010. 静養
昼飯を食べたあとは、拠点内の整備をした。かまどを作って邪魔な石などを移動し寝る所などを作って完成だ。
薪も忘れずに集めておこう。これは河原に流木が大量にあったので楽勝だった。
これから俺は食料調達かな。
クレリアには休んでいてもらおう。鎧を外したら? と身振りで伝えると同意し、休んでいたら? と寝床を指差すと大人しく横になってくれた。大変素直でよろしい。
武器と採取用の大きめのバッグを持って食料調達に出発する。拠点の外に出て丸太を中に押し込む。
(さて、何が必要だ?)
[肉、レバー、ポト、魚、野菜]
レバーは肉と別枠かよ。
野菜は運だな。いつも通りグニグニするだけだ。
魚は後からでもなんとかなりそうなので、とりあえず森に入ることにした。それほど木や草が密集しているわけではないため容易に入れた。
未調査の植物をひたすらグニグニしていく。なかなか無いもんだな。
たまにポトが生えているので実を回収した。お、あそこには懐かしいサラダ野菜が群生している。なかなか見つからないので多めに採っておこう。
[食用に適しています]
おお、久々にきた! サラダ野菜の隣りに、これまた群生していた葉物野菜みたいのがヒットした。
[カルシウムが多く含まれています。多めに回収してください。]
了解だ。食べてみると生ではちょっとエグみがあるが、炒めれば美味しそうな野菜だ。
よし、あとは肉と魚だな。
また、グニグニしながら森を彷徨う。
[二時方向、木の上になにかいます]
確かにいる。ズームすると五十メートルぐらい先の木の上に、でかい鳥がいる。見た目は黒くチキンをそのまま大きくしたようなヤツだ。木の上にいるのが似合わないくらいのデカさだ。
こんなこともあろうかと、河原から投げやすそうな拳大の石を幾つか拾ってきている。
三十メートルくらいまで近づくと首元めがけて思いっきり投げた。よし!
見事命中するとバサバサしながら落ちてきた。すかさず捕まえて首を切って血抜きだ。血に触ると[食用に適しています] とのお墨付きを頂いたので、めでたく肉ゲットだ。
それにしてもデカいし重い。多分、体長は一メートルはあるだろう。このまま持って帰って川で捌こう。あとは川で魚をとってノルマクリアだな。
帰り道もグニグニしながら歩いていると新たな食用植物を発見した。
[食用に適しています]
なになにと見ると普通の草のように見えた。葉を齧ると不味い。ならばと引っこ抜いてみると球根のような根が付いていた。
これは!? 球根を潰してみると、いい香りがしてくる。これはガーリックとそっくりの香りだ! これはお宝ゲットだな。
五本くらい群生していたので纏めて回収する。
これは良いものが手に入った。調味料が少ないから助かるなこれは。
一時間くらいで戻ってくることができた。
クレリアが心配してるといけないので先に拠点に顔を出した。寂しかったのか嬉しそうに出迎えてくれた。いや、獲物の鳥を見て嬉しそうだったのか。
魚より先に鳥を捌くか。試しに毛を毟ってみる。結構簡単に毟れて、あまり細かい毛も無かったので丸坊主にしてしまおう。
腹を開いてみるとデカいレバーがあり、妙に白っぽい。これは!? 白レバーというやつではないだろうか。
(生食は可能か?)
[可能です]
よし! これはいい。レバーを生で食べるのは初めてだ。まぁ、寄生虫やウイルスがいてもナノムが体内にいる限り問題はない。
もも肉は本当なら骨付きで焼きたいところだが、大き過ぎるので残念だがカットしよう。
夕食は右半分の肉を使って豪勢にいこう。手羽先、手羽元を食べやすい大きさに切っていく。
胸肉とささみは、もったいないけどパスだ。他に食わなければいけない所が多すぎる。適当な大きさに切って魚の餌にしてしまおう。
白レバーは薄く切ってとりあえず鍋に入れておく。
次は魚だな。昨日と同じように川の岸近くに仕切りを二つ作る。岸側が白レバー用で血抜きのため白レバーを入れる。川側が寄せ餌用で、雑に作った。この中に内臓と胸肉とささみのぶつ切りを入れる。
後は離れた所で待ち伏せだ。十五メートルくらいの所に伏せて待つ。なぜかクレリアも隣に伏せていた。まぁいいか。
十分くらい経った頃、バシャバシャと音が聞こえた。よし、やっぱり来た! ゆっくり中腰になると寄せ餌用の仕切りの中でバシャバシャやっているのが見えた。姿を確認してナイフを投げる。的中! よし、これでノルマクリアだ。
昨日と同じくらいの大きさのサーモンもどきだった。早速、鱗を剥いで三枚におろす。これも脂がのっているな。
おっと、川に浸けておいた白レバーを回収しなきゃ。
野菜を洗い食材を全て拠点に移し料理開始だ。丁度、もう夕方だ。またクレリアは火を起こしてくれていた。やはり気が利く子だ。
今日のメニューは白レバーの刺身、手羽先・手羽元肉とポトと葉物野菜のガーリック炒め、やはりメインはサーモンの塩焼きと鶏もも肉の香草焼きだ。
早速作っていこう。まず今日の収穫品のガーリックもどきを皮を剥いてできるだけ細かくみじん切りにする。本当はすりおろしたいが、道具がないので細かくみじん切りだ。
大皿の上によく水気を切った白レバーを並べていく。その上にみじん切りにしたガーリックをちょっとずつ乗せていく。よし食べようとクレリアに伝えても、キョトンとしているのでお手本で食べてみる。
フォークでガーリックを包み込むように取ると皿に盛った塩をちょっとだけ付けて頂く。これは旨い! まったく臭味がない。白レバー特有の超濃厚な旨味が口の中に広がっていく。生のガーリックの強烈な香りとちょっとピリっとする風味が相性抜群だ。
これを見たクレリアは驚いていたが、真似して食べてみるようだ。食べた瞬間、目を見開いていた。続けて物凄い勢いで食べていく。これは俺も負けてられない。二人であっという間に完食だ。
次は、手羽先・手羽元肉とポトと葉物野菜のガーリック炒めだ。手羽先・手羽元肉は炒め物に使う肉ではないのだが問題ないだろう。
まずは別にとっていた鶏皮をフライパンで熱していく。直ぐに油が染み出してきた。鶏皮を回収してパクついているとクレリアも食べたそうにしていたので、別のやつに塩を付けて皿にのっけてあげた。
次に火から少し離してチップ状のガーリックを炒め、油に香りをじっくり移していく。
ガーリックがきつね色になったら一旦皿に避けておき、ポトの実を炒める。火が通った頃に肉の投入だ。
やはり葉物野菜は最後に入れて食感を大事にしたい。最後にガーリックチップを戻して、大皿に盛って完成だ。
うん、美味い! ガーリックの風味の鶏油をポトの実が吸った風味も美味いし、手羽先・手羽元肉の独特の食感もいい。この葉物野菜も炒め物に合っている。満足できる一品だ。
サーモンの塩焼きを焼いていると、ナノムから皮の部分をできるだけクレリアに食べさせるようにと通達が来た。なんてことだ。皮が一番美味いのに。残念だが、これはクレリアのための料理なので指示通りにした。身も相変わらず旨い!
最後は鶏もも肉の香草焼きだ。これは予め一口大に切って、表面に塩、胡椒と多めのハーブを擦り込んでおいた。まずは皮の部分をパリパリになるくらいに焦げ目を付けて焼いていく。焼きあがると他の部分も焼いていき、こんがりと焼き上がると大皿の上に載せていく。
これを洗ってあったシャキシャキのサラダ野菜で包み込んで、手で食べる。クレリアはその様を見て、また驚いていたが真似して食べ始めた。
これも美味い! パリパリに焼きあがった鶏皮と、もも肉の噛むと溢れ出るジューシーな旨味、風味、そしてそれを包み込んだシャキシャキのサラダ野菜が絶妙なハーモニーを奏でている。絶品だ。
クレリアも満足してくれたようだ。
余った鳥の半身とサーモンの半身は、明日の朝と昼のお弁当にしよう。
食事が終わり一息つくと今度は言語学習の時間だ。とりあえずナノムに今まで学習した言語の知識をアップデートしてもらう。
くっ、一気に頭に叩き込まれる多くの知識で、立ちくらみのような感覚を覚えた。
アップデートとはナノムによって直接、頭に叩き込まれる一種の記憶操作で、上級士官教育のような洗脳と全く同じと言ってもいいだろう。脳に直接、情報をある意味、転写するようなもので転写された知識は、まるで経験により学習した知識と同じように理解し使うことができるようになる。
ならば全ての知識を転写してしまえば良いと思いがちだが、人間の脳はそんな膨大な情報を格納できるような作りになっておらず、仮にそんなことをすれば、精神に異常をきたしてしまう。
言語、帝国軍軍規、レシピ集など、人が努力・経験すれば学習できるような情報量の知識しか転写することはできない。また一生のうちにアップデートできる情報量の総量にも制限があり、人が一生のうちに学べる情報量以上のアップデートはできない。
クレリアに言語を教えてほしいと身振り手振りでお願いしてみる。何回かやり取りしたあと、やっと理解してくれたようだ。ゆっくりとはっきりした言葉遣いで、なにやら話してくれている。
なるほどさっぱり分からないが、これはまたナノムに解ったことをアップデートしてもらおう。
焚き火を囲みながらクレリアとの言語学習は夜遅くまで続いた。
こうした日々をここ四日間続けていた。毎朝、クレリアの前日までの栄養摂取状況を基に計算したクエストをナノムに発行してもらう。
午後二時か三時くらいまでに、そのクエストを達成し帰ってきて料理をして夕食、その後に言語学習をするという日々を繰り返していた。
親鳥が雛のために餌を探してくる気持ちは、こんな感じなんだろうなぁと思った。
今日は朝からナノムが足の様子を見てみたいとのことで、久々の検診だ。クレリアに足を見たいと身振りで説明すると、なにやら覚悟を決めたような面持ちで頷いた。
義足を外し、包帯を外す。切り株のようになっている断面は相変わらずだが、以前は薄皮のようだった皮膚も完全に普通の皮膚と同じようになっている。大きく違うことは足が修復されていることだ。以前は脛の中央くらいまでにしか無かった足が、くるぶしのすぐ上くらいまでに伸びている。大体十センチくらいは修復されているだろう。
クレリアは足を見てひどく驚いていた。なにかを言いかけては止めて、なにかを言いかけては止める、口をパクパクする面白い行動をとっていた。恐る恐る足に触っている。あぁ、そういえば説明してなかったなぁ。まぁ、もう少し修復されればよく判るだろう。
今の義足はもう使えないな。くるぶしができてきたら、ジョッキの穴から足が抜けなくなってしまう。
クレリアに義足を作り変えることを身振り手振りで伝えると、クレリアはうわの空で頷いた。ずっと足の切り口を見つめている。大丈夫かな?
義足を作り変えるのは材料も揃っていたし、構造も単純なので午前中で終わった。サスペンションのステーを四箇所のベルトで足に固定するだけのものだ。若干の高さの調整はできるようになっている。以前のような安定性は無いので、長距離歩くことは難しいだろう。
クレリアに付けてもらい、歩いてもらうと特に問題はなさそうだ。よし、今日もクエストを頑張っていこう。出遅れてしまったが、今では野菜の生えているところは大体把握しているし、獲物の居そうな場所もなんとなく判るようになった。なんとかなるだろう。
それから二日ほどして朝、出かけようとするとクレリアに引き止められた。なにか伝えたいことがあるようだ。義足を作り直してから、元気がなかったので気にはなっていた。
足のことのようだ。今はもう包帯は必要ないのでしていない。見ると、もうくるぶしの少し下まで修復されている。
なにやら思い詰めた表情で座り込み、最初切断されていた箇所から現在のくるぶしの下まで、足が伸びていることを指差しながら、何やら喋りながら強く主張しているようだ。主張が終わったので、その通り、治ってきていると手振りを交えながら頷くとクレリアは固まってしまった。
ちなみにと思い、
(一日毎の予想修復位置を赤く表示してくれ)
ナノムに頼むと一日毎に修復すると思われる予想位置が、赤い平面で空間に表示された。片手で指を一本ずつ増やしながら一日でこのくらい、二日でこのくらいと赤線を指差していった。予想ではあと八日か。
それを見たクレリアは、大粒の涙を浮かべると泣き出してしまった。もう声をあげて泣いている。あぁ、しまったなこれは。確かに切断したはずの足がいきなり修復され伸びだしたら不安になるか、俺の説明不足だ。悪いことをした。
よしよしと頭を撫でるとクレリアはびっくりして泣き止んだ。
腕もちゃんと治るよ、でもしっかり食べないと治らないんだぞ、と片言と身振り手振りで説明すると、嬉しそうに頷いた。
その日以降のクレリアの食事の量は凄まじかった。
◇◇◇◇◇
私は拠点で横になっていた。
今、コリント卿は食料調達に出かけている。この拠点に来て、もう三日経った。
このままゴロゴロしてて良いのだろうか? 静養だからしようがないといえば、それまでなのだがコリント卿が苦労して食料調達する間、私は一日中寝ているだけ。
コリント卿の作る食事はどれも美味しく何の不満もない。足は良くなっているのだろうか。痛みもなにもないため、自分では何も実感できない。
その日の食事も絶品だった。
次の日の朝、コリント卿に足を見せてほしいと言われた。ついにきた! 悪化していたらどうしよう。なるべく安静にしていたのだが。
足を見て驚愕した。足が治って伸びている!? 以前は脛のちょうど真ん中あたりが切断面だったはずだ! それが今ではくるぶしの上辺りまで伸びている。
バカな! 足が伸びるわけない。頭がおかしくなってしまったのだろうか?
コリント卿に聞こうとして止めた。本当に頭がおかしくなっていたら? 脛の半ばまでしかないのに願望で伸びているように見えていたら? 恐る恐る触ってみる。手に触った感触はある。
しかし本当に狂っていたら、触ったように感じるのではないだろうか?
そのあと、コリント卿が義足を作り直すというようなことを伝えてきた。なぜ作り直すのだろう? 作り直した義足より前のほうが良かった気がするが、あまり気にならなかった。あぁ、今は考えることが多すぎる。
その後二日間は、ずっと考えっぱなしだった。
手足を失った者が、そのショックで気が触れてしまったなどという話を聞いたことがある。私もそうなのだろうか?
この二日間でまた伸びている。二日前にはなかった、くるぶしがある。ああ、もう耐えられない、コリント卿に確認してみよう。
私が頭がおかしくなっているのであれば、それを受け止め、なんとか治す方法を考えよう。
朝、コリント卿が狩りに出発する前に訊いてみる。私には足が伸びているように見える、ほら、ここまで足が伸びているんだと伸びた足を叩いて音を出して必死に主張した。
するとコリント卿は、あっさりその通りだというように頷いた。
意味が判らなかった。足が伸びるはずがない……
すると、今度は片手で指の数を増やしながら、もう片方の手で伸びた足の先から何もないところを次々と指さしていく。
もしかして日数と伸びる位置という意味だろうか!?
ああっ、そうに違いない! コリント卿には最初から分かっていたのだ! 私には理解も及ばない秘術を私に施してくれたに違いない!
指は八を数えると止まった。私の足があと八日で治る! あとたった八日で治る! 信じられない!
ああっ 私はおかしくなっていない! 良かった!
気づくと泣き出してしまった。ああっ良かった! 嬉しい。
するとコリント卿が兄上がやるように頭を撫でてくれた。びっくりした!
そのあと、コリント卿は身振り手振りで説明してくれた。足の次には腕が治っていくらしい。足と同じように日数と治る位置を示してくれた。今と同じ食事量であれば、腕は八日で治るとのこと。
しかし、よく食事を取らないと治りが遅くなるらしい。
コリント卿の美味しい食事をよく摂る。たったそれだけのことで手足が治るのであれば何ということもない。
私は全身全霊をかけて食事をとろう!