002. 不時着
落下していく脱出ポッドの中で呆然としていた。未知の攻撃、仲間の死を、まだ現実のこととして受け止めることができなかった。
艦上ではイーリスの言われるがままに、ただ行動していただけだ。ポッドで一人になり落ち着いてくると少しだけ実感できるようになった。
小隊の皆や、隊長の顔を思い浮かべる。いつの間にか涙を流していた。
「くそっ!」
その時ポッドが激しく揺れ始めた。
「なんだっ!?」
「大気圏に突入しました」
脱出ポッドのAIが返答する。
「問題はないのか?」
「問題ありません。想定内です」
さらに激しく揺れる。
「おい! 本当に大丈夫か!?」
「問題ありません。想定内です」
さらにとんでもなく激しく揺れ始めた。
「おっ おい!」
「問題ありません。想定内です」
何かおかしい。いくら使い捨ての脱出ポッドのAIとはいえ、この返答はないだろう。どこか故障しているのかもしれない。
本当に大丈夫なんだろうな。そういえば脱出ポッドで惑星に降下したなんて話は聞いたことがない。ナノムに確認してみよう。
(ナノム、脱出ポッドで惑星に降下した例はどれくらいある?)
[過去千年間で一二回です。最後に行われたのは三百二十年前です]
やはり少ないな。まあ、惑星の近くで戦闘なんてそう起きるものじゃないから当然か。
どれくらい経ったのだろうか。もう時間の感覚が判らなくなった頃、ふいに揺れが収まった。
スラスターが噴射し、回転が止まる。少ししてから バキッという音と共に衝撃が来た。
その後、シューッという音が聞こえてきた。なにか漏れているのか?
「なんだ!?」
「パラシュートを開きましたが、その際のショックでどこかに亀裂が入った模様です」
おいおい! どこかってなんだよ! 未だかつてこんな性能が悪いマシンに出会ったのは初めてだ。
パラシュートが開いただけで亀裂が入った? とても帝国品質のものとは思えない。
「パラシュートは問題ないのか?」
「問題ありません。地表まであと二十五分です」
ふぅ…なんとかなりそうか。
「おいポッド、お前の製造元はどこだ?」
「オーランド重工株式会社です」
ああ、そういうことか。オーランド重工は古くからある企業だが、二年前ある製品の性能偽装が発覚し、それを発端に次々と性能偽装が芋づる式に発覚して今、大問題になっている企業だ。この脱出ポッドも偽装品に違いない。
「着地は問題ないんだな?」
「問題ありません。酸素は十分にあります」
「気密が保たれていないのか!?」
「問題ありません。酸素は十分にあります」
だめだ、こりゃ。…… そうだ!
「外気は呼吸可能か!?」
「呼吸可能です。安全基準をクリアしています」
ふぅ助かった… 外部モニターで外の景色を眺めるがモニターが小さいためよく判らない。
……
「あと一分で着水します」
いよいよだ。 んっ? 着水ってなんだ!?
「着水ってどういう意味だ!?」
「到着予定位置は湖の上です」
「回避しろ!」
てか、もっと早く言え!
途端にスラスターが噴射し始める。
「不可能です。本挺のスラスターは宇宙空間専用です」
本気でこのAIにムカつき始めた。
「このポッドは水に浮くのか?」
「どこかに亀裂が入っています。浸水する危険性が高いです」
そうくると思った!
「着水します」
かなりの衝撃がきた。急いでシートベルトを外し、ポッドから出る準備をする。
持っていくものはバックパック、パルスライフル、レーザーガン、プロセッサモジュールが入った袋、制服、クリーンルーム用ツナギ、毛布が二巻だ。結構な荷物だ。
ペットボトルの水は持っていけない。湖の水が飲めることに賭けるしかなかった。飲めなければペットボトルを数本持っていっても死ぬのが少し延びるだけだ。
バックパックにレーザーガン、プロセッサモジュール、制服とクリーンルーム用ツナギを突っ込んで背負い込むと、ライフルもスリングに頭を通して背負い込んだ。
毛布にもスリングのようなものが付いていたので、頭を通して両脇に抱え込んだ。
外部モニターで外を確認する。おいおい! 本当に沈み始めてるよ!
「よし、ハッチを開けろ!」
ハッチが開き、水が流れ込んでくる! なんとかハッチ付近のステーに掴まりやり過ごすとポッドの外に出た。
空気は…… 問題ない!
岸が七十五メートルくらい先に見えた。どうやら結構惜しいところまで来ていたようだ。
泳ぎは得意ではないができないことはない。両脇に抱えた毛布が水を吸い込まない素材らしく、よく水に浮くので非常に助かる。ライフルは地味に重い。
三、四分で砂利を敷き詰めたような岸に泳ぎ着いた。ふぅ助かった! 昼間でよかった。これが真夜中だったら苦労したに違いない。
あたりを見渡す。植生はこれまでに行った惑星と似たようなものだ。やはり基本的に緑色でどこかで見たような葉の形をしている。故郷の惑星と似てると言えなくもない。
これからどうすれば良いのだろうか? と考えたところで重大なことに気づいた。
そもそもの目的が、艦には酸素がないからイーリスが艦の再構築を終えるまで、惑星に避難しようってスタンスだったはずだ。
脱出ポッドの通信装置がなければイーリスと連絡が取れない。ナノムの通信機能ではイーリスまで届かない。条件が良くて数キロメートルしか届かない。
「脱出ポッド、応答しろ! …… 応答しろ!」
ダメだ、暫く続けてみたが反応がない。そもそもポッドに耐水性はあるのだろうか? 質問しておけばよかった。
あの時はAIの頭の悪さにイライラして、それどころではなかったのだ。
真空にも耐えうるのだから耐水性もあるような気もするが、あのポンコツ具合じゃ期待はできないな。
最悪、水から引き上げるしかないのか? しかし、とてもではないが一人では無理だ。土着の生命体と仲良くなって助けてもらう? くらいしか思いつかない。って そんなバカな。
と考えて改めて気づいた。何を油断しているんだ! ここは戦地と同じだ。水辺には野生動物もよく来る。慌ててパルスライフルを構える。
あまりに見慣れたような世界なので、いつの間にか油断していた。
とりあえず、ここから離れて見晴らしのいい場所に移動しよう。
丘のようなものがあるのでそちらに向かう。
小高い丘の山頂付近に直径十メートル以上、高さ五メートルくらいの円柱っぽい、めちゃくちゃデカイ岩があったので登ってみる。いくつか足掛かりがあったので結構簡単に登れた。
ふむ、見晴らしはいい。
相手からも見えるかもしれないが、こちらにはライフルがある。こちらに分があるだろう。
見渡していると東の方向の空から何かが降ってきたのが見える。
すぐにそれが何かは判った。ホロビットでこういったシーンは何度か見たことがある。
あぁ、燃えている…。いや東だけではない北も西の空にも大量の燃えている物体が降ってきている。
あぁ… 間違いなく艦の破片だろう。
「あぁ…ダメだったのか」
イーリスは再構築が成功する確率は五十四%だと言っていた。
半分の確率だが、何故か上手くいくと思い込んでいた。半分の確率しかないのに…
イーリスが失敗するという想像ができなかったということもある。
失敗以外の可能性はあるだろうか? いや、惑星上に何かを投棄するのは重大な軍規違反だ。
それにイーリスが俺がいると判っている惑星に落とすわけがない。
「あぁ…」
それしか言葉が出なかった。
艦の破片は永遠に降り続けるようであった。
どれくらいの時間、空を眺めていたのかはわからない。
空腹で我に返った。とりあえず食事にしよう。
くそっ、また油断していた。まぁ今回のことはショックだった。とどめを刺された感じが強い。これでこの惑星で死ぬまで暮らすことが確定した。
いや、そうだろうか。あのイーリスが失敗すると判った時点でそのまま落下していったとは思えない。メッセージを載せたビーコンを射出するぐらいの時間はあったはずだ。
ギャラクシー級の戦艦が行方不明になったんだ。捜索隊くらいは出るだろう。その捜索隊がそのビーコンを発見すれば、この惑星をくまなく捜索するに違いない! と前向きに考えることにした。
しかし、胸のうちでは気づいていた。確かに捜索隊は出るかもしれない。でも、この惑星どころか、この星系すらも発見することができる確率が非常に低いことを。
司令部は航行スケジュールを知っている。捜索はワープアウトする宙域を中心に行われるだろう。途中でワープアウトしてしまった、この宙域を探すとは思えない。
非常用固形食は予想に反して、しっとりしていてなかなか美味かった。喉が渇いたので湖に水を飲みにいこう。ペットボトルの水を回収できなかったのが悔やまれる。
今は体感では午後四時くらいだろうか? 爽やかな風が吹いていて、なかなか気持ちいい。
湖畔付近に差し掛かって気づいた。
「おおっ あれは!」
なんと風に吹かれてペットボトルの飲料水が五本ほど流れ着いていた。十本以上あったはずだがポッドと一緒に沈んだのだろうか? まぁいい予想外の収穫だった。
ついでに湖の水も調べておこう。湖の水を手で掬い口に含んですぐに吐き出す。うん、普通の水のように感じた。
(どうだ?)
ナノムに確認する。
[飲料水としての安全基準を満たしています]
よし、これでしばらくは飲水には困らないな。
その時、水際付近の土に無数の人間の足跡があることに気づいた。
一気に警戒レベルを上げライフルを構える。警戒するが特に異常はない。
足跡はそれほど新しいものではなく、一日か二日経っているように見えた。
よく見ると人間の足跡に似ているが厳密には違うことに気づいた。まず指の本数は四本で大きさも子供のように小さい。
とにかくこの場から離れよう。
しかし、荷物が多すぎてペットボトル五本を持つと両手で持たないといけないためライフルが構えられない。仕方なく三本を左腕で抱え、右腕でライフルを構えることにした。
残り二本は目立たないところに隠しておこう。
なんとか先程の岩場まで戻ることができた。
荷物を下ろして一息ついた。考えてみれば、この岩の上はなかなかいい場所だ。岩の上に伏せてしまえば下からはほぼ見えない。湖を見張るには絶好の場所だ。
しばらくはこの場所で湖を見張るのがいいかもしれない。
やっと落ち着いてきた。さっきは慌ててしまったが考えてみれば人類のような生物がこの惑星にいる可能性よりも猿の類の動物の可能性のほうがずっと高い。今まで四本指の人類が発見された例はない。
もう夕方だ。今日はいろいろなことがあってさすがに疲れた。寝ずの番をしてもしょうがないので、警戒はナノムに頼んで今日はもう寝てしまおう。
ナノムが警戒するといっても、その手段は音だけでナノムによって数倍にまで高められた聴覚で警戒する。
聴覚を高めたといっても、うるさくて寝られないようなことはなく、逆に静かすぎるくらいだ。音が聞こえてもナノムがインターセプトしてくれるからだ。
ナノムが異音だと判断した場合には起こしてくれるので非常に便利だ。
一枚の毛布を敷いて、もう一枚を被る。耳だけは出しておこう。
(警戒モードだ。夜明けに起こしてくれ)
途端に音が聞こえなくなる。
[了解]
よほど疲れていたのか、すぐに意識を手放した。
[夜明けです。起きてください]
途端に鳥の鳴き声などが耳に入ってくる。丁度、朝日が昇るところだった。俺が目をつぶっているのに、どうしてナノムは夜明けだと判るのだろうか。相変わらずできるヤツだ。
あまり寝た気がしない。この惑星の一日は何時間なのだろうか? 明日も夜明けに起きて確認しよう。
今日は一日、ここで湖を監視する予定だ。もう無茶はできない。非常用固形食をかじり水を飲む。
そのまま毛布に寝転がり湖を監視する。視覚もナノムにより強化されているため十倍ぐらいのズームは余裕でできる。
日もだいぶ高くなってもうすぐ昼だなぁ、あっ、そういえば残りのペットボトル取りに行かなきゃなぁ、などと考えていた時に、それは現れた。
距離にして三百メートルは離れている。それは一見すると人類のような形はしていた。ただし背が低い。すかさずズームする。大体、百二十センチぐらいの身長だろうか。全部で五体いる。
しかし人類だとは思わなかった。なぜならその体は緑色をしていたからだ。緑といっても真緑ではなく緑と白を足して色を暗くしたような変な色をしていた。
強化された聴覚には、かすかに「グキャグキャ」と声も聞こえる。
手に持っているのは木の棒だ。棍棒だろうか。長めの木の先を尖らせた槍のような物を持っているヤツもいる。なにやら汚らしい腰布のようなものを巻いていた。
棍棒や槍のようなものを持ち、腰布を巻いているからには知的生命体には違いない。
ズームした顔はとても醜く見えた。クシャっと潰したような顔、つり上がった目、尖った耳など、いい所が一つもない、最悪の外見だった。
この惑星に知的生命体は、こいつらと俺しかいないかもしれない。いや、むしろその可能性のほうが高い。変な先入観を持つのはやめよう。
この場に隠れていても何も変わらない。挨拶にいってくるとしよう。
相手のあの装備であれば危険はないだろう。荷物は窪みに隠して置いて武器だけ持っていく。パルスライフルを構え、レーザーガン、電磁ブレードナイフはツナギのポケットに入れていく。
奴らの目的地は湖畔のようだ。
警戒しながら湖に近づいていった。姿は見失うこともあったが、「グキャグキャ」と大声で騒いでいるため、すぐに見つけられる。
警戒心のかけらも無い。本当に知的生命体なのだろうか。
いや、しかし人間の子供もテンション高めで騒いでいたら、未知の異星人から見ればこのように見えるのかも知れないと考えなおした。
奴らは湖畔に着いて更に大騒ぎしていた。
すぐ近くで声を掛けるとパニクるかもしれないので、ある程度離れたところから声を掛けることにした。
「やぁ!」
奴らの大声に負けないように大声で声をかけた。
途端に静寂が訪れた。五体全員がこちらを見て固まっている。
俺は両手を上げて攻撃の意志のないことを表した。もちろんライフルは肩にかけているが。
「どうも、こんにちは!」
また声を掛ける。もちろん通じているはずはない。ただ声のトーンでこちらの気持ちが伝わればと思ってのことだ。
すると奴らは仲間内でアイコンタクトをすると全員ニヤニヤと笑い始めた。よだれを垂らし始めたやつもいる。少しずつこちらに近づいてきた。
あれは! 奴らの槍にペットボトル二本が突き刺さっている。隠しておいたのを見つけて遊びで突き刺したようだ。それを見て堪忍袋の緒が切れた。
こいつら絶対に知的生命体ではない! それどころか俺を食う気、満々だ。
肩に掛けたライフルを構える。その動作を見た奴らが走り出す。距離は十メートルもないが、それで十分だった。
既にナノムが表示した仮想ウインドウ上の照準で、奴ら全員の額をロックオンしてある。もういくら激しく動いていても関係ない。
俺は奴らの方へライフルを向けライフルのトリガーを引くだけだった。
ナノムとリンクしたM151パルスライフルが、銃口に付いている可動式のレンズを自動的に目標に合わせパルスレーザーを照射する。
五連射するのに0.5秒もかからない。ライフルはチュンッと軽い音を立てて沈黙した。帝国軍制式採用パルスライフルの面目躍如だ。
奴らはなにもできずにドサリッと崩れ落ちた。
「くそっ! 下手に出てれば調子に乗りやがって!」
昨日からペットボトルの偉大さを痛感していた。人間、水がなければ行動できない。ひょっとしたら近くの水場は、この湖だけかもしれない。ペットボトルがなければ、一生この湖から離れられない可能性もあるのだ。
その貴重なペットボトルをこいつらは遊びで壊しやがって!
しばらくプンスカ怒っていたが、落ち着いてくるとナノムが[可能であれば解体してください]と言ってきた。
気が進まなかったが頼られるとイヤとは言えない性格だ。解体してみよう。
別に血に忌避感はないが、こいつらにはできるだけ触りたくはない。触りたくなかったので、真っ二つにしてしまうことにした。
電磁ブレードナイフで頭から股まで真っ二つにした。おえっ 臭い! 下水の匂いがした。切断した後、奴らの槍で動かしナノムに見えるようにしてやる。
[肋骨の下に何かあります]
どれどれと槍で弄ると2センチメートルくらいの大きさの血まみれの玉が出てきた。なんだろうか? 白く濁った色をしている。
ナノムが遺伝子情報を欲しがったので指で玉をチョンとつついて、すぐに湖で手とナイフを洗った。
奴らに刺されたペットボトルは真ん中に穴が空いていたので、ナイフで切って底の部分を利用してコップを二つ作ることができた。
これはいい! 何の生活必需品を持たない俺にとっては、こんな物だって宝物に等しいものだった。
まだ、恒星の動きからすると丁度正午になったぐらいだ。是非とも何か食料を探したいところだ。
そもそも俺はこの惑星のものを消化して栄養とすることができるのだろうか?
奴らと出会って大きな収穫があった。あんな行動をとってヘラヘラと暮らしているのだ。付近に脅威となるようなものはいないに違いない。
それとも脅威があるのに気づいていない、又は、忘れていたという可能性もあるのだろうか…?
十分あり得るな。気を引き締めていこう。