036. 講習終了とオレンジジュース
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基礎魔道具作製講習を受け始めて今日が二十日目、最終日だ。
基礎魔道具作製講習の講習内容自体は、通常二十日掛かる講習を前倒しして、十日目には既に終えていた。
しかし、支部長の好意で残りの十日間はギルドで魔道具作りをやらせてもらっていたのだ。
当初から講習が終わったら自分でも何か魔道具を作ってみるつもりではいたが、道具が揃っているこのギルドを使わせてもらえるのは非常に助かった。
特に、自分では作れない金属製やガラス製のパーツを作製するための工房を支部長が紹介してくれたのは有難かった。
「支部長、ついに完成しました。物を混ぜる魔道具です」
朝から作業していて、さっき完成したばかりの魔道具を一階にいた支部長に披露した。
「素晴らしいわ! 完成したのね。おめでとう、アラン」
「有難うございます。これも支部長の指導のおかげです」
作った魔道具はフードプロセッサーにも、ミキサーにも使えるものだ。刃を取り替えるだけでどちらにも使用出来るようにした。
当初はパッキンの類がないから難しいと思っていたが、支部長に相談すると似たようなものがあるとの事で作製に踏み切った。ちなみにパッキンの代用品は、スライムとかいう魔物の体液を特殊加工したものとのことだ。
原理は風魔法のウインドを使用してフィンを回し、食材を混ぜるという単純なものだ。風力といっても、なかなかのパワーで十分使用に耐えうるものだ。
さすがに風力だけでは回転速度が足りなかったので、大きさの違う二つのギアを作り回転速度を増すようにしてみた。
ギアや風を受ける羽根車は工房で作る事は出来ず、電磁ブレードナイフやレーザーガン、金槌を駆使して金属の板から自分で作るしかなかった。
こだわったところは、食材を入れるカップの部分にガラスを使用したところだ。やはり中が見えないと食材の状態が分からないので使えない。ガラスは完全な透明ではなく少し曇っているが、これはしょうがない。
もちろん、動作中に手を入れて怪我をしないように安全装置もつけた。専用の棒が付いた蓋をして押さえながらでないと魔導路が繋がらないようにしたのだ。逆にいうと、蓋に付いた棒を魔道具に差し込み、蓋を押さえることによって動作し始めるようにしたのだった。これで子供が使っても安心だな。
会心の出来であった。機構も魔法陣もナノムが設計し、ミリ単位でナノムに指示されて作ったのだが。
魔道具の中を開けて、支部長に使い方、仕組みを一通り説明した。
締め括りは、やはり動作試験だろう。この日のためにバースにオレンジのような果物を手に入れて貰っておいたのだ。試しに一つ食べてみたが、なかなか甘くて美味しかった。
幾つか皮を剥いてカップの中に入れる。支部長とリリーと俺の三人分だからこれくらいでいいだろう。
蓋を押さえて動作させる。ブーンという動作音がして中のフィンが回り始めた。… これくらいでいいかな。
リリーにコップを三つ用意してもらうと完成したオレンジジュースを注ぐ。早速、飲んでみよう。
美味い! 久しぶりのオレンジジュースだ。当然薄皮などが残っていて気にはなるが、全然美味しい。ザルで一回濾すといいだろうな。
「アランさん! これ凄く美味しいです! こんなの飲んだの初めてです!」
「本当に美味しいわ、アラン。正直、ここまで使える魔道具とは思っていませんでした」
「これがあれば料理の幅が広がりますよ」
「アラン、貴方は冒険者と言っていましたが何処で物作りを学んだんですか?」
どうしよう、適当に誤魔化すか。
「両親が物を作るのが好きだったもので、色々と仕込まれたんですよ」
「そうですか。素晴らしい仕組みです。これほどの魔道具を基礎講習を受けただけの人間が作ったなんて、この目で見ていなければ信じられないくらいです」
「支部長の指導の賜物ですよ」
「…… アラン。せっかく作ったばかりで、こんな事を言うのは心苦しいのですが、この魔道具を魔術ギルドに売る気はありませんか?」
「えーと、どういう事ですか?」
「この魔道具の仕組みには、今まで私が見たことのない技術が幾つか盛り込まれています。特にこの歯車とこの風を受ける部分、あとはこの物を刻む刃の部分ですね。これは研究に値します」
あちゃー、なんか不味かったかな? でも工房の親方達も歯車の事は知っていたしなぁ。そうか、ギアとか羽根車の細かい形状とかは、この惑星の科学レベルを超えたものを作ってしまったかもしれないな。
「ちなみに幾らで買い取ってくれるのですか?」
「…… 二十万ギニーです。それに加えてアランをAランクに昇格させましょう」
二十万ギニー! 大金だ! たかが調理器具に二十万ギニーも出すなんて信じられない。恐らく特許料とか技術料のようなものも含まれているのかもしれない。材料費と外注費を合わせても、掛かった経費は一万五千ギニーくらいだから大儲けだな。
しかし、何で昇格するんだろう。
「なんで昇格するんですか?」
「この魔道具の出来は、十分Aランク昇格に値しますよ。
それに昇格は魔術ギルドへの貢献も考慮されるのです。
よく勘違いされますが魔術ギルドのランクは、魔法の上手い、下手ではなく魔道の技術レベルによって評価されます。
過去には魔法は一切覚えずにSランクになったギルド会員もいるのですよ」
なるほどなぁ。でもAランクになって何か良い事があるんだろうか?
「Aランクになるとギルド会員割引が三割引になりますよ」
考えを読まれたようだ。三割引になるのは正直有り難いな。
せっかく作ったのになぁ。でも、バースの分も作ろうと思って各種部品はもう一台分作ってあるから、また作ろうと思えばすぐ作れる。売っちゃおうかな。
「では、二十五万ギニー出しましょう。これ以上はギルド本部に確認を取らないと出せません」
俺が考えていたのを、売りたくないと思っていると勘違いしたのか、支部長は価格を上げてきた。
「いえ、二十万ギニーで結構です。
その代わりといっては何ですが、応用魔道具作製講習の魔導書をざっと見せて頂いてもいいですか?
正直、応用の講習を受けるか迷っているんです。どういう内容かが分れば、判断材料になりますからね」
「そういうことであれば構いませんよ」
よし! 魔導書をざっと見れば、ナノムに詳細に記録出来る。魔術ギルドと支部長には悪いけど、今、値下げした五万ギニーで魔導書を買ったということにしてもらおう。
売るからには、作製するに当たっての注意点などのメモぐらいは付けるべきだろう。そう言うと支部長は凄く喜んでくれた。
これから商業ギルドにお金を下ろしに行くらしい。商業ギルドって金を預けられるのか。利息は付くのかな?
支部長を待っている間、魔道具の中身を見ながらメモを書いていく。取扱の説明、製作に苦労した点、何故、こういう形になっているのかの理由も書いておこう。
支部長が帰ってくるまでに五枚の紙にびっしりと説明を書くことが出来た。説明のための挿絵も所々に入れてある。
「まぁ! 素晴らしいわ、アラン! こんなに書いてくれるなんて! これはきっと研究の役に立つでしょう」
支部長が奥の部屋から持ってきた応用魔道具作製講習の魔導書をパラパラとめくり眺めていく。
(記録しているよな?)
[はい]
ふーん、複合魔法なんてのもあるんだな。記録し終わって魔導書を支部長に返す。
「どうですか? 応用を受ける気になりましたか?」
「応用の講習料はいくらなんですか?」
「講習料は十万ギニーですが、Aランクなので三割引の七万ギニーですよ。そういえばギルド証を更新しなければいけませんね」
「勿論、興味は湧きましたが、予算的にちょっと厳しいですね。お金を貯めてからまた考えます」
「残念ですね」
ギルド証をAランクに更新してもらい、魔道具の代価の金貨二十枚を受け取った。
「講習は終わりましたが、いつでも来ていいんですよ。魔道具を作るのであれば作業場も特別に貸してあげましょう」
「それは助かりますね。有難うございます。また来ます」
魔術ギルドを後にして宿に戻ることにした。
宿に戻るといつものようにクレリア達が食堂のテーブルでお茶を飲んで待っていた。食堂の席は他の宿泊客で半分くらい埋まっている。
この宿の客が俺達だけだったのは、泊まり始めの最初の何日間だけで直ぐに他の客も泊まるようになった。
俺が教えたレシピで、バースが作った夕食を初めて客に出した時には、かなりの反響があった。そのせいなのか、どんどんと客が増え始めて今では半分くらいの部屋が埋まっているそうだ。
バースはこんなに客が来て忙しいのは何年かぶりだと嬉しい悲鳴を上げていた。
テーブルにむかう途中で他の客が食べている皿に目がいく。お、今日の昼はメンチカツか。美味そうだな。
「待たせたな。今日の昼はここで食べないか?」
「私もアランにそう言おうと思っていたの」
宿泊代に昼食は含まれていないので普通は昼食は有料だが、バースが俺達からは金を受け取ろうとしないので、昼食はなるべく外で食べるようにしていたが、今日のメンチカツの魅力には勝てなかった。
早速、バースの娘のサラちゃんに三人分の料理を注文する。
クレリア達に魔術ギルドでの事を話した。
「凄いですね! 二十万ギニーで売れたんですか!?」
途端に周りのテーブルの会話が止んだ。エルナが結構大きい声で話していたので聞こえてしまったようだ。恐らく客には商人が多いんだろう。
「そうなんだよ。びっくりだろ? この金はパーティーの金なんだから何か欲しいものがあったら言ってくれよな」
「それはアランのお金でしょう?」
「パーティーの金から出した資金で講習を受けて、その結果出来た魔道具なんだからパーティーの金だよ。リアは何か欲しいものはないのか?」
「欲しいものは… 特にないわ」
「私もありません」
「じゃあ、何か欲しいものが出来たら言ってくれ。あぁ、俺は作りたい魔道具があるんだよ。材料とか買ってもいいかな?」
「勿論、いい というか私達に許可を取る必要はないわ」
「そんなわけにはいかないよ。パーティーの金なんだから、ちゃんとしないとな」
サラちゃんが、メンチカツ定食を運んできた。クレリアのは問答無用で大盛りだった。これは美味そうだ。
大きなメンチカツ二つにキャベツの千切り、ドレッシングは中華風ドレッシング、蒸したポトの実も付いている。ポトには俺とバースで作り上げた、ハーブソルトがかけられていた。最近ではパンかライスかを選べるようにしたらしいが、俺達の場合は無条件でライスが出てきた。
メンチカツのレシピを教えた時に一緒に教えたトマトケチャップも添えられている。やっぱりメンチカツには日本のソースが一番だとは思っているが、俺とバースはまだソースを再現出来ないでいた。
それに醤油、いやソーイを入れた調味料入れも定食と一緒に運ばれていた。
これは俺が提案したものだ。この国では料理にソースをかけてから客に提供するのが常識で、客に料理にかけるソースを選ばせるというのは随分斬新な考え方らしい。しきりにバースが感心していた。
お、カラシもちゃんと添えられているな。今日はカラシをたっぷりと塗って醤油で頂こう。
ああ、美味いな。肉汁たっぷりで溢れ出てくる。揚げたてのメンチカツは最高だ。
クレリアはどうやら辛いものが苦手なようでケチャップを付けて食べている。エルナは俺と同じくカラシ醤油味だ。
しばらく無言で食べていると周りのテーブルの会話が聞こえてくる。ほとんどが料理の会話だが、すぐ隣のテーブルでは使徒の話をし始めていた。何でも知り合いの商人が魔物に襲われた際に使徒に救われたらしい。
この使徒の話は最近ではあちこちで聞かれるようになった。タルスさんの息子のカトルの話の時は、使徒なんて眉唾ものだといった感じの話だったが、最近ではすっかり使徒というのは、人々の間では定着してきているようだ。
この噂話をしている人達は、必ず使徒様と敬称を付けて敬うように話している。
話を聞いていると、使徒はここより大きな街には定期的に現れているようだ。突如上空に現れ、しばらく見守るように円を描くように飛んだあと、忽然と消え失せるらしい。いずれの場合も何の被害もなく、これを目撃した人々の中には、使徒様に見守って頂いてありがたい事だと使徒に向かって祈る人も出てきているらしい。
この街に現れたらライフルで撃ち落としてやろうと思っていたが、これでは手出しが出来なくなってしまったようだ。
まぁ、俺も一度は使徒様とやらを見てみたい。この街にも早く現れないだろうか。
「そういえば、アランが作りたい魔道具って何なの?」
「それは出来てからのお楽しみだよ。まだ出来るかどうかも分からないしな」
さっき、ギルドから帰る帰り道で、応用の魔導書を見直していると、火魔法と風魔法の複合魔法というのが載っていた。複合魔法というのは二つの魔法を文字通り合わせたような魔法で、温風が出せるらしい。
それを見て閃いたのが、ドライヤーだった。
毎日、風呂に入るのはいいが髪を乾かすのがとても面倒だった。ドライヤーがあればとても重宝するだろう。俺より髪の長いクレリアやエルナも、きっと気に入るに違いない。
ナノムに設計を頼むと瞬時に、魔法陣と各パーツの寸法、材質などが表示された。部品は単純で、筐体、魔法陣、スイッチ、魔導線、魔導出力石だけだ。これならば直ぐに作ることが出来るだろう。
しかし、応用の魔導書の模様なのでギルドで作ると面倒な事になりそうだ。手間だが宿で作らないとならないな。ああ、売ってしまった物を混ぜる魔道具も組み立てないとな。
明日からも午前中は魔道具の作成、午後は魔法の鍛錬にしよう。
よし、昼食も堪能したし今日も魔法の鍛錬を頑張っていこう。




