020. ゴタニア
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ゴタニアに近づくにつれて、人の往来が多くなってきた。
一時間に一組か二組くらいの集団に出会うが、人間をぞろぞろと引き連れた俺たちは、かなり目立っていた。中にはわざわざ声をかけてきて盗賊かと訊いてきて、そうだと答えるとよくやったなと言ってくる人たちもいる。
ベックとトールは御者台、俺とクレリアとタルスさんは、荷物の上に座っている。クレリアは一人、荷物の後ろに座って盗賊たちを監視していた。
暇なのでタルスさんに以前から気になっていたことを訊いてみた。
ゴタニアは人口二万人くらいの大きな街で、ベルタ王国の交易都市として栄えている街だという。
「街に入るのには何か許可が必要になるんですか?」
「アランさんはどこのギルドにも入っていないのですか?」
ギルドというのはベックたちから聞いて知っている。冒険者とか商人が登録する組織のことだ。冒険者ギルド、商業ギルド、他にもたくさんのギルドがあるらしい。ベックとトールは商業ギルドに入っているそうだ。
「入っていないですね」
「ギルドに入っていればギルド証が身分証明になるのですが、入っていないとなると保証金を払って仮の証書を発行してもらうことになると思います」
「保証金はいくらぐらい必要なんでしょうか?」
「なに、一人当り銀貨一枚ですよ。それも後日、どこかのギルドに入ってギルド証を見せれば返ってきます」
なるほど意外と親切だな。
「ギルドに入るには費用が掛かるのですか?」
「そうですね、アランさんなら冒険者ギルドでしょうか? たしか銀貨五枚と聞いたことがあります」
街に入るのは問題なさそうだ。
「街の宿で一泊するといくらぐらい掛かるのですか?」
「宿により全然金額が変わってきますね。安宿なら大銅貨四枚から、普通の宿で銀貨一枚から、高級な宿で銀貨五枚から、といったところでしょうか」
「風呂付きの宿はありますか?」
「風呂は高級な宿になら大抵付いていますが、普通の宿には無いでしょうね」
なんとなく相場が判ってきたな。風呂付きで銀貨五枚か、金貨一枚でも二十日は泊まれる計算だ。クレリアと二人でも、暫くはなんとかなりそうだな。
「今日は是非、私の屋敷に来ていただけないでしょうか? 勿論、皆さん御一緒にです」
「ええっ? でも…」
「お願いします。皆さんは私の命の恩人で、従業員と冒険者の仇をとってくれた方々です。せめて今日だけでも感謝の気持ちを伝えさせていただきたい」
ここまで言われたら断るのは失礼だ。
「分かりました。お世話になります」
「ありがとうございます。風呂もありますし、食事は期待していいですよ」
やった! それは凄く嬉しい。
「ベック! 今晩はタルスさんの所に厄介になることになった。御馳走だってさ」
「やった!」 トールと一緒に騒いでいる。
午後四時になろうかという頃、ゴタニアの街が見えてきた。街全体が十メートルくらいの高さの壁に囲まれている。ズームしてみる。赤茶色のレンガ状のものを積み上げて作った壁のようだ。一箇所、巨大な門があり、二台の馬車が門の中に入ろうと待機している。確かにでかい街だ。
二十分くらいで街へ入る門に着いた。並んでいた集団は片付いたようだ。革の鎧のような物を着て、槍を持った男が二人近づいてくる。これが守備隊だろう。荷物に座っていた俺たち三人は馬車を降りて会いにいく。
「おいおい、凄い人数だな。こいつらは盗賊だろ? お前たちだけで捕まえたのか?」
兵士にしては随分フランクな感じだな。
「こんにちは、ローマン隊長」
「これはっ! タルスさんじゃないですか? すいません、気づきませんで! なんでこんな馬車に!?」
「私の商隊が後ろの盗賊共に襲われましてね。うちのティモと冒険者五人は殺されてしまいました。私はたぶん身代金目当てで生かされていたところをこの方々に助けていただいたんです」
「なんと! それは災難でしたな。ささ、少し詰め所でお休みください。そうだ、タルスさんとこの若いのがこの三日間、毎日門で待ってましたよ」
門に向かって歩いていくと、十三歳くらいの一人の少年が駆けてくる。
「旦那様! 旦那様! 御無事でしたか! ああ、良かった!」
タルスさんは随分慕われているようだ。
「ウィリーか、心配掛けたようだな。店のほうは問題なかったか?」
「問題はなかったと思いますが、皆心配しています」
「そうか丁度いい。私の無事とこれからこの四人の私の恩人をウチにお招きするのでその準備をするよう伝えてくれるか」
「わかりました!」
少年は全速力で駆けていった。
守備隊の詰め所につくと応接室のような所に案内され、直ぐにお茶が出てきた。うーん、VIP待遇だな。
手続きを進める。ベックとトールは商業ギルド員なので何の問題もなかったが、俺とクレリアは何もなかったため保証金の銀貨二枚を払い、仮の証書を受け取った。証書といってもなにやら書いてある木札だ。
「それでは盗賊共の件ですが、一応調書を取りますので褒賞金が確定するのは二日後になります。褒賞金は二日後にまたここに来てもらえば受け取れるようにしておきます」
「わかりました。よろしくお願いします」
よし、金も問題なく手に入りそうだ。
詰め所を後にしてタルスさんの屋敷に向かおうとすると、やけに立派な小型の馬車が詰め所の前に止まっていて、執事のような人が立っていた。
「旦那様、お迎えにまいりました」
「おお、ヨーナスか。手間をかけたな」とタルスさん。
「アランさん、リア様、この馬車で行きましょう。乗り心地は荷物の上よりいいですよ」
「わかりました。ベック、この馬車についてきてくれ」
ゴタニアの町並みは、街の外壁と同じ赤茶色のレンガでできているようだ。統一感があってとても綺麗だ。もうすぐ夕方になるからなのか人でごった返している。買い物をしている主婦らしき女の人、露天の店で買い食いしている若い男、色々だ。ああ、俺も買い食いしたいなぁ。
皆、この馬車を見ると慌てて脇によって避けている。この馬車だから避けているのかもしれない。あの守備隊の態度からするとタルスさんは、この街ではかなりの有力者だ。こんな有力者に貸しを作ることができた幸運に感謝しなければならないな。
仮にこの街で困ったことになってもタルスさんはきっと力を貸してくれるだろう。
しばらく走っていくと街の雰囲気がガラッと変わり、閑静な住宅街といった感じだ。その中の一際大きな建物の前で馬車は止まった。
従業員と思われる人たちがズラッと並んでいる。タルスさんが馬車から降りた。
「「おかえりなさいませ、旦那様!」」
「うむ、みんな心配をかけたな」
従業員の中には涙ぐんでいる者もいる。よほど慕われているんだろう。
俺たちもベック、トールも馬車から降りた。場違い感が半端ない。
「皆の者、こちらが私の命の恩人の方々だ。アランさん、リア様、ベック君、トール君だ。しっかりお世話してくれよ」
「「はい!」」
「皆様、中へどうぞ」
執事っぽい人、ヨーナスさんが案内してくれる。
「皆さんにはまず、風呂に入ってもらったらどうかな?」とタルスさん。
「分かりました。こちらへどうぞ」
ヨーナスさんが案内してくれる。
「じゃあ、リアが先に入ったらどうだ?」 レディーファーストだな。
「いえ、浴場は他にもありますので」 ヨーナスさんが言う。
「リア様、こちらにどうぞ」
若い女の従業員が現れリアを案内していく。
タルスさんもどこかに行ったし、いったい、幾つ風呂があるんだよ。すげーな。
「こちらが浴場でございます。あの、失礼ですが入り方は?」
「体を綺麗に洗ってから入るんですよね?」
いつだか地球の「温泉のすべて」というドキュメンタリーをホロビットで見たことがある。風呂も同じようなものだろう。
「その通りです。失礼しました。ではごゆっくり」
中に入ると脱衣場があり、その奥には十人は入れそうな木でできた風呂と洗い場のようなものが見える。
「アランさん、俺たち、風呂なんか入るの初めてです」
ベックとトールは緊張しているようだ。
「なに、体を洗って湯に浸かるだけさ」
久しぶりにちゃんと体を洗えそうだな。
脱衣場で服を脱ぎ、浴場に行く。ベックとトールも慌てて服を脱いでついてくる。
「まず、お湯をこの桶で汲んで体にかける。そしてまた湯を汲んで、ああこれだ。この体を洗うための布で、おお、これは!」
これはボディーソープの代わりになるものだ。名前は忘れたがドキュメンタリーで見た。
「この布を濡らしてこの石みたいなのをこすりつけて、泡立てるんだよ」
ベックとトールは慌ててやってみせた動作を真似ている。
「泡立ったら、この布で体を綺麗に洗うだけだ。頭もこの石で泡立てて洗うんだぞ」
しばらく体を洗うのに夢中になった。ベックとトールも笑いながら楽しく洗っている。久しぶりに体が綺麗になった気がする。
「洗い終わったら湯でよく全身の泡を落とすんだ」
頭から湯を被り泡を流し落とした。
「後は湯に浸かるだけさ」
ゆっくりと湯に浸かっていく。ちょうどいい湯加減だな。
ふぅー、これはいい。やっぱり水浴びじゃこうはいかないよな。
「アランさん、風呂っていいもんですね」
トールも頷いている。
「ああ、最高だな」
ゆっくりと湯を堪能する。
のぼせそうなので、名残惜しいが出ることにする。
「汗をかいたら湯で流してから出よう」
頭から湯を被り汗を流した。ベックとトールも真似している。
脱衣場にいくとヨーナスさんが待機していた。
「僭越ながらお着替えを用意しました。宜しければこちらをお召しになってください。着ていたものは洗濯させますので」
至れり尽くせりだな。
タオルのようなもので体と頭を拭き、服を着た。用意されていた服は三人共ピッタリだった。従業員が着ているような服だが、それよりも高級感がある。
「こちらにお食事を用意させております」
案内された部屋は、広いパーティーでもできるような部屋で長いテーブルがあり、食事の準備が進んでいる。タルスさんは既に主人席と思われる席についていた。やっぱりタルスさんも風呂に入ったようだ。
「アランさん、風呂はどうでしたか?」
「いや、最高でしたよ。久しぶりだったのですっかり堪能しました」
案内された席に座った。
「もしよろしければ、食事は家族と従業員と一緒に宴会形式で行いたいと思っているんですがかまわないでしょうか? 心配かけたので労ってやりたいのですよ」
「勿論ですとも! あまり堅苦しいのは苦手でして、そちらのほうが助かります」
「そう言っていただけると思っておりました」
途端に従業員達用の食器などが置かれ準備が進められていく。
クレリアが入ってきた。やはり風呂に入っていたようだ。ワンピースのようなドレスのようなものを着ている。
「ええっ! 師匠!?」
ベックとトールが驚いている。そういえば、鎧姿しかほとんど見ていなかったかな?
「なんだお前たち、なにか変か?」
クレリアが自分の姿を見直している。
「いえ、随分綺麗なんで見違えました」
「失礼なやつだ」
案内されて俺の隣に座った。
「アラン、どう? これ」
自慢したいようだ。どうせ借り物だろ、それ。
「リアにとてもよく似合ってるよ」
リップサービスだ。
「そうか」
褒めてほしかったくせになんか照れている。
タルスさんの家族と思われる人たちが続々と入ってきた。俺たちの向かい側の席に案内されて座っている。
タルスさんの奥さんらしき人と二十歳くらいの息子、十四歳くらいの娘らしき人だ。
「私はタルスの妻のラナといいます。こちらは息子のカトルと娘のタラです」
「カトルです」
「タラです」
続け様に挨拶してくる。
「アランです。こちらは リア、ベック、トールです」
リアは、なにやら上品な感じで会釈している。ベックとトールはそれを見て頭を下げた。
「この度は夫を救っていただきましてありがとうございました。アランさんに助けていただけなければ、きっと殺されていたでしょう」
「いえ、当然のことをしただけですので、お気になさらずに」
「よし、挨拶は済んだな。では早速始めよう」
他の従業員も続々と席についている。まずは乾杯のようだ。ワインが注がれていく。
「今日は無礼講で楽しくいこう! では、アランさんたちとの奇跡的な出会いに乾杯!」
「「乾杯!」」
次々と色々な料理が運ばれてくる。みんな大皿料理だ。村と同じく好きなものを取るスタイルのようだ。
周りを見て作法を確認してから料理を取っていく。皿が一杯あるので便利だ。何種類かの肉料理、卵料理、サラダ、パン、なんでもある。
ベック、トールは固まっていたが、俺たちの真似をして料理を取っている。リアはいつものがっつく食べ方ではなく、上品に取って食べているが、スピードが速い。瞬く間に結構な量を食べている。
どの料理も美味い。絶品といっていい料理だった。時間をかけて作ったことが分かる正統派の料理だな。塩胡椒の料理しか食べてなかった口にはとても美味しく感じられた。明日、調味料についていろいろと聞いてみなければいけないな。
タルスさんもお腹が空いていたらしく、結構な量を食べている。確かに救出してからなにも食べてなかったな。なにか出せば良かった。
ふぅ、俺はもう満足だ。クレリアとベック、トールはまだ食べているが気にしない。ワインでもゆっくりやろう。
「アランさん、料理の味はどうですか?」
「どれもこれも絶品ですね。すっかり堪能しました。私は料理が趣味なんですけど明日にでも調味料のことを少し教えていただいてもいいですか?」
「いいですとも! うちは雑貨商ですからな。文字通り売るほどありますよ」
「よろしくお願いします」
「まぁ、男の人で料理が趣味なんて珍しいわ! どのような料理をお作りになられるの?」と奥さん。
「なんでも作りますね。最近は調味料と食材が限られていたので肉料理くらいしか作れなかったのですが、国にいた時は、ええと、甘味? なども作っていましたよ」
「まぁ甘味なんて素敵! できましたら明日、なにか作っていただけないでしょうか?」
「いいですとも! といっても未熟な私が扱える食材があればですが」
砂糖ってあるのかな? 牛乳は? バターは? いやいやこれは不味いかもしれないぞ。
「ほう、それは楽しみですね」
「まぁ、食材を見てからということで」
しまったな。迂闊だった。
「そういえば、お父様。二日前にゴタニアに使徒様がいらっしゃったのよ」
「使徒様?」
「いやいや、タラ。まだ使徒様と決まったわけではないよ」
「どういうことだ? カトル」
「二日前の昼間、ゴタニアの上空に凄く大きな鳥が現れたんですよ、父さん」
「鳥? 大鷲じゃないのか?」
「いえ、大鷲なんかよりもっと大きくて多分ワイバーンぐらいの大きさはあったと思いますよ。それで街は大騒ぎになりました」
「なに? そんなに大きいのか? ワイバーンではなく?」
「いえ、飛び方が全然違いました。全然羽ばたかなくて飛び方は大鷲のようでした」
「街になにも被害は無かったのか?」
「全くです。凄く高い上空を円を描くように悠然と飛び、十分くらいでいつの間にか姿を消しました」
「ふむ。なんでそれが使徒様になるんだ?」
「それが、ヨハン商会の商隊が三日前、十頭くらいのグレイハウンドの群れに襲われたそうで、その時にその鳥が現れて救ってくれたそうです」
「どのようにして救ったんだ?」
「それが、かなり支離滅裂な話で、神の雷を天から放ったそうです。その後、悠然と商隊の上を暫く飛び、忽然と姿を消したそうです」
「それでゴタニアの上空に現れた時にヨハン商会の連中がそのことを大声で触れ回って、女神ルミナス様の肩に止まる使徒イザーク様だと言い張っているんです」
「今、ゴタニアはその噂で持ちきりなのよ」
「なるほどな、そんなことがあったとはな」
いくらなんでも使徒はないだろうな。随分眉唾な話だ。恐らく未発見の魔獣かなんかだろう。また現れたらライフルで撃ち落としてみようかな。それだけ珍しければ恐らく金になるだろう。肉も売れるかもしれないな。
「そういえば、ベック君とトール君はどこの商会に荷を卸すんだい?」
息子のカトルが訊いてきた。
「えーと、シーモン商会です」
ベックが答えた。カトルはタルスさんと素早く視線を交わした。気になるな。
「何かあるのですか?」
「シーモン商会は商人仲間ではあまりいい評判ではない商会なのです。別に不正をしているというわけではないのですが、一言でいうと仕入先を買い叩いて、客に高く売りつけるということです。勿論、商人は誰しもそうしているのですが、あまりにもそれが酷いという評判です」
「シーモン商会とはなにか契約をしているのかな?」
「いえ、していません。ただうちの爺様の時からの付き合いでずっと卸しているって聞いたことがあります」
「ああ、なるほど。シーモン商会の先代の店主は私も知っていましたが立派な人で至極真っ当な商売をしている人でした。先代が亡くなって今の店主に変わってから極端に評判が悪くなったんですよ」とタルスさん。
「そうなんですか!? じゃあ、ここ数年、綿が値下がりしているっていうのは…」
「ああ、逆だよ。ここ数年、どちらかというと綿は値上がりしている。良かったら明日、荷を査定させてくれないか?」 とカトルが言う。
「勿論、査定したからといって売らなければならないということはないよ。金額に納得したら売ってくれればいい」 とタルスさん。
「よろしくお願いします。でもシーモン商会に不義理になりませんか?」 とベック。
「何も不義理なことはないよ。契約していないならどこに荷を持ち込んでも全然問題ないさ。それでも何か言ってくるようなら、うちが相手になってやる」
タルスさんが怖い商人の顔になっていた。
「さて、仕事の話はまた明日しよう。おい、みんな飲みが足りないぞ!」
タルスさんが上官みたいなことを言いだした。
その後みんな酒が進み、正に無礼講の宴会となった。結構早い時間にタルスさんと奥さんは引っ込んでしまったが、カトルとベックとトールは、年が同じということもあり意気投合してなにやら大騒ぎしている。クレリアはタラちゃんと女の子の話をしているようだ。俺も従業員たちといろんな話をして、結構仲良くなることができた。
夜遅くまで宴会は続いた。