078. 競売
誤字、脱字、御指摘、感想 等もらえると嬉しいです。
「では、これから競売を始める! ガンツ商業ギルドのサイラスだ。まずは今回の競売の出品者を紹介しよう。Aランク冒険者、シャイニングスターのアランだ」
くそ! こんなの聞いてないぞ。こんな事なら、もっとちゃんとした格好をしてくれば良かった。
椅子から立ち上がり、一礼して見せた。
「おぉ! あれがシャイニングスターの……」
「随分と若いな」
「盗賊狩りがドラゴンスレイヤーだったのか」
「アラン、何か一言ぐらい言え」
「…… シャイニングスターのアランといいます。本日は我々の競売のためにお集まり頂きまして、ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
いきなり一言と言われても、これぐらいしか言うことはない。
パチパチと拍手をする商人が出始め、拍手する人が増えていく。やがて会場にいる全ての商人が立ち上がり拍手し始めた。
この惑星の拍手は他の大部分の人類惑星と同じく称賛、または同意の意味を持つ。仕方なくまた立ち上がり一礼した。
何に対する拍手だろう? きっと盗賊を捕まえた事に対する拍手だろうな。
拍手が収まるとサイラスさんは俺達の隣にあった椅子にすわり、入れ替わるようにカリナさんとギルド職員が壇上に立つ。
「まずは商品の確認です。こちらを御覧ください。万能薬です」
カリナさんが小さな小瓶を差し上げる。
「「おぉ!」」
カリナさんの横に立つギルド職員は、袖を捲り上げるとナイフで肘の上辺りを斬りつけた。傷口はここからは見えないが肘からポタポタと血が滴っているので、まぁまぁの切り傷だろう。
カリナさんは万能薬の栓を開け、布に含ませると切り傷に塗りだした。一分程の待ち時間があり、ギルド職員が布で自分の腕を拭う。
「おぉ!」
「凄い!」
みんな驚いているので傷が治っているんだろう。
この万能薬の効果は、先日カリナさんと競売の打ち合わせをした時にも見せてもらった。もちろん万能薬を指で触れて成分を解析している。
確かに珍しい成分が含まれていたが、特殊な物質が含まれているわけでもなく、帝国でもありふれたものだった。
ただ一つの特異な点は、万能薬には魔力が含まれていた事だ。ドラゴンの血に魔力が含まれていて、それと薬剤を混ぜ合わせる事により、万能薬たらしめる効果が生まれているのだろう。
その効果がある理由はイーリスの分析でも分からず、いつか時間をとって研究しなければならない案件だ。
万能薬は腐る事が無いらしい。スライムの素材から作った特殊な栓をすれば、何年でも保存することができるとの事だった。
万能薬の一瓶の容量は二百ミリリットルぐらいで、今回作る事が出来た万能薬は、二千三百五十本。
クラン用のストックとして二百本の万能薬は、競売に掛けずに手元に置いておく事にした。つまり、競売に出すのは二千百五十本だ。
これだけの本数のガラスの小瓶を確保するためにガンツ中のガラス工房が、二十日以上フル稼働で製造したとの事だった。ガラスの原料は高騰し、不要なガラス製品は壊され小瓶へと姿を変えたらしい。
「全ての万能薬が、これと同じ効果を持つ事は、ガンツ商業ギルドが保証します。では、競売に入りたいと思います。告知した通り、一つの商会で落札できるのは五回まで。出品単位は、百、五十、三十、二十、十です」
この出品単位というものは、どう決めていいか分からなかったので、カリナさんに全てお任せしてある。
「では、万能薬、百本。競りは一本の価格でお願いします」
「リール商会、四万ギニー!」
「ボフミル商会、五万ギニー」
「ツィリル商会、六万ギニー!」
「リール商会、七万五千ギニー!」
「カレル商会、八万ギニー」
おお! 面白いように値が上がっていく! 一本当たりの価格だから百本で八百万ギニーだ。あんな小瓶一瓶に八万ギニー!? カリナさんが国宝級といっていたのは大袈裟では無かったようだ。
「タルス商会、十万ギニー」
おぉ! ヨーナスさんだ! 二桁の大台に乗った事で、どよめきが上がっている。
「ブラス商会、十万五千ギニー!」
まだ上がるのか。しかし勢いは落ちているな。
「サイラス商会、十二万ギニー」
おっと、アリスタさんだ。アリスタさんの声が上がると、あちこちから舌打ちする音が聞こえてきた。すかさず、サイラスさんが怒ったように椅子から立ち上がり、舌打ちした者を探している。
「十二万ギニーです。これ以上の高値を付ける方はいますか? …… では、万能薬、百本。サイラス商会が、千二百万ギニーで落札です」
会場がどよめきに包まれる。
「では、次です。同じく万能薬、百本。競りは一本の価格でお願いします」
「サイラス商会、十二万ギニー」
すぐにアリスタさんが宣言する。…… 後に続く声は無かった。
「…… 万能薬、百本。サイラス商会が、千二百万ギニーで落札です」
これと同じ事をあと三回繰り返すと落札回数制限のためか、アリスタさんは席を立ち、会場から出ていった。うーん、他の商会とは格が違うって感じだな。
「では、次です。同じく万能薬、百本。競りは一本の価格でお願いします」
同じく価格は上がっていくが、不思議な事に十二万ギニーを超えても競りは止まらなかった。
「タルス商会、十四万ギニー」
「………… 万能薬、百本。タルス商会が、千四百万ギニーで落札です」
そうか、さっき十二万以上の金額にならなかったのは、恐らく国内一番の商会と云われるサイラス商会と争っても敵わないと考えたか、対抗したと記憶される事を恐れて競りから引いていたのかもしれない。そう考えるとさっきの舌打ちも理解できる。
この後、タルス商会がもう一回落札したが、落札金額は微妙に上がり続けた。
計千五百本が落札されると出品単位が五十本に変更され、競りは更に熱を帯びた。
なるほど……。資金力の無い商人は、百本分の資金はないから出品単位が少なくなるまで待つしかなかったのか。
さらにライバルが増えるし、残り本数が少なくなっていくから値の争いが熾烈になるという事だ。出品単位五十本の競りの一本当たりの価格は十七万五千ギニーにまで上がっていた。
やはり金を持っている者が、容易に儲ける事が出来るという原則は変わらないようだ。
四時間に及ぶ競りもようやく終わりを告げ、最後の競りが終了した。出品単位十本の最後の競りの単価は、なんと二十五万ギニーだ。最初の落札価格の二倍以上に高騰していた。
あの小瓶一瓶で二十五万ギニー。とてもじゃないが、転売しても利益が出せるとは思えないけどな。
商人達が疲労困憊の様子で会場をあとにしている。俺も座っているだけだったが何だか凄く疲れた。
支払いは後日、ギルド窓口にて商品と引き換えに行われるとの事だった。
同じく疲れ切った様子のカリナさんに声を掛けた。
「お疲れ様です、カリナさん。大変でしたね」
「いえ、こんな競売を仕切る事が出来るなんて一生に一度の事ですから、大変なんて言っていられません」
ギルド員が駆け寄ってくると、メモをカリナさんに渡した。カリナさんはメモを見て目を見開いた。
「アラン様、今日の落札金額合計は、三億八千七百二十一万三千ギニーです」
「「おぉ!」」
みんなの驚きの声が上がる。ナノムに計算させていたので金額は知っていたが、皆の手前、驚いてみせた。
「なんて額だ! 凄いですね! アラン様!」
「あぁ、凄いな。明日からも楽しみだ」
パーティーの皆も嬉しそうだ。とりわけクレリアが一番喜んでいたが、恐らくロベルト達に多く送金出来る事を喜んでいるんだろう。
「あ、そうだ! アリスタさん。予定通りドラゴンの牙以外は全て出品してください」
「えっ!? では貴族様との交渉が?」
「そうです。先程無事終わりました。ドラゴンの両方の牙で話がつきました」
「アラン様、おめでとうございます!」
「まぁ、まだ本決まりではないですけどね。五日後の朝に王都に向かって出発します」
「分かりました。では、そのように手配します」
ギルド一階に降りると大勢の商人達が待っており、また盗賊討伐の礼やドラゴン討伐の祝いの言葉などを延々と言われ、ギルドを出るのに三十分以上掛かった。
商業ギルドを後にして、皆でホームへと向った。
「万能薬があれほどの高値をつけるとは思わなかったな。あんな金額じゃ、おいそれと使えないんじゃないか?」
「そうですね。切り傷ぐらいなら治癒魔法を使ったほうがいいでしょうし……。治癒魔法よりも治療効果は少ないんですよね?」
「王宮にいた頃、万能薬についての噂を聞いた事があります。万能薬を薄めたものを定期的に飲んでいると病に罹らないとか」
「ほう、万能薬にはそんな効果もあるのか……。じゃ、貴族向けに売れるのかもしれないな」
「貴族といっても、余程の上級貴族でないと使えないと思う。恐らく王族が買うのではないかしら」
「なるほどな。だとするとあの金額でも商売になるのか」
ホームに着くと丁度、夕食の時間で食堂には既に皆が集まっていた。やはり競売の結果が気になるんだろう。食事を始める前に発表する事にした。
「万能薬の落札金額の合計は、三億八千七百二十一万三千ギニーになった」
「「おぉ!」」
「すごい!」
「この調子だと明日からの競売も期待出来そうだな」
皆の夕食の合間での話題は、当然の如く今日の落札金額と明日、明後日の落札結果の予想だ。
「アラン、ロベルト達に送金をするのでしょう?」
「そうだな。競売が終わったら、まとまった額を送金しよう。商業ギルドで言伝も送れるそうだから、こちらの状況をある程度伝えたほうがいいな」
「それはとても良い考えね! でも、何と伝えればいいのかしら」
この後、ロベルト達に送る連絡文をダルシム副官やリーダー達を交えて検討した。送信する費用は最低料金が一万ギニーで連絡文の一文字あたり百ギニーとの事だったので、文字数をなるべく抑え、一万ギニーに収まるように皆で知恵を絞った。
もちろん資金は唸るほどあるが、少なくとも五千人もの人々の生活費や準備資金となる事を考えると無駄遣いは出来ない。
「じゃ、『我、ドラゴンの討伐に成功せり。勲爵の可能性大。少しずつ準備を進められたし。続報を待て』で決まりだな」
「きっとみんな驚くわ」
「ロベルト殿が喜ぶ顔が浮かびますね」
今日は気疲れしたので早めに休むことにした。明日の競売は、朝九時からスタートで、扱う品はドラゴンの肉と鱗だ。
翌朝、九時前に商業ギルドに向かうと、昨日と同様の混雑状況だった。
時間になり競売会場に移動する。予定では、午前中がドラゴンの肉、午後が鱗の予定だ。
ほっとした事に今日は挨拶などはやらされずに済んだ。
「それでは、ドラゴンの肉の競売を始めます。まずは商品の確認です」
カリナさんがそう言うと、ギルド員がぞろぞろと会場に入ってきた。テーブルを並べ始めドラゴンの肉が載った大皿を次々と並べ始めた。
さっきからいい匂いがしていたのは、これだったようだ。
文献によるとドラゴンの肉は、内臓も含めて余す所なく食用可能で美味との事だった。中でもモモ肉は絶品らしい。
「試食用の焼き肉を用意しました。味付けは塩、胡椒のみです。各部位毎に並べられているので、一皿ずつ試食してください。えー、当然のことですが、御一人につき肉は一切れでお願いします」
「「おぉ!」」
全く味の分からないものには金を出さないだろうと思い、この試食は打ち合わせの時に俺がカリナさんに提案したものだ。その分の肉は売り物にはならないが、試食の効果はきっとあるだろう。
早速、商人達が一列に並び、順に試食をおこなっている。
「何だ! この肉の旨味は!?」
「口の中でとろけるようだ!」
「こんな美味い肉がこの世にあったなんて……」
なかなか評判は上々のようだ。
「では、肉の競りは、この木箱一杯の肉を一箱としておこないます。どの部位もそれは変わりません。告知した通り、一つの商会で落札できるのは五回まで。出品単位は、十、五、二です」
カリナさんは肉が百キロは入りそうな箱を指し示している。なるほど、判りやすくていいな。
「では、ドラゴンのモモ肉、十箱。競りは一箱の価格でお願いします」
昨日と同じ様に次々と入札されドンドンと値が上がっていく。
……
「ツィリル商会、三万ギニー!」
「バラス商会、三万二千五百ギニー」
「カレル商会、三万五千ギニー」
「サイラス商会、五万ギニー」
アリスタさんが入札すると、昨日の再現を見ているように入札が止まった。
「では、ドラゴンのモモ肉、十箱。五十万ギニーで落札です」
その後も同様に四回落札してアリスタさんは会場を後にした。
一キロ五百ギニーか。思った程じゃないけど、悪くはない金額だ。なにせ量は何十トンもある。
カリナさんによると、他所の街に運ぶのに大量の氷を用意して夜を徹して運ぶらしく、輸送費が非常に高額になるらしい。そのため余り高額は期待出来ないかもと言っていた。
次々と競りは行われていき、丁正午には全ての競りは終了した。
競りの落札金額の合計は、千九百八十八万五千四百ギニーだ。
「アラン様、落札金額合計は、千九百八十八万五千四百ギニーになりました。やはり生ものは余り値が上がりませんでしたね」
「いえ、期待以上ですよ。では午後もお願いします」
昼食を挟んで、午後のドラゴンの鱗の競売が始まった。
「では、ドラゴンの鱗の競りを始めます。告知した通り、一領の鎧を作るのに最適な大きさの大小の鱗を集めて組にしたものです。これはあの[聖騎士の鎧]を作製する時に使用された文献を元に決められたものです」
「おぉ! あの鎧と同じか!」
「あの鎧と同じものを作れるのか……」
最初は鱗なんかで鎧を作ってどうするのかと思ったが、カリナさんの説明では、ドラゴンの鱗で作った鎧は、ある程度魔法攻撃を防げるらしい。だとすれば高く売れるのも納得できる理由だ。
「では、ドラゴンの鱗、鎧作製に必要な一組です」
次々と入札されドンドンと値が上がっていく。しかし、値の上がり方が今までとは違うな。
……
「ゲルルフ商会、五百五十万ギニー!」
「ゲッツ商会、五百七十万ギニー」
「ハンス商会、六百万ギニー」
「ヘルマン商会、六百十万ギニー」
「サイラス商会、八百万ギニー」
アリスタさんが入札すると、どよめきがおこった。何の加工もしていない鎧を作る材料が八百万ギニーとは。
いつものようにサイラス商会が四回落札して、競売は続けられた。
終わってみれば、落札金額合計は、四億六千五百四十万三千ギニーとなった。十分満足のいく金額だ。やはりドラゴンの素材の中でも血と鱗の価値は抜きん出ているようだ。
カリナさんに挨拶して帰ることにした。
「あぁ、そういえば明日は用があるので私は来られません。代わりの者が立ち会いますので」
「そうですか……。残念です。競売のほうはお任せください」
「よろしくお願いします」
皆と上機嫌でホームへの帰路についた。
「アラン、明日、用があるというのは?」
「明日の夜は宴会だろう? 久しぶりに料理を手伝おうと思ってね」
「まぁ! 素晴らしいわ! アランの料理が食べられるなんて!」
「俺は料理を手伝うだけさ。みんなは競売を見学するといいよ。俺は朝から色々と準備をしようと思う」
夕食時に今日の落札金額を発表すると、また驚きの声が上がった。
「アラン、明日は何を作るの?」
クレリアは明日のメニューが気になるようだ。確かに俺が料理を作るのは久しぶりだけど、料理長のロータルさんの料理も美味しいし、俺が作ったのと大して変わらないんだけどな。
「何か要望があるならきくけど?」
「そう? では、カラアゲとハンバーグ、あぁ、トンカツも良いわね!」
「私はポテトサラダをお願いします」
「了解。シャロンとセリーナは?」
「ポテトサラダは、ゆで卵たっぷり入れてください」
「私はアランの作るものなら何でも」
「よし、献立を決めかねていたから助かるな。まぁ、手に入る食材にもよるけど、宴会らしく豪華にいこう」
それを聞いてみんなから歓声があがる。
こんなに楽しみにしてくれているなら気合をいれないといけないな。
翌朝は午前中から料理長のロータルさんと三人の料理人と馬車で仕入に向かった。市が立つのには早かったので、まずは酒の仕入れだ。
以前、カリナさんに案内してもらった商会で、上等な白ワイン、赤ワインを大きな樽で購入した。勿論、エールも奮発して評判のいい物を大樽で手に入れた。
ガンツはさすがに素材の宝庫と云われるだけのことがあり、その市場は様々な食材に溢れていた。目移りしてしまうが、ロータルさんと相談しながら美味そうな食材を次々と購入していった。
昼過ぎにはホームに帰って早速料理だ。料理人達と相談しながら、メニューを決めていく。メニューが決まると実際に一品ずつ作ってみる試食会となった。
「これは美味い! アラン様、こんな料理があるのなら早く教えてくださればいいのに!」
「あぁ、すまない。でもこれは宴会料理だからな。普段はこんなに手間をかけられないだろう?」
「確かにそうですな。しかし、こんな料理があったとは! 凄く参考になります」
一通り料理を試食してみて、段取りを打ち合わせて終わったのが十六時だ。ふぅ、なんとか間に合いそうだな。
一息つこうと食堂にいくとクレリア達はもう帰ってきていた。食堂でお茶を飲んでいたようだ。
「アラン、今日の合計は 三千四百八十九万四千五百ギニーよ!」
「おぉ! なかなかの数字だな。後で詳しい話を聞かせてくれ」
「アラン様、先程サイラス商会からこの酒樽が届けられました。祝いの品だと言っていました」
「お、この樽は!?」
この大樽には見覚えがある。例の酒用に俺が設計したものだ。
「私がカリナさんに今日は宴会だと言ったからかもしれない」
「この酒は例の酒だよ。結構な金額のはずなんだけどな。サイラスさんも、なかなか粋な事をするな。有り難くいただくとしよう。皆にも一度は飲ませたかったから丁度いいな」
お茶を飲みながら、今日の競売の様子を皆に聞いた。
「アラン様、タルス殿という方がみえました」
そういえば、何か相談があると言っていたな。何だろう。
「通してくれ」
タルスさん達は、すぐに食堂に案内されてきた。先日と同じようにヨーナスさんとカトルもいる。ここじゃ不味いかな。ひょっとしたら内密の相談なのかもしれない。
「こんにちは、タルスさん。あぁ、もっとゆっくり話せる場所に移動しましょうか」
「いえ、ここで結構です。むしろ、ここのほうがいいですね」
周りには、ダルシム副官を初め、リーダー達がいるので話しづらいと思ったが、内密の話ではないようだ。
タルスさん達は俺たちのテーブルの席につき、お茶が入れられる。
「すみません、アランさん。御時間を取らせてしまって」
「全然構いませんよ。先日、何か相談があると言っていましたが?」
「ええ、実はカトルの事なのです。商人には一通り自分の家で商いを学んだ後、付き合いのある他所の商会に何年か修行にいくという習慣があるのです。カトルの場合、いい商会がなかったのでそれが延びていたのですが……」
「…… なるほど?」
「アランさん! 僕をクランに入れてくれませんか?」
「えぇ!? 何言っているんだ、カトル。ウチは商会じゃないぞ? 冒険者になりたいのか?」
「いえ、いまさら僕が冒険者になっても役には立たないでしょう。あくまで商人として皆さんの役に立ちたいんです!」
どういう事だろう? あぁ、そういえば、先日ここに来た時、カトルはドラゴンの話を、目を輝かせて聞いていた。きっと若者らしく、そういうものに憧れがあるんだろう。
しかし、俺達は普通の冒険者じゃないからな。はい、分かりましたという訳にはいかない。
「しかし、ウチのクランに入ってもする事がないと思うけど?」
「いえ、食料とか日用品の購入とか色々あるでしょう? 何だったら雑用もやります! それでも下手な商会にいくより、皆さんの側にいるほうが遥かに人生の勉強になると思うんです」
それはどうかな。商人を目指している者がこのクランにいても何か得るものがあるとは思えない。
「…… タルスさんは、この事についてどう思いますか?」
「最初は何を馬鹿げた事を、と呆れ果てていましたが、この街に来て考えが変わりました。今では悪くない考えだと思っています」
「本当ですか!? 父さん!」
くそ! やっぱりそうか。どうやらタルスさんとヨーナスさんには、俺達がやろうとしている事の察しがついているようだな。
先日の鍛錬を見られたのが不味かったのかな? 普通の冒険者はあんな剣の鍛錬はやらないからな。多分、クランの皆の正体はバレていると考えたほうがいい。
まぁ、いずれにしても亡国の王女のすぐ近くにいる人間が貴族になると考えれば、自ずと答えは出るか。
察しがついているなら、俺達の周りにいると危険な事も分かるだろう。危険があると分かっているのに何故カトルを?
「私はこの度、男爵として貴族に列せられる事になりそうです」
「えぇ!? アランさんが!?」
「そうでしょうな」
「私が、いや私達がやろうとしている事は分かっていますね?」
「想像はつきます」
これを聞いてダルシム副官を初めリーダー達が身じろぎする。
「分かっていながら、カトルをウチに?」
「むしろ、分かったからこそ、でしょうな。カトルが言った通り、皆様の周りにいれば他では学べない事を学ぶ事が出来るでしょう」
なるほど……。危険は承知の上という事か。しかし、どうしたものかな。
「カトルが幼少の頃より、私とヨーナスで商いの全てを教え込んできました。自分で言うのもなんですが、かなりやり手の商人に仕上がりました。修行に出すのが遅れたのも、大抵の商会では修行に出す意味が無かったからなのです」
「私のギルドランクはBランクです。きっとお役にたってみせます!」
ほう、この若さでBランクとは、大したものだ。タルスさんもウチのクランに商人がいないと見ての売り込みだろう。さすがやり手の商人だ。
確かにこれから物資の調達などの機会は増えていくだろう。正直、この国の事情に詳しい商売のできる人材は必要だ。悪くない話かもしれない。
「カトルにリアの話は?」
「勿論、していません」
クレリアの事を実の息子にまで話していないとは……。やはりタルスさんは信用できるな。
念の為、答え合わせをしてみよう。
「タルスさん、私達がやろうとしている事とは?」
「…… 建国、ですね?」
「…… そうです」
「えぇ!? けっ、建国?」
「そうだ、カトル。俺達は普通の冒険者じゃない。まぁ、ぶっちゃけるとスターヴェイク王国の残党だ」
「スターヴェイクの!? …… では、リア様は?」
「そう。私の名は、クレリア・スターヴァイン」
「えぇ!? そっ、その御名前は!?」
カトルは椅子から転げ落ちると、クレリアにひれ伏して床に額を押し付けている。
「ははぁ!」
それを見たタルスさんとヨーナスさんは目を覆う。やり手の商人になったとはいえ、こういう所は年相応らしい。
「カトル、席に座れ」
「し、しかし父さん!」
「いいから座れ」
カトルは恐る恐る席についた。
「…… あぁ、そういうことなんですね!? すごい…… やっぱり凄い! アランさん、いえ、アラン様、お願いします! 私をクランに入れてください!」
「タルスさん。本当によろしいのですか?」
「カトルは、昔から不思議と商機が分かるようなのです。そのカトルがこれほど夢中になるのですから、きっと凄い商機なのでしょう。むろん、その過程で命を落とす事になっても自業自得です。アランさんを恨むような事はありません」
「みんなは、どう思う?」
話を聞いていたであろうクランの皆に聞いてみた。
「…… アラン様のよろしいように」
「私もアランが問題ないと思うのであれば」
異議のある者はいないようだ。どうしたものかな。確かに物資調達などの専任がいれば凄く助かる。それがやり手の商人となれば、なおさらだ。
タルスさん達にもバレてしまったことでもあるし、万が一を考えるとカトルは手元に置いておいたほうが安心できるというのもあるな。
「じゃあ、カトル。クランに入るか?」
「ありがとうございます! 必ずお役に立ってみせます!」
「アランさん。わがままを聞いてくださりありがとうございます。これからの事を考えるとカトルだけでは、手が足りないかもしれません。カトルの補佐としてあと二人、追加で入れてもらう訳にはいきませんか? ウィリーとペーターという若者を連れてきています」
お、ウィリーは知っているな。十四、五歳の少年だ。多分、ペーターというのも同じぐらいの少年なんだろう。ま、一人も三人も同じ様なもんだな。
「分かりました。三人ともお預かりしましょう。私の力の及ぶ限り危険からも守ります。しかし、万が一の事もあるかもしれません」
「そう言って頂けるだけで十分です。ありがとうございます。その二人はウチの従業員の息子達です。身元は私の命を掛けて保証します」
「さて、そうと決まればお祝いだな。幸い今日はクランの宴会なのですよ。後ほど始まりますが、良かったらタルスさん達も参加しませんか?」
「あぁ、それは大変、心惹かれるお誘いなのですが、クランの宴会に部外者が参加するわけにはまいりません。代わりといっては何ですが、外にウィリーとペーターを待たせております。問題なければ二人を参加させてもらえませんか?」
「もちろんですとも。二人はもうクランの一員なのですから」
「ではな、カトル。お前はもうこのクラン、シャイニングスターの人間だ。皆様のために身を粉にして働きなさい。明日にでも荷物は届けに来よう」
「…… 分かりました、父さん。御尽力頂き、ありがとうございました」
カトルはタルスさんに向かって深々と頭を下げた。
皆でタルスさん達を門まで見送った。門の外にはウィリーと見知らぬ少年が待っていた。
「よう、ウィリーじゃないか!」
「お久しぶりです! アランさん!」
「こら! アラン様とお呼びしろ! そうだ! 聞いて驚くなよ? お前達二人ともシャイニングスターに入れてもらえる事になったぞ!」
「えぇ!? カトル様、本当ですか!? 俺達がシャイニングスターに!?」
ウィリーとペーターは飛び上がって喜んでいる。まぁ、嬉しそうにしているなら良かった。
「では、アランさん。三人の事、よろしくお願いします」
「分かりました。ちなみに私達は明後日の朝に王都に出発します」
「分かりました。それでは明日、また挨拶にお邪魔させてもらいます」
タルスさんとヨーナスさんは名残惜そうに去っていった。
「よし、お前達三人は今日から俺達のクランの一員だ。言っておくが、このクランは楽じゃないぞ」
「「はい!」」
「いい返事だ。あぁ、ケニー。この三人を空いてる部屋に案内してくれないか? 少し掃除しないと寝られないだろうからな」
「分かりました。アラン様」
おっと、もう十七時だ。宴会は十八時半からだから、俺も料理を手伝うとしよう。
皆が料理と酒を喜んでくれるといいけどな。
2018年10月5日修正。今回の更新の競売の金額に色々と不備があったようで内容を修正させていただきました。鱗の落札合計金額を一桁間違えていたようです。申し訳ありません。
通貨の価値ですが、下記ぐらいの価値と考えて貰えると嬉しいです。
銅貨 一ギニー 百円
大銅貨 十ギニー 千円
銀貨 百ギニー 一万円
大銀貨 千ギニー 十万円
金貨 一万ギニー 百万円
大金貨 十万ギニー 一千万円
白金貨 百万ギニー 一億円
つまり競売の結果は
万能薬 は約387億円
肉、内臓 約20億円
鱗 約460億円
骨、目玉、革 約35億円
となりました。
活動報告にも書かせてもらいましたが、書籍が2018年11月30日に、KADOKAWA / エンターブレイン(ファミ通文庫)様より発売されます。
更新が遅くなりまして申し訳ありません。
ブックマークと評価を入れてくださった方、ありがとうございます!
これからも宜しくお願いします!