076. グローリア
あぁ、楽しかった! 一族の皆と空を飛ぶ事ができた!
人間の言葉はわからなかったが、イーリスによると皆すごく喜んでいたとの事だった。一族の役に立って嬉しい。
一族の者達と別れるのは寂しいが、一族の者は人間の集落に住んでいるのだから仕方がない。新たな集落が完成すれば、一緒に住む事が出来るのだから我慢しよう。
族長と再会を約束すると、巣穴に戻るために飛び立った。
何もすることがなく寝てばかりいた数日前までの日々とは大違いだ。今は一日一日が凄く楽しい!
一族の者と会う事は楽しいし、なんと言っても話し相手がいるのだ。イーリスはずっと側にいてくれる。私はもうひとりぼっちじゃない。
イーリスとは色々な事を話し合った。私の種族の事、森の事、森に暮らす生き物の事、族長達の一族、テイコクの事。
よく分からない事も多いが、私は本当に凄い一族に加わったようだ。
一族に加わって早速、一等兵という戦士の位を授かった。これは優れた戦士という意味を持つらしい。普通の戦士より一つ上の位だ。
普通は新たに一族に加わった者は、一番下の序列から始まる事を考えれば破格の待遇だ。
人間の一族の中でも戦士の位を持つものは四人しかいない。族長、イーリス、セリーナとシャロン、いずれも私よりも遥かに上位の位を持っている。
戦士ではない一族の者がいるという考えが最初は理解できなかったが、人間の世界ではよくある事らしい。人間の族長が率いる一族に加わったのだから慣れなければならない。
とはいえ、戦士ではない人間も全く戦えないわけではないようだ。つまり戦士階級にある者は、特に力を認められた者ということなのだと思う。
戦士の位は手柄を立てれば、その手柄に応じて上がっていくものらしい。判りやすくて良い掟だ。
母に聞いたドラゴンの掟では、血縁関係や縁故で殆ど地位が決まってしまい、よほどの強者でない限り序列を上げることは難しいとの事だった。
一族に加わった以上、一族に尽くし手柄を立てるのは当たり前の事だ。当たり前の事をして位が上がるのであれば申し分ない。
イーリスは言葉にしなくても、言いたい事を頭に思い浮かべるだけで理解してくれ、イーリスの言いたい事も不思議と分かるのでとても楽だ。
しかし、昨夜から時々ドラゴンの言葉で話しかけてくるようになった。最初は言葉使いがおかしかったが、繰り返すうちに段々と言葉使いも直ってきている。
人間の口からドラゴンの言葉を聞くのは変な感じがしたが、やがてそれも慣れた。
巣穴に向かって飛んでいると甲高い音が聞こえてきた。これは一族の戦士達が近づいてくる時に聞こえる音だ。緊張する。
甲高い音が段々と大きくなり、真っ黒な戦士が私のすぐ隣に姿を現した。
「やぁ、グローリア」
なんと一族の黒い戦士はドラゴンの言葉を話した! イーリスだけじゃなく、戦士達もドラゴンの言葉を話せるなんて!
[一族の戦士、ディー・テン伍長よ]
頭の中にイーリスの声が聞こえた。
伍長という位は、確か五体の戦士の長という意味だ。一等兵の一つ上の位だ。
空を飛ぶ一族の戦士達は、真っ黒な体躯をしていて体に一切の動きがない。羽ばたきもしていないのに、空を飛ぶ事ができる不思議な種族だ。
まるで生き物に見えないので、不気味で恐ろしく感じていたのだが、こうも気さくに話しかけてくれるとは思わなかった。
「初めまして! ディー・テン」
ひょっとしたら会った事があるのかもしれないが、皆同じ姿をしているので見分けはつかない。
「良かったら、君の巣穴までどちらが早く着けるか競争をしないか?」
競争!? 凄く楽しそう! と一瞬思ったが、これはきっと私の戦士としての力を見たいということだ。一族に相応しい者かどうか試されるのだ。敵わないかもしれないが、全力を出す!
[では、私が合図を出しましょう。用意はいい?]
「「はい」」
[始め!]
◇◇◇◇◇
夕食が終わり部屋に戻る時にシャロンとセリーナに声を掛けた。
「これからグローリアの所に顔を出そうと思っているんだけど、一緒に行かないか?」
「それはいいですね! 私も仲良くなりたいと思っていたんです」
「勿論、行きます」
「では、三分後に通信開始だ」
「わかりました」
部屋に戻るとイーリスに通信した。
(今からARモード通信でシャロン達と一緒に、グローリアに会いにいこうと思っているんだが問題ないかな?)
[勿論です。きっと喜びますよ]
(では、一分後に行くよ)
よし、時間だ。イーリスに通信すると、突然視界が変わり目の前にはグローリアとイーリスがいた。俺の両脇にセリーナとシャロンも姿を現す。
「こんばんは、グローリア」
「えぇー!? 族長もドラゴンの言葉を話せるのですか!?」
なんだ!? 聞き慣れない女性の声が聞こえる。族長? もしかして……。
「イーリス! この声はひょっとして?」
「そうです。やっとドラゴン語の翻訳システムが、まともになってきたので試験運用することにしました」
「それは素晴らしい! これで直接話せるな」
「どういうことですか? 族長」
「俺やセリーナ、シャロンも、イーリスと同じように、いつでもグローリアと話せるようになったってことさ」
「えぇー!? 本当ですか? 嬉しい!」
「大尉。この声はどうやって決まったのですか?」
「声? 特に気にしなかったわ。合っていないかしら?」
「全然、合っていません。イメージと全然違います。セリーナはどう思う?」
「確かに。ちょっと大人っぽくしすぎのような……」
「そう! その通り! もっと若々しくしないとグローリアが可哀想! アランはどう思いますか?」
シャロンはグローリアの声に並々ならぬこだわりがあるようだ。普段温和なシャロンが、いつになく強い口調だ。
どうせ翻訳された言語を聞くのは俺達だけで、グローリアに聞こえるわけじゃないから、どうでもいいような気もするが……。
「だったら、イメージに合うように調整したらいいんじゃないか?」
「分かりました! そうさせてもらいます」
シャロンとセリーナとイーリスで集まって何やら相談し始めた。
改めてグローリアの住処を見渡してみる。イーリスから住処は洞窟と聞いていたが、洞窟というより大鍾乳洞という感じだろうか。
べらぼうに広く、天井までの高さは五十メートル程あり、ここならグローリアも飛ぶ事ができるだろう。
洞窟内は、岩か生物のせいなのか分からないが壁全体が、ほんのりと発光しており薄暗いが不自由はしない明るさだ。
二人は忙しそうだから、俺はグローリアに洞窟内を案内してもらおうかな。
「グローリア、良かったらここを案内してくれないか?」
「分かった!」
グローリアがエラと同じような子供の声と口調で答えた。おいおい、いくら若々しくといってもやり過ぎだ。いや、まだ調整中なんだろう。この声に決まるようなら俺も口を出すしかないな。
「腕に乗ってもいいかな?」
「もちろん、いいよ」
次の瞬間、俺はグローリアの腕の上に転移していた。グローリアは突然現れた俺の姿に驚いたが歩き始めた。
ほう、洞窟内に池があるのか。かなり水深がありそうな池で、水は透き通っていて凄い透明度だ。
「ここでいつも水浴びをしています」
お、グローリアの口調と声がマシになってきたな。
「そうか、なかなか快適そうな所だな」
グローリアは住処を褒められて嬉しそうにしているように見えた。この後、入り口まで案内されて、元の洞窟の最奥に戻った。
「アラン、やっと声が決まりました。グローリア、何か喋ってみて!」
「えぇーと? 何を喋ればいいのですか?」
口調は元に戻ったが、声は最初よりも若くなっている。強いて言えばシャロン達と同年代ぐらいの声だ。
可愛らしい声でグローリアの生真面目な感じが出ているような気がするし、確かにこちらの方がグローリアには合っているのかもしれない。
「いいんじゃないか? よく似合っていると思う」
「そうでしょう! 私もそう思います」
シャロンは大満足のようだ。
「艦長、これを見てくれませんか?」
突然視界が変わった。最奥の部屋の一角に転移したようだ。
「おぉ! これは!?」
辺り一面にキラキラと光る宝石のようなものが転がっている。いや、ちゃんと加工はしていないから宝石の原石のようなものだろうか。拳大のものから人の頭ぐらいの大きさのものまで色々だ。
いや、宝石の類だけじゃなく、宝石の付いた剣や鎧、それに何か分からない箱のようなものも、道具のようなもの、いろいろなものが無数に転がっていた。共通して言える事はみんなキラキラと光っている事だ。
「母が集めていたものなのです。母は光るものが好きで、いつも出掛けては拾ってきていました」
「ふーん、なるほどな。これはきっとお宝だな」
「もし、必要であれば持っていってもらっていいですよ。私は必要ありませんから」
「いや、これはお母さんの形見だろう。大事にしたほうがいい」
さすがに部下の財産に手をつけるほど落ちぶれちゃいない。
「そうでしょうか? 新しい集落に移る時には置いていくつもりだったのですけど…」
本当にどうでもいいようだな。しかし、素人が見てもこれらはお宝だ。
「大事にしなきゃ駄目だ。引っ越しする時は運ぶのを手伝うよ」
「分かりました」
「さて、俺はそろそろ戻ろうかな」
「私達はもう少し残ります。私達は全然グローリアと話していませんから」
「嬉しい! あぁ、今日はなんていい日なの! 皆を乗せて空を飛べたし、ディー・テンと競争できたし、皆とゆっくり話せるなんて!」
(イーリス、ディー・テンっていうと?)
[ドローンのディー・テンです。ドローンを怖がっていたので、仲間意識を持ってもらうために午後はずっと飛行競争をしていました]
(競争か… 勿論、手加減はしたんだろうな?)
[もちろんです]
(そうか。…… ありがとう。できるだけグローリアが寂しい思いをしないようにしてやってくれ)
[分かりました。グローリアに拠点作りを手伝ってもらおうと思っていますが、よろしいでしょうか?]
(あぁ、そうだな。グローリアの暇潰しになるのであれば手伝ってもらうといい)
「じゃあ、俺は戻るよ。グローリア、何かあったら、俺と話したいと願えば俺に声が届くからな」
「分かりました。ありがとうございます、族長」
翌朝、朝食時にセリーナとシャロンは、眠そうな顔をしていた。ひょっとしたら夜遅くまで話をしていたのかもしれない。
「アラン様、今日も鍛錬の御指導よろしくお願いします」
「勿論だとも、頑張っていこう」
ここのところ、ダルシム副官の気合の入りようが半端じゃない。いや、ダルシムだけじゃなく、メンバー全員が異様なやる気を出していた。
朝食後、運動場に向かう間にエルナに聞いてみた。
「最近、皆のやる気が凄いんだが、何かあるのかな?」
「やっと、アランやセリーナ達が並の人間ではないことに皆、気づいたということでしょう。グローリアに出会った事も大きな要因だと思います。まるで伝説の登場人物のようなアラン達についていくには、普通では駄目だと考えているのだと思います」
確かに帝国軍の者は並の人間ではなく、軍用ナノマシンによって強化された人間だ。生身の人間が敵うわけがない。
それでもなんとか追いついてやろうと考えている皆の気概を知って、雷に打たれたような感動を覚えた。
「…… そうか、じゃあ、俺も気合を入れないとな」
それからの日々は訓練に明け暮れた。
訓練内容も再度見直し、体力面だけではなく、格闘技や剣技の訓練方法も、皆に合った訓練内容となるように見直した。
訓練だけじゃなく食事のメニューも、イーリスと相談して一品一品厳選した体力作りに最適な食事を出すようにした。
この二週間余りの特訓ともいうべき鍛錬で、皆の動きは明らかに変わってきた。この短い期間での変わりように、イーリスも驚いているほどだ。
ずっと休みなしで鍛錬してきたが、明日から数日間は休みとする予定だ。明日からドラゴンの素材の競売が始まる。さすがに俺が立ち会わないと不味いだろう。
恒例となった剣の百人組手を終え、一休みしようと歩いていると声を掛けられた。
「アラン様、お客様がお見えです」
「俺に客? またいつもの手合いかな?」
ここのところ、各地から続々と商人達がガンツに到着しているらしく、挨拶と称して頻繁に訪ねてくるようになった。最初の二、三人は相手をしていたが、面倒になり全て断る事にしていた。
「いえ、アラン様と知り合いだと言っています。えーと、名前はタルス殿とか」
「えぇ!? タルスさんが!?」
正門のほうを見ると確かにタルスさんとヨーナスさんのような人が立っている。お、カトルもいるな。慌てて門に向かった。
「お久しぶりです! タルスさん、ヨーナスさん、カトルも」
「お久しぶりです。アランさん、いえ、アラン様とお呼びしたほうがよいでしょうな」
「何を言っているんですか、勿論、只のアランでいいですよ。こんな所ではなんですから、建物の中に入りましょう」
「では、邪魔をします。すみませんな、鍛錬の途中に」
リア達もタルスさんに気づいたようで、駆け寄ってきて挨拶を交わしている。皆で食堂でお茶を飲む事にした。
「しかし、立派な建物ですな。手紙でクランを立ち上げるとは聞いていましたが、これほどとは思いませんでした」
「もっと詳しく書くべきでしたね。それで、タルスさん達はドラゴンの競売に参加しにガンツに?」
「そうです。これほどの商機はなかなか無いですからな。慌ててゴタニアを出発しましたよ。しかし、今回は驚かされました。ドラゴン討伐の報もそうですが、ドラゴンを討伐したのがアランさんのクランだと聞いた時の驚きは、過去十年で一番でしたよ」
「まぁ、成り行きですけどね。…… 何か狙っているドラゴンの素材があるのであれば、適正価格で譲る事もできると思いますけど」
「いえ、他の商人に恨まれたくはありませんからね。大人しく競売に参加する事にします」
「アランさん、ドラゴンってどうやって討伐したんですか?」
カトルにせがまれて簡単に話してきかせた。もう定番の話なのでスラスラと話すことができる。カトルは目を輝かせて、時折感嘆の声を上げながら聞いていた。
「アランさん、この競売が終わった後に、また御時間をとって頂きたいのです。少し相談したい事があります」
タルスさんが俺に相談? 何だろう。魔道具のことだろうか? まぁ、今考えてもしょうがないな。
「勿論です。いつでも訪ねてきてください」
このあと少し世間話をした後、タルスさん達は宿に戻っていった。
鍛錬していた皆が鍛錬を終えて、食堂に集まり始めた。あぁ、もうこんな時間か、風呂は後で入るかな。
「アラン様! 大変です! 貴族の従者殿がいらっしゃいました!」
「なに!? しまったな! こんな格好じゃ不味いよな」
鍛錬を途中で抜けたので、革鎧を着たままだ。
「アラン、慌てることはないわ。従者でしょう? 恐らく先触れに来ただけだから、その格好でも問題ないわ」
あぁ、そういえば従者は平民だったな。ケニーが大変だ! なんて駆け込んでくるから慌ててしまった。先触れという事は、アポイントを取りに来たということか。
「そうだな。よし、会おう」
リア達を含め十人程で正門に向かった。正門には中年の男二人が立っている。貴族の従者らしく平民にしては小綺麗な格好をしていた。
「私がアランです」
二人の従者が俺の前に跪いた。
「フォルカー・ヘリング士爵の従者をしております、ベイカーと言います。ヘリング士爵より、アラン様の御都合のよろしい時にこちらに来訪したいとの旨、お伝えするように仰せつかってまいりました」
理由を言っていないが、理由を訊くのは失礼かな?
それにしても、貴族の従者にしては腰の低い態度だな。
「来訪して頂くには及びません。御指示頂ければ、こちらからお伺いさせていただきましょう」
「いえ、士爵様は是非とも来訪したいと仰せです。急な話で申し訳ありませんが、明日の午前十時に御都合をつけて頂く事は可能しょうか?」
希望の日時があるなら最初から言えばいいのに。
俺達の暮らしぶりを見たいということかな? 明日は午後から競売だ。午前中ならなんとかなるか。
「分かりました。では、十時にお待ちしています」
「有難うございます! それでは失礼致します」
一礼をして従者達は去っていった。
「アラン様への使者に士爵風情が来るとは! この国の王は何を考えているんだ!」
「先程の口上もまるでなっていない! やはり士爵の従者だとあの程度か」
貴族の近衛出身者は、言いたい放題だな。
しかし、やっと来てくれたか。明日から競売だったのでギリギリだ。最悪、主だった素材の出品を止めようかと思っていたが、なんとかなるかもしれない。
夕食の時にも、使者の事で様々な議論や憶測が飛び交っていたが、明日になれば全て分かることなので、議論には参加しないでいた。
「明日はどんな格好すればいいと思う? やっぱり制服かな?」
「相手は士爵だからそこまで気にする必要もないけれど、あの服なら間違いないわ」
クレリアも士爵という地位を下に見ているようだ。どうやら士爵の地位は俺が考えていたよりも低いようだな。
あれこれ考えてもしょうがない。風呂に入って寝てしまうか。
さて、いよいよ王国貴族と会うことになった。どのような話になるのだろうか。
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