003. 再構築
帝国軍の艦艇は基本的に円柱状の形状をしている。セクションと呼ばれる1/4円、1/2円、全円の円柱のブロック状のものを組み合わせ連結することで艦が成り立っていた。
その理由はもちろん保守性の高さだ。大昔には一体型の骨格を元に艦を組み上げていったらしいが、いくらなんでも保守性が悪すぎる。戦争のない時代だったからこそのやり方なのかもしれない。
連結方式であればたとえ大破した艦であっても代替えとなるセクションが揃っていれば一週間もあれば交換修理可能だ。
連結方式だと強度が心配されることがあるが、現在のテクノロジーをもってすれば十分な強度が確保できた。
ノードからの報告では重力制御セクションは初期報告より被害が少ないようだ。久々の朗報だ。
さて、艦長も脱出させたことだし艦の再構築を開始しよう。
まずは機関セクションを投棄する。修復の見込みはなく全くの不要物だ。
これで艦の後方1/4の部分が切り離された。
本来であれば知的生命体のいる惑星に投棄することは重大な軍規違反だが、現在は第一級非常事態宣言中のため、なんの問題もない。
落下地点は艦長の不時着予想ポイントからも二千キロメートルは離れているため問題はないだろう。
トラクタービーム(重力子ビーム)を使用して惑星上に落としていく。さすがにこのままのサイズで落下させれば、惑星が滅亡しかねない。十分に離れたところで細かく自爆させた。
対バグスに対して人類が勝っているのはテクノロジーだけといっていい。そのため科学技術が流出しないように各セクションには自爆装置が過剰に組み込まれていた。
もちろんどのような被害があっても確実に動作する帝国軍の自信作だ。
次に姿勢制御用の補助エンジンで艦全体を回転し始めた。遠心力を利用してセクションを望む方向へ投棄するためだ。速ければ速いほどいい。
補助エンジンで十分な回転を得ると修復不可能なセクションを次々と投棄していく。第1コールドスリープセクション、第2コールドスリープセクションをタイミングを測って切り離していく。
切り離したセクションはトラクタービームを使用し惑星に落としていく。その作用反作用の力で少しずつ軌道を変えることができる。これらも十分に離れたところで自爆させた。
ここまでの行動で再構築の成功の可能性は六十八%にまで上昇していた。
格納庫セクションの投棄も必要だ。格納庫セクションは質量が大きすぎる。
既に攻撃によって宇宙空間を航行可能な二隻の高速連絡挺、四隻の大型上陸艇などは全滅していた。
大気圏外から降下可能な機体には全機降下するように命令を出した。きっと艦長の役に立つはずだ。
格納庫セクションを破棄した。こちらもトラクタービームで落としていく。
先程、艦長に字幕で命令を促した際、字幕では「本艦の戦力維持のために」としたところを艦長は「本艦の戦力維持と航宙軍の戦力維持のために」と言い換えて命令した。
恐らくは上級士官教育の影響かと思われる。帝国軍軍規 第1条第2項のA「帝国軍戦力は維持・存続されなければならない」
全くその通りだった。本艦の戦力だけを維持してもしょうがない。
大半の機能は失われている。航行はできない、主砲も副砲も撃てない、FTL通信もできない。
正直にいって現在の状態では帝国航宙軍のサテライト級駆逐艦にも、又はバグスのBG-I型巡洋艦にも敵わないだろう。
今現在は戦力が足りないかもしれないが、元に戻す努力をしなければならない。
そのためには工業用セクション、生命維持セクション、医療セクション、重力制御セクションは絶対死守しなければならない。
投棄された格納庫セクションのAIは混乱を極めていた。
安全規定を無視して降下可能な機体はすべて降下せよとの命令だ。
降下機能を持つと言っても、このような無茶苦茶な軌道から降下するようには設計されていない。どれだけの機体が無事降下できるのであろうか。
現在は最適な降下位置に移動するまで待機中だ。
格納庫セクションのAIは、格納庫内に並ぶ汎用ボット群に意識の一つを向けた。ボットには単独では軌道からの降下機能はない。
人類の代わりに様々な作業をおこなう目的で設計されたものだ。そのためか両手、両足がある人類に似せて設計されていた。
戦闘力はあまりないが、汎用と言われるだけに実に多岐にわたる機能を備えていた。しかもドローンと同じく長期にわたる作戦行動が可能なように設計されている。
AIを構成するノードの一つから提言があった。内容を確認しドローンの仕様を確認する。汎用ボットとドローンを組み合わせて降下させたらどうかとの提言だった。
ドローンにはオプションを付けるために機体の腹の部分にフックがある。ドローン、ボットの仕様、空気抵抗を加味して計算してみる。
成功する可能性は高い。
ボットにドローンのフックを掴ませドローンに大気圏突入させるプランを瞬時に作成した。無理そうならボットがフックを離せばいいだけだ。
勿論、ドローンは重量的にボットを抱えたまま飛行することはできないが、地表近くまで滑空し落下速度を落とすことは可能だ。
ボットにはジャンプを補助するスラスターが付いている。落下速度を落とせば着地できる可能姓は高い。
すぐにドローンとボットのペアが作られ、ボットにドローンのフックにしがみつく命令を出す。
ボットが余ってしまったが、それはもうどうしようもない。
イーリスは分離とドッキングを繰り返し行なっていた。十四回目のドッキングを終えたところだ。
分離しトラクタービームで牽引しドッキングする。これを繰り返すことにより少しずつ軌道を変えることに成功しつつあった。
あと少しでスイングバイすることのできる軌道にのることができる。機関セクションを失い、利用できる動力には限りがある。少しも無駄にはできない。
これからスイングバイと補助エンジンを併用して安定した軌道へと移行する予定だ。時間は掛かるが仕方がない。
艦長とは連絡が取れない。もうとっくに地表に着いているはずだ。
格納庫セクションが降下可能な高度に達した。
ハッチが開けられ、ハッチ付近に取り付けられているトラクタービームにより降下予定の機体が、次々と問答無用でハッチの外に射出されている。
ドローンは全長十五メートル、全幅十メートル、全高四メートルほどの一見すると鳥のような形をしている。
汎用ボットは予め這いつくばってフックを掴んでいた。
次々とドローンとボットのペアが射出されていく。
射出された機体は、すかさず水素ラムジェットエンジンを点火した。
急いで格納庫セクションから離れなくてはならない。このあとすぐに自爆するからだ。
各機から十分に離れたところで格納庫セクションが自爆した。衝撃を乗り切る。
エアロブレーキングを利用しつつ最適な進入角度へと機動し大気圏突入を試みる。
…………
大気圏突入をクリアできたのは全体の約八割だった。あまりにも軌道が悪すぎ、二割は格納庫セクションの爆発に巻き込まれてしまった。
脱出に成功したドローン群は、燃料の水素にも限りはあるため、もっと高度が下がるまで滑空していくことにする。散らばらないようにある意味、編隊を組んで飛行・落下していった。
リーダー機の指示により一組のペアがエンジンを使って先行・落下していく。
高度が一千メートルを切ったところで水素ラムジェットエンジンに点火し速度を落とす機動をとり始めた。
全ての機体がその機体のデータに注目している。
ドローンはジェットノズルが可動式の所謂、垂直離着陸機だ。このような機動は得意としている。
ボットの着地は無事成功した。たが少しフックを離すのが早かったようだ。三十メートルほどボットは落下したが無事だった。
全機、今の機動を参考にフライトプランを立て、高度一千メートルを切ると全機一斉に水素ラムジェットエンジンを全開にした。
、
………
ドローンは掴まっているボットにフックを離すように通信し、ボットは高度十五メートルから飛び降りるような形で無事着地した。
他の機体も特に問題なく着地を成功させていた。
現在、出ている命令は待機命令だった。汎用ボットは集結し待機する。ドローンは、プロペラを出しプロペラ航行に切替え上昇していく。
雲の上に出て恒星の光で充電するためだ。失った水素も空気中から補給しなければならない。
イーリスは地表からの連絡に驚いていた。ドローンの約八割、汎用ボットの約六割、それに大型の作業用トラクタ二台、掘削機三台が降下完了していた。予測以上の成果だ。
偵察用ドローン DR-3020 82機
汎用ボット BT-122W 82機
汎用トラクタ TR-400G 2台
試掘用掘削機 KS-10G 3台
残念ながら兵器の類は大型上陸艇に搭載して使用するものがほとんどで、単独で降下機能を持つものはなかったため全滅だ。
汎用トラクタと試掘用掘削機は、降下機能を持った専用コンテナにそれぞれ入れられていたため、降下できたようだ。ただし、これらを使用する機会は恐らくこないだろう。
しかし、艦長と連絡が取れていない現状では偵察用ドローン、汎用ボットは非常に有用だ。
とりあえず、ドローンに艦長の捜索、知的生命体の都市と思われる場所の偵察、その生物の観察を指示する。
その他の飛行能力のない機器は闇雲に動いてもしようがないため待機を命じた。
脱出ポッドと連絡が取れない。艦長に何があったのだろうか。