032. 天ぷらとトンカツ
宿に戻ると丁度、二時くらいでバースに声を掛けるとすぐに厨房から出てきた。
「おう、じゃあ行くか。 … その嬢ちゃんたちも来るのか?」
クレリアたちは当然のように仕入れに行こうとしている。
「あれ? リアたちも行くのか?」
「特にすることも無いから付いていくつもりだったのだけど…」
「そうか。でも付いてきても、つまらないと思うぞ」
「一度くらいは仕入れというものを見ておきたい。エルナも見たこと無いでしょう?」
「無いですね。私も見てみたいです」
「バース、いいか?」
「別に構わねぇが、アランの言う通り面白いことは無いと思うぜ」
四人で仕入れ先に向かうことになった。たしか仕入先まで歩いて二十分ぐらいだったな。
「バース、何か覚えたい料理ってあるのか? いろいろとレシピだけはあるからできるだけバースの覚えたい料理を優先して教えていきたいと思っているんだけど。勿論、今朝言ったように調味料の関係でできないものもあるんだけどな」
「おお! そりゃ嬉しいな。まず俺が覚えたいのは、揚げ物だっけか? あの油で揚げた料理だな。まずは、あの料理方法を覚えたい。あとはあの玉子と酢を使ったソースだ。あれは凄かった」
「なるほどな、確かに揚げ物は美味いよな。ま、毎日揚げ物じゃ流石に飽きるから揚げ物に力を入れつつ他の料理も教えていくか。あと、あのソースな、昨日の作り方だと多分俺しか作れないんで別の作り方を教えようと思ってる」
「アランしか作れないってのはどういう意味だ?」
「物凄く速く混ぜる必要があるんだよ、長い時間な」
「ああ、確かにあの混ぜ方は半端なかったな。まぁ、そこら辺はアランに任せるぜ」
「アラン、私は毎日揚げ物でも構わないぞ」
「いや、料理の研究をしてて毎日揚げ物食べてた時があったんだけどな、五日も食べてたらさすがに飽きたよ」
「そう? 昨日のあれは人生で一番美味い料理だった」
「まぁ、他にもあるから期待しておいてくれ」
「そう、わかった!」
話しているうちに仕入先に着いたようだ。街の門に近い場所で、かなり広い広場のようなスペースで、やはり市場みたいな雰囲気だ。
一つの店ではなく、個人商店が敷物の上に野菜や肉を並べて売っているようだ。この雑多な感じは嫌いじゃないな。
「さて、アラン、なんにする?」
「一通り回ってみていいか? 品物を確認したい」
「勿論だ、じゃ、こっちだ」
バースの案内で市場を回ってみる。市場特有の雰囲気で、どの店も商品を買ってもらおうとして声をだして客を呼び込んでいる。
おお! あれはキャベツか!? あれは大根だ! サツマイモもあるぞ。 色々と見慣れた野菜が目に飛び込んでくる。
考えてみれば、この星も【人類に連なる者】の惑星だ。植生が似ていて当たり前だった。旅の間には見慣れない野菜ばかりだったが、あれは山菜、野草の類で、他の人類世界にもあったものかもしれないな。
マーケットに出回らないので、俺が知らなかっただけかもしれない。
他にもマスのような川魚、川エビ、カニなどもある。一方でどんな生物かさっぱり分からないものもあった。
一通り周って市場の喧騒から離れたところに来た。
「アラン、どうだ?」
さっき揚げ物の話をしていたため、どうも頭の中が揚げ物モードになっていたようで、頭の中には二種類の揚げ物が浮かんでいた。トンカツと天ぷらだ。
久しぶりにキャベツを見て、千切りのキャベツが食べたいという発想からトンカツが頭に浮かび、川エビを見て天ぷらにしたら美味そうだという発想から天ぷらが浮上した。
「今、二種類のメニューが頭に浮かんでいるんだが、どっちか決めかねていてな。どうしようかな」
「両方作ったらどう、アラン」とクレリア。
「お、嬢ちゃん良いこと、言うじゃないか! 両方作ろうぜ、アラン」
「ちょっと系統が違う料理なんだけどな。ちょっと考えさせてくれ」
天つゆには味醂が必要だよな。さすがに味醂はないだろう。代用するとしても日本酒がないとな。米で作った酒なんてあるのか? 最悪、醤油と砂糖と出汁でもいけるか?
トンカツのソースはさすがに作れないよな。でも、おろし醤油でも美味かったな。それでいくか。
それであれば、どっちも大根おろしを使った醤油ベースの味なので、無理に言えば同じ食卓にあっても問題ないのか?
「よし、試しに両方作ってみるか」
「そう来なくっちゃな、さて何が必要だ?」
「バース、米で作った酒って知らないか?」
「聞いたことねぇな。まぁ、酒ならこっちだ」
バースに案内されていった店は酒の専門店のようであった。
「よう、キッド。儲かってるか?」
「バースか、いつもの葡萄酒か?」
「いや、葡萄酒はまだあるからな。それより米で作った酒ってあるか?」
「あるぜ。さすがはバースだ。この酒の美味さに気付くとはな。これで百ギニーだ」
「高いな。八十ギニーだな」
「敵わねぇな。次に来た時、葡萄酒買ってくれよな」
「分かったよ。じゃ、これな」
バースは、米で作った酒をあっという間に手に入れてしまった。味見してみると日本酒とは違うが、よく似た味だ。十分、料理酒として使えるな。
「次は野菜か? ならこっちだ」
バースと次々と食材を手に入れていく。
野菜はキャベツ、大根、さつまいも、ナスに似た野菜、かぼちゃに似た野菜、レンコン、椎茸に似たキノコ、青しそを買った。
キャベツ、大根以外は天ぷら用の具材で、変わったネタも試したかったが、バースにはベーシックな野菜から覚えて欲しかったので、このチョイスだ。
川エビは記憶にあるものより、かなり大きく十分に天ぷらの主役として使える大きさだ。味はどうなんだろうか?
トンカツ用の肉は、ビッグボアのロースとヒレの部位の肉を買った。バースには、ロースとヒレのトンカツの違いを是非覚えてもらいたい。
「買うものは、こんなもんかな?」
「そうか、食材からはどんな料理か想像もできないな。楽しみだぜ」
宿に帰りがてら、リアたちに市場のことを聞くと初めて見る物ばかりでとても楽しかったらしい。退屈しなかったのなら良かった。
宿に着くと早速バースと料理を始めた。夕食を普通に作るには早すぎる時間だが、教えながらなので丁度いいだろう。
「今日作る料理は天ぷらとトンカツという料理で、どっちも揚げ物だ」
「おお! 揚げ物か! 二種類も覚えられるのはいいな」
「揚げ物は熱いうちが美味いからな。まだ夕食の分は下準備だけにしておいて夕方になったら揚げようと思う。それまでは一度、俺が作って味見してみよう。時間があればバースも練習して、夕食の時に俺が監督しながらバースが夕食分を作るっていうのはどうだ?」
「それはいいな、身に付きそうだ」
「まずは天ぷらからいこう。この料理は食材の本来の味と食感を楽しむ料理だな。かなりシンプルな料理だ。
まずは水と小麦粉を冷やしておくんだ。後で使うからな。
まずは下準備だな。エビからやっていこう。エビはこうやって身を反らせて折るようにしてゆっくりと引っ張ると、ほら、内臓の部分が付いてきただろ、これもちゃんと取るようにするんだ」
「ほう、そんなのは気にしたことなかったな」
「取らなくても問題ないが、余計な雑味につながるからな。できれば取ってほしい。それで身の方はエビを回すように殻を剥いていく。この最後の部分は残しておいてな」
「なんでだ?」
「俺もはっきりしたことはわからないんだが、揚がった時にこの尻尾の部分と一緒に赤くなるだろ? 料理の色合いが良くなるんだよ。この料理は見た目も大事にするのさ」
「なるほどな、見た目か」
バースと一緒にエビを剥いていく。川エビの甲羅は結構柔らかかったので、頭の部分は素揚げにしてしまおう。
「それでエビの身の部分にこうやって切り目をいれていくんだ。そうすると揚げた時に身が丸まらなくて真っ直ぐになるのさ」
野菜も天ぷらに適した形にカットしていく。大根おろしも忘れずに作った。
「次は、天つゆだな。この料理は揚げたものを天つゆに浸けて食べるんだ。まぁ、なんのことか分からないだろうから一度やってみよう」
「さっき買った酒に砂糖を混ぜてっと。おっと鰹節も必要だな。 …… これくらいあればいいだろう。鍋にソーイとこの酒、水、鰹節を入れて一煮立ちさせるんだ。 …… よし、こんなもんだな。これを濾してと、これで天つゆの完成だな。味見してみよう」
バースと一緒に味見してみる。
「美味いな。これに揚げたものを浸して食べるのか?」
「そうだな。あの野菜をすり下ろしたやつもいれるけどな。
次は衣の準備だな。これを付けて油で揚げるんだ。まずは卵を溶いて、ここに冷しておいた水で薄める。
冷した水を使うとカラッと揚がるんだよ。同じく冷した小麦粉を入れていって、こんな感じの柔らかさだな。
ここで注意しなきゃいけないのが混ぜ過ぎちゃいけないところだな。粉が残るぐらい軽く混ぜるだけでいい。
次に揚げる時の油の温度だな。食材によって微妙に変えていくんだ。温度はこの衣を油の中に落とした時の反応をみていくんだ」
バースに温度の判断の仕方、食材毎の油の温度などの注意点を教えていった。
「じゃ、実際に揚げていこう。食材にこうやって小麦粉をふり掛けて馴染ませる。
こんな感じで衣を付けて油に入れる。油が跳ねる時があるから要注意だな。
このアブクは食材の水分が抜けていっているから出ているんだ。揚げていくと水分が抜けて軽くなって浮かんでくる。
ほら、こんな感じだな。完全に水分が抜けちゃうと美味くなくなるから、揚げすぎは厳禁だな」
一通りの食材を揚げていった。揚げ終わると皿に簡単に盛り付けていく。
「よし、これで完成だな」
「なるほどな、見た目も大事にするって意味がわかったよ。これはなんか美しく感じるな」
エビ・さつまいもの赤、ナスの紫、椎茸・かぼちゃの茶、レンコンの白、青しその緑がバランスよく纏まって、とても美味そうに見える。
「分かってくれるか、この美しさを。早速、食べてみようぜ。天つゆは、温かくても冷たくてもどちらでもいい、好みだな。俺は温かいほうが好きだけど。この薬味を入れてと」
味が気になっていたエビから食べてみることにする。
美味いな! カリッ、サクッと揚がっていてエビも美味い。今まで川エビを揚げたことはなかったが、プリッとしていて海のエビにも劣らない味だ。
「美味い! なんだこの食感は! 味も申し分ない。ただの川エビがこの味になるのか」
他の野菜もバースと一つづつ食べてみる。うん、美味い。俺はやっぱり野菜の中では断然レンコンだな。この食感がたまらない。
「なるほどな。食材の本来の味と食感を楽しむ料理か。気に入ったぜ! アラン。これは凄い料理だ」
「気に入ってもらって良かったよ。まだ、時間もあるからバースもちょっと練習してみようぜ」
実際にバースに揚げてもらって注意点をおさらいした。流石に腕のいい料理人だけあって飲み込みは早い。
「次はトンカツという料理だ。これは昨日作ったフライをビッグボアの肉で作ったような料理だな。
これには二種類の肉を用意してみた。知っての通り、こっちの肉のほうが脂が多く含まれているので、脂の甘みを楽しみたい時は、こっちだな。
こっちの肉は脂が少ないのでさっぱりと肉の味を楽しみたい時は、こっちがお勧めだな」
ロースは、一センチくらいの厚さで大きく一枚肉に切り、ヒレは、分厚く一口サイズに切った。
「こっちの肉は脂が少なくて固くなりやすいから小さく切ったほうが、俺は好みだな。
こっちの大きな肉は、ここに切り目を入れていって揚げた時に肉の形が変わらないようにするんだ。
これに両面に塩と胡椒を軽く振っておく。おっと溶き卵と小麦粉を用意してなかったな」
溶き卵と小麦粉を用意して、肉の両面に小麦粉をまんべんなく付けて、溶き卵、パン粉を付けていく。パン粉は昨日の残りがあったので、それを使った。
油を温めて温度の注意点、揚げる時間などをバースに教えていく。油が温まったので、実際に揚げていく。
「よし、もういいだろう。やっぱり揚げすぎには注意だな」
ロースとヒレのトンカツを切ってみる。どちらも、切り口の断面の肉の中心がほんのりとピンクになっていて最高の揚げ具合だ。
「これくらいの感じが最高だな。今日はこれをソーイと、このおろした薬味で頂こうと思う」
バースと一緒に味見してみる。
あぁ、美味いな。衣はサクサクに揚がっていて、丁度いい揚げ加減で肉も柔らかい。トンカツソースもいいが、おろし醤油もさっぱりとして美味い。脂を楽しむならロース、肉本来の旨さならヒレだな。
「美味いぞ! ビッグボアにこんな美味い食べ方があったなんてな! アランの言っていた事がよく分かるぜ、どっちの肉もそれぞれ長所があるな」
トンカツを食べる時は、いつもカラシをたっぷりと付けていたので、それだけが残念だ。
「なぁ、バース。黄色くて辛い調味料なんてないよな?」
「ん? タースのことか?」
そう言って棚の上のほうから陶器でできた小さな壺を取り出した。中を見てみると黄色い粉末だ。まさか!?
恐る恐る味わってみるとカラシだった。
「おお! あったのか! これだよこれ! どこで手に入れたんだ?」
タルスさんの店にはなかった。
「常連客の商人がいてな。その商人から分けてもらっているんだよ」
「そうか、機会があったら俺も手に入れたいな。早速使ってみよう」
粉末を練り込んで、カラシを作っていく。やっぱりおろし醤油ではなく、カラシはトンカツに直接付けて醤油を掛けてだろうな。早速食べてみよう。
「美味い! やっぱりこれだよな。この料理には、タースだっけ? この調味料がよく合うんだよ。試してみろよ」
「美味いな! タースとこのソーイの組み合わせは最高だな。これはいい」
トンカツの付け合わせは、やっぱりキャベツの千切りだ。マヨネーズもいいが、ここは中華風ドレッシングにしよう。
醤油、酢、ごま油、砂糖、塩、ごま、ガーリックを少々をレシピの分量で器に入れて混ぜれば完成だ。
「俺の国じゃ何故か昔からトンカツの付け合わせは、このサラダって決まっているんだよ」
キャベツの千切りにドレッシングを掛けて食べてみる。
うん、美味いな。キャベツも新鮮なようでみずみずしく甘い。
「このソースも美味いな。アランが、なんでそのソーイとかいう調味料を樽で買ったのか理由が判ったよ。めちゃくちゃ使えるなそれ」
「だろう? 買いに行くなら付き合ってもいいぞ」
「そうか、暇な時に頼むよ。まだ時間も有るし俺はもっと練習してみるぜ。そういえば、米を炊かないとな」
「じゃあ、俺は食堂でレシピを書いていようかな。料理を始める時に呼んでくれよ」
食堂にはクレリアとエルナがいたので、分からない文字は訊きながらレシピを書いていく。
「凄い! この前、文字を覚えたばかりなのに、なんでそんなに速く書けるの?」
アップデートしたし、ナノムがサポートしてくれるから、サラサラと書くことができる。
「日頃の行いがいいからさ」
クレリアは、なるほどと真剣な顔で頷いている。いや、冗談だからな。
天ぷら、トンカツ、中華ドレッシングのレシピ、注意点、コツなどを書き上げることができた。所々、遊び心で挿絵も入れてみた。
「おい、アラン。そろそろ始めるぞ」
「分かった。こんな感じで書いてみたんだけど、どうだ?」
「どれどれ? おい! アラン、こんな短時間で、これだけのものを書き上げたのか?」
バースは内容に目を通していく。
「すげーぞ! これは! アラン、お前って奴は最高だな!」
「だろ? 早速、作ってみてくれ」
「任せとけ!」
揚げたてが美味いので、天ぷらを最初に、天ぷらを食べ終わる頃にロースとヒレのトンカツを出すことになった。
俺が監督しながらバースが天ぷらを揚げていく。特に問題はなく、一言、二言、指摘しただけで天ぷらは完成した。
「トンカツは俺一人で作ってみるよ。これを見てくれ、練習で揚げたやつだ」
トンカツの断面の中心が、ほんのりピンクのいい感じになっている。
「さすがだな、バース。もうモノにするとはな」
「師匠がいいからな」
「じゃあ、頼む」
バースと一緒に完成した天ぷらを食堂に運んでいく。
「よし、食べよう! これは俺の国の料理で天ぷらという料理なんだ。食材の本来の味と食感を楽しむ料理だな。このタレの中に薬味を入れて、浸けて食べるんだよ。変わってるだろ」
お手本にエビを一つ食べてみる。うん、やっぱり美味いな。サクッとよく揚がっている。
それを見てクレリアとエルナも食べ始めた。
「美味しい! 昨日の料理とはまた違って繊細な料理に感じる」
「食材の味… 私はこの料理が一番好きかもしれません」
エルナは天ぷらが気に入ったようだ。
天ぷらを食べ終わる頃にバースがトンカツを持ってきた。
「アラン、切ってみてくれ」
ロースとヒレのトンカツをナイフで切ってみる。断面の中心が薄っすらとピンク色になっている。
「完璧だよ、バース。最高の揚げ加減だ」
「これはトンカツという料理だよ。このタレを上に載せて食べてみてくれ。サラダはこっちのソースだな」
おろし醤油を切ったローストンカツの上に載せてから食べてみる。やっぱり美味い。サクサクだな。
「二種類の肉を用意しているんだ。大きいほうが脂の旨みが強く、小さいほうが肉の味を感じられると思うよ。この黄色い香辛料を少しだけ載せて食べるのもお勧めだな。載せすぎると物凄く辛いから注意してな」
「アラン! これは昨日の料理に勝るとも劣らない最高の料理だ。甲乙つけがたいな」
「このサラダも美味しいです!」
カラシたっぷりのヒレのトンカツを食べてみる。やっぱりトンカツにはカラシだよなぁ。
クレリアが俺の真似をしてカラシをタップリつけたようで、鼻を押さえてジタバタしている。だから注意したのに。
バースは結構な量を揚げたのに、あっという間に無くなってしまった。今日も満腹だ。
明日は朝から魔道具作製の講習だし今日は早めに休もう。
何だこりゃって内容になりましたw
料理の話は控えるので勘弁してくださいw
 




