024. クレリアの話2
いつも食事をとっている部屋に三人で行ってみるとヨーナスさんが従業員と話していた。
「アランさん、なんでしょうか?」
「タルスさんがもしお手隙であれば、折り入ってお話したいことがあるのです。リアとエルナも同席で」
「わかりました。旦那様の御都合を聞いてまいります」
ヨーナスさんがタルスさんを連れて直ぐに戻ってきた。
「あちらの商談室で話しましょう」とタルスさん。
商談室は十人ぐらいが座れそうな、この屋敷では小さな部屋だった。すかさず従業員がお茶を持ってくる。
「ヨーナスも同席してよろしいですかな?」
クレリアに目で確認する。
「構いません」
クレリアが答えた。確かにヨーナスさんも信頼できると思う。
「早速ですが、私は今まで偽名を使っていました。そのことをまずはお詫びしたい。私の名前はクレリア・スターヴァインといいます」
直ぐにタルスさんとヨーナスさんの顔が驚愕の表情になった。他国の商人にまで名前を知られているなんて、クレリアって有名人なんだな。それともタルスさんだから知っていたのかも知れないな。
「こっ、これは、殿下。詫びなどと、とんでもございません。殿下の御立場であれば当然のことでしょう」
タルスさんは相当慌てている。
「タルス殿、私のことを殿下などと呼ぶ必要はありません。タルス殿は、スターヴェークの人間ではないし、私はもうその立場にはないのですから」
「… わかりました。クレリア様。して、お話とはどのような事でしょうか?」
「スターヴェークの情報を何かお持ちでしたら、お聞きしたいのです」
「なるほど、そういうことですか…。私は街を離れていて、まだ把握していない部分もあるので、ヨーナスに説明させましょう」
「クレリア様、どこからお話ししたらよいでしょうか?」
「ルドヴィークで戦いがあったと思いますが、御存知であればその辺りからお願いしたい」
「まず、私の知っていることは商人の噂などが多分に含まれているので確実な情報ではないことを御了承ください」
ここでヨーナスさんは内ポケットからメモ帳のようなものを取り出して中身を確認している。
「まずルドヴィークでの戦いですが、守備側のルドヴィーク辺境伯の軍勢は六千名、対する南部と西部の貴族連合軍は四万の軍勢だったと云われています。戦いの内容までは分かりませんが、貴族連合軍が数に物を言わせて辺境伯軍を城に押し込み、戦いは籠城戦になりました。再三に渡る降伏勧告にも辺境伯軍は応じず、二週間ののち辺境伯の城は制圧されました。この戦いを遠くから見ていた村人と会話した者によると辺境伯軍は何か時間稼ぎをしているようにも見えたと言っていたそうです」
「恐らく伯父上は私が逃げる時間を稼ごうとしていたのでしょう。辺境伯はどうなったか御存知でしょうか?」
「辺境伯は城が制圧された際の戦闘で戦死したとのことです。 これは後に遺体が確認されているので間違いないでしょう」
「… やはりそうですか」
「このような噂もあります。辺境伯軍が籠城戦に移る前に、少なくない人数の辺境伯軍の兵士と思われる者たちが密かに領地より出ていくのを見たという複数の証言があります」
「伯父上の軍の者が脱走するとは思えない。恐らく望みのない戦いを前に希望者を逃したのでしょう」
「辺境伯領が落ちると北部と東部の貴族は次々と降伏していきました。今から三十五日前、全ての貴族は降伏したとのことです。
そして昨日、最新の情報が入りました。今から二十日前、南部の侯爵アゴスティーニ候を王とし、新たな王国を築いていくとの宣言がありました。国名もアロイス王国と改名したそうです」
「…… アゴスティーニ候、ロートリゲンか、一度だけ面識はある。アロイス王国… 国名を元に戻したということか。
タルス殿、ヨーナス殿、貴重な情報を教えて頂き感謝します。今はなにもできませんが、いつかこの恩を返したいと思います」
「とんでもないことでございます! クレリア様。これしきの情報で恩に着る必要はございません。今後はもっと力を入れて情報を集めるようにしましょう」 とタルスさん。
「…タルス殿にそこまでして頂くわけにはまいりません」
「いえ、どちらにしろ情報は常に集めているのです。商人の鉄則ですから。それに少し力を入れるだけのことです。
私の父はスターヴェークの商人でした。母に一目惚れしたとかで、この街に落ち着くことになったのです。ですから、私は言ってみれば半分スターヴェークの人間なのですよ。
父は四年前になくなりましたが、生前は望郷の思いからなのか、いかにスターヴェークが良い所か、優れているかというのを散々聞かされて育ちました。ですから、父の愛した国の王女殿下が困っているならば、手助けするのは私にとってごく自然なことなのですよ」
「タルス殿……ありがとうございます。
しかし、タルス殿には話しておかなければならないことがあります。
このベルタ王国の国王アマド様は私の はとこ に当たる人です。私はアマド様に救援を乞うためにこの国に来ました」
その後、クレリアはエルナの正体とその仲間がどのような顛末になったかをタルスさんに話した。
「つまり、この国の王アマド様は、反逆者、いえアロイス王国の側についたということです。私を助けるということは、この国の王の意に逆らうということになるのです」
「なるほど… 血の縁より利を取るとは国王様らしい。
しかし、国から正式にクレリア様を捕らえよと通達があったわけでもないのですし、なんの問題もありません。それに今後通達が出るとも思えません。なにしろ、自分のはとこを捕らえよなどと通達を出せば、王の威信に大きな傷がつくのですから。
ですからクレリア様は、お気になさらなくても大丈夫です」
「… わかりました。重ねてありがとうございます」
「さて、そうと分れば私は商人仲間に会って少し情報を仕入れてこようかと思います」とタルスさん。
「よろしくお願い致します」
クレリアとエルナと俺は部屋に戻って話をすることにした。
「情報は手に入ったが、直ぐに何か行動に繋がるような情報はなかったな」
「確かに。しかし、タルス殿のようなこの国に明るい人が手助けしてくれることは大きい。これもアランの勧めのおかげだ」
「俺はなにもしていないよ。タルスさんの人柄のおかげだ。クレリアはこれからどうするつもりだ?」
「わからない… 私は何をすべきなのか。理想を言えば国を取り戻したい。しかし何のためにという思いもある。
反乱を起こされるような治世をおこなってきた者が再び国を取り戻したとしてなんになるのだろう。
王国の民にとってはスターヴァインが国を治めようとロートリゲンが治めようとなんの違いもないに違いない」
「そのようなことはありません! スターヴァイン王家は民に慕われていました! 大半の貴族の臣下にも慕われていました!
この反乱は何かがおかしいのです。何がおかしいのか判りませんが、おかしいことだけは判ります。
私はクレリア様付きの近衛騎士です。いつまでもクレリア様についていきます」
「ありがとう、エルナ。でも、王家も滅び国もなくなった。もう故郷に帰ったほうがよいのではないか?」
「スターヴァイン王家にはまだ、クレリア様がいらっしゃいます! それにわたしは女神ルミナス様にクレリア様を命を懸けて守ると誓ったのです」
「ああっ、エルナ! なんていうことを!」
ん? なんか今の会話についていけなかったな。神に守ると誓うと不味いことがあるのだろうか?
しかし、これは宗教絡みだ。迂闊に訊くことは、今は止めておいたほうがいい。
仮に俺が女神ルミナスなんて知らないなんて言えば二人がどんな反応をするか分からない。
「…… そうか、よく分かった。エルナの気持ちは純粋に嬉しい。もう故郷に帰れなどとは言わない、共に生きていこう!」
「はい! クレリア様」
なんかよく分からないが、まとまったようだ。
「アラン! 私には急ぎ、やらなければいけないことができた!」
「な、なんだ!?」
「まだ私を探している者が他にもいるかも知れない。その者達に私の居所を知らせ、故郷に帰れる者は帰さなければならない」
「確かにそうだな。いつまでも探させていたら気の毒だ」
「しかし、どのようにすればよいのか。エルナ、セシリオ王国で会った二つの班は今後の行動などは言っていなかったか?」
「いいえ、もう少し捜索範囲を広げて探してみるとしか。しかし私の班がベルタ王国に向かう予定であることは伝えました」
「我々が動いても行き違いになる可能性があるか」
「その連中はエルナと同じように冒険者に扮しているんだろ? だったら冒険者ギルドに行くかもしれない。ギルドに伝言か掲示してもらえば伝わるかもしれないな」
「アラン! それはいい案だ! それでいこう!」
「しかし、それは追手の目にも止まるかも知れません。この国ではまだ見ていませんが、私がセシリオ王国にいた時には、追手かもしれない怪しい冒険者の一団を幾つも見ました」
「なるほど追手は冒険者か。確かに他国に軍を送り込むわけにはいかないよな。本物の冒険者か、冒険者に扮しているだけか。どちらもあり得るな」
「エルナ、近衛にだけ判る符号のようなものはないだろうか?」
「それはいいかもしれません。……例えば王宮のクレリア様の部屋は、近衛の間では『Cの三の十二』と呼ぶこともありました」
「どういう意味なんだ?」
「C棟の三階の左から十二番目の部屋という意味です」
「なるほど… Cの三の十二の住人からの伝言とすれば、近衛以外はクレリアからの伝言だとは思わないだろうな」
「素晴らしい! しかし、なんと伝言すればいいのだろう?」
「Cの三の十二の住人が、ゴタニアで待っているでいいんじゃないか?」
「では、それでいこう」
俺たちは特にすることも無かったので、早速、冒険者ギルドに行って依頼してみることにした。
ちょうど先程の受付職員がいたので頼んでみる。
「あの、依頼したいんですけど、受付はここでよろしいですか?」
「ああ! アランさん、やはり依頼を受けてくれるんですね! ありがとうございます」と受付職員。
「いえ、依頼を受けたいんじゃなくてギルドに依頼したいんです」
「あぁ、そういうことですか。分かりました。どのような依頼でしょう?」
「ギルドでは、他の冒険者ギルド内にメッセージを掲示するような依頼はできますか? どこにいるか分からない知り合いの冒険者と連絡を取りたいのです」
「はい、連絡する冒険者の名前とメッセージを頂ければ、メッセージをお預かりしてその冒険者が受付に現れればメッセージを渡すことはできますよ」
「それが冒険者の名前が分からないのです」
「知り合いなのに分からないのですか?」
「ちょっと訳ありでして…」
「それではお受けすることはできませんね」
「ギルド内に掲示するような事はできないのですか?」
「できません。ギルド内に掲示できるのは依頼のみです」
「では、メッセージが依頼の形を取っていれば掲示できますか?」
「まぁ、それであれば…。でも内容によります」
「分かりました。内容を考えてまた来ます。ああ、依頼主は匿名にできますか?」
「それは可能ですよ」
三人で通常依頼の壁に行ってみる。
「ここに張り出してあるような内容にすればいいってことだな」
そこには色々な依頼が貼り出してあった。護衛や害獣の駆除依頼、素材の入手依頼など正に多種多様だ。
「内容なんて適当でいいだろ。
『ワイバーンの魔石を求む。個数:一。 ゴタニアの冒険者ギルドに納品すること。 報酬:大銀貨一枚。 期日:本日より半年間。 依頼主:Cの三の十二の住人』
なんていうのはどうだ?」
「ワイバーンの魔石が大銀貨一枚の訳がないわ、最低でも金貨十枚はするはずよ」
「あの… リア様。最低でも金貨二〇枚はすると思います」
そんなにするのか! じゃあ、ワイバーンを見かけたら是非とも狩らないといけないな。革も肉も売れそうだ。
「じゃあ、報酬は金貨五枚にしよう。無関係の冒険者が万が一にでも取ってきたら困るからな」
受付にその旨を伝えにいく。
「ええっ! ワイバーンの魔石の報酬が金貨五枚!? しかも持ち込みで?」と受付職員。
「不味いですか?」
「うーん、これだと冷やかしの案件だと看做され、受理されないかも知れません。最低でも金貨十枚はないと」
「分かりました。では金貨十枚でお願いします」
「では、どこのギルドに依頼を出したらよいのですか?」
「ええと、スターヴェークに近いセシリオ王国とベルタ王国の全てのギルドです」
「そんなにですか!? えーと、全部で… 二十一箇所もありますよ?」
「お願いします」
「遠隔地での依頼は手数料がかかりますよ?」
「幾らでしょう?」
「一箇所につき千ギニーです」
うーん、結構するな。魔石をもっと安いのに変えるか? でも簡単に依頼を達成できたら意味ないしなぁ。 まあいい、金はあるんだし頼むとしよう。
「わかりました。お願いします」
「ええっ!? いいんですか?」 エルナも驚いている。
「それに保証金として報酬額と同じ金額、これは仮に依頼が達成されなかった場合には返金されます。また、依頼が達成された場合にはギルドに手数料として報酬額の二割を別途納めてもらいます。 よろしいですか?」
保証金もいるのか。まぁしょうがない。
「わかりました」
「では、依頼料として…… 十二万一千ギニーをお預かりします」
また有り金全部を持ってきて良かった。 しかしこれで盗賊から分捕った金は七万ギニーと少しになってしまった。
「依頼はいつ頃、掲示されるんですか?」
「明日には掲示されますよ」
「ええと? すべてのギルドに?」
「そうです」
「どうやって連絡を取るんですか?」
「詳しくは言えませんが、冒険者ギルドには遠隔地のギルドと連絡をとるアーティファクトがあるのです」
おお! アーティファクトとは、いつかクレリアに聞いた伝説級の魔道具!
「そのアーティファクトを見ることはできますか?」
「勿論、出来ません。置いてある場所も秘密です」
「そうですか、残念です。 では、依頼はお願いします」
「そういえばアランさんに指名依頼が入っていますよ。あの大店のタルス商会からです。依頼内容はこちらです。依頼を受けるのであればタルス商会を訪ねてください」
そういえばそんな話もあったな。ヨーナスさんは仕事が速い。受付職員から依頼内容の書いた紙を渡され、直ぐに目を通す。クレリアも横から覗き込んでいた。報酬は大銀貨五枚。日帰りでできる仕事に破格すぎるのではないだろうか。
「了解しました。訪ねてみます」
俺達はギルドを後にした。
「アラン、随分と金を使わせてしまったようだ。すまない」
「いいさ、ベックとトールが受け取らないって言うから、この金は俺とクレリアの金だ。好きに使おうぜ」
「わかった。アラン、ありがとう」
「それではアランの服を買いにいこう。そうだ、エルナも必要だな。私ももう一着くらい欲しい」
まだ普段着が一着しかないので、確かに服は必要だ。
「よし、買いに行くか」
しかし、どこの店に売っているのかよく分からない。 丁度、ザルクの防具店の前なので聞いてみよう。
店に入ると、ザルクが俺の買った防具を運ぼうとしていた。
「ザルク、度々すまない。ここら辺で服を売っているいい店を知らないか?」
「服か、そりゃウチの系列の店がお勧めだな。そこの角を左に曲がって少し行った所のタラ服飾店って店だ」
服も扱っているらしい。全部で何店舗あるのだろうか。
「わかった。ありがとう」
その店は直ぐに見つかった。これまた大きくはないが小奇麗な店だ。中に入ると女の店員が二人いた。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」
「アランの服は私が選ぶ」
クレリアが宣言して色々と選びだした。俺はこの星のセンスがイマイチ分からないのでおまかせだ。
「そうか、頼むよ。二着くらいは欲しいな」
「わかった。任せておいて」
それから実に一時間近くも掛けてクレリアは俺の服を選んだ。正直、精神的にもうクタクタだ。
それからさらにクレリアとエルナは自分たちの服を選びだした。
結局、店には二時間半近くはいたんじゃないだろうか。
俺の服が二着、クレリアの服を一着、エルナの服を二着、その他の細々とした物を買って、トータルで二千ギニー近くになった。服って結構高いんだな。
まぁ、クレリアとエルナが楽しそうにしていたので、よしとしよう。
俺達は荷物を抱えてタルスさんの屋敷に戻った。




