023. クレリアの話1
案内された厨房は小じんまりしているが、なかなか設備の整った厨房のようだった。
「ここは奥様とタラ様が料理をおこなう際に使用される厨房です」
なんとこの屋敷には厨房も複数あるようだ。うーん、羨ましい環境だな。
「食材や調理器具はすべてメインの厨房と同じものを揃えてあります」
「素晴らしい環境ですね。さて、なにを作りましょうか。この国の甘味というものはどういったものが一般的なんでしょうか? 同じものを作ってもつまらないですし、教えていただけると助かります」
「そうですね、この国で甘味というとこういうものが一般的ですね。味の違いはありますが大体似たようなものです」
ヨーナスさんはバスケットのような籠を渡してきた。中にはクッキーのようなものが入っている。
「一つ頂いても?」
「勿論です。どうぞ」
食べてみるとクッキーだった。ほんのり甘く食感はサクッとして美味しい。
「これは美味しいですね。しかし、甘味が全てこのような形ということはありませんよね?」
「いえ、甘味といえばこれです。小麦粉をベースとして甘く焼き上げたものです」
なんと甘味とはクッキーのことなのか? 甘くて美味しい物はいくらでもあるだろうに。
「なるほど。では食材を確認させていただきます」
陶器の壺のようなものに入った調味料らしきものを確認していく。これは砂糖か? おお、砂糖だ。白くはなく少し茶色いが甘い。甘みは俺が知っている砂糖よりは少ないようだが問題ない。塩、蜂蜜、各種ハーブ、小麦粉も何種類かあるな。うーん、なにを作ろうか。
「こちらに冷やしているものもあります」
ヨーナスさんは、扉が付いた大きな棚のような物の扉を開けた。中には卵や、包につつまれた様々な物、陶器でできた入れ物などが入っている。箱の中から冷気が伝わってきた。
「おお! これは!?」
「これは物を冷やす魔道具です。傷みやすい物はこの箱の中に入っています」
「素晴らしい! このようなものまであったとは」
棚の中には肉、魚の干物、卵、バター、牛乳、チーズなどが入っていた。よし、卵とバターと牛乳が加わるだけで大いに幅がひろがるな。
確かにこの食材ではクッキーを作りたくなる気持ちは分かる。だが、ここは敢えて別のものを作ろうと思う。失敗するわけにはいかないので簡単なものを作ろう。
地球の蒸しプリンを作ろう。俺は焼きプリンのほうが好きなのだがオーブンの使い方が判らない。変に無理して失敗するよりはいいだろう。
必要な食材を確保する。牛乳、卵、砂糖、これだけだ。
あとは容器だな。厨房を見回すと食器を入れる棚があった。プリンに良さそうな小さな器がたくさんある。おお、漉し器もあるな。目は少し粗いがなんとかなるだろう。
容器ごと蒸すことができる蓋付きの大きな鍋も見つかった。あとは鍋の中に敷く底上げできるようなものがあれば、と探していると丁度いい他の鍋の蓋があった。サイズも大きな鍋にピッタリだ。このセットを蒸し器にしよう。
「何人分くらい作りましょうか?」
「そうですね、アランさんたち五人とプラス五人分くらいでしょうか」
さり気なくエルナの分が追加されている。
「わかりました。少し多めに作りましょうか」
頭の中にあるレシピの分量と人数を考える。大丈夫だ。ここにある食材で足りるし、器の数も足りる。
「ちなみにこれはいくらぐらいするものなのですか?」
「ああ、砂糖ですか。大体この壺で銀貨二枚くらいですね」
意外と安いな。いや高いのか? 一般的な宿二泊分だ。
料理を始める前に調理器具の確認だ。厨房に鍋を温めるような台が二つある。
「あのこれは?」
「これは火を出す魔道具ですね。このようにして使います」
ヨーナスさんは台についているレバーを動かした。すると台の鍋を置く所から火が吹き出す。レバーの動きで火力を調節できるようだ。
「これも素晴らしいですね。私も欲しいくらいです」
「よろしければ、ウチの系列店で扱っていますよ」
なんにでも手を出しているな。
まずはカラメルソースを作っていこう。
小さめの鍋に砂糖をレシピ通りの量を入れて少量の水を加えて弱火をつける。
しばらくすると砂糖が泡立ってくるが放置し、そのまま加熱していくといい感じの茶色になってくる。少量の水を加えていき、丁度いい粘度になったら完成だ。
鍋から別の容器に入れて熱を冷ます。ある程度冷めたらプリン用の容器に少しずつカラメルソースを入れていく。
今回作るのは十五個だ。
次はプリン液を作る。大きな鍋に分量の砂糖、牛乳を入れ火の魔道具で温めていく。
温まる間に卵を混ぜておこう。大きな陶器でできたボウルのようなものに分量の卵を割ってよく撹拌していく。ここで少し塩を入れるのがポイントだ。
おっと、蒸し器も用意しておこう。先程見つけた大きな鍋に少量の水を入れて、底上げ用の鍋の蓋を入れ、火にかけておく。
牛乳が温まってきたようだ。こちらもよく混ぜて砂糖を溶かす。大体お茶と同じくらいの温度になったら、火を消し撹拌した卵液に加える。
ここでヨーナスさんに手伝ってもらって液を漉し器で濾す。念のため、二回濾した。
完成したプリン液をカラメルソースを敷いたプリン容器に静かに入れていく。丁度一五個分になった。計算は完璧だ。あとはこれを蒸せば完成だ。
丁度、蒸し器も温まったようだ。一五個全部は入らないので二回に分けて蒸していこう。半分のプリン容器を静かに蒸し器の中に入れ弱火で蒸していく。蒸し時間は大体十分ぐらいだ。
十分経ち、蒸しあがったようだ。熱いので気をつけて取り出す。蒸し器に水を足して、熱くなったら二回めの蒸し工程に入る。
一つ味見してみよう。水を張った鍋に一つ入れて冷ましておく。残りは粗熱が取れたら、冷蔵の魔道具に入れよう。
ほどなく二回目も蒸しあがった。蒸し器から出して冷ます。
「これで大体、完成です。あとはあの物を冷やす魔道具に入れて完成ですね」
「これで完成ですか。なんとも不思議な調理方法ですね。聞いたことも見たこともありません」
「プリンという甘味です。一つ味見してみませんか?」
「いいですね! 私には全く味の予想がつきません」
水に漬けて冷やしておいたプリンを取り出す。
「こうやって容器からプリンを剥がしていきます」
指で容器とプリンがくっついている縁の部分を剥がしていく。
「あとは皿に容器をあててひっくり返し軽く揺すると、ほらプリンが容器から出てきた」
「おお! これがプリン!」
結構いい感じの見た目だ。クリーム色のプリンに焦げ茶色のカラメルソースが載っている。
半分に切って別の皿に分けて、ヨーナスさんと味見してみる。
うん、美味しい。まだ冷やしてはいないが、控えめな甘さで上に載ったカラメルソースの甘く少しほろ苦い感じとマッチしている。本当は地球産のバニラの実も入れたかったが、地球産の食材は高価だし、手に入るわけもない。冷やせばもっと美味しくなるだろう。
ヨーナスさんを見ると目を丸くして固まっていた。
「アランさん! これはなんですか!? 私はこんな美味しい甘味は食べたことがありません。素晴らしい! 最高です!」
なんですかって言われても、プリンとしか言いようがないなぁ。喜んでくれて何よりだ。
「冷やせばもっと美味しくなりますよ。これ、奥様はお気に召していただけるでしょうか?」
「勿論ですとも! 今から奥様とタラ様がお喜びになる顔が浮かぶようです!」
「そうなれば嬉しいですね。こちらはいつ召し上がっていただきますか? 少し冷やす時間が必要なので、お昼には間に合わないと思います」
もうすぐ正午だ。
「ああ、それと今晩の宿を取りに行かなくてはいけないので、午後は外出したいのです」
「なるほど、わかりました。旦那様に確認しておきますが、旦那様はいま所用で外出しているのです。もうすぐ戻るのでそれまでお待ちいただけますか?」
「わかりました」
全てのプリンを冷蔵魔道具に収めて、部屋に戻る。部屋にはベックとトールがいた。
「アランさん! 聞いてください! 荷の査定が終わったんですけど、なんと前回の二倍近い金額になったんですよ!」
「ほう! それは凄いな。今までよっぽど買い叩かれていたんだな」
「まぁそれはそうなんですけど、カトルさんがいうにはウチの綿は、なかなか見ないくらいの高品質な綿らしくてそれで高値がついたっていうのもあるみたいです」
「そうか、それは良かったな」
「はい! これもアランさんのお陰です。アランさんが居なかったら、こんなことにはならなかったんですから」
「俺は何もしちゃいないよ。まあ、人の縁ってやつだな。この縁を大事にするんだな」
「「はい」」
部屋のドアがノックされた。
「ヨーナスです。昼食の準備ができました」
いつもの食堂にはタルスさん、カトル、クレリア、エルナが席に着いていた。案内されて席についた。
「アランさん、ヨーナスから聞きましたぞ。見事な甘味を作っていただいたようで」
「いえ、口に合えばいいのですが、今からドキドキしています」
「今、あいにくとラナとタラは近所の奥様連中に呼ばれておりましてな。夕食に出そうと思います」
「そうですか、我々は今日は宿を取りますので後日にでも感想を聞かせていただけたらと思います」
「いえ、アランさんたちには今日も是非、我が家に泊まっていただきたいと考えているのですよ。勿論、そちらのエルナさんも」
「ええっ? でも、いくらなんでもご迷惑では?」
「とんでもない! アランさんたちには返せない恩があるのです。何日でも泊まっていただいて結構ですよ」
「わかりました。ではもう一泊だけお世話になろうかと思います。ありがとうございます」
タルスさんはいい人だ。ベックとトールは密かに喜び合っている。
昼食に出された料理は、またしてもどれも絶品で美味しく頂いた。料理がこのレベルなのに甘味のレベルがそれに伴っていないのは何故だろうか?
ああ、そうだ。調味料のことを確認しなければならないな。塩以外の調味料を是非入手しておきたい。
食事が終わろうという頃、クレリアが話しかけてきた。
「アラン、食事のあと時間を貰えるか? 話がある」
「わかった」
やっと事情を話してくれるようだ。
食事が終わり、ベックとトールは買い物に出掛けるようだ。
元々、村の交易は塩などの村の必需品を得るための手段で、荷を売却した金で色々なものを買いに行くらしい。
話は俺が借りている部屋ですることになった。エルナも同席している。
「アラン、今まで事情を隠していたこと、すまなかった」
「いいさ、色々と訳ありなんだろ?」
「私の名前がクレリア・スターヴァインというのはもう言ったと思うが、私の出身は隣国のスターヴェーク王国だ」
隣国はスターヴェーク王国というのか。 ん? クレリアの名前とよく似た国名だな。クレリアはなにか重要なことを言った、みたいな顔をしているが、なんのことやら判らない。
「それで?」
「あぁ、つまり私はスターヴェーク王国の***なのだ。いや、***だった」
単語が判らない。
「***ってなんだ?」
「クレリア様、この男、大丈夫なのですか?」
「言うな。アラン、いやミスター・コリントは一ヶ月ほど前まで、こちらの言葉を知らなかったのだ。知らない単語があっても不思議ではない」
「この男が**!?」
またあの単語が出てきた。出会う人、全てがクレリアがそうだと言う単語だ。俺も**なのだろうか? それにしても、クレリアの言葉遣いが、やけに気取った感じになっているのが気になる。
「***というのは王の娘という意味だ」
王の娘! つまり王女ということだ。俺はクレリアが特権階級の出身、つまり物語などに出てくる貴族というものだろうと思っていたが、その予想の上をいったな。
「そうか、なんで王女があんな所にいたんだ?」
「それには深い事情がある」
それからクレリアは長い話を始めた。
自国にクーデターが起きたこと。
自分は視察に出ていて王都に居なかったこと。
家族はみんな殺されてしまったこと。
視察先の親類の勧めでこの国に救援を頼みにきたこと。
その親類は恐らく戦いに破れ滅んでしまったこと。
追手を振り切るため、護衛に付いていた者を八台の馬車に分けて一斉に国を出たこと。
なるほど、分散して逃げている最中に俺と出会ったというわけか。エルナは分散した他の馬車の護衛の一人らしい。
話しているうちに当時のことを思い出したのか、クレリアは涙ぐんでいた。
「そうか、大変だったんだな」
家族を殺され、国を追われるなんて大変な苦労だ。クレリアの頭をなでてやる。クレリアは頭を垂れ、コクリと頷いた。本格的に泣き出してしまった。
「… ミスター・コリント、気安くクレリア様に触れないでいただきたい」
クレリアは顔を上げて泣き止んだ。
「エルナ、よい。… ミスター・コリント、このベルタ王国の王は私の親類だ。私はこの国の王に救援を求めるつもりでいた。しかし、エルナに会ってそうもいかないことがわかった」
詳しい話を訊くと、エルナ達の護衛の一隊は、出発したあと馬車にクレリアが乗っていないことに落胆したが、来る追手を引きつけるため予定通りセシリオ王国に向かった。
セシリオ王国に着き、騎士であることを隠すために冒険者を装いながら、いくつかの街をクレリアを求めて探したが見つからなかった。ただ、他の馬車の護衛だった二つのグループと会ったらしいが、あまり大勢の集団で行動すると目立つため行動を別にした。
エルナたちのグループは一縷の望みに賭けてベルタ王国に来たらしい。ベルタ王国の王はクレリアの親類であることを知っていたため、捜索の助力を得るべく、この地方の貴族に助力を願い出た。
エルナは万が一、クレリアがこの街に現れることに備えて一人行動を別にしていた。貴族は王にお伺いを立てるため、早馬を走らせ早馬が戻ってくるとグループは捕らえられ馬車でどこかに連れていかれてしまった。行き先は恐らくスターヴェーク王国で、これが行なわれたのは五日前のことだ。
「つまり、この国の王は反乱者共の側についたということだ。恐らく反乱者共に恩を売ろうとでもしているのだろう。 エルナ、本当に苦労をかけたな」
「いえ、私の苦労など何ということもありません。クレリア様さえ御無事であれば捕まった者も浮かばれるでしょう」
「捕まった者たちをできれば助け出してやりたいが…」
「五日前のことですし、移送の馬車の護衛には三十人近くの騎士がいました。行き先も定かではなく追いつくのも難しいですし、追いついたとしても奪還するのは無理でしょう」
「そうか… 」
「私はこれからどうすればよいのか分からなくなってしまった。ミスター・コリント、そなたならどうするだろうか? 知恵を貸していただけると助かる」
俺はさっきから気になっていることを訊いてみる。
「クレリア、さっきから何堅苦しい言葉使いをしているんだ? それに俺のことはミスター・コリントではなく、アランと呼べと言ったはずだろう?」
「そっ、それは、私は王族で、いや元王族でアランは**なのだから、そう思って…」
「言っておくけど俺は貴族じゃないぞ?」
**という単語が貴族という意味だと信じて言ってみる。
「ええっ!? だってアランは家名を持っているでしょう?」
「そうだけど?」
意味がよく判らない。
「家名を持っているのに貴族ではない?」
「そうだな、俺の国ではほとんどの者が家名を持っているけど貴族ではないな。この大陸では家名を持っていると貴族なのか?」
人類惑星の中には姓を使わない星もいくつかある。それにしても、まさかクレリアが俺のことを貴族だと考えていたとは知らなかった。
「そんなことがあるなんて…。 そう、この大陸では家名を持っているのは貴族だけ」
クレリアは何故か俺が貴族ではないことにショックを受けている。エルナはやはりという納得顔をしていた。
「それで、俺ならどうするかって話に戻ると、俺ならまず情報を集めるな。情報がなければ正しい判断が下せないからな。具体的にはタルスさんに色々と聞いてみるのが一番だと思う。できれば、クレリアが何者であるかを明かしてな。タルスさんは恐らくこの街でも一、二を争う情報通だ。俺はタルスさんは信じられると思う」
宴会の時にヨーナスさんは、商人にとって一番大事なのは情報だ。情報を得るためにかなりの金額を使っていると言っていた。
「クレリア様の身分を明かすだと? そんなこと、できるわけないだろう! 万が一のことがあったらどうするつもりだ」
「もし、俺が間違っていたらクレリアを抱えて一目散に逃げてやるさ」
「お前一人の力で逃げ切れるものか! いい加減なことをいうな!」
「いや、アランが本気になれば、騎士団でもこの街の冒険者が束になっても敵わない。それだけは間違いない」
「そんな! そんなことがあり得るのですか?」
「自信を持って言い切れる。それとエルナ、アランに対する口の利き方に気をつけてくれ」
「わかりました。申し訳ありません」
「私もタルス殿は信じられると思う。アラン、すまないけどタルス殿との面会に同席してくれない?」
「わかった」
俺たちはタルスさんに会うために部屋を出た。




