017. タラス村
村へと続く脇道は道幅二メートルから三メートルの狭い道で、結構な上り坂になっている。
十分くらい歩いた所で探知に反応があった。これは人間じゃないな。
「クレリア、この方角、五百メートル先に反応がある。多分、人間じゃない」
「了解」
注意しながら坂道を登る。あと百メートルといった所で突然、道の脇からビッグボアらしきものが飛び出してきた。
ズームして見る。でかい! 今まで見た中で最大のビッグボアで五百キロくらいはありそうだ。こんなにでかくなる動物だったのか。
むこうもこちらに気づいたようだ。前足で地面をガリガリとやっていて闘志をむき出しにしている。なんでそんなに好戦的なんだよ。まぁ、その方が助かるけど。
「俺が魔法で仕留める」
「わかったわ」
クレリアは言いながら剣を抜く。ホントに判ってるんだろうな。
こちらから近づいていくと、ビッグボアも近づいてくる。五十メートルを切ったところでビッグボアが全力疾走に移った。これは当然想定していた。
当然もう魔力は装填済だ。フレイムアローにしよう。あれって三本の矢じゃなくて単発にできるのかな? やってみよう。
フレイムアロー 発射!
残り十五メートルくらいの距離で炎の矢はビッグボアの脳天に突き立った。が、勢いがつき過ぎていてそのまま突っ込んでくる。おおっと危ない! こんなのに突っ込まれたら死んでしまう。
フレイムアロー単発の実験は成功だ。魔力の消費量はファイヤーボールと大体同じぐらいだな。これはいい! 今度から単発を使うようにしよう。
「アラン、今の魔法って…」
「フレイムアローを単発で使ってみたんだ」
「使ってみたって… そんな簡単に使えるものなの?」
「クレリアも練習してみなよ。魔力の消費量は大体、ファイヤーボールと同じくらいだよ」
それを聞いたクレリアは、なにやら考え込んでしまった。
おお! そうだ、このビックボアを村への手土産にすればいいんじゃないだろうか。
「先に村に行ってみよう」
クレリアはうわの空で頷いている。
少し歩くと探知に反応があった。これは人間の反応だ! 結構な数がいるな、二百人以上はいそうだ。小さい反応もある。子供か家畜だろう。
そのまま歩いていくと丸太で作った塀のようなもので囲まれた村が見えてきた。塀の高さは三メートルぐらいか、その塀の向こうに何軒かの木造の家が見える。出入り口と思われる門の上に二人の人影が見えた。
更に近づいていくと誰何された。
「そこで止まれ! 何者だ!」
中年のオヤジの村人だ。
「旅の者だ! 少し休ませてもらえないかと思って寄ってみた!」
胡散臭そうに俺を見ている。今の俺は黒いツナギを着ている。確かにこの格好は胡散臭いだろうな。俺の斜め後ろにいたクレリアの姿を見て少し怯んだように見えた。
「直ぐそこで馬鹿でっかいビッグボアを仕留めたんだ! 運ぶのを手伝ってくれないか? 山分けしよう!」
「馬鹿でっかいビッグボアだと!? 本当か!?」
「本当だとも! 一緒に見に行こう!」
オヤジが隣にいた若者に何か話している。若者は駆け出していった。
「今、人を呼んだ! ちょっと待ってろ!」
了解だ。片手を挙げて答える。しかし、オヤジの話し方はちょっと変わっているな。訛っているのだろうか。
少しして何人か村人が来たようだ。見ていると門が少しだけ開いて、オヤジと若者だけが出てきた。二人とも槍のようなものを持っている。
「行こう。こっちだ」
きた道を引き返し案内する。直ぐにビッグボアの所に着いた。
「間違いねぇ、こいつは黒斑だ」
あれ? 名前付いてるの? まさかペットじゃないだろうな。ビックボアはたしかに斑模様のような毛並みだ。
「知っているのか?」
「ああ、こいつには仲間が何人もやられているんだ」
良かった、ペットじゃないようだ。
「ベック、十人くらいの男手と台車持ってこい」
若者に指示すると若者は走り去った。
「分けてくれるってのは本当か?」
「本当さ、俺たちは今日の夕食分と明日の分だけでいい。後はそっちで分けてくれ」
「それじゃ、ほとんど俺たちが貰うことになるがいいのか?」
「ああ、なにか保存食でも少し分けてもらえると嬉しいな。あとは今晩どこか泊まるところを貸してもらえれば言うことなしだ」
「そんなのはお安い御用だ。俺はザックだ」
そこでクレリアが前に出た。
「私の名はリア、こちらはアラン。世話になる」
おお、確かに偽名を使ったほうがいいな。クレリアにしては上出来だ。
それを聞いてザックは明らかに怯んだ。
「よろしくお願いします」
ザックはやけに丁寧な口調になった。
そこにさっきの若者が十人くらいの男たちと台車を引いて戻ってきた。
村人たちはビッグボアを取り囲み、驚き、騒いでいる。
「よし、村に運び込むぞ! 取りかかれ!」
ザックはリーダー格の人物のようだ。
村人はビッグボアにロープを掛け始め手慣れた感じで作業に取り掛かる。俺も手伝って、やっとのことで台車に載せた。
みんなで台車を押して村に行く。坂道なので大変だ。
門は既に開かれていて、人だかりができている。そのまま門をくぐり村の中へと進むと少し歩いたところに平らな広場のような所で台車は止まった。皆の視線がザックに集まる。
「この人たちは村の客人だ! 黒斑を退治して俺たちにほとんど譲ってくれるらしい! 今日は宴会だ!」
途端に村人たちから歓声が上がった! 何人かは他に知らせに行くのか走り出している。
「そこに座って寛いでくれ、いま茶でも入れさせる」
広場にはテーブルとイスのセットが幾つか置かれていた。早速、クレリアと座って寛ぐ。
広場の反対側ではビッグボアの解体が始まっていた。手慣れた感じで作業が進められていく。
「ザックはここの村長なのか?」
「ああ、そうだ。ところで黒斑はどうやって退治したんだ?」
「魔法だよ、真っ直ぐ突っ込んできたんで頭に叩き込んだ」
「魔法が使えるのか!?」
ん? 驚いている? 魔法を使えない者がいるのだろうか?
「この村じゃ魔法が使える者は?」
「いるが、二、三人だ。と言っても火を着けられるくらいで黒斑を退治するような魔法を使える者はいない」
そういうものか。魔法を使えない者がいるとは思わなかった。
解体作業を眺めているが、刃物が悪いみたいで中々進んでいない。もうすぐ日が暮れるのに夕食が遅くなっちゃうじゃないか。
「ザック、これを貸してやるよ。これで解体してみてくれ」
電磁ブレードナイフをザックに差し出す。
「魔道具だから物凄く切れるぞ。骨だってサクサク切れる。十分気をつけてくれ」
「魔道具!?」
「そうだ、怪我をしないようにしてくれ。ああ、洗って返してくれよな」
渡された解体チームから歓声が上がる。順調に進んでいるようだ。
しばらくしてお茶が出てきた。この惑星に来て初めての飲み物だ!
美味いな! 地球の緑茶のような味だ。
「美味いな。なぁザック、このお茶の葉を少し分けてもらうことはできないか?」
美味いと言われてザックの奥さんらしき人も喜んでいる。
「いいとも! 俺もこの茶は好きなんだよ。これ、街で売れると思うか?」
「売れるとも! 俺だったら迷わず買うな」
街のことは全く知らないが美味いことは美味い。クレリアにどうだ? と視線を送る。
「うん、美味しい」
お墨付きが貰えた。お嬢様のクレリアが言うのだから売れるだろう。
「なぁアラン、お前さんのその格好ってなんなんだ?」
やっぱりそうくるよな。俺だってこんな格好をしていたら気になってしょうがない。
「あぁ、これな、ちょっと訳ありでこれしか着る服がないんだよ。俺も困っているんだ」
「そうか、お前さんは知らないだろうが、この村の特産は**なんだよ。服も作っている。良かったら明日にでも着る服を見繕ってやることはできると思うぞ」
「そうか助かるなぁ、勿論、金は払う。よろしく頼むよ」
判らない単語があったが、服を用意できるらしい。服ってそんなに高くないよな?
「まぁいい、服のことは明日だ」
村人たちが食器を片手に集まり始めている。十二歳くらいの少年が一人近づいてきた。
「あ、あの、黒斑を退治してくれてありがとうございました! あいつ、父ちゃんの仇だったんです」
「そうか… 父ちゃんのことは残念だったな。仕返しにヤツの肉を腹一杯食ってやれ」
「はい!」
少年は解体現場のほうに駆けていった。
「何人くらいやられたんだ?」
ザックに訊いてみる。
「全部で六人で今年に入ってから三人だ。最近じゃおちおち村の外に出れる状況じゃなかった。本当に助かったよ」
「そうか、役に立ったのならなによりだ」
解体の第一陣が終わったようだ。村の女たちが、広場の脇にある石を組み上げて作ったカマドで料理を始めている。
クレリアがザックの奥さんになにか話した後、席を外した。トイレにでも行くのだろう。それを見たザックが顔を寄せてきた。
「なぁ、あの騎士様は**だろう?」
なんだろうか。言語をアップデートしてみるが単語の意味は判らない。それにしても騎士様って。鎧を着ていると騎士? 騎士は身分が高いのだろうか?
「なんでそう思うんだ?」もっと情報が必要だ。
「だって話し方が**、そのものじゃないか? アランは***なのか?」
また判らない単語が増えた。
「***ってなんだ?」
「知らないのか? 騎士様の身の回りの御世話をする人のことだよ」
言語アップデートだ。***は従者か。うーん、確かに食事の世話はしているけどなぁ、従者なのかな?
「まぁ、従者みたいなものかな? リアとは一月くらい前に会ったばかりでよく判らないんだ」
「騎士様の剣の腕はどうなんだ?」
変なことを訊いてくるな。
「そうだなぁ、グレイハウンドだったら二頭ぐらい同時に相手できるんじゃないかな」
いや、厳しいかもしれないな?
「そりゃすごい!」
クレリアが戻ってきたので会話は中断となった。
村の女たちが山盛りの料理を大皿で運んできた。パンもある。人が料理したものを食べるのは久しぶりで楽しみだ。
ポトの実と見たことがない野菜と大量の肉を炒めたもののようだ。ザックが自分の木皿に料理を取り始めた。大盛りに盛っている。そういうシステムか。
俺とクレリアも自分の前にある木皿にとっていく。クレリアも大盛りだ。
美味い! 基本的には塩味だが、これはガーリックを大量に入れているな。それとなにやら不思議な香りがする。俺が知らないハーブを使っているのだろう。塩加減がちょっと薄いような気もするが十分美味い。
「美味いな! これ」
クレリアも頬張りながら頷いている。
「村の宴会料理だ。美味いだろ」
しばらく夢中で料理を堪能する。周りでも村人が料理を食べ始め騒がしくなってきた。
そうだ! さっき、脇道に入る前に街道から少し入った所にサラダ野菜を見つけて採っておいたのがある。採取袋から取り出す。採れたてなのでまだシャキシャキだ。ああ、そういえば黒鳥の肉もあったんだよなぁ。誰かに食べてもらおう。
「なんだ? ああ、サッパの葉か」
「さっき見つけたんだ。良かったら食べてくれ」
サラダ野菜はサッパという名前なんだな。空いた木皿にサッパをちぎって盛って、皆が取れる場所に置いた。
サッパに肉料理を載せ巻いて手掴みで頂く。うん、これも美味い。俺が食べているのを見て、皆が真似して作り始めた。
「美味い! こんな食べ方をしたことは無かったな」
「あと、これ昨日狩った鳥の肉なんだけど誰か食べるかな?」
肉は半身で五キロくらいはあるはずだ。さすがに今日中に食べたほうがいいだろう。
「おいおい! これはブラックバードの肉じゃないか!? いいのか?」
黒鳥はブラックバードか。そのまんまだな。
「いいよ、早く食べないと悪くなっちゃうしな」
肉は村人行きとなった。歓声が上がっている。
せっかくだからパンも頂くか。手のひらぐらいの大きさのパンを手にとってみると思ったより固くはない。焼き立てのようだ。
ナイフでパンを上下に半分に切ってサッパの葉を敷き、その上に肉料理を大量に載せて、またサッパを載せてパンで挟めば、具沢山肉サンドの完成だ。
クレリアに食べるか? と振ってみせると、クレリアは料理を頬張りながら頷いた。クレリアに渡して自分の分を作り直す。
うん、これも美味い! パンが予想以上にしっとりしているし、バラ肉は肉汁たっぷりで滴り落ちてくるほどだ。
「それも美味そうだな」
ザックも自分の分を作り始めた。奥さんも真似をしている。
おっと、村の女たちが今度は厚切りのステーキのようなものを持ってきた。小さめのやつを頂こう。ガーリック風味でこれも美味い! クレリアは特大のステーキを取り夢中で食べている。
ふぅ、堪能した。もう食べられない。クレリアもザックも物凄い勢いて食べていたので、同じく満足したようだ。
「美味かった。こんなに肉を食ったのは生まれて初めてかも知れないな」
そこに奥さんが陶器でできた瓶のようなものを持ってきた。
「酒、飲むだろ?」
「ありがたく頂くよ」
クレリアも頷いている。
赤ワインのようだ。うん、普通に美味い。少し酸味がきついが、これはこれで全然アリだ。
「それで、行き先はゴタニアか? 歩きで?」
飲みながらザックが訊いてきた。
「ああ、そうだよ」
しまった、安易に答えすぎたかもしれない。
「おーい! ベック! ちょっとこっち来い!」
ザックは先程の若者を呼んでいるようだ。
「コイツも相席いいか? 俺の息子のベックだ」
言われてみれば若者はザックの顔にそっくりだ。
「勿論、いいよ」
「実は相談がある。半年に一回、村で作った物を持ってゴタニアに商売をしに行っているんだ。丁度そろそろゴタニアに行こうと思っていたところだ。いつもは魔獣と盗賊の対策として十五人くらいの男衆で行くんだが、効率が悪くてあまり利益も出ない。荷物もあまり積めないしな。
そこに凄い腕を持った騎士様とビッグボアを魔法で倒すお前さんが来た。行き先もゴタニアで、歩きだ。どうせ行き先が同じなら護衛してもらえないかと思ったのさ」
クレリアが、凄い腕を持った騎士というところに反応して照れている。
「ゴタニアまでは馬車か?」
「そうだ、このベックともう一人若いのを護衛して行ってくれないか?」
うーむ、悪い話じゃないな。道案内もしてもらえるし、早く行けるし楽だ。ザックの言う通りついでだ。
「リア、どうする? 俺は問題ないと思っているけど」
「私も構わない」
「しかし、行きだけだぞ。帰りはどうするんだ?」
「帰りは冒険者を雇うから問題ない。どうせいつも帰りは念のため雇っているんだ」
冒険者? 冒険する者か。護衛の類だろうか?
「しかし、いいのか? 今日会ったばかりの人間に護衛なんか任せて?」
「俺はこれでも人を見る目はある。お前さんは信用できる」
何故かクレリアが頷いている。確かに俺達は悪党じゃないからザックの目は確かだな。
「分かった。ゴタニアまでの護衛を引き受けよう。間違いなくベックと馬車を守ってみせる」
「そうか、ありがたい! しかし、今更だが護衛の礼はあまり出せないんだが」
「礼はいらないよ。こっちも馬車で行くことができて助かるんだ。お互い様さ」
「さっき言ってた服を一式っていうのはどうだ? これでもうちの村で作る服は評判がいいんだ。結構高値で売れるしな」
「そうか、じゃあ、お言葉に甘えて頂こうかな」
服はやっぱり欲しい。さすがにこの格好じゃ街には入れないだろう。
「よし、話はまとまったな! 大いに飲もうぜ!」
そうだ! 酒といえばいいツマミがあったな。バックパックからサーモンの干物を取り出した。結構固くなっているのでナイフで薄く切り、皿に盛り付けてテーブルに置いた。
「魚の干物だ。俺が作ったんで味の保証はできないが、酒のツマミにはいいと思うぞ」
「これは珍しいな! どれどれ」
「これは美味い! 塩を贅沢に使っていて確かにツマミには最適だ」
どうせならと村人用にも切って渡した。一層騒がしくなったので、結構評判はいいみたいだ。
篝火が焚かれ、宴会は夜遅くまで続いた。