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純心  作者: 佐和村
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一輪に 幾重の日々を閉じ込めて 胸に差したる 君は旅立つ

先輩の卒業式の次の日の学校は、いつも以上に私に冷たかった。在校生だけが講堂に集められて、なんの意味も見出だせない終業挨拶を聞くためだけに学校へ行く。他の人も皆もう春休みムードといった調子で、正気もなくスマホをいじりながら歩く者や、数日後の行楽の予定を楽しげに話し合う騒がしい者もいる。


春休みなど私にとって意味がない。そして先輩のいない学校へ行く意味など、これからもうないのだ。別段それまで張り合いをもって学校に来ていたわけでもないけれど、先輩がいままでいた教室に私たち在校生は勝手に詰め込まれて、新しい教室には新入生がごった返すのだろう。それでもって皆、暖かな日和、だのうららかな春の訪れ、だの言うのだろう。言っておくが私には春は来ない。ずっと遠く冷たい、この冬のままだ。


まだ見ぬ新入生へ、身勝手な悪意を彷彿とさせたところで何も始まらないことはわかっている。今の私にできることは、なるべく早く同じ大学生になること。一年間を風のように終わらせること。なんとかそう言い聞かせて、ギリギリ二年生のラストスクールディを乗り切る。





ーーあぁ先輩。どうして先輩は卒業されてしまうのでしょうか?2年間では先輩のすべてを知り得ることは叶いませんでした。

先輩と同じような一年間を、先輩の過ごした教室で送ったならば、何か少しはわかるのでしょうか?





終業挨拶のため学校に来るのには、事務的な意味がある。本校は学年ごとに階が指定されているため、毎年進級ごとに教室を移動する必要がある。一年は二年の教室へ、二年は三年の教室へ。先輩の使っていた教室へ、入学式が始まる前には移動していなければならないというわけだ。


三年の教室はとても綺麗だった。それは「自分達の使った教室ならば責任をもって自分達が掃除をしよう」という、先代の方々の心だちがよく見えるものであった。私はその想像のなかに、先輩一人を想った。


自分達の荷物を運び込むとはいっても、教科書類をロッカーに詰め込んだらお仕舞いである。用事が済んで他の人はお喋りに講じている。特に話す相手もいない私は、この教室に先輩の姿を想像しながら、掲示黒板や教卓なんかを眺めてた。あいにく苗字のせいで、先輩の机には座ることはできないから、今のうちに見ておこうと思って、皆が帰った頃を見計らってその机へと寄った。

出席番号10番。それは私の苗字とは縁の無い数字であるから、期待などしていなかったのだけれど。私が一番先輩のことを想っているのに、先輩が使っていたこの机はもう他の人に触れられて、他の人のものになってしまいましたよ、先輩。私のほしいものだけはどうしても、私のものにはならないのですね、気持ちが悪いでしょうか、こんなことをしてはーー。


窓際のその席に寄せる、陰り気味の太陽光が表面にあたって、ほのかにあたたかいのを指の腹でなぞる。そこは冬の癖にあたたかくて、もう誰かのものになってしまった。脱力だ。期待なんかしてなかったのに。

まだ立ち去りたくなくて、その椅子に座ってしまった。先輩はここからどんな風景を見ていたのだろうか。あたたかい席だ……。



ふと、机の中に手を入れたとき、私はそれを発見してしまった。

手紙である。真っ白い封筒に、金色の丸いシールで封されている。封筒を押さえるとある程度の厚みがあるから、おそらく2,3枚といったところだろうか、しっかりとした中身のある手紙であることが推測される。誰から?外側には何もかかれていない。封は、開けられた様子はない。何か他に中身の手がかりは……

我に返って、ここまでしてしまう自分の神経に呆れた。他人の机に入っていたものである。プライベートなものである。詮索するもんじゃない。そうはいっても……。


先輩はもう卒業してしまった。綺麗に教室を掃除して、いなくなってしまった。そう考えると、掃除をし終わったあとに、この封筒が入れられた可能性が高い。先輩の机に入っていたとはいえ、この封筒自体先輩宛なのか、先輩が書いたのか、はたまた違うのかもわからないが、今日初めてこの教室へ入ってきた在校生である我々が、教科書などを置きに来ただけのこの日に手紙など入れておくとは考えられない。先輩の姿や行いなどを思い返して鑑み、やはり私はこの封筒を、先輩宛に誰かが記し渡し損ねたものと推測した。



誰が?先輩に何を書いたのか?いつ?何の意図が?いまはどこにその人はいるのか?

そんなことを考えるより間はなかった。気がつくと私は思ったよりも冷静に、誰にも気づかれないことを確認しつつ封筒をスカートのポケットへしまっていた。

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