何者も触れぬ白より 濃く深く 染まるは腹の彼方にて黒
終業挨拶の日は午前でもう下校可能である。部活動などをそのまま続ける生徒は学校へ残ってもいるが、そうでないものは大抵、これからの春休みに胸踊らされてそそくさと家路につく。はずである。
グラウンドのそばを通って、運動部員の掛け声なんかを余所目に、私は早足で駅へ向かう。いつもより早い歩行と拍動にうっすら汗ばみながらポケットに手をやると、角がピンと張った、折り目ひとつ無いあの真っ白な封筒があることがわかる。
誰にもまだ触られたことがないであろうその清新さは、手紙の送り先への緊張と敬意が感じ取れる。その几帳面さがあるというのに、外側には何も残さないというのは奇妙ではないか?宛名くらい書くものだろう、外側からでもわかるぴったりと半分に折られた便箋と、きちんと封した封筒は何も語らない。
小走りで駆け込んだ駅のホームには電車がいて、私はもう少しだけ駆け足して急いで乗り込んだ。すみません、駆け込み乗車しました、などと心のなかで言い訳しつつ、突然止まった体に驚く心臓を落ち着ける。扉が閉まる。この手紙を、もう元の場所に戻せない。私は咄嗟に理由を探していた。誰か一人への思慕という衝動が起こしてしまったこの"盗み"には正当な理由が必要だ。なければならない。
だって気になってしまったから、仕方ないじゃない。
私は私が嫌だった。先輩に結局何も言えずに終わってしまった私が嫌だった。だから、私にはできなかったことをしようとしたのかもしれないこの封筒を、あの場所においておくのが許せなかった。捨ててやりたいくらいだけど中身なんて本当のところはわからない。だけどあそこに、先輩のものだった机には、置きっぱなしになんてできないほどに疑わしい。だっていてもたってもいられないんだもの、仕方ない、仕方ないじゃないか。昨日は先輩には何も言えなくて、今日はもう先輩は学校にいなくて、今はもう史上最悪である。
電車がわたしの最寄り駅につく頃、私は一つの言い訳に行き着いていた。
この手紙を、お渡ししにいく必要がある。先輩の机にあったのだから、きっと先輩宛の何かだろうと思ったので、直接お渡ししに来ました。これで大丈夫、私は大丈夫。あわよくば先輩にもう一度お会いできるし、そしたら、私がそのときにすべきことは、ひとつだ。
だからお渡しする前に、この手紙がなんなのか確認する義務が私にはある。
家には誰もいないけれど、自分の部屋に入って鍵を閉めた。エアコンの無いこの部屋は昼過ぎでも気温が上がらないから、外みたいに空気は冷たかった。それでも私は冷静になんて少しもならなかった。
ゆっくりと、その金色の封をはがした。
端的に言えば中身は恋文だった。何の曇りもなく、送り主からの想いが綴られ、もう最後の日だから返事は要らないが、想いだけは知っておいてほしかった、というようなことが書き連ねてある。全くもって素直で潔白で、最後の日に渡すだけで何も求めないという姿勢は、起こりうる様々な恋沙汰を回避しようとするある種の気遣いとも言える。要は、実らなかった場合の配慮というものだ。
完全にわたしの敗けだった。私は便箋を開いて一文字一文字に目を通すその直前までは本当に、予想と全くの別物でわたしの勘違いであってほしいと本当に思っていた。ところがそれがどうだ。今の私に何がある。盗みをはたらき、嫉妬に明け暮れ、興味で他人の心理に探りを入れる腹黒い私を、白い封筒が嗤った。