011. 閑話 人類に連なる者
人類が他の人類と初めて邂逅したのは、帝国紀元前1513年のことだった。
アサポート星系 第三惑星アデルの探査船が、ジャイア星系のセンタナを訪れたのが最初だ。
アデル探査船は当初、人類が居住可能な惑星発見に狂喜していたが、調査が進むにつれてアデルと同じような動植物、人類とそっくりな生命体が居住していることが分かり、さらにその知的生命体が、自分たちと同じ遺伝子構造を持つ人類だと分かると驚愕した。
お互いの交流が進むにつれ、お互いに独自に進化してきたという推測出来る科学的証拠もそれぞれあることがわかったが、ではなぜ、同じ遺伝子構造なのか。異なる場所で、それぞれ独自に進化した生物が同じ遺伝子構造を持つことはあり得ない。
このことは両惑星において様々な議論を呼んだが、一番有力な説は人類はそれぞれの惑星で進化したのではなく、第三者が人類が居住できる惑星を動植物や環境を含めて用意し、そこに人類を連れてきて繁栄させたのではないかという説だった。
荒唐無稽ではあるが、この説の他に状況を説明できるものはなかった。
年月が流れ、アデル政府の調査が進むにつれ、第二、第三の人類と邂逅し、全く同じ状況であることが分かると、いよいよ、この「第三者説」は有力になっていった。
中には人類同士の不幸な出会いはあったが、概ね友好的な交流をおこなった。
発見した人類の科学レベルは、いずれもアデルより低かったが、アデル政府は発見した人類惑星に無償ではないが様々な技術供与をおこない科学レベルを引き上げていった。
帝国紀元前1023年、アデル政府は発見した数々の人類惑星に対し人類銀河同盟の結成を提案した。同盟への参加資格は【人類に連なる者】のみ。その規約は緩く、特に反対する理由もなかったので人類惑星は挙って参加した。
時は流れ、帝国紀元前33年、人類銀河同盟は全部で百五十一個もの人類居住惑星を発見していた。それらの惑星の位置は密集しているわけではなく、強いて言えば、あたかも均等に配置されているようであった。
そしてこの年、人類銀河同盟はアデルを超えるテクノロジーをもつ人類と邂逅した。新たに邂逅した人類は自らのことをサイヤン帝国と名乗り人類銀河同盟に対して宣戦を布告してきた。
テクノロジーの差は圧倒的な差ではなかったが、サイヤン帝国が一歩も二歩も進んでいたため戦いはサイヤン帝国が圧倒的に有利に進められた。
人類銀河同盟のリーダー的存在であったアデル政府は、戦力の集結を呼びかけ、技術には物量をもって対抗しようとしたが、人類銀河同盟の規約は緩くそれを強制する効力は無かったため、多くの人類惑星は自分の星系を守ることを選択した。
そのため、アデル政府の対抗策は効果を発揮せず、一つ、また一つと、サイヤン帝国に占領されていった。
そして、帝国紀元前10年、アデル軍の艦隊は全くの偶然から屠ったサイヤン帝国の艦艇から、サイヤン帝国の母星の位置を含む、様々な情報を入手することができた。
それによるとサイヤン帝国は、人類銀河同盟に出会うまで他の人類には出会っていないこと、サイヤン帝国の植民星はそれほど多くなく、戦力も多くないことが判った。つまり、サイヤン帝国の母星系さえ破壊してしまえば戦局は一気に逆転可能であることが判った。
アデル政府は、数年の歳月をかけ、敵の艦隊ではなく敵の星系を破壊するための艦隊を編成し、突撃作戦を実行した。
対惑星において、占領ではなく破壊であれば方法としては非常に単純だった。ノヴァミサイルが一発でも当たれば惑星は破壊できる。作戦は単純で敵の星系の各惑星にノヴァミサイルを一発以上当てること。
アデル艦隊は、まず数万のノヴァミサイルを敵星系の外から加速させ、一つの惑星に対し数千発のミサイルが光速に近いスピードで同時に到達するように発射した。それに合わせて艦隊も突入する。
アデル艦隊は、ミサイルのみの攻撃で、敵の母星系全ての惑星の破壊にあっけなく成功した。サイヤン帝国艦隊はこの奇襲により壊滅的な損害を被り、残った艦隊は植民星または占領した人類惑星に散っていった。
人類銀河同盟の多くの人類惑星は、アデル政府のこの数百億の人類を抹殺した無慈悲な行いに恐怖した。
帝国暦元年、アデル政府はサイヤン帝国の滅亡を宣言すると一方的に人類銀河同盟の解体を宣言し、アデル政府 自らが主権をもつ人類銀河帝国の樹立を宣言した。
人類銀河同盟の規約の緩さは人類の存続をも危うくするとの理由からだった。
これに対し、開戦当初からアデル政府と共に行動してきた一部の人類惑星とサイヤン帝国に占領され非道な扱いを受けていた人類惑星が賛同したため、人類銀河帝国の樹立は成立した。
人類銀河同盟の人類惑星は、人類銀河帝国のテクノロジーと先のサイヤン帝国への無慈悲な攻撃に恐怖し、一つ、また一つと人類銀河帝国へ自ら編入されていった。やがてすべての人類惑星は人類銀河帝国へ編入された。
人類銀河帝国の主権をもつアデルは、人類銀河帝国樹立後も、すべての自治政府を公平に扱い、人類のためを考え治世してきたため、帝国は存続し繁栄していった。特に人類がバグスと邂逅してからは、その結束は一層強固になった。
帝国暦2248年、編入された人類惑星は二百七十六を数え、その植民星を含めた人類が居住可能な惑星の数は、二千を超す。
人類銀河帝国 航宙軍 重巡洋艦サパタ・グーガンの艦長アヒム・アッドは、サパタからの報告に驚愕していた。
「二百七十七番目の人類惑星が見つかったと考えていいんだな?」
[間違いありません。今も様々な電波が目前の惑星より発せられ受信しています。たった今、そのうちの一つの電波の解析が終了しました。原始的なデジタル信号を使用しているようです]
映像が表示された。人類の若い女性が料理を作っていると思われる映像が表示された。料理番組だろう。
アヒムは内心、狂喜していた。やったぞ! 二百七十七番目の人類惑星を俺の艦が発見した。これで俺の艦と俺の名前が、帝国の歴史に残ることが確定した。
これは大変な発見だ! デジタル信号だと!? ここまで文明の進んだ人類惑星は何年ぶりだ? ナノムに確認する。三百十二年!? 帝国臣民は大騒ぎするだろう。五十年前のあの原始時代同然の人類惑星でさえ、あの騒ぎだったのだから。
「情報をまとめ始めろ、七十二時間後に連絡挺を本国に向け発進させる。それと俺の名で交渉団の派遣を進言してくれ、内容は任せる」
このあたりの宙域までくると、FTL通信だと一年近くかかってしまう。 高速連絡挺のほうが数ヶ月速い。
「惑星から本艦を認識することはできるか?」
[できるとは思えません。生命体の存在が確認された時点でステルスモードに移行しました]
「よし、でかした! そのまま続けろ。できるだけ最初は穏便に進めたい」
「では、ドローンもいけるな? ステルスモードで全機降下させてくれ、派遣ポイントは任せる」
[了解しました]
アヒムは人類惑星とファーストコンタクトを行う際のマニュアルをアップデートした。
五年後、人類銀河帝国は 人類惑星『地球』の帝国への編入を人類世界に向けて発表した。
帝国臣民は、地球の編入の知らせに歓喜した。人類世界が拡充すれば、それだけバグスに対する安全性も増していく。それに、これほど文明の進んだ人類惑星の編入は三百年以上前のことであり、娯楽に飢えた帝国臣民は、地球の情報を争って求めた。
地球は自治権の制限された帝国の保護領という扱いであった。その制限を解除するためには帝国の一翼を担うべき一定の基準を満たす必要がある。
テクノロジーレベルの向上、バグスに対する自衛能力、人口に比例した一定数の帝国軍への参加など多岐にわたる。
つまり今、地球には所謂「外貨」が必要であった。帝国では慣例的に、この外貨を得る方法として情報の売買と観光と貿易という手段をとってきた。
同じような環境の同じ遺伝子構造を持つ人類だとしても、文明を築いていく過程は大きく異なり、独自の考え方、文化が生じる。この情報を帝国政府は保護し地球外の人類惑星に高値で販売した。
特に地球は人類惑星の中でも多種多様の人種と文化が混在する非常に珍しい惑星だった。
地球への観光の希望者は殺到し、帝国政府はこれに対応するため観光の権利を抽選にすることとした。抽選の当選確率は二千倍を超え、その観光する権利もまた高値で取引されることとなった。その観光権の一人当たりの価格は一般的な水準の惑星の帝国臣民の年収の二倍程度が相場であった。
当然、辺境の惑星に行く旅費と高値の観光権を支払って観光に行けるのは、ごく一部のセレブたちであり、今や地球へ観光することは、一流の証、ステータスとなっていた。
セレブの求めるものは、大衆の求めるものとなる。大衆は観光には行けないものの、せめて地球産の珍しい食材や料理のレシピを得ようと競って求めた。当然、帝国政府はこれらの物に暴利な関税をかけ地球の外貨獲得に繋がった。
ある程度情報が広がると、大衆は地球の新しい情報を求めるようになる。地球の流行は人類世界の流行となり地球は流行発信の地としての地位を築いていくことになった。




