015. 探知魔法
クレリアの足が完全に治って七日が経った。
腕の方もほぼ治っていて、後は指先だけだ。明日には完治するだろう。
話し合った結果、明日拠点を引き払って出発することにした。
そう、もうクレリアとは普通に会話できるほど言語習得は進んだ。たまに判らない単語も出てくるが、日常会話レベルならば全く問題なくできる。クレリアに聞いても発音も全然おかしい所はないとの太鼓判を押してもらったほどだ。
あとはクレリア以外の相手と会話して、もっとサンプルを集めたいところだが、それはもうしばらく待つ必要があるだろう。
会話できるようになって、クレリアに追われている理由と誰に追われているのかについて訊いてみた。
クレリアは暫く考えた後、理由についてはもう少し待ってくれないか、近いうちに必ず話すと言った。
よっぽど訳ありなんだろう。しばらく一緒に暮らしてクレリアが悪人でないことは判っている。恐らくは犯罪者ではない。そうであれば理由については話せるようになってからで別に構わない。
追手については、来るとしたら数人ではなく数十人、だが百人を超えることはないだろう。しかし、来ない可能性もあるとのことだ。
なんとも曖昧な話だよなぁ。大体、五十人くらいを想定しておけば良いのだろうか。ライフルがあればなんとかできるとは思うが、それなりに心構えが必要な人数だ。出会っていきなり問答無用で撃ち殺すのも躊躇われる。未だ決めかねている案件だ。
魔法を覚えて七日が経ったが、こちらの研究は全然進んでいない。いや、一部の分野については進んでいるのだが、火魔法や他の魔法についてはまったくだ。これには理由があって俺がナノムに、ある依頼をしたためだ。
宙兵隊の装備にマルチセンサーというものがある。これは名前の通り付近のあらゆるものを感知できるものだ。地形、建造物であればその内部の構造、生命体の有無など多岐にわたる。偽装でもしていなければ、マルチセンサーがあれば不意打ちを受けるなど有り得ない。
この惑星に来てから、まず欲しいと思ったのがマルチセンサーだった。
魔法のあまりにも凄い万能ぶりに驚いた俺は、ナノムにマルチセンサーの代わりのものを実現できないかと依頼をしたのだ。
それからというもの、様々なナノムの実験に付き合わされて時間も無駄な魔素を使う余裕も全然無かった。そのお陰で魔素については色々なことが判った。
あらゆる生命体は魔素を宿す性質がある。これはビッグボアも小さな昆虫も、植物でさえも微量ではあるが魔素を宿している。勿論、ファイヤーボールを使用できる量とは比較にならないほどの微量な魔素の量ではあるが、驚愕の事実だった。
生命体は魔素を宿し、魔素は魔素の集まっている所に引かれ集まる。しかし、無限に集まり続けるかというとそうではなく、体内にある魔素の集合体はある一定の量を集めると、集まってくる魔素を弾くようになる。これが何故かは判らない。
魔素が集まる一定の量とは、生命体毎に量が異なるようだ。逆に言うと同じ種であれば、持っている魔素の量は同じで、クレリアと俺の魔素の量は、全く同じだ。
クレリアとファイヤーボールが撃てる回数が違うのは、どうやら魔素の使い方に違いがあるようだ。クレリアによると魔法が上達してくると撃てる回数も増えていくそうだ。俺はナノムに任せきりだからこれ以上は増えないかもしれない。
様々な生命体の魔素量を観測しデータベース化すれば、離れた距離からどのような生命体がいるのか判るようになるかも、ということで日々データを集めている。
魔素は光と同じように粒子のような性質と波のような性質をあわせ持つことも判った。粒子っぽいのは勿論だが、波のように反射や干渉、回折などの性質を持つことも判った。
これは魔法を放つのではなく、魔素のまま体外に放出することが可能とわかって発見した事実だ。
魔素は衝撃波のような形で体外に放出できる。弱い衝撃波を放出しても何も起こらないが、強く素早い衝撃波を放つと放った魔素は他の魔素の塊に当たると反射するような挙動をみせる。
この特性を利用して、魔素を対象としたレーダーのような機能を曲がりなりにも実現することができた。
探知できる範囲は、出力する魔素の衝撃波の強さによる。強い衝撃波を出力すればそれだけ広い範囲の情報を取得できる。
ここで予想外だったのは、クレリアがこの魔素の衝撃波とも言うべきものを感知したことだ。ナノムの指示で衝撃波の放出実験をしていると、先程から魔力が感じられるが何をしているのかと聞いてきたのだ。
魔力。この世界の人間は魔素の動きを魔力と呼んでいるらしい。魔法を使う時に魔力を感じるというが、俺にはさっぱり感じられなかった。そのうちに感じられるようになるのだろうか。
クレリアは魔力を感じる力が人より何倍も優れていると魔法を習った人から言われたことがあるという。
このことが判ってから、クレリアにも実験を手伝ってもらうことにした。この探知魔法ともいうべきものを使った時に、相手にこちらの位置を知られてしまっては元も子もない。できればこちらが一方的に情報を取得できるようにしたい。
クレリアの魔力の感知能力は魔力の強さは勿論、魔力を発している所からの距離にも関係するということが判った。当たり前といえば当たり前のことか。
そうであれば、段階的に衝撃波の強さを強くしていけば良いのでは? ということに気づいた。
例えばクレリアが五十メートル離れたところから感知できないほどの魔力で探知し、探知範囲内になにも居なければ次は七十五メートルの強さで、次は百メートルの強さでという感じだ。
これであれば相手に察知されずに探知できるはず、というかそうだったらいいなぁ。
もし、駄目だったら改善していけばいい。
この探知魔法のいいところは、ナノムだけで発動できるところだ。恐らくあまりイメージを必要としないためだろう。
発動を命じるだけでナノムが実行し、その結果を仮想ウインドウに表示してくれる。表示方法はマルチセンサーと同じにしてあるので非常に使いやすい。
探知魔法の消費コストは、百回実行してやっとファイヤーボール一発分くらいで非常にコスパに優れている。どんどん使用していこう。
結局、マルチセンサーと全く同じものはできなかったが、生命体を感知できるだけでも非常に有用だ。
協力してもらったクレリアに魔法完成の報告をすると、またポカンとした表情で固まっていたが気がつくと魔法を教えてくれとせがまれた。
はっきり言ってこの魔法は、魔素を感知するセンサーとナノムの情報処理能力がなければ不可能だ。クレリアには魔法がもっと上達したらと誤魔化した。その話合いの過程で何故だか、今日の狩りに連れていくことになってしまった。なぜだろう?
魔法の最後の検証をしていたので、今はもう正午近くだ。昼飯を食べてから狩りに出掛けよう。昼飯のメニューは魚の塩焼きとビッグボアの肉野菜炒めだ。定番メニューだが美味い。
「そろそろ、狩りに出掛けようと思うんだけどいいかな?」
「勿論! 早く行きましょう、アラン」
クレリアは早く行きたくて仕方ないみたいだ。
クレリアは、アランと言う時に最初は恥ずかしそうにしていたが、随分慣れたようだ。話し方も最初に比べると、くだけた感じになっていると思う。
狩場はだいたい決まっていて、拠点から一時間くらい歩いた山だ。何故かその山は植物の食材が豊富でそれを目当てに動物も集まっているようだ。早速、その山に探知魔法を使いながら向かう。
狩場に着くまで手持ち無沙汰なので、クレリアに航宙軍学校で習う簡単なハンドサインを教えてみた。流石に実戦では通信するので今まで使ったことはないが、こういう環境であれば役に立つだろう。
三十分ぐらい歩いた所で探知魔法に反応があった。三時の方向、数は二体、二百メートルくらい先だ。早速、ハンドサインでクレリアに情報を伝える。理解できたようで、真剣な顔で頷く。
相手はこちらの方に向かってきてはいるが、真っ直ぐ向かってきているわけではない。恐らくまだこちらには気づいていないだろう。恐らくこの動きはグレイハウンドだ。
今まで狩りの途中にグレイハウンドと出くわすことは度々あった。大抵、一頭か二頭、多くても三頭で、その度に片付けてきた。危険な害獣は駆除だ。
「恐らくグレイハウンドだ」
「アラン、一頭は私にやらせてほしい」
おおっ、クレリアがやる気だ! ちゃんと鎧も着ているし腕前を見せてもらおう。ライフルもあるし危なかったら介入すればいい。
「わかった、落ち着いていこう。あと大体三十秒くらいだ」
ちなみにこの世界の一秒は大体人類世界と同じだ。一分は六十秒、一時間は六十分で、一日は二四時間、一年は三百六十日だ。この惑星ではアランの故郷と同じく午前と午後という十二時間を二回数える方式をとっていた。
理由は判っていないが、ほとんど全ての人類惑星での時間の数え方は一致している。ほぼ確定の一番有力な説は、人類を惑星に連れてきた第三者が人類に時間の数え方を教えたという説だ。それ以外の説ではこれほどの一致の説明ができない。
しかも、不思議と人類惑星のほとんどの惑星の公転周期は、三百六十日前後となっている。この理由についてもやはり、第三者がそういった惑星を選んで人類を連れてきているというのが一番有力な説だ。
クレリアは剣を抜くと、じっと見つめる。細身の装飾の細かいカッコイイ片手剣だ。十秒くらい経つと剣が光り始めた。おおっクレリアもファイナル・ブレードを使えるのか! じゃ、俺もだ!
同じく剣を抜くとファイナル・ブレードを発動させ、剣を光らせる。グレイハウンドは何かを察知したようだ。仮想ウインドウ上の位置を表す光点がこちらに向かって急速に近づいてきた。
クレリアの前に出て片手を挙げ、五秒前からのカウントダウンを始める。 …五、四、三、二、グレイハウンドと目が合う。一頭がそのまま止まらずに俺に向かって飛び掛かってきた。いつもの通り脇に飛び退いて剣を振り下ろす。何の抵抗もなくグレイハウンドの首をはねた。
それを見越していたようにクレリアが前に出る。二頭目のグレイハウンドは仲間がやられたのを見て躊躇したのか足を止めていたが、クレリアが前に出てきたのをみて与しやすいと見たのか、クレリアに向けて飛びかかった。
クレリアは落ち着いて脇に避けると剣を振り下ろした。浅い! が、素早く剣を翻して剣を斬り上げた。今度は致命傷だ、喉を切り裂かれグレイハウンドは弱々しく暴れていたが、クレリアに止めを刺された。
これはひょっとして俺が教えた基本コンボだろうか。なかなか上手くできていた。クレリアはとても嬉しそうだ。構えていたライフルを下ろす。
「アラン、どうだった?」
「なかなか良かったと思うよ。ただ、斬り上げた後に少し隙があったかな? 仕留めきれなかった場合を考えて、次の動作に入っていたほうが良かったかな」
コリント流剣術は手数で圧倒する流派だ。なるべく次を考える癖をつけたほうがいい。って、クレリアは別に俺の弟子でもなければ、コリント流剣術の剣士を目指しているわけでもなかった。
クレリアは、なるほどといった感じで素振りをしている。
よし、害獣は駆除できたので出発だと歩き始める。
「アラン、魔石は取らないの?」
ん? 魔石ってなんだ?
「魔石ってなんだっけ?」
クレリアは俺が質問する時に度々見せる、またかという顔を見せる。
「魔石っていうのは魔獣の体の中にある石のことよ」
「魔獣ってなに? 動物は魔獣?」
「魔石が体の中にある獣が魔獣で、魔石がない獣が動物」
なんと! ここにきて新発見だ。そういえば、いつかの緑色した奴らの体の中には丸い石のようなものがあった。
「魔石を採ってどうするんだい?」
なにか使い道があるのだろうか?
「それは…街で**ことが出来るわ。グレイハウンドだと価値が低くてあまりたいした***にはならないらしいけど」
お、久しぶりに不明な単語が出てきたな。言語をアップデートしてみる。
クレリアの発言をプレイバックする。
『それは…街で売ることができるわ。グレイハウンドだと価値が低くてあまりたいした金額にはならないらしいけど』
衝撃を受けた! いや、売ることができるということではなく、クレジットのことをすっかり忘れていたことだ。
この世界のクレジット、金は、あれだ! クレリアたちが襲われた場所で荷物を整理していた時に見た小さい丸い金属の板のことだ! くそっ! 特に意識していなかったため、気付かなかった。色々な荷物の中にあったので不思議には思っていたが。
帝国のクレジットは、もう何千年も前から個人毎に管理されているシステム上のただの数字だ。物質で存在する訳ではないので、物でクレジットを表すという概念がなかった。
(ナノム、お前も金を見逃したな!)
[はい、特に必要を感じませんでした]
俺もだ。金属の素材として何枚か確保しただけだ。不味いぞ、クレリアの目的地であるゴタニアという街に着けば必ず金が必要になる。
馬車の所まで取りに戻るか? いや、追手がくるかもしれないのに戻っている場合じゃないし、そこにまだあるという確証もない。
いや、クレリアが持ってきているかも知れない。
「そういえば、クレリアは金って持ってる?」
なんとなく情けないので、さり気なく聞いてみた。
「いいえ、私は持っていないわ」
ダメだ、クレリアも結構抜けている。
となれば稼ぐしかないだろう。魔石が金になるなら確保しなければならない。
魔石って体内のどこにあるんだろう?
[ここです]
ウインドウに狼の透過図のイメージを表示され、胸部のあたりに魔石と思われるものがある。なるほど魔石には魔素が多く含まれているのか。
ナイフで胸を開いて手を突っ込む? いや、やりたくないな。剣で真っ二つに切断してしまおう。
ファイナル・ブレードを発動し、魔石を切らないように切断した。魔石を探して剣でグリグリしていると魔石が見つかった。
三センチ弱くらいの白く濁った玉だ。二つとも確保した。クレリアは金額を知らないようだけど、どのくらいの価値があるのだろうか。
よし、狩り再開だ。それから狩場の山に向かって二十分ほど歩いていくと探知魔法に反応があった。二時の方向、数は一体、二百メートルくらい先で動いていない。
ハンドサインでクレリアに情報を伝え、ゆっくりと音をたてずに近づいていく。動いていないということでなんとなく正体は判っている。
やっぱり黒鳥だ。この狩場でまったく動かないのは木に止まっている黒鳥ぐらいだ。
クレリアが自分にやらせろと身振りで伝えてくる。頷いて了承すると二人してゆっくりと近づいていく。なんとか四十メートル付近まで近づくことができた。クレリアはもう目を閉じて準備に入っている。
「フレイムアロー!」
クレリアが魔法を放った。三本の矢が黒鳥に向かって飛んでいくが、クレリアが声を出したことによって気付かれてしまい、慌てて飛び立とうとしている。辛うじて三本のうち一本が羽に当たったようで、木から落ちてきた。クレリアと一緒に走り出した。
やはり炎の矢は羽の、しかも先の方に当たったようで黒鳥はまだ全然元気だ。飛べないようだが走って逃げ始めた。結構速い!
「追いかけろ!」
クレリアと二人で追いかけ始めた。黒鳥の走るスピードは人間に比べると全然遅いが木の間を縫うように逃げるので、あと一歩というところでなかなか捕まらない。
二手に分かれて追いかける。そのまま三分ほど黒鳥と追いかけっこをしていたが、クレリアの剣がついに黒鳥を捉えた。ふぅ疲れた。
クレリアは追いかけっこが楽しかったらしく大笑いをしている。確かに大の大人が二人して大真面目で追いかけっこをしているのは、傍から見れば面白いかも知れない。釣られて笑ってしまった。
黒鳥の血抜きをして拠点に戻った。黒鳥のレバーは久しぶりの白レバーだったので、美味しく刺身で頂いた。