ、そうだな」
これで素直に渡して、俺が刺されるなんてことになったら、とんだお笑い草だ。
間抜けにもほどがある。
どれだけの言葉と気持ちがあろうと、俺はこの男だけは信じちゃいけない。
「俺が、やる。お前のためじゃない。俺自身のために」
オダはその言葉に満足したようだった。
その雰囲気を察した時は、やっぱりやめようかとも思ったが、これが最善だろう。
俺はナイフをしっかりと握りなおした。
「今度は外さないように頼むよ」
「お前こそ変なことはするなよ」
慎重にゆっくりとナイフの切っ先をオダの胸に突きつける。
俺は短く息を吸うと、一気に体重をかけて、ナイフの刃を押し込んだ。
手には繊維が千切れる感触と血流が脈打つ感触が感じられた。
俺がかけた運動量はそのままオダの身体に移り、後ろへと倒れていく。
しっかりと握りしめたナイフは俺の手に残り、オダの胸からは自然と抜ける。
その穴からは勢いよく血が噴き出した。
素人の俺が見ても致命傷であることがわかる量だった。
「……満足か?」
「ああ……、君には……感謝しているよ」
本当に人をイラつかせるのが上手い野郎だ。
それを本心で言っているのがわかるのも、癪である。
「君のことは……、心から嫌いだよ……。博士号も、持たない……研究者、なんてね……」
ほとんど聞こえない声で、オダは話続けた。
「でも……、ありがとう……つぎはーー」
そう言い残すと、オダの身体は光の粒へと変わり、虚空へと消え去った。
最後までムカつく野郎だった。
どんな世界になったとしても、仲良くはなれなかっただろう。
しかし、消える瞬間の泣きそうな顔を見たら、俺の中の激情は収まっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その後、俺たちは国境を後にして、サイギョ・コーワの研究所へと戻った。
もう俺にできることはなかったし、戦時下ではないとはいえ、危険がある場所にレイアをいさせたくはなかった。
「来たのがずいぶん前のことのように思えるな」
こちらの世界に来て、最初に来たのがここだ。
それから色々なことがあった。
当初の目的通り、オダを倒し、レイアやミアと合流することができた。
しかし、幸せな結果とは言えない。
「これからどうするか」
あちらの世界に戻る方法はわからない。
こちらの世界で生きていくしかないが、異形の者である俺を雇ってくれるところはあるのだろうか。
まずは、サイギョ・コーワで働かけないかオムリィが所長に尋ねてくれている。
研究所で働くことができたら、この上ないことだが、それは難しいだろう。
いくら前の世界で研究者であったとはいえ、こちらの世界での研究のメインは魔法だ。
魔法に関する知識はこちらの学生にも敵わないだろう。
「また一から勉強だな」
「レイアもおべんきょうするー!」
レイアが部屋の中にあった本を持ってこちらへやってきた。
「勝手に持ってきちゃだめだろー」
そうは言ったが、レイアが持ってきた本を手に取ってみる。
今、俺たちはオムリィのオフィスにいる。
本人はここにはいないため、詳しくはわからないが、魔法に関する文献だろう。
「やっぱりわからないことが多そうだよなあ」
本の内容にパラパラと目を通し、自分の知識のなさを再確認する。
研究を仕事としてできるようになるまで、どれほどの勉強が必要になることやら。
まだ勉強する気にはなれなかったので、本は閉じてしまった。
本が閉じられる時の音は、ドアが勢いよく開く音によってかき消された。
「ミアさんから連絡がありました!」
ドアから入ってきたオムリィは息を切らしながら、そう言った。




