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012. 魔法



 拠点に来てから九日が経った。クレリアの足はもう(かかと)の少し先まで修復できていて、足を引きずって歩く程度であれば歩けるようになっていた。自分の足が治るとわかってからはクレリアは常に御機嫌だ。もっと早くに説明すれば良かった。


 クレリアに足が治ったら出発するのか、手も治ってから出発するのか、どちらがいいか確認したら手が治ってからにしたいとのことなので、まだ当分この拠点にいることになった。


 安静にしていなくていいと判ったクレリアに、剣を教えてくれと頼まれ片手でできる基本的なコンボを教えたりしている。俺はちゃんとした剣術のことなんて知らないんだけどなぁ。


 食料調達のほうも順調だ。狩りの時間は最初の頃よりも短縮できていて、大抵午前中には終了だ。空いた時間はクレリアに言葉を教えてもらっている。


 言語学習のほうは進んでいて、片言でよければ会話できるようになっていた。アップデート様様だ。


 今日も午前中で狩りを終え戻ってきた。今日の獲物は小さめのイノシシ、ビッグボアで大体三十キロくらいだろうか。山の中で解体するのが面倒なので、血抜きをして丸ごと担いで持って帰ってきた。


 クレリアは拠点の外に出て、河原で薪となる木を集めていたようだ。できれば、拠点に篭っていてほしいんだけどなぁ。


 俺が戻ってきたのに気付くと、嬉しそうに片足を引きずりながら近づいてきた。義足を付けていた足は、グレイハウンドにガジガジされて穴の空いたブーツを履いている。


『おかえりなさい、ミスター・コリント』


『帰ったよ、クレリア』


 挨拶できるっていいな!


 ただし、喋っている言葉が本当に意味が合っているのかはまだ、サンプルが少ないので確実とは言い難い。意味はナノムが推測して訳したものをアップデートして理解しているだけだ。


 例えば今、クレリアが言った『おかえりなさい、ミスター・コリント』が、本当は『でけえ肉だな! コリントっち!』と言っている可能性も無くはないのだ。獲物を持っている時にしか、このセリフを言われたことが無いので可能性はある。


 まぁクレリアの態度からすると何らかの敬称付きで、名前を呼んでいるのは間違いなさそうだからミスター・コリントという訳は、だいたい合っているだろう。


 多分、俺が年上だから使っているんだと思うけど、あんまり堅苦しいのは好きじゃない。是非、名前呼びでお願いしよう。


『クレリア、ミスター・コリントじゃなくてアラン』


 俺が言うと何故かクレリアが固まってしまったが、しばらくして真っ赤になりながら恥ずかしそうに『アラン』と言ってくれた。


 河原でビッグボアを解体する。クレリアがその様子を真剣に見ていた。自分でもできるようになろうとしているのだろう。


 いや、夕食が楽しみでしょうがないのかも知れない。最近のクレリアの食べっぷりは、こちらが引くぐらい凄まじいものだ。ナノムが消化を助けているんだろうけど、凄まじい量を食べ終わっても別に苦しそうにするわけでもなく、ケロッとしている。


 よし、解体も終了だ。さっそく昼食にしよう。


 拠点に戻って料理を始めようとして、焚き火の火が消えているのに気づいた。


 そういえば、今まで気にしたことないけど、いつもクレリアが火を着けていてくれていたんだよな。どうやって火を着けていたんだろう? なにか道具があるのだろうか?


 同じく焚き火が消えていることに気づいたらしいクレリアが、かまどに薪を足している。どうするのだろうと見ていると、かまどに手のひらを向けると目をつぶった。


 十秒くらいそのままでいたが、目を開け『ファイヤー』と言ったと思うと、手のひらの二十センチくらい先の空間から炎が吹き出した!


(なんだ!? これは!?)


[判りません。しかし、以前に観測されたエネルギーと同じものが観測されています]


 またそれか! いったいなんなんだ、これは?


 クレリアは炎を十秒くらいの間、かまどに向けて火炎放射器のように炎を放出させると手をかざすのを止めた。薪が燃えて火が着いている。


『クレリア、今のなに?』


 クレリアはキョトンとした顔をしている。そのあと、やっと質問の意味が分かったみたいな顔をすると、なにやら自慢げな顔で何か喋っているが、知らない単語が多く半分も意味が判らなかった。


 どうやら、先程の火を出すのに掛かる時間が短いことを自慢しているようだ。


 子供の時にホロビットで見た超能力を使って悪と戦う超能力者のフィクションの映画を思い出した。もちろん人類世界にそのような能力を持つ者はいない。


(クレリアは超能力者なのだろうか?)


[その可能性はあります。しかし、先程の質問の反応を見ると、この惑星では当たり前の能力なのかも知れません]


 たしかにそうかも知れない。ナノムがこのエネルギーを感知したのは三回。そのうち二回はクレリアで、一回は俺が剣を光らせた時だ。


 剣を光らせた時も、クレリアは剣はスルーして丸太の切り口ばかりを気にしていた。つまり剣が光るのは、そう珍しいことではないということか。


 クレリアが超能力者なら、剣を光らせた俺も超能力者ということになる。この惑星に来て超能力に目覚めたということか? 体になにも変わった所はないし、なにか力が宿ったという感覚もない。


[一つの仮説があります。センサーの反応が、エリダー星系の第2サルサで発見された未知のエネルギーを観測した時の反応と似ています]


 エリダー星系? なんとなく聞いたことがある名前だ。ああ、思い出した。


 航宙軍学校で習ったことだ。四十年くらい前、人類が居住可能な惑星が発見されて有名になった惑星だ。惑星の環境改造を行わないで、そのまま居住可能な惑星は大変珍しい。


 そう、その惑星の調査の段階で調査員が、土着の生物に襲われ大怪我した事が発端で発見されたエネルギーだ。その犬に似た土着の生物は、静止状態から文字通り目にも見えないスピードで、十メートル以上離れた距離を接近して襲いかかった。


 その後にその生物を捕獲し調べても、それだけの加速を可能にする体の構造になっていないことが判った。その後の研究でその生物が未知のエネルギーを利用してある意味、体を強化して行っていたことが判った。俺が知っているのはこれくらいだ。


[現在ではもっと様々なことが発見されています。仮に今、観測したこのエネルギーが第2サルサで発見されたエネルギーと同様のものとして考えるとしても、詳細に調べるには第2サルサで開発された専用のセンサーが必要です]


(そのセンサーを作ることはできるか?)


[可能ですが、レアメタル錠を五錠を消費し、五日間の製造期間が必要です]


(あとで飲むから製造を開始してくれ)


[了解]


 この惑星の人類が、こういった能力を自由に使用できるとすれば、これは問題だ。正直、クレリアの追手とやらが来てもライフルがあれば何とでもなると思っていた。


 しかし、この能力は危険だ。単に炎を出すだけならいいが、その他の能力がないとも限らない。


 他にもある可能性のほうが高いだろう。クレリアは先程『ファイヤー』と言った。炎を出すしか能がないなら『ファイヤー』と言わないのではないだろうか。他の能力と区別するために『ファイヤー』と言ったのではないだろうか。


 いや、こんな仮定の話を考えてもしょうがない。クレリアに色々聞くにしても、もっと語彙力が必要だ。当面は今まで通り言語学習を頑張っていくだけだ。


 ふと気づくとクレリアが訝しげにこちらを見ていた。おっと一人で考え事をしていた。昼食にしよう。



 拠点に来てから十四日が経ち、クレリアの足は完全に修復された。捨てずに取ってあった脛当をクレリアに渡すと涙を浮かべて、ありがとうと言われた。


 修復した足は本調子ではなく、ナノムからリハビリを指示されている。


 リハビリに付き合って、クレリアと一緒に河原を歩く。あれから言語学習も進んで結構話せるようになっている。歩きながらクレリアに気になっていたことを聞いてみた。


『クレリア、この前、焚き火に火を付けた時に使ったやつって他にもできる?』


『***のこと?』


 すかさずアップデートする。魔法とナノムは訳したようだ。


『そう、他の魔法ってできる?』


『勿論、できるわ』


 クレリアは少し驚いたように答えた。


『やってくれないか?』


 クレリアは少し躊躇ったあと、川に向かって手をかざし目をつぶる。だいたい十五秒くらい経ったあと、目を見開き『ファイヤーボール』と言った。


 手のひらの二十センチくらい先に、三十センチ弱の大きさの火の玉が現れ、川に向かって飛んでいく。だいたい石を放り投げるくらいのスピードだ。川の水に当たりジュウッと音を立てて消えた。


 おおっ! カッコイイ! 飛んでいくスピードが意外と遅くて逆に新鮮だ。これが飛んできたら恐ろしいだろうな。


 期待の眼差しでクレリアを見ていると他の魔法も見せてくれるようだ。


 また、川に向かって手をかざし、目をつぶる。だいたい三十秒くらい経ったあと、目を見開き『フレイムアロー』と言った。


 今度は、手のひらの先に炎の矢のようなものが三本現れ、また川に向かって飛んでいく。今度はファイヤーボールよりも速く、正に矢のようなスピードで飛んでいき、水に当たりジュウッと音を立てて消えた。


 おおっ! これもスゴイ! ファイヤーボールより上位の魔法だろうか。なかなか使い勝手が良さそうだ。


 次は? 次は? という顔をしていると、クレリアは今度は河原に向けて手をかざした。陸に使う魔法なのだろうか。


 目をつぶり、だいたい三十秒くらい経ったあと、目を開き『ファイヤーウォール』と言うと五メートルくらい先に炎でできた壁のようなものが現れた。高さは二メートル弱、幅は五メートルくらいあるだろう。


「おおっ!」


 これはスゴイ! 恐らく壁を作り出して相手の行動を妨げるように使うのだろう。しかし、使い所が難しいな。しばらくしてクレリアが手をかざすのを止めると炎の壁は消えた。


『火魔法は、これだけです』とクレリア。


 なるほど、火の魔法で火魔法か。「火魔法は」ということは他の系統の魔法も存在するに違いない。


『他の種類の魔法は?』と聞いてみる。


 少し躊躇ったあと、川に向かって手をかざし、また目をつぶる。十秒くらいした後、目を開け『ウォーター』と言うと手のひらの先の空間から水がドボドボと溢れでてきた。これまたクレリアが手をかざすのを止めると消えた。


 おお! これもすごい! これは所謂、物質創造ではないだろうか? なにも無いところから水を創造しているように見えた。


 クレリアは恥ずかしそうにしている。


『私が使えるのはこれだけです』


なるほど、火魔法が得意で、水魔法? はあまり得意じゃないんだな。それでもすごい魔法だ。


『この水は飲める?』


 水浸しになった河原を見ながら聞いてみる。


 クレリアは不思議そうな顔をして『勿論、飲めますよ』と答えた。


 つまり、クレリアがいれば、もう水に困ることはないということだ。これはすごいことだ。魔法、なんて便利なんだろう。


(なにかわかったか?)


 そう、五日前に製造を頼んだセンサーが今日、完成したのだ。


[色々と興味深いデータが取れました]


(俺も魔法を使うことができるか?)


 是非ともやってみたい! 剣を光らせることができたんだ、全く才能がないということはないだろう。


[可能かも知れません。エネルギーの流れを観測することができました]


 仮想ウインドウに魔法を使った時の人体の略図とエネルギーの流れと思われる矢印の動きのCGが表示されている。


 なるほど、俺がファイナル・ブレードをやる時のイメージとだいたい一緒だ。ファイナル・ブレードは、体内の生体エネルギーを意識し、それを練り上げ、練り上げたものが腕を伝い剣の刃に纏わりつくというイメージだが、同じようにしてエネルギーが手を伝い魔法を放出しているのではないだろうか?


(どうやって火を着けているんだ?)


[解りません。しかし火の場合と水の場合のエネルギーの流れに変わりはありませんでした]


 クレリアが目を瞑り、なにやら考え込みながらやっていたところをみるとイメージということだろうか。イメージだけで火が着いたり水が出たり? そんなことがあり得るのだろうか?


『ア、アランは魔法は使えないの?』


 クレリアはなぜか俺の名前を呼ぶ時に恥ずかしそうにする。


 ひょっとするとアランというのはこの世界でなにか恥ずかしい物の単語と同じ発音だったりするのだろうか。そうだったら最悪だな。


 しかし、タイミングはぴったりだ、クレリア。丁度、いま試そうと思ってたところだ。


 答える代わりに、川に向けて手をかざす。体内の生体エネルギーを意識し、それを練り上げ、練り上げた塊が腕を伝い手のひらから放出されるイメージだ。火が着き、真っ直ぐに川に向かって飛んでいくイメージをエネルギーの塊に向かって念じる。


 出た! クレリアのファイヤーボールと同じように火の玉が川に向かって飛んでいく! 水に当たり、ジュッと音がして火が消えた。


 おいおい、できちゃったよ!? こんな簡単にできていいのか? ってかこれすごい楽しい! 上手く言えないが、武器で撃つのとは全然違って撃ってるって実感できる。しかし、この発射までに時間が掛かり過ぎる。十秒くらい掛かっただろうか? とても実戦では使えない。


(なんとかできるか?)


[エネルギーを収束させる一連のルーチンを記録することができました。生体エネルギーを発射寸前の状態で待機させることは可能です]


 素晴らしい! その面倒な部分を担当してくれれば、俺はイメージするだけで済むというわけだ。


 既に仮想ウインドウの片隅に [READY] の文字が表示されている。正に以心伝心だな。なんとも言えないが、何か体の中にエネルギーが宿っているような感覚はある。


 手をかざしイメージする。ファイヤーボール 発射!


 川に向かって火の玉が飛んでいく。おお! できた。すごい!


 仮想ウインドウの片隅には [READY×3] と表示されている。やるな、ナノム!


 ファイヤーボールを三連射するイメージをする。発射! 発射! 発射!


 三つの火の玉が川に向かって飛んでいく。ジュッ ジュッ ジュッ 水に当たり音を立てる。


 こうなるとあとは威力だよなぁ。水に当たってジュッで終わりじゃ、なんとも心許ない。


 イメージを変えてみる。既に表示は [READY×3] だ。


 咄嗟に宙兵隊で使っているグレネードを思い浮かべる。


 ファイヤーグレネード 発射! 発射! 発射!


 しかし、発射されたのは一発だけだった。あれっと思ったのもつかの間、ファイヤーグレネードは川に着弾し爆発を起こす。


 ドーンッという音と共に水しぶきが辺り一帯に降りかかる。俺もクレリアもびしょ濡れになった。


 あぁ、やっちゃった。調子に乗り過ぎた。やっぱり魔法は危険な代物だ。もっと注意して使わないと駄目だな。


 クレリアは呆然としている。


(なんでファイヤーグレネードは一発しか発射されなかったんだ?)


[発射に必要なエネルギーが足りなかったのだと思われます]


 確かに [READY×3] だった表示が今は表示されていない。ファイヤーグレネードを発射するのにファイヤーボール三発分のエネルギーが必要だったということか。


 これは色々とデータを取って検証しなければならないようだな。さっきみたいに調子に乗って色々やると怪我をするかも知れない。時間はあるので、じっくりと研究していこう。


 とにかく実験は成功だ。収穫は大きかった。


 このあと、やっと正気に戻ったらしいクレリアが、なにやら早口でまくし立てるのを宥めて拠点に連れて帰るのに苦労した。




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[一言] テンションあげあげのアランかわいい
[良い点] ついに来ました魔法の習得!というかナノムやばいですね!言語、魔法、体調管理、記憶ストレージ、なんか神憑ってきましたね。クレリアさんが恥ずかしそうに名前で呼ぶのも文化の違い感が出てて良いです…
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