決戦
レイアがいなくなった?
レイアが、いない……?
そんな馬鹿な。
俺はレイアを探して学内を走り回った。
警備員はレイアが構内から出る姿は見ていないと言っている。
きっとトイレにでも隠れているんだろう。
そうに違いない。
しかし、自分に言い聞かせる言葉は空虚に響いていた。
「今すぐに映像化できるカメラには写ってないようです」
秘書さんも協力して探してくれたが、レイアの行方はわからなかった。
俺は諦めずに探した。
探して、探して、探し続けた。
「ここには戻ってないか」
夜もすっかり更け、いつものレイアならとっくに寝ている時間だ。
眠くなったら戻ってくるかと思い、研究室に戻ってみた。
しかし、そこに人がいる気配はない。
「どこにいるんだよ……」
俺の言葉は、部屋の空気に溶け込むように消えていった。
呼びかけに応えてくれるものはない。
俺は途方に暮れて、その場に座り込んだ。
どこを探せばいいのか。
もう思いつく場所はないのか?
可能性を見落としていないか?
頭をフル回転させて思考しようとするが、疲労からか、上手く考えることができない。
ただ、茫然と何もない宙を見つめている。
何も、ない。
……いや、何か感じる。
そこには何も目に映るものはない。
だが、確かに何かの存在を感じる。
なんだこれは――光?
何も見えていないのだが、これを表現するならば、光だと脳が判断している。
「もしかして」
俺が立ち上がり、その存在に近づこうとすると、気配が動き出すのがわかった。
「待ってくれ!」
俺は慌ててその気配を追う。
どこへ行くんだ。
その気配は構内から出て、駅の方向へ向う。
途中で人気のない路地の方へと折れると、その先に建っているビルの中へと入っていった。
ビルは廃墟となっており、その扉の鍵は機能していなかった。
俺が躊躇う間もなく、その気配は階段を駆け登っていく。
俺はビルの中に飛び込み、息を切らしながら必死でその気配について行った。
「あれ――」
ようやく移動が終わったのは、そのビルの屋上だった。
そこにはフードを被った人が立っていた。
俺の言葉に反応して振り返った顔を俺は知っている。
「オダ君、こんなところで何を……?」
「それはこちらのセリフですよ」
「俺は何かの気配を追ってきたらーー、いやそんなことより、レイアがいなくなったんだ! 心当たりはないか?」
オダ君はこちらの問いかけには答える様子がない。
今はまた、こちらに背を向けてしまっている。
いったい何をしているのか。
何やら地上の方を気にしているようだ。
俺はオダ君の隣に並び、ビルの屋上から身を乗り出すようにして、下を覗いてみた。
そこでは数人の男が何やら騒いでいる。
一人は寝転んでいるようだが、酔っ払いか?
その男達がこちらを見上げて指さしてきた。
「ああ、エリクセンさん。余計なことをしてくれますね」
「え? 俺はただオダ君が何やってたいのかと思って、見てただけだが」
「それが――、まあ、いいです。あまり関係のないことなのですぐに立ち去ってください」
オダ君は俺を来た方へと押し返そうとする。
そこまでされると、さらに興味が湧いてしまった。
こんな時だろうと、わからないことは知りたくなるのは研究者の性だろうか。
それに、あの"光"が俺をここに連れてきた理由も、まだわかっていない。
一度は追い返されたフリをして、下の階に隠れることにした。
少し経つと、数人の人が階段を勢いよく駆け上がってくる音が聞こえた。
先程の男性たちだろうか。
その男たちは何やら怒っているようで、罵声を吐きながら屋上の扉を開けた。
「大丈夫なのか?」
心配になり、扉の隙間から屋上の様子を確認してみる。
オダ君はその男たちに囲まれて、何やら問い詰められている。
しかし、当の本人はどこ吹く風で、何かをブツブツとつぶやくばかりだ。
すると、突然オダ君と男たちの間に複数の光の球が生じた。
その玉から閃光が走ったかと思うと、男たちはうめき声を上げて、バタバタと倒れてしまった。
「今のは!?」
一瞬だったが、何かの道具を使う素振りは見えなかった。
とすると考えられるのは――
「オダ君! まさか魔法を使ったのか!?」
俺は扉を開け、再度屋上へと飛び出した。
それを見て、オダ君はゆっくりと口を開く。
「見て、いたのか。立ち去るように言ったはずなのに」
「そんなことより、魔法を使ったのかどうか答えてくれ!」
「ええ、使いましたよ」
オダ君は平然と言ってのけた。
やはりあれは魔法だったのか。
こちらの世界でも使えたなんて。
「逆に聞きましょう。あなたは何故使っていないのですか?」
「何故と言われても」
「あの世界から送り込まれるのは、エネルギーなのか魔素なのか。それを実証する一番の方法は魔法が使えるかどうかでしょう。これだから修士卒は」
それは、そうなのかもしれない。
しかし、魔法という、こちらの世界の理を凌駕する力を、おいそれと使ってしまっていいのだろうか。
「まだ何の確証も得られていない力を、むやみに使うんじゃない!」
「実験なしに得られる確証などありませんよ」
「それにその力を人を傷つけるために使うなんて」
「コイツらは殺しちゃいませんよ」
オダ君は倒れている男達を足蹴にした。
蹴られた男たちからはうめき声が聞こえる。
「僕だって、殺したくはなかった。そんなつもりはなかったんだ」
なんの話だ。
殺したくはなかった?
今殺してないと言ったばかりじゃないか。
まさか。
「誰かを殺したのか」
その問いかけに返答は返ってこない。
「殺したのか? 答えろ、オダぁ!」
「ああ、殺したよ。だが、今になってみればそれで良かったのかもしれない」
「ふざけるなよ」
殺していいなんて話があってたまるか。
「もともと、手に入らないものだったんだ。それなら、死という形で、僕だけのものに。僕の手によって初めてを奪った。その経験は僕だけのもので、2人だけの秘密だ」
「おい、何を言ってるんだ、それじゃあまるでーー」
知り合いを殺したみたいな言い草じゃないか。
「まさか、お前」
オダ君の知り合いで、思い当たるのは――
「そうだよ。ミア・コスタは僕だけのものになったんだ」
「てめええ!」
俺は叫んだ。
喉が千切れようと構わない。
この怒りの丈は抑えることなどできずに溢れだした。
気づけば俺は拳を握り、オダの顔面を殴り飛ばしていた。
拳には血が付いた。
それがどちらの血かはわからない。
ただ、痛みなどは感じる余裕もなく、俺は二回目の拳を叩き込もうとする。
しかし、その攻撃は目の前に現れた炎の壁に遮られてしまった。
殴られ、地面に這いつくばっていたオダがゆっくりと立ち上がる。
「さすがに、直情的な攻撃よりは遅くなってしまいましたが」
奴は口に溜まった血を吐き、言葉を続けた。
「これが魔法です」
何やらブツブツと言っていたようだが、呪文を詠唱していたのか。
「野蛮な攻撃をしてくるのも勝手ですが、それならこちらは叡智を持って対応するまでだ」
そう言ってまた早口で何かを言い始めた。
「角度下方15°左方5°、波長532 nm、出力5000 W、径2 cm2、露光5 s、CW方式、エネルギー生成、速度光速、放射」
言い終ると、光の球が生成された。
そして、その球を起点として、こちらに向かって光線が放たれた。
脳がその光を認識したのと同時に、足に熱さを感じた。
熱を感じた右足に手をやると、太ももの辺りに小さな穴が貫通しており、そこからは血が噴き出していた。
「ぐああああああああああ!」
俺は叫び声を上げた。
その声にはわずかにオダの笑い声が重なっている。
「さて、どうしましょうかね」
俺は苦痛に顔を歪め、その場に倒れこむ。
痛みに苦しみもがいている俺にオダが近付いてくる。
「エリクセンさんは魔法のことを知っている。魔法でやられたなんて誰も信じないだろうが、それでも不安の種は残ってしまうな。死体も残らないし、殺してしまうのが早いが、それではあの世でミアと再会してしまうかもしれない」
オダは自分の考えを整理するように、呟きを発している。
俺は朦朧とする意識の中でオダの方に向き直り、左手を掲げた。
「おや、どうするつもりですか?」
「フ、ファイヤーボール!」
俺は基礎魔法であるファイヤーボールを唱えた。
しかし、何も起きる様子はない。
「か、かはははっは! 研究不足ですねえ! こちらの世界ではファイヤーボールというだけでは火球は生じないんですよ」
ちくしょう。
やはり細かく指示を出す必要があるのか。
しかし、今の状態では、冷静に計算できるほど頭が回らない。
「いいいでしょう。博士課程の身として、僕がご教授いたしましょう」
オダは俺の方向に右手を掲げ、呪文を唱え始めた。
「空気中の二酸化炭素、水素のポテンシャルエネルギー上昇、化学結合切断、活性化エネルギー減少、炭化水素合成、範囲10 cm3、熱エネルギー生成、酸素に運動エネルギー、酸化促進、範囲20 30 40 cm3」
オダの手の前に火球が生成され、その大きさをどんどん増していく。
「やはり一思いに殺してあげましょう。僕の優しさです。あの世で2人と再会してください」
「2人……?」
「ええ、言ってませんでしたっけ?」
ミアともう一人、俺たちの共通の知り合いといえば――
「あなたの娘さんは仲の良い友人ということなので、僕からミア・コスタへのプレゼントとして送っています」
「て、てめええええ!」
「運動エネルギー生成、角度0°、速度160 km/h、放射」
「ぶっ殺してやる!」
直径2 mほどの大きさまで膨れ上がった火球がオダの手を離れた。
俺にできるのは殺意を込めて、その火球を睨むだけだ。
徐々に近づくその時間がやけに長く感じられる。
「おい、何故だ」
オダの声が聞こえる。
「ふ、ふざけるな。僕の指示通りに動けよ!」
気づけば火球は動きを止め、今度は逆にオダに向かって進み始めていた。
「あ、あああ、ま、待て、僕は正義のためにこの力を――」
火球はスピードを急速に上げた。
その言葉は最後まで発されることはなく、声の主は火球に飲み込まれて、断末魔の叫びをあげる。
その悲鳴を聞きながら、俺の意識は途絶えた。




