095. 出発準備
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「ではな。何かあれば連絡をくれ」
「は」
コリント卿の足音が遠のいていく。
……助かった。あの目は本気だった。あの時、あと少し止めるのが遅かったら全員が死んでいた。いや、何か一言でも応対を間違えていても殺されていただろう。
これまでの人生でこれほど死に近づいたことはない。本当に危なかった。
我々が有用であるということを何とか認めて頂いたのは僥倖だった。
「長、本当に国を裏切るのですか?」
「……当然だ。黙っていろ、死にたいのか?」
本気であることを判らせるために短剣を抜いて見せた。迂闊な発言にも程がある。コリント卿配下の者が卿と共に去ったと思っているのか?
意図を察したように皆も警戒するように辺りを見渡した。姿も音も気配さえも感じられないが間違いなくいるはずだ。いないはずがない。
コリント卿閣下はとても理性的な方のようだ。このくらいの発言は問題にしないとは思うが、皆の命が掛かっている。余計な危険は犯すべきではない。
しかし、皆と胸襟を開いて話をする必要はある。いずれにしても今後の方針を決めなければならない。
死体を処分する前に確認しておこう。すぐに主だった者も死体の周りに集まってきた。改めて確認するが凄まじい有様で、このような死体は見たことがない。
「なんなのだ、これは……」
一目で刃物による切り口ではないと判る。あの甲高い、聞いたことがない音。何かを放ったのだろうか?
コリント卿に終始余裕があったのも納得だ。あの女従者が持っていたアーティファクト一つだけで我々を全員殺すことができただろう。なんという恐ろしい武器だ。
「この骨の断面を見てください。焼き切れているように見えます」
「確かにな。そういえば焼けるような匂いもしていた」
「……人間を骨ごと焼き切るものがこの世にあるなんて、この目で見ていなければ信じられないところです」
「噂にすら聞いたこともないアーティファクトだった。ひょっとするとあれが神器と呼ばれるものなのかもしれん」
「神器……本当に存在したのですね」
「せっかく運びやすいようにしていただいたのだ。手分けして例の場所で処分しろ。その後、全員アジトに集合だ。いいか? 一言も口をきくな」
全員が無言で頷いた。
正直、ここまで細かくされると余計に手間が掛かるが、ここで不満を漏らすわけにはいかない。
一時間後、全員がアジトの一室に集合していた。
全員がこの一室に集まることなど初めてのことだ。それほど広くない室内は、人でぎゅうぎゅう詰めだ。この状態ならばコリント卿の配下の者が入り込んでいるということもないだろう。元より聞かれては困る事を話し合うつもりもない。
「これから今後の事を決める。まずはフランツ、今日起きた事についてお前の意見を聞こう」
フランツは若いがしっかりとした考えを持っており密かに次の長にと考えている男だ。記憶力がよく鋭い観察眼を持っている。的を射たことを言うので自分の考えを確認する時に役に立つ。
「意見というと?」
「お前が気になった事でいい」
「気になるといえば、例の大銅貨を見せてもらってもいいですか?」
持ち帰っていた七枚の硬貨を取り出し、卓に並べてみせた。すぐに皆が卓を取り囲む。
「これはいったい……」
「この切り口。どうやればこのような穴が明くというんだ?」
「穴のあいている位置を見てみろ。全て同じ位置だ」
「宙に浮いたあの一瞬の間にこの穴を? 信じられない……なんというアーティファクトだ。
さすがは長です。コリント卿に降ることにしたのは正しい御決断でした」
「これを見れば誰でもそうしただろう。他に気になったことは?」
「気になったことはいくつかあります。まず一つ目。コリント卿には黒斑蛇の毒も効きませんでした。……毒の効かない体なんてあり得るのでしょうか?」
「……コリント卿はこう仰っていた『今の俺に大抵の毒は効かない』。『今の』ということは、以前は効いていたということだ。恐らくアーティファクトにより毒をうち消しているのだろう」
「そんなアーティファクトも存在するのですか……。
では次です。コリント卿は、救出班が窮地に陥っていたし毒を二度も盛られたのでドラゴンに騒ぎを起こすよう頼んだ、と言っていました。
祝賀会に出席していたコリント卿が、いつ、どうやって頼んだのでしょうか?」
「確かにな。予めドラゴンには騒ぎを起こすよう頼んでいたということではないだろう。……離れた場所と連絡を取る手段があるということか」
遠隔地と連絡をとるアーティファクトはギルドにもあるが人が携帯できるような大きさのものは聞いたことがない。姿無き配下の者が連絡に走ったという可能性もあるが、ドラゴンまでは距離がありすぎる。
「持ち運びのできるそんなアーティファクトが存在するということですか?」
「そう考えるべきだろうな。なにせ姿を消すアーティファクトがあるのだ。それに比べれば、まだあり得ることに思える」
「確かに。……コリント卿はいくつアーティファクトを保有しているのでしょうか?」
「判らん。アーティファクトといえば、まず思い浮かぶのはザイリンク帝国だが、コリント卿がお持ちのアーティファクトはあまりに異質だ。恐らくザイリンクとは無関係。あの言葉づかいからすると近隣の国の生まれに思える。
……きっと閣下は遺跡を攻略したのだろう」
「遺跡攻略者……ここ二百年で新たな遺跡が見つかったとの噂はありません。やはり『魔の大樹海』でしょうか?」
「そう考えるのが自然だろうな」
「遺跡で得たアーティファクトを用いて樹海を開拓しているということですか。
遺跡の規模にもよりますが、コリント卿の手勢だけで遺跡を丸ごと攻略したとなれば多数のアーティファクトを保有している可能性が高いですね。
貴族の中でも一、二を争う勢力と言ってもよいのではないでしょうか?」
「いや、ドラゴンを従えていることも加味すれば国家に匹敵する戦力を持つ貴族と言っていい。なんなら今すぐ王城を落とすことも可能だろう」
「……確かに。コリント卿の目的が建国であれば、なぜそうしないのでしょうか?」
「それは判らん。城は落とせても国を盗るには手勢が足りないと考えているのか。……それとも目的は樹海なのかもしれん」
「……金、でしょうか? 百五十年前、Sランク冒険者タスカーは樹海の奥地で黄金に輝く川床を見たと言い残しています。多くの金塊や宝石の原石を持ち帰ったことからも間違いのない話だと思いますが」
「かもしれん。しかし、コリント卿は既に十分な資金を得ている。その資金を投げ打って樹海に行くのだから何か目的があるような気がする。
樹海に建国するなんらかの理由があると考えるのが自然だろう」
「樹海の奥にはさらなる遺跡があるとか?」
「それは判らん。……こんな仮定の話を重ねていてもしかたがないな。他に気になった事は?」
「あとは……コリント卿の手勢の多さです。樹海の奥地を開拓し、さらにウチの里のような山奥にまで人を遣るのですから少なくない人数なのでしょう」
「そうだな。コリント卿はこう仰っていた。『街に住みたければ全員の家を用意する』と。
信じがたいことだが樹海の奥地には街ができているようだ。それも全員の家を用意することができるということは余剰があるということ。さらに畑も用意していただける事を考えると、閣下の手勢は少なくとも数千、万を超えていても不思議ではない」
「……本当にそうですね。なぜ今まで噂にもならなかったのでしょう」
本当にそうだ。閣下の手勢は旧スターヴェークの人間だろうが、少なくとも数千から万の人の動きがなぜ誰にも気づかれなかったのか? それだけの人数が樹海に消えたとなれば、すぐに噂になるはずだ。
コリント卿の恐ろしさはこの秘匿性の高さだ。王都のほとんどの者は、閣下のことを運良くドラゴンを倒したAランク冒険者と思っているだろう。
しかし、その真の姿はこの国以上のアーティファクトを保有し、ドラゴンを使役することのできる簒奪を目論む者。これ以上に危険な勢力は近隣にはいない。
知らなかったとはいえ本当に恐ろしい方に手を出してしまった。
後悔していてもしかたがない。ここまでの話は上々だ。上手く閣下の勢力の強大さを皆に伝えることができた。
これからが本番だ。皆に国を裏切ることを納得してもらわなければならない。できれば誰一人殺したくはない。
「我らはドラゴンの尾を踏んでしまった。コリント卿だけには手を出してはいけなかったのだ。
しかし、これは好機でもある。我らはなんとかして国との関わりを絶とうとしていた。里のこともあり、なかなか方策が見つからなかったのは皆の知るところだ。
……コリント卿はお仕えする主としては最高の部類に入ると思う。慈悲深く気前がよい。この組み合わせの資質をお持ちの方はなかなかに珍しい」
「どうしてそんな事が判るのですか?」
「賊の討伐においても、そのほとんどの者が生かされていたと聞くし、その戦利品も惜しげもなく守備隊と折半している。
ましてや領地につれていく職人や孤児達にさえ支度金を支給するなど前代未聞のことだ。
職人達の雇用条件も破格なことを考えると我らの雇用条件もそれなりのものになるはずだ。
確かに命の代償は大きい。侯爵の私兵の件はともかく、ギニー・アルケミンの入手は困難を極めるだろう。
しかし、コリント卿はいずれこのベルタ王国を、そしてアロイス王国を手に入れる御方だと思う。
ギニー・アルケミンを献上すれば我々も大国の建国功労者だ。我が里にとってこれ以上の好機はないだろう」
「しかし、そんなに簡単に国が興せるものでしょうか?」
「クレリア・スターヴァイン王女殿下は、王の二従妹にあたる御方だ。いうなれば、ベルティー王家とスターヴァイン王家の両方の王家に連なる御方。
貴族にとって高貴なる血というのは我々の想像以上に大きな意味を持っている。
コリント卿は、クレリア王女殿下の名の下に戦いを興すだろう。貴族の中にもコリント卿に降る者が出てくるはずだ」
貴族達にとってみれば平民上がりの男爵に降ることは難しいが、相手が王家に連なる者であれば話は大いに変わってくる。この推測はあながち間違っていないはずだ。
「……コリント卿が我らとの約束を守るとは限らないのでは?」
「確かにな。しかし、閣下は信じるに足る御方だと思う。いずれにしても我らが約束を破れば全員殺される。コリント卿にそれができないと考える者はいるか?」
誰一人発言する者はいない。賊の取り締まりを見れば自明のことで、コリント卿は数名の姿無き者を付けておくだけでいいのだから当然だ。
「殺されて当然のところを生かされ、命の借りができたことは事実。この借りを返すために我らは国を裏切りコリント卿に御味方する。……反対する者は?」
この問いにも誰一人発言する者はいない。……あぁ、助かった。誰も殺す必要はないようだ。
「そうと決まれば今後の打ち合わせをしよう。まずは侯爵の私兵の件だが、エーリヒ。お前の班で侯爵の領地に連絡が伝わらないようにしろ」
「承知しました。ギルドと早馬、宿場町を押さえます」
「ペーター、お前の班は侯爵の領地に行け。どうすればいいか判るな?」
「……命令の伝達を極力妨害して、万が一命令が伝わったら、軍の主だった者を殺していき、時間を稼ぎます」
「よし、それでいい。コリント卿は昨日のうちに関係者に出発準備の通達を出している。それによると五日以内に出発するとのことだ。侯爵の領地の位置関係からすると二週間も時間を稼げば十分だろう。
次にギニー・アルケミンの件だが……。フランツ、ギニー・アルケミンの情報を持っていそうな者で、我らの手が届くのは誰だ?」
「……ウルス・バルテン士爵でしょうか?」
「そうだな、一番の候補だろう。とりあえず士爵を拉致する。フランツ、お前の班でバルテン士爵の情報を明日までに集めろ」
「判りました」
「侯爵の子飼いの間者達が邪魔だ。奴らのアジトを強襲して全員始末する。
ホラーツ、連中に手を貸して欲しいと連絡してアジトに集めろ。可能ならば今夜やる。時間は合わせる」
「了解です」
「ユリアン、お前はコリント卿の一行に加われ。連絡係だ」
「えぇッ!? ……僕一人で、ですか?」
「そうだ。手紙を書いて持たせる。きっと閣下は了承してくださるだろう。コリント卿一行の動向を知らせろ。
いいか? 連絡する内容は必ずコリント卿に確認してから送るようにしろ。閣下に不用意に近づくな。武器にも触るな。訊かれたことは何でも正直に答えろ。
判ったな?」
「……分かりました」
可哀想だがユリアンは人質だ。甥を差し出せば、我らに叛意のない事を判ってくださるだろう。
「侯爵が我らの裏切りに気づき里に手を出すまで、それほど時間があるとは思えない。これからの二ヶ月が勝負だろう。覚悟を決めろ、全力でいくぞ」
「「はッ」」
◇◇◇◇◇◇
「……アラン様。予定していた議題は以上です」
「では最後に何か質問はあるか?」
会場を見渡すが発言する者はいないようだ。会議が始まって六時間は経っている。さすがに皆、疲れ切った顔つきをしている。
「……よし、なければこれで全体会議を終える」
俺達シャイニングスターと、商会、工房などの仕入先、雇用した冒険者達、領地に連れていく職人、孤児達、教会関係者などの代表、総勢二百五十名以上よる会議が終わった。
商業ギルドの大会議場を借りた最初で最後の全体会議だ。準備状況や物資の入手情報の報告が会議の大部分を占めたが、全体でやることに意味がある。
ほとんどの者が全体の準備状況を聞くのが初めてだったようで、ぞろぞろと会議場を出て行く者達は、概ね満足な様子であるように見える。会議を開いた意味はあったようだ。
もちろん準備は概ねイーリスの建てた計画通りで進行している。
当然、会議では領地の様子はどうか、この人数で移動して問題ないかなどの質問も出たが、すべて問題ない、王国貴族として約束すると言うと質問も止んだ。
こんな根拠のないことを言うだけで従ってくれるのだから、やはり貴族っていうのはすごく便利な身分だ。
また、教会の司祭が同行すると判ると皆の不安そうな様子はすっかり影を潜めた。やはり教会の影響力は半端じゃないようだ。
「お疲れ様でした、アラン様。無事に終わって良かったです」
「本当だな。まぁ、これもカトル達が頑張ってくれたおかげだよ」
「いえ、アラン様の計画が素晴らしかったからですよ。商人達もアラン様の計画には本当に感心していました」
確かにイーリスの建てた計画はよく考えられていた。日々の行程やどの馬車に誰が乗って、どの物資を搭載するか、馬車の順番なども詳細に決めてある。
しかし、カトル達商人組は王都に来てからというもの、ほぼ休み無しで朝から晩まで商人や業者と交渉を進めてきたことは周知のことだ。
「計画なんていくら立てても実行できなければ何の意味もないさ。カトル、本当によくやってくれた」
周りにいたクランの者達も口々にカトルを褒め称えている。べた褒めの言葉にカトル達商人組は満面の笑顔をみせる。
「大変でしたけど今回の事は本当に勉強になりました。それに今回の準備のおかげで私はAランクになれたんですよ」
「へぇ、凄いじゃないか! それは良かったな」
カトルが窓口となって物資の調達をおこなったことによって商業ギルドのランクが上がったようだ。少しは苦労が報われてなによりだ。
その時、会議場にヴァルターが駆け込んできた。
「リア様、アラン様! 先程、宿に馬車一台にてロベルト殿が到着しました!」
この突然の知らせにクレリアやダルシム達も驚きの表情だ。
ロベルト達一千名の先行隊の到着は、あと二日はかかると思っていたが、先駆けてロベルトが到着したようだ。まぁ、当然といえば当然のことかもしれないな。
クレリアは一刻も早くロベルトの話を聞きたいようなので、商業ギルドをあとにして宿に戻ることにした。
宿に着くとロベルト達は食堂にいて大勢の者に取り囲まれていた。皆は国の様子を訊いているようだ。
俺達が近づいていくとロベルト達数名が慌てて席を立ち、跪いた。見慣れない者達は立ち振る舞いからするとロベルトの従者のようだ。
「姫様、御無沙汰しております。ただいま到着しました」
「ロベルト! 遠路はるばるご苦労だった。座ってくれ、話を聞こう」
「姫様。此度の人員の移動の件、勝手をしまして言い訳のしようもありません。この責は如何様にでも」
「詫びはよい。今回は取り立てて被害もなかったことだし良しとしよう。しかし、次からは必ず確認をとってくれ」
「は、承知しました。感謝いたします。……アラン様、御無沙汰しております」
「久しぶりだな。まぁ、茶でも飲みながら話をしよう」
俺達も席に着くと皆はテーブルをとり囲み、食堂はたちまち人で一杯になった。やはり皆は国の情報に飢えているようだ。
ロベルトの報告を聞いていく。今回王都に向かっている者は計一千五十二名。その半分近くが元辺境伯軍の者達で、あとの者は辺境伯お抱えの職人達などが多く、少数だが元文官や女官などもいるようだ。
クレリアが、ロベルトがまとめてきた人員の内訳の文書に目を通していく。
「これは!? ダヴィード伯爵やアルセニー男爵ゆかりの者達がいるようだが? 」
「はい。私の不手際からか、どこかから情報が漏れていたようです。叛徒共に敗れ、家を潰された者達が各地から旧辺境伯領に集まってきております。
姫様が存命なことは既に叛徒共に知れ渡っていると考えたほうがよろしいかと考えます」
「……そうか」
「いくつかの家の者達と面会しましたが、その者達は姫様が兵を挙げた暁には何をおいても馳せ参じると申しておりました。もちろん詳細は知らせておりませんが、できるだけ早く姫様の御意を得たいと切に願っております。
その……ダヴィード伯爵やアルセニー男爵の縁者は、辺境伯様への忠誠も厚く無碍にもできずに連れてくる仕儀となりました」
「そうか、ならば是非もない。しかし、未だにこのような者達がいるとは……。アラン、どう思う?」
「いいことじゃないか。それだけリアは慕われているということだろう。
それでロベルト。俺達の領地に来てくれそうな人達は何人ぐらいになりそうなんだ?」
「計算上では辺境伯の領民から少なくとも一万、恐らくは一万五千に達するかと。他の領地からも三千は下らないと考えます」
「おぉ! そんなにか! それは素晴らしい! じゃあ、できるだけ早くその人達に領地に向かうよう連絡をとってくれ」
「しかし、アラン。住居は五千から六千人分しか完成していないのでしょう?」
「ん? あぁ、それはこの前の話だろう? 到着する頃には一万五千人分以上は用意できているはずだ」
「そんなに!? そんなに早く建てることができるの?」
「一般住宅は最後のほうの工程で、今は全力で住居の工事にかかっているはずだ。何の問題ないさ」
「あの……アラン様。既に一万五千人分の住居の用意があるように聞こえたのですが?」
「あぁ、その通りだ。もちろん家族構成にもよるが余裕をみて一万五千だ。家族構成を無視して詰め込んでもいいなら三万五千から四万はいけると思うぞ」
「そ、そこまで街造りが進んでいるとは……。素晴らしいですな! では明日にでもギルド経由で連絡をとり、準備ができた者から出発するように命じます」
「そうしてくれ。あぁ、そうだ。一つ重要な事を伝え忘れていた。俺達の領地に住まう十八歳以下の者は学校に通う義務が伴う。それに納得できる者だけ、という条件を忘れずに連絡するようにしてくれ」
欲をいえば義務教育の期間は二十五歳以下の者まで延長したいところだが、この星の一般的な成人年齢は十五歳。さすがにいきなり二十五歳は無理があるとのことでイーリスと相談して決めたのが十八歳だ。
みんな言葉を失っているようだ。十八歳でこの反応か。うーん、二十五歳までの道は長そうだ。
「あの……アラン様。『ガッコウ』というのはどのようなものでしょうか?」
「あぁ、すまない。学校というのは私塾のようなものだな。様々な事を学習する学び舎のことだ。
十八歳以下の者は例外なく学校に通い、基本的に朝から夕刻まで学業に励んでもらう」
「…………すると私やセリーナ達もそこに通うことになるのかしら?」
「あぁ、リアやセリーナ達はさすがに例外だ。……いや、通ってもいいのか? うん、そうだな。時間に余裕があれば通うといい」
「私は遠慮します」
「私も」
セリーナとシャロンはあまり学校に行きたくないようだ。学校って行ってみると意外と楽しいんだけどな。
「民の教育は確かに重要ですが十八歳までとは……。子が多く働き手の少ない家には大きな負担となりそうです」
「あぁ、これまた説明不足だったな。学校に通う者に掛かる費用はすべて領地でもつ。領民にとってみれば、学校に通う者の衣食住は基本的に全部無料と考えてもらっていい」
「そんな! そんな事をしたら領地の財政が破綻してしまいます!」
「ま、きっとなんとかなるさ。厳しいようならまた考えよう。リア、それでいいな?」
「無論だ。民の教育に関することはアランに全て任せる。それが私とアランの約束なのだから」
「……承知しました。ではそのように手配いたします」
「よろしく頼む。で、二日後には先行隊全てが王都に到着するということでいいのかな?」
「……その通りでございます。二日後の夕刻までに王都正門前の広場に到着するようにと厳命しております」
「うん、王都正門前の広場は広いし良い選択だ。守備軍に連絡しておこう。では、三日後に出発しようと思うが皆の考えはどうだ?」
周りを見渡すが異論のある者はいないようだ。
「よし、では三日後の夜明けに王都正門前広場に集結し、準備でき次第、出発する。カトル、関係各位に通達を出せ」
「はッ」
カトルと数人の者が宿を飛び出していった。
ちょうと夕食の刻限になったので食事をとりながら話を聞くことにした。まぁ、言ってみればロベルト達の歓迎会だ。
王都で仕入れた秘蔵のワインの樽を開けることにしよう。
◇◇◇◇◇◇
王都に到着した我らを姫様とアラン様は予想以上に歓迎してくれた。てっきり此度の先行隊のことでお叱りを受けるものと覚悟していただけに嬉しい。
夜も更け、ほとんどの者が部屋に引き上げたが、ダルシム副官を含め主だった者数名に話を聞くために残ってもらった。
「して、どうなのだ? 副官として見たアラン様の采配は」
「素晴らしい、の一言に尽きます。我らが成したことは全てアラン様あってのことと断言できます」
「そうか。まさか教会の司祭様までが我らに同行することになっているとは思わなかった。神官の派遣に厳しいアトラス教会をよく説得できたものだ」
「アラン様はゲルトナー大司教様と懇意にしております。そのおかげかと」
「なんと、大司教様と!? ……さすがはアラン様だ。
しかし……私は心配なのだ。先ほどの話では我ら一千百名の他に職人とその家族九百名、孤児五百名、冒険者達百五十名、計二千六百五十名の者が領地に向けて移動するのだろう?
いきなりこの人数で移動するなど少し無理があるのではないか?」
「問題ないでしょう。こちらを御覧ください。アラン様が立案した計画書です」
ダルシム副官は食堂にあった棚から分厚い計算書を取り出してきた。
数十頁にわたる計画書で、必要な物資や飼葉、行程や休憩場所、掛かる費用まで詳細に記述されている。
驚いたことに、知るはずのないスターヴェークからの先行隊の人員や物資のことも記載されていた。
これによると既に食糧や飼葉などの消費物資は道中の街や村に既に用意されているか運ばれている途中のようだ。ここまで周到に計画しているとは思わなかった。
「素晴らしい計画書だ! よくぞこれだけの計画を立案されたものだ。アラン様はこれを作り上げるのにさぞかし苦労なされたろうな」
「いえ、アラン様は会議で決まったことをその場で咀嚼して我らが見ている前でその計画書を書き上げたのです」
「なんと! これほどの計画をその場で? ……アラン様は、武だけでなく行政の才もお持ちか」
「はい。紛れもない天才です。現在その計画通りに事は進んでいます。アラン様に任せておけば何の心配もないでしょう」
「どうやら取り越し苦労だったようだな。しかし、樹海はどうするのだ? 魔の大樹海という所は噂されている程ではないということかな?」
「いえ、私一人で分け入れば半日と持たないでしょう」
「……それほどに厳しい所か。しかも樹海というからには馬車も使えないのだろう?」
「いえ、アラン様配下の者達が期日までに道を切り開くとのことです。樹海内の警護も問題ないそうです」
「そんな事が可能なのだろうか? いや、これもきっと無用な心配だな。その樹海の奥地に街を造り上げた者達なのだから問題はないのだろう。
そうか、では樹海に到着すればアラン様の配下の方々と相見えることができるのだな。
……どのような方々なのだろうか?」
「判りません。しかし、あのアラン様やセリーナ、シャロン両隊長の部下です。凡庸な者ではないでしょう」
「……我らが見劣りしなければよいのだがな」
「それが最近の我らの悩みです。合流を果たしてしまえば我らは見限られてしまうのではないか、最近ではそんな悪夢を見るようになりました。無論、アラン様はそのような御方ではありませんが……」
「今から心配していても仕方がないな。しかし、つくづく素晴らしい御方と巡り会えたものだ」
「はい。アラン様以上に文武に優れた方はこの世にはいらっしゃらないと断言できます」
「おぉ、それほどか。ドラゴンを倒したとの事から我々もある程度想像していたのだが……。ここに来るまでの道中でも様々な噂を聞いた。しかし、噂には荒唐無稽なものが多く直接聞きたいと思っていたのだ」
「どのような噂でしょう?」
「賊を千名以上捕らえたとか、別のドラゴンを従えたという噂だな」
「それはどちらも本当のことですね」
「なんと! 賊はともかくドラゴンを従えたというのか!?」
「間違いありません。アラン様はドラゴンと意思を交わすことができるのですよ」
「…………それは本当のことなのか?」
「もちろん本当のことです。そのドラゴンの名はグローリア殿といいます。
我らはグローリア殿と一緒に狩りにも行きましたし、グローリア殿の背に乗り空を飛んだこともあります」
「……冗談を言っているのではないのだろうな?」
「冗談ではありません。ドラゴンは本当に賢くて気高い生き物です。アラン様によるとドラゴンは人と同じか人以上に賢いそうです」
「まさか本当のことだったとは…………その、ドラゴンはやはり強いのだろうな」
「比類なき強さです。一個軍団を以ってしても倒すことは叶わないでしょう」
「あぁ……神よ。感謝いたします」
それほど武が我らに味方するというのならば、国を取り戻すにもそれほどの時間はかからないだろう。ひょっとしたら私が生きている内にその日がくるのやもしれぬ。
間違いなく女神様は我らに味方してくれている。いや、これも姫様に流れるルドヴィークの血の強運か。
惜しむべくは、今までアラン様と行動を共にできなかった事か。ダルシム副官達は、まるで冒険譚のような日々を送ってきたようだ。
「アラン様のお国の事などはお聞きしたのだろう?」
「ほんの少しであれば。アラン様はあまりお国の事を話したがりません。その御様子からリア様に、お国の事を訊くことを禁じられております。
アラン様が進んで話してくださる時を待つようにとの御触れが出ております」
「……そうか。ならばその時を待つしかないな。しかし、判っていることもあるのだろう?」
「はい。アラン様のお国は『ジンルイギンガテイコク』という国名です。こちらの言葉に訳すと『人類スターヴェイク帝国』、となります」
「スターヴェイクだと!?」
「はい。奇しくもスターヴェイク王国と同じです。もっとも『ギンガ』という言葉は『輝く星々』というよりも『全ての星々を合わせたもの』という意味らしいです」
「……『全ての星々を合わせたもの』か。確かに一言で表せば『輝く星々』となるか。
それにしても同じ名とは……素晴らしいな。もはやこれは運命と言っても過言ではない」
「はい。我らもそう考えています」
「それにしても帝国か。……やはり大国なのだろうか?」
「はい。国の規模でいえば、この大陸全土を合わせたより大きいようです」
「なんと! なんということだ……大帝国ではないか。そのような国がこの世界に存在するとは……」
「はい、驚くべきことです」
「……アラン様はその大国の将軍なのであろう? やはり高貴なお生まれなのだろうか?」
「それは判りません。しかし、人類スターヴェイク帝国には貴族や皇帝は存在しないようです。民から選ばれた代表者達で構成される組織が国の方針を決めているとか」
「噂に聞く元老院というものだろうか? 確かにそれほどの大国ともなれば、もはや一つの家で治めることは難しいのかもしれぬな。それで、アラン様の軍内部での地位は?」
「はっきりとは判らないのですが、最高位にいるようです」
「……最高位とは?」
「文字通り一番上です。酒の席の酔った勢いで、同国のセリーナ隊長に同様の質問をした者がいました。その時、セリーナ隊長はこう答えたそうです。
『この世界に文官、武官を含めてアランに命令できる者はいない』と」
「…………それは王、いや皇帝ということではないのか?」
「判りません。しかし、当初より行動を共にしてきたノリアン卿によるとアラン様が全軍の指揮権を持っているということは間違いないようです」
「大帝国の全軍の指揮をアラン様が……やはりただの御方ではないようだな」
「はい。ただの人では、あり得ません」
「……それほどか」
「クランの者の中にはアラン様は使徒様ではないかと信じている者がいるほどです」
「…………ダルシム副官。知っての通り私は教会のまわし者と噂されるほどの敬虔な信徒だ。その私の前で『使徒』という言葉を使うのか?」
「使徒様であるかどうかは私には判りませんが、そう信じている者がいることは事実です。それに、そう考えるといろいろな事に辻褄が合うこともまた事実です」
「……確かに使徒様に命令できる者はいないか。いずれにしても我らの忠誠を捧げるには十分過ぎる御方だな」
「はい。私はアラン様のためならば命をも投げ出す覚悟です」
「君に似つかわしい見事な覚悟だ。では、その覚悟に乾杯しようではないか。スターヴェークに!」
「銀河に!」
毎度のことながら、更新が遅くなり大変申し訳ありません。
『航宙軍士官、冒険者になる4』発売中です。宜しかったらお願い致します。




