013. 魔法の考察
今日もコリント卿は狩りに行ってくれている。
最近はコリント卿も少しずつ話せるようになってきているので色々と会話ができて楽しい。
コリント卿は本当にすごい。一度聞いた単語、言い回しなどは絶対に忘れないのだ。言葉に対する理解も速く、どんどん喋れるようになっていくので教えるのが楽しいほどだ。
この拠点に来てから九日ぐらいは経っただろうか。もう足は引きずりながらであれば歩けるようになっていた。
踵まで足が治るとコリント卿は荷物の中から私のブーツを出して渡してくれた。嬉しかった。コリント卿は常に私のことを考えてくれている。
この恩をどのように返していけば良いのか、それが最近の悩みだ。
昨日、足が治ったらどうするのか聞かれた。旅を続けるのか、手が治るまで待つのかと。旅を続けると今のような食事は用意できないので、治るのに時間が掛かると。
考えるまでもなかった。手が治るまでここに留まり体を元に戻す。先日のように魔物に襲われた時にコリント卿に守られてばかりは、もう嫌だ。私も一緒に戦いたい。
コリント卿の世話になりっぱなしなのは心苦しいが、私は女神ルミナスに誓った。いつか必ずこの恩は返す。
私はもっと強くならなくてはならない。焚き火に使う木を集めながら、コリント卿に教えてもらった剣の型を練習する。足が、完全に治ればもっと本格的に鍛錬を積むことができるだろう。
コリント卿が帰ってきたようだ。ビッグボアを担いでいる。
『お帰りなさい、コリント卿』
『帰ったよ、クレリア』
この会話だけで恥ずかしくなってしまう。家族以外にお帰りなさいなどと言ったことはない。
それに会話するようになってわかったことだが、コリント卿は私のことを名前で呼ぶ。貴族でも家族以外で異性のことを名前で呼ぶなど許されるのは婚約者ぐらいなものだ。
なにも敬称を付けろなどと露ほども思わないが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。コリント卿の国の習いだろうか。
そんなことを考えていると
『クレリア、コリント卿じゃなくてアラン』
これは文字通り、家名ではなく、名前で呼んでくれということだろう。
以前、ファルに聞いたことがある。平民に近しい下級貴族の男女の間では、これからは名前で呼んでくれないか? というのが遠回しなプロポーズの言葉として流行っていると。
わかっている、コリント卿にそのようなつもりがないことは。多分これもコリント卿の国の習いなのだろう。
『アラン』
小さな声で呼んでみる。コリント卿は嬉しそうに頷いてくれた。
コリント卿はビッグボアの解体をしている。相変わらず料理人のような腕前だ。
王都にいたときは思いもよらなかったが、いつか私もこれくらいのことはできるようにならねばならない。勉強させてもらおう。久しぶりのビッグボアなので非常に楽しみだ!
拠点に戻ると焚き火の火が消えていた。
いけない! 火を着けることは私にもできる数少ない手伝いなのだから。木を足して魔法で火を着ける。コリント卿はそれを見てひどく驚いているように感じた。
『クレリア、今のなに?』
どういう意味だろうか。魔法ファイヤーを使って火を付けただけだ。
ああ、魔法を発現させるまでの時間の短さに驚いているのに違いない。
そう、実はこう見えて魔法が得意なのだ。宮廷魔術師にすぐにもなれると言われたこともある。もっとも得意なのは火魔法だけではあるが。
そのことをコリント卿に伝えると納得してくれたようだ。
さぁ、コリント卿の料理が始まる。今日も全力で食事を頂こう!
コリント卿は日増しに喋るのが達者になっていく。会話も段々できるようになってきたので、以前から気になっていたことを聞いてみた。
なぜ足が、腕が治るのかと。
コリント卿によると、コリント卿の身に宿る目には見えない小さい精霊に命じて私の体の中に入ってもらい、治療を頼んでいるのだという。
はっきり言ってコリント卿以外の人間からこの話を聞かされても、にわかには信じることはできないだろう。
もちろん、女神ルミナスの眷属たる精霊の存在は信じている。しかし、あまりにも荒唐無稽すぎる話だ。
だが、私には信じられる。コリント卿ほどの多才で善良な人間が女神ルミナスに愛されていないはずはないのだ。
少なくとも精霊と意志を交わし願いを聞いてもらえることができることは、私の手足が証明している。
考えてみれば、神の力、又はその眷属の力以外に手足を再生することはできるはずがないのだ。
コリント卿は私が考えこんでいるのを見て、不審がっていると考えたようだ。ナイフを取り出すと素早く自分の腕に切りつけてしまった。止める暇もない素早い動作だった。
しかし、血は一滴、二滴流れただけで、傷がみるみるうちに塞がっていく。二分もすると全く傷が判らないほどになってしまった。魔力は一切、感じなかったし跡形もなく治すなど治癒魔法では不可能だ。
これは絶対に治癒魔法でない!
すごいっ! 本当に神に、精霊に愛されている!
私もコリント卿を通して、その恩寵を賜っているのだろうか? 疑っているわけでは決してないが、どうしても試してみたくなった。
ナイフを取り出し、同じように腕に切りつけてみる。コリント卿に止める素振りはない。
一瞬、痛みがあったが、直ぐに痛みはなくなり、みるみる傷が癒えていく。すごい!
あぁ、私もまた精霊の恩寵を賜っているのだ。感動で身が震える。
コリント卿はその後、腕が治ったら精霊をどうするのかと聞いてきた。精霊を追い出してもいいし、そのまま留まらせてもいい、どちらでも構わないらしい。
私は全力でこのまま、留まらせてほしいとお願いした。
この力はこれからの私に必要だ。正直、この力を手に入れるためなら魂を売ってでも手に入れようとする輩は数多くいるだろう。
コリント卿は、なんでもないようなことのように頷いて了解してくれた。またしてもコリント卿に大きな恩ができてしまった。
また、数日が経ち足が完全に治った。やはり、自分の足で歩くというのはいいものだ。
コリント卿によると弱った足を慣らすために、歩いて運動しなければならないらしい。確かに弱っている自覚はある。このままでは旅を続けるのに支障がでるだろう。
コリント卿と一緒に河原を歩く。しばらく歩くとコリント卿が質問をしてきた。
『クレリア、この前、焚き火に火を付けた時に使った物は他にも可能ですか?』
少し言葉がおかしいが意味はわかる。ファイヤー以外の魔法ができるかと聞いているのだろう。
魔法の事かと確認するとそうだ、見せてほしいとのことだった。もちろん可能だ。コリント卿もファイヤー以外できないとは考えていないだろうが、上手く伝えられないのだろう。
ファイヤーボールをやってみる。発現までのスピードは十五秒くらいか、なかなかのスピードだと思う。コリント卿も驚いているようだ。
他の魔法も見せてほしいようなので、今度はフレイムアローだ。多分、三十秒くらいの集中時間でいけたのではないだろうか。自分でも会心の出来だ。コリント卿は、また驚いている。
あとできるのは、ファイヤーウォールくらいだ。なかなか時間が取れずにこれくらいしか覚えられなかった。コリント卿はファイヤーウォールにも驚いている。火魔法はこれ以上できないというと、それ以外はどうかと聞かれた。
あとは水魔法のウォーターぐらいしかできない。やってみせると、これに一番驚いているように思えた。大げさな。ウォーターくらいはできる者は多い。少し恥ずかしくなった。
その後、コリント卿はウォーターの水は飲めるのか? と聞いてきた。どういうことだろうか、ウォーターの水が飲めることは子供でも知っている。勿論、飲めると答えると考え込んでしまった。
ひょっとしてコリント卿は、魔法のことを知らない?
いや、そんなことはないだろう。この前も魔法剣を見事に使いこなしていたし、コリント卿ほどの者に限ってそんなことは信じられない。聞いてみよう。
『ア、アランは魔法は使えないの?』
名前を呼ぶことにはまだ全然慣れない。なぜか言葉が気安い感じになってしまうし照れてしまう。
答える代わりに見せてくれるようだ。川に向けて手をかざした。
早い! 手を構えて十秒ほどでファイヤーボールを放った。しかも、目を開けたまま、発動のきっかけとなる言葉も無しに。
誰かから聞いたことがある。目を開いたまま、言葉も無しに魔法を発動できるのは、相当の練達の者だと。
しばらく考えていた後にまた手を構えると構えて直ぐに、ファイヤーボールをなんと三連射した!
そんな! あり得ない! 魔法の発動の仕組みから考えれば、あり得るはずがないのだ。
呆然としていると、コリント卿は、また少し考え手をかざす。直ぐにまた、ファイヤーボールが放たれる。速い!
ファイヤーボールは、川に到達すると爆発を起こした! ドーンッ という音と共に水しぶきが辺り一帯に降りかかり、私もコリント卿もびしょ濡れになった。
コリント卿はしまったという顔をして、はにかむような顔をしている。
これはひょっとして、今は伝説となっている火魔法の一種、爆裂魔法ではないだろうか!? 勿論、見たこともできるという者も聞いたことはない。
これが神に愛された者の実力! 本当の力!
しばらく、呆然として動けなかった。
コリント卿はもう魔法の時間は終わりとばかりに、拠点に戻ろうとしている。慌ててコリント卿にこの魔法のことを聞いてみる。コリント卿は、まぁまぁといった感じで上手く誤魔化されてしまった。
◇◇◇◇◇
拠点に戻りがてら、クレリアに魔法のことを聞いてみる。魔法の系統には、火魔法、水魔法、風魔法、土魔法、光魔法の五つの系統があるらしい。何故、クレリアは風魔法、土魔法、光魔法が使えないのかと聞くと少し傷ついた顔をして才能がないというようなことを言われた。
才能なんて必要なんだろうか? 俺はただイメージして実行しただけだ。俺には才能があるのだろうか。うーむ、色々と調べなければならないことがたくさんある。
拠点に着いた。まだ夕食までには時間がある。クレリアには魔法の練習をしたいので、見える所でリハビリを続けてくれないかと頼んだ。しばらく何か葛藤しているようだったが、俺の後ろ五メートルくらいをウロウロと行ったり来たりして歩き始めた。ま、いいか。
(新しい情報はあるか?)
[色々とあります。まず観測されているエネルギーは、エリダー星系の第2サルサで発見されたエネルギーと似ていますが、同じものではありません]
まぁ、遠く離れた星系で全く同じものだったら、そっちの方が不思議だな。
[先程は、第2サルサで使用する場合を想定したセンサーの設定を使用していましたが、調整した結果、このエネルギーを観測するのに最適な設定値を見つけることができました。それによると基本空間当たりのエネルギー量は第2サルサの約一千倍以上の濃度があることが判りました]
なんと、空気中にエネルギーが存在するのか! 一千倍というのがすごいのか、そうじゃないのか判らないな。
[エネルギーの分布をイメージ化したものです]
途端に視界が変わる。世界が真っ黒な空間になり、小さい光の玉のようなものが無数に漂っている。
おお! これは綺麗だ。俺の体が散りばめられた光の点で形作られている。まるで宇宙で見る星々のようだ。胸の辺りは星雲のように光り輝いており、眩しいくらいだ。
この光の点がエネルギーを表しているのか。すごいな。
(どうやって人間はそのエネルギーを使用している?)
[このエネルギーはお互いに引かれ合っており、より濃度の濃い方向へ移動する性質を持っているようです。つまり、この付近の微小のエネルギーは胸部のエネルギーの濃い部分へ移動しています]
なるほど、よく見ると直ぐ近くにある光の粒が極ゆっくりと俺の方へ向かってきてるのが判る。胸の星雲のような光の塊は、この光の粒が肉体をもスリ抜けて集まったものということだな。これが魔法の元になるエネルギーか。
(ところで、いつまでも、このエネルギーとかいう言い方じゃ面倒だ。名称を考えてくれ)
[魔法の素という意味で魔素ではどうでしょうか? ]
なるほど、わかりやすくていいな。採用だ。魔法を使用して魔素が減ったとしても、こうして魔素が近づき集まって補給されるということだろう。
(魔法を使用し続けて魔素が全く無くなったらどうなるんだ?)
とてもじゃないが、こんなゆっくりした補給方法じゃ、魔法の使用量以上に補給されているとは思えない。
[わかりません]
それは後ろでウロウロしている人に聞いてみよう。後ろを振り向くと、やはりクレリアの胸の辺りが星雲のように輝いている。
(視界を戻してくれ)
クレリアは相手してくれると思って嬉しいのか、直ぐに駆け寄ってきた。
『クレリア、ファイヤーボールを続けて何回くらい使える?』と聞いてみる。
答えは二十回以上、三十回未満とのことだった。意外と少ないな。
『三十回以上、使うとどうなるの?』
倒れてしまう、との回答だった。つまり気絶するということだろう。死ぬとかじゃなくて良かった。
『どのくらいで回復するの?』
大体、丸一日で回復し魔法がまた使えるようになるとのことだった。
クレリアは今度は俺の二メートルくらい後ろを行ったり来たりしている。正直、うざったいがまた聞くことがあるかも知れないし、しようがないだろう。
(魔素の消費と体の関係はわかるか?)
何故、気を失うのだろう。
[わかりません]
まぁ、そうだろうな。
分かっていることをまとめると、人間の体には何故か魔素を引きつける要素があり、魔素が集まり魔法が使用できる。魔素は消費しても一日で回復し、また使用できるようになるという事だけだ。
判らないことだらけだが、何故、魔法を使用できるかの理屈はわかったな。
(魔素とはなんだ? なぜ、火や水の物質に変換できる? )
これは科学の範疇で考えると恐ろしいほどに、とんでもない変換だ。エネルギーを水に変えるなど科学では考えられない。
[わかりません。もっとデータが必要です]
当然の回答だと思う。今後の研究に期待だな。
あとは、魔法の兵器としての使い勝手だ。性能のわからない兵器など使えない。
(魔素を装填してみてくれ)
仮想ウインドウの片隅に [READY×3] が表示される。
川に平行な方向の水際の岸へ向けて、ファイヤーボールを発射する。
ファイヤーボールは三十メートルくらいは地面と平行に飛んでいたが、そのあとは、急に失速して河原に落ちていった。着弾したのは四十メートルくらいの地点だろうか。小さな火があがったが、直ぐに消えてしまった。
なるほど、有効射程は三十メートルくらいだな。意外と短い。
次は威力だな。見渡すとあそこに大きめの流木がある。大体二十メートルくらいまで近づくと手をかざし、流木に向かってファイヤーボールを放った。
火の玉が飛んでいき、ボゥッと音を立てて着弾する。近づいて見ると木に火が纏わりつくような感じで燃えている。このまま放って置けば普通に火が着くだろう。生身で食らったら大怪我しそうだ。
丁度いい。ウォーターの練習をしてみよう。手をかざし、手のひらの先から水が放出されるイメージだ。
ウォーター!
水が勢い良く放水される。十秒も掛からずに消火してしまった。これは便利だ! クレリアが見せてくれたのとは少し違うような気もするが、似たようなものだし問題ないだろう。
そうだ、重要な事を確認するのを忘れていた。
(あと何発ファイヤーボールが打てるか判るか?)
[今までの消費量から推定すると、あと三十八発です]
クレリアは二十回以上、三十回未満と言った。それに比べると倍近くはあるということか。クレリアと俺で何が違うのだろうか。
実際、消費してみて限界近くなるとどうなるかを調べてみよう。あ、そういえば。
(魔素を装填した状態から、装填していない状態に戻すことは可能か?)
仮想ウインドウの片隅に一瞬、[READY] が表示され、直ぐに消えた。
[可能です。しかし、何故か装填した魔素の5%の還元に失敗しました]
なるほど謎だな。まぁ5%なら許容範囲だ。
(とりあえず三十五発、撃ってみる。装填してくれ)
仮想ウインドウの片隅に [READY] の横の数字がどんどん増えていき、三十五で止まった。[READY×35]。
ふむ、この状態だとなんともないな。ただ、思い込みかも知れないが、胸のあたりに、ほぁっとした熱を微かに帯びているような感覚はある。
まずは五連射してみよう。川に向けて手をかざす。どうせならどれだけ速く連射できるか挑戦だ。連射をイメージする。
ファイヤーボール五連射! 次々と川に向かって飛んでいく。川に着弾して、ジュジュジュジュジュッと音を立てた。
さっき三連射した時より全然速くいけたな。まぁ連射が必要になる場面も想像できないので、こんなことができてもあまり意味はないだろう。
ん? そういえば、手をかざす必要ってあるのか? クレリアがそうしていたから真似したが、イメージ次第では必要ないような気がする。
俺には仮想ウインドウ上の照準システムがある。これがあれば必要ないんじゃないか?
試してみよう。ちょうど川の浅瀬の真ん中辺りに、水面から顔を覗かせている大きめの石がいくつかある。そのうちの一つの石に仮想ウインドウ上の照準を合わせた。
手はおろしたまま、体の一メートルくらい先の空間から火の玉が発射されるイメージをする。
ファイヤーボール 発射!
おおっ! うまくいった! 石に当たりジュッと音がする。やっぱり、こっちの方がしっくりくるな。今まで、何千、何万回とやってきた動作だ。今後はこれでいこう。
川から覗かせている大きめの石四つに照準を合わせる。ファイヤーボール四連射! 次々と目標に着弾していく。これはいい!
手をかざしていた時は、あそこに飛んでいけとイメージしていたが、照準システムを使用すると照準で狙った所に飛んでいくのは、当然と考えているせいか、特に意識しなくても、ちゃんと目標に当たる。これは便利だ。
ああ、そうだ。クレリアが使っていた、炎の矢みたいなフレイムアローも使ってみよう。
射程を調べるため先程と同じように、川に平行な方向の水際の岸にある大きめな石三個に照準を合わせる。大体五十メートルは離れている。炎の三本の矢が現れ、目標に向かって矢のようなスピードで飛んでいくイメージをする。
フレイムアロー 発射!
体の一メートルくらい先の空間に炎の三本の矢が現れ、目標に向かって飛んでいく。矢は惜しくも目標の少し手前に当たったようだ。
ふむ、射程は五十メートル弱か。しかし、ファイヤーボールよりやはり使い勝手は良さそうだ。スピードも速いし射程も長い。
見ると仮想ウインドウの表示は [READY×20] となっている。三本の矢でファイヤーボール五発分か。やはり使い勝手が良い分、コストが掛かるということだろう。
あと二十発か、どうしようかなと考えていると川の下流のほうから、なにやら黒いものがこちらに向かって飛んできているのを視界に捉えた。
ズームする。あれは黒鳥だ! 何回か猟で仕留めたことのある黒い鳥だ。クレリアが名前を知らなかったので、黒鳥と名付けた。美味いんだけどなかなか見つからないので、二回しか狩れていない。アイツ、あの図体で飛べたのか。
まだ、四百メートルくらいは離れている。こちらに向かって飛んできているが、その内こちらに気づいて逸れて飛んでいってしまうだろう。なんとか魔法で落とせないだろうか?
射程は五十メートルしかない。フレイムアローの四連射、十二本の矢で仕留めてみる。
クレリアを見るとポカンとした顔でこちらを見ている。この子、たまにこういう状態になるんだよな。大丈夫かな?
手を引っ張ってしゃがませると、指を指して黒鳥のことを教える。クレリアは遠くに黒鳥を見つけると顔を引き締めた。
クレリアに『フレイムアローで仕留める』というと頷き、目を閉じて集中し始めてしまった。
あれ? クレリアも参加するのか。俺が落とすつもりだったんだけどなぁ。まぁいい。じゃあ、今回はサポートに回ってみよう。
もう二百メートルを切っている。問題はヤツがいつ気づくかだな。…百五十、…百、…七十五、…五十、… 気づかれた!
黒鳥は少し慌てたように森の方に進路を変える。すかさず、俺がフレイムアロー二連射で弾幕を張る。
一本づつ時間差をつけて黒鳥の進路を妨げるように炎の矢を放つ。黒鳥は炎の矢を見て慌てたように羽をばたつかせて空中で停止し進路を変えようとしている。
今がベストタイミングだが、クレリアはまだ目を瞑っている。黒鳥は森とは反対方向に進路を変えた。またフレイムアロー二連射で弾幕を張る。
その時、クレリアの『フレイムアロー!』という声が聞こえた。
これ以上ないというタイミングだった。進路を変えた黒鳥が、俺が放ったフレイムアローの六本の矢を見て、またパニクって羽をバサバサやって丁度、空中で停止しているような状態でクレリアの放った三本の矢のうち一本が、黒鳥に突き立った。
黒鳥はたまらずクルクル、バサバサやりながら落ちてきた。
クレリアは大喜びだ。ピョンピョン跳ねて、何やら早口でまくし立てている。半分も意味が判らないが、どうやら魔法で仕留めたのは初めてらしい。
立ち上がると立ちくらみのような感覚を覚えた。なるほど、これが魔素不足ということか。さすがに気絶するのはいやなので、今日はもう魔法は使わないでおこう。
黒鳥が落ちた所に行くとまだ、弱々しくバサバサやっていたので、ナイフで首を切って血抜きをする。
クレリアもそれを見てニマニマしている。嬉しさを抑えきれないようだ。丁度よかった。今日はウサギ一羽しか狩れなかったのだ。クレリアの食欲を考えると心許ない。
時間もいい感じなので夕食にしよう。