ナけないカラス
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お題を元に即興で。
あらがありますがお許しください。
「男なんて、貢がせてナンボよ」が口癖だった私。
それが、道ばたでカラスを蹴飛ばしてから、変わってしまった。
「愛してほしいの」呼吸するように漏れ出る言葉。
私はカラスの姿で道行く人に餌をねだる。蹴られそうになったり、石を投げつけられることもあるけど、餌をもらえることもある。
「愛してほしいの」そう呟くと、めがねの男は「仕方ないな」と目を細めて自分の昼食用に買っただろうサンドイッチをくれる。
私の取り巻きの一人。いずれポイする予定だった男。
彼だけが、私の目を見て、笑ってくれる。
「愛してほしいの」
「俺もだよ。仲間だ」
ほかの男どもは皆、カラスである私を見ると石を投げたり、棒を振り回したりしたのに。
「愛してほしいの」
「君は、とても寂しい人と一緒にいたんだね」
男が苦笑する。
「愛してほしいの」
「俺の好きな人も、寂しい人なんだよ」
男が遠い空を見上げる。
「彼女の目はいつも遠くを見ていて、周りにいっぱい居るのに、いつも独りぼっちみたいなんだ」
「愛してほしいの」
私は甘えるように頭を擦り付ける。
カラスの私のところにも行ったことがある。
私でなくなった私は、カラスである私を感情のない眼差しで見つめた。
そして、かつての私のように、私を蹴る素振りを見せ、「かぁ~」と笑って立ち去っていった。
あの冷たい視線は、中身がカラスだからだと思ったのだけど、違うのだろうか?
周りにいる誰も、あれが私でないことに気づかない。
私はいつも、あんな目をしていたのか。
「愛してほしいの」
それしかナけない私は、男のそばにばかり居座る。
男にばかりナく。
男の目は、温かく、優しく、いつも笑みを浮かべてくれる。
私とは違う目。その目がみたくて、男のそばを彷徨く。
「愛してほしいの」
そう囁いても、男は笑うばかり。
男の目はいつも、遠くにいる『私』を見る。
「愛してほしいの」
「愛してほしいの」
「愛してほしいの」
「愛してほしいの」
「愛してほしいの」
それは私のナき声。願望。夢。男の視線がほしくてたまらない。
ねぇ、私を見て。
私だけを、見て。
「愛してほしいの」
あなたの優しい眼差しを、カラスの私じゃなくて、私なカラスじゃなくて、私にだけ注いで?
「あれ、カラスも泣くのか? 仲間にいじめられたか?」
仲間なんていない。ずっといなかった。
「愛してほしいの」それだけをあなたに伝えたくて、私はナく。
ずっと思ってた。誰も私を愛してくれない。
誰も彼も私を利用するばかり。だから私も利用してやるんだって。
「お前はカラスなのに、キラキラしたの集めてこないんだな?」
宝石も服も靴も、全部全部、カラスの私に上げる。
だから、この人だけは、私に頂戴。
「愛してほしいの」
私が欲しかったのは、カードで買えるものじゃなかった。
女が男の前に来る。女は感情のかけらもない目で男を見る。
そして、手を差し出す。
ねだるように。
「俺が何を上げれば、あなたは満足するのかな?」
男は悲しそうにつぶやく。
女の空っぽの手。白く綺麗で、まっ黒く汚れた手。
違う。そうじゃない。私はもう、何もいらない。
だから、『私』、お願いだから男をこれ以上傷つけないで!
私は一際高く叫んだ。
「愛してほしいの!」
女が目を丸くして見つめる。恐ろしい虚無をその黒い瞳に映して。
「あ、こら! ダメだ!」
男が叫ぶ。
ごめんなさい。私これ以上、あなたを傷つける私を見たくない。
翼をばたつかせ、鋭いくちばして、私ご自慢の顔を狙う。
女は忌々しそうに顔を歪め、持っていたハンドバックで私を叩き落とした。
「やめてくれ! その子は!」
男の静止を振り切って、女は私を蹴り飛ばした。
その瞬間、視界が歪む。
「私を愛してほしいの」
遠くでカラスが笑った。
「なんてことしたんだ! こんなひどいこと」
男が力を失ったカラスを抱きしめ、涙していた。
私はそれを呆然と見下ろしている。
「ごめん。もう、君とは付き合えないよ。俺がいなくても、別に困るとも思えないけど。さよならだ」
「愛してほしいの」
男はちょっと驚いた顔をした。
でも、彼はカラスの亡骸を抱きかかえ、首を振って、遠ざかっていった。
「愛してほしいの、私を、愛してほしいの」
私は泣き崩れて、しゃがみ込む。
彼の手の中にいたのは私。彼を傷つけたのも私。嫌われたのも私。
全部全部、私自身が招いたことだった。
私は知らなかった。知ろうとしなかった。
これは私自身の罪。くだされた罰。
私はたくさんいた取り巻きと全て別れ、持っていた限りのプレゼントを返し、仕事も変え、住む場所も変え、ひっそりと生活を再スタートした。
「付き合い悪いなぁ、一緒に飲もうよ」
「すみません。酒癖悪くて控えてるんです。明日、仕事を無くしたくないので」
宴会気質な課長はなおも私に絡んできた。
どうやって穏便に諦めてもらおうか考えていると、思わぬところから助けがわいた。
「彼女、これから俺と約束あるんですよ。ほら、営業先の○社から急ぐように言われてるでしょ?」
年齢は私よりも下だけど、私の指導をしてる先輩君は、課長と私の間に入った。
「○社かぁ、それはダメだな。しっかり落とし所考えとけよ」
課長はあっさりと引き下がってくれた。
私は驚いて先輩を見る。先輩は鼻の頭を掻いて、苦笑いした。
「困ってたでしょ。だから、さ」
○社との話し合いは既に終わっている。それは、今日の飲み会で発表する予定だったはずだ。
「ほら、駅まで送るよ。また課長に捕まったら、大変だからね」
駅前で、先輩は空を見上げた。夕焼け空にカラスが沢山飛んでいる。
「下心がないといえば嘘になるけど、それだけじゃないよ。
いつも、あなたとても真面目だから、折れちゃいそうで、たまに見ていられない」
胸がざわつく。痛い。
私は人を傷つけてきた。大切なあの人も。
だから、一人で生きていくって決めたのに。
胸が痛い。喉が、痛い。
近くの枝で、カラスがないた。
「愛してほしいの!」
驚き振り返ると、赤い空を切り取ったように黒い影が、空に羽ばたいていく。
「愛して…ほしいの」
言葉があふれた。涙が熱い
「俺で良ければ、喜んで」
年下の先輩が両手を広げる。
私はカバンも何もかもを落とし、その胸に飛び込んだ。
「私も、愛してるの」
もう、カラスの声は聞こえない。