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短編集

ナけないカラス

作者: 東風

https://twitter.com/eastwind_canon/status/901431710054662146

お題を元に即興で。

あらがありますがお許しください。


 「男なんて、貢がせてナンボよ」が口癖だった私。

 それが、道ばたでカラスを蹴飛ばしてから、変わってしまった。


 「愛してほしいの」呼吸するように漏れ出る言葉。

 私はカラスの姿で道行く人に餌をねだる。蹴られそうになったり、石を投げつけられることもあるけど、餌をもらえることもある。


 「愛してほしいの」そう呟くと、めがねの男は「仕方ないな」と目を細めて自分の昼食用に買っただろうサンドイッチをくれる。

 私の取り巻きの一人。いずれポイする予定だった男。

 彼だけが、私の目を見て、笑ってくれる。

 「愛してほしいの」

 「俺もだよ。仲間だ」


 ほかの男どもは皆、カラスである私を見ると石を投げたり、棒を振り回したりしたのに。

 「愛してほしいの」

 「君は、とても寂しい人と一緒にいたんだね」

 男が苦笑する。

 「愛してほしいの」

 「俺の好きな人も、寂しい人なんだよ」

 男が遠い空を見上げる。

 「彼女の目はいつも遠くを見ていて、周りにいっぱい居るのに、いつも独りぼっちみたいなんだ」

 「愛してほしいの」

 私は甘えるように頭を擦り付ける。


 カラスの私のところにも行ったことがある。

 私でなくなった私は、カラスである私を感情のない眼差しで見つめた。

 そして、かつての私のように、私を蹴る素振りを見せ、「かぁ~」と笑って立ち去っていった。

 あの冷たい視線は、中身がカラスだからだと思ったのだけど、違うのだろうか?

 周りにいる誰も、あれが私でないことに気づかない。

 私はいつも、あんな目をしていたのか。


 「愛してほしいの」

 それしかナけない私は、男のそばにばかり居座る。

 男にばかりナく。

 男の目は、温かく、優しく、いつも笑みを浮かべてくれる。

 私とは違う目。その目がみたくて、男のそばを彷徨く。

 「愛してほしいの」

 そう囁いても、男は笑うばかり。

  男の目はいつも、遠くにいる『私』を見る。

 「愛してほしいの」

 「愛してほしいの」

 「愛してほしいの」

 「愛してほしいの」

 「愛してほしいの」

 それは私のナき声。願望。夢。男の視線がほしくてたまらない。

 ねぇ、私を見て。

 私だけを、見て。

 「愛してほしいの」

 あなたの優しい眼差しを、カラスの私じゃなくて、私なカラスじゃなくて、私にだけ注いで?

 「あれ、カラスも泣くのか? 仲間にいじめられたか?」

 仲間なんていない。ずっといなかった。

 「愛してほしいの」それだけをあなたに伝えたくて、私はナく。


 ずっと思ってた。誰も私を愛してくれない。

 誰も彼も私を利用するばかり。だから私も利用してやるんだって。


 「お前はカラスなのに、キラキラしたの集めてこないんだな?」


 宝石も服も靴も、全部全部、カラスの私に上げる。

 だから、この人だけは、私に頂戴。

 「愛してほしいの」

 私が欲しかったのは、カードで買えるものじゃなかった。


 女が男の前に来る。女は感情のかけらもない目で男を見る。

 そして、手を差し出す。

 ねだるように。

 「俺が何を上げれば、あなたは満足するのかな?」

 男は悲しそうにつぶやく。

 女の空っぽの手。白く綺麗で、まっ黒く汚れた手。

 違う。そうじゃない。私はもう、何もいらない。


 だから、『私』、お願いだから男をこれ以上傷つけないで!


 私は一際高く叫んだ。

 「愛してほしいの!」

 女が目を丸くして見つめる。恐ろしい虚無をその黒い瞳に映して。

 「あ、こら! ダメだ!」

 男が叫ぶ。

 ごめんなさい。私これ以上、あなたを傷つける私を見たくない。


 翼をばたつかせ、鋭いくちばして、私ご自慢の顔を狙う。

 女は忌々しそうに顔を歪め、持っていたハンドバックで私を叩き落とした。

 「やめてくれ! その子は!」

 男の静止を振り切って、女は私を蹴り飛ばした。


 その瞬間、視界が歪む。

 「私を愛してほしいの」

 遠くでカラスが笑った。


 「なんてことしたんだ! こんなひどいこと」

 男が力を失ったカラスを抱きしめ、涙していた。

 私はそれを呆然と見下ろしている。

 「ごめん。もう、君とは付き合えないよ。俺がいなくても、別に困るとも思えないけど。さよならだ」

 「愛してほしいの」

 男はちょっと驚いた顔をした。

 でも、彼はカラスの亡骸を抱きかかえ、首を振って、遠ざかっていった。

 「愛してほしいの、私を、愛してほしいの」

 私は泣き崩れて、しゃがみ込む。

 彼の手の中にいたのは私。彼を傷つけたのも私。嫌われたのも私。

 全部全部、私自身が招いたことだった。

 私は知らなかった。知ろうとしなかった。

 これは私自身の罪。くだされた罰。


 私はたくさんいた取り巻きと全て別れ、持っていた限りのプレゼントを返し、仕事も変え、住む場所も変え、ひっそりと生活を再スタートした。


 「付き合い悪いなぁ、一緒に飲もうよ」

 「すみません。酒癖悪くて控えてるんです。明日、仕事を無くしたくないので」

 宴会気質な課長はなおも私に絡んできた。

 どうやって穏便に諦めてもらおうか考えていると、思わぬところから助けがわいた。

 「彼女、これから俺と約束あるんですよ。ほら、営業先の○社から急ぐように言われてるでしょ?」

 年齢は私よりも下だけど、私の指導をしてる先輩君は、課長と私の間に入った。

 「○社かぁ、それはダメだな。しっかり落とし所考えとけよ」

 課長はあっさりと引き下がってくれた。

 私は驚いて先輩を見る。先輩は鼻の頭を掻いて、苦笑いした。

 「困ってたでしょ。だから、さ」

 ○社との話し合いは既に終わっている。それは、今日の飲み会で発表する予定だったはずだ。


 「ほら、駅まで送るよ。また課長に捕まったら、大変だからね」

 駅前で、先輩は空を見上げた。夕焼け空にカラスが沢山飛んでいる。

 「下心がないといえば嘘になるけど、それだけじゃないよ。

 いつも、あなたとても真面目だから、折れちゃいそうで、たまに見ていられない」

 胸がざわつく。痛い。

 私は人を傷つけてきた。大切なあの人も。

 だから、一人で生きていくって決めたのに。

 胸が痛い。喉が、痛い。


 近くの枝で、カラスがないた。

 「愛してほしいの!」

 驚き振り返ると、赤い空を切り取ったように黒い影が、空に羽ばたいていく。

 「愛して…ほしいの」

 言葉があふれた。涙が熱い

 「俺で良ければ、喜んで」

 年下の先輩が両手を広げる。

 私はカバンも何もかもを落とし、その胸に飛び込んだ。

 「私も、愛してるの」


 もう、カラスの声は聞こえない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の最後で救われて良かったです…… 償いの痛みは続くのかもしれませんが。
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