1P:雨の中の出逢い
始業式が終わり、楽しげもない普通の日々が過ぎていく中……あっという間に季節は5月になり、僕はため息を吐きつつ毎日が過ぎるのを待った。
僕はてっきり、楽しみはあちらからやって来るものだと錯覚していたので、待つだけの日々はとんでもなく退屈だった。
今日もその退屈な一日が過ぎて、家路に帰る頃だった。
帰る前にゲームセンターに寄って格闘ゲームをやろうか迷っていたが、そういえば連勝しまくっているとかで噂がたっているのを思い出してやめた。
何かの拍子で話し掛けられるのも嫌だし、そもそも目立つのは嫌いなのだ。
「今日も普通に帰るか……」
そう思ってゲームセンターを横目に、自宅へと歩いているとポツと顔に水滴が当たる。
「雨かな? ……家に着くまでなら大丈夫だと思うけど」
と、安心しながら自宅へと向かうが徐々に雨は強くなっていき、次第にザーッ! と尋常じゃないくらいの降水になった。
まだ大丈夫と思っていた僕も流石にまずいと思い、近くの雨宿り出来そうな場所はないかと探してみる。
そういえば、この近くに公園があったハズと猛ダッシュでそこまで走っていった。
公園を探すのにしばらく時間を有してしまい、ついた頃には既に全身が雨と汗でびしょ濡れだった。
こんな事なら傘でも持ってくればと嘆きながら僕は公園の木の木陰へと移動する。
びしょ濡れの制服を払いながら、鞄の中身は無事かと確認する。
「……うわ……ちょっと濡れてるし」
乾かす術も持っていないので、僕は仕方なく鞄を持ち直す。
雨は未だに強く、ジメジメとした感触を不快に思いながら、雨が弱まるのを待っていた。
数分待っても雨はやまず、それどころか増す増す強くなってしまった。
もう止まないんじゃないかと思って、雨の中を駆け出そうとも思ったが、止めることにした。
このまま走って家に着いてもビショビショで風邪をひきそうだし、何より雨に濡れるのが嫌だった。
普通通りの日常を陰湿にするのが嫌だったからだ。
「こんな事になるなら、ゲーセンでゲームでもやってれば良かった……」
そう嘆いても遅く、僕はちょっと大きい樹木を背にして、目を瞑った。
ザーッという音……それだけが周りを支配してる。
他には何も無い。
しかし、突如その空気を乱すようにバチャバチャと汚い音が近づいてきた。
「あれ、誰かきたかな……」
目を開けて確認してみる。
制服姿で、顔は見えないがうちの学校の生徒で女子だと言うことが分かる。
「やっぱり傘、持ってくれば良かった……」
そう言いながら、鞄を傘にして木陰へと入ってくる。
この人も傘を持ってないのか……と思いながら木陰に入るのを見届ける。
「失礼します」という言葉を投げられ、「どうぞ」という言葉を投げ返して、再び目を閉じようとした。
……その時、フッと女子の仕草が目に入った。
スカートについた水滴を払い、自身のポニーテールの髪を撫でる。
それだけで目を惹かれてしまうほどの女性特有の丁寧さだった。
きっと僕じゃなくても、男子なら目を追ってしまうほどの可憐さがその女子からは漂っていた。
ちょっとだけ、単純な興味と少しの下心を持って女子の顔を見ようとする。
そして、僕は「えっ」と声を漏らしてしまった。
そこに居たのは、学校の男子の人気者であり、僕の幼なじみ……。
美祢 優子だったのだ。
素っ頓狂な声を上げてしまった為、ユウコはこちらを向いた。
すると、ユウコは僕の姿を見て驚いて、「セイジ!」と名前を呼んでくる。
「セイジも雨宿りしてたんだ」
「ゆ、ユウコ!? どうしてここに……?」
未だに驚きが隠せない僕は、何故そう言ったかも分からず、ジッとユウコを見ていた。
すると、ユウコは首を傾げて真面目に応えてくる。
「どうしてって……雨宿りだけど」
その言葉を聞いて、少しだけ正気になった僕は、あ、そうだよねと頭の中で解決させる。
「じゃあ、逆に質問。セイジはなんでここにいるの?」
ニコニコと、微笑みながら質問を返してくる。
ユウコのイタズラ顔だ。
大抵、ユウコが質問をする時にする微笑み方は、相手がどう答えるかを楽しみにしていて、それを隠し切れずに微笑んでるんだ。
……僕の考えが正しければだけど。
「帰る途中に降られただけだよ」
「ふーん」
僕の答えにちょっと不満だったのか、それだけで会話が終わってしまった。
続ける意味がない気もするので、別にいいけれど。
……しかし、ユウコだったのか……てっきり、先輩とか後輩とか、もしくは学年で一番人気の女子だと思った。
……でも、ユウコか……。
「……何か失礼な事、考えてない?」
僕がさっきの女性らしい仕草をしていたのが、ユウコだったという事実を考えていると、妙に鋭いツッコミが入る。
僕はそれに対して「なんでもないよ」とだけ応えてサッと顔を逸らした。
「ふーん……」
どんな顔をして言ってたのか分からないけど、たぶんジト目で僕を見ていたに違いない。
こういう時だけ、うたぐりぶかいんだからなぁ……。
「……」
「……」
話が終わり、辺りは雨の音しか聞こえなくなる。
先ほどの賑やかな雰囲気が一気に洗い流され、静寂に包まれたように、僕らは沈黙していた。
「……」
「……」
僕は黙っているユウコをチラッと横目で確認していた。
単に気になったのだ。
いつものユウコなら、また絶えずに話題を振ってくるハズなのに、何故か何も言わない。
そのユウコはと言うと、雨の降る虚空をジーッと眺めている。
まるで遠くの何かを見ているかのような視線をしていて、僕には何を見ているか全く分からない。
「ねぇ……」
「……ん?」
突然、ユウコはこちらを見ようともせず、僕に何かを聞きたそうな声を漏らしていた。
「……覚えてる? 三年前の、丁度このくらいの時期のこと」
なんで、ユウコはそんな分かりきった事を聞いたのか全く分からなかった。
だって、勿論覚えてる訳がないのだから。
「忘れたよ。ユウコだって知ってるでしょ? 僕は……」
どんな事があったかユウコなら分かってるハズなのに、何故そんな事を聞いたのだろう。
僕は三年前……中学二年の冬に交通事故にあってしまった。
それ以来、中学二年での出来事を、丸々忘れてしまったのだ。
その時に何があったのかも、なんであんな夜遅くに出歩いていたのかも全てが謎なのだ。
でも、まぁ……今となってはどうでもいいと思っているけど。
「やっぱり、そうだよね……ごめんね? 変な事聞いて……」
ユウコは目線を下にやり、何か思い詰めているような表情を見せた。
僕はそれにどう反応していいのか分からず、なんて言葉を掛けようか、探している内にユウコは、元のユウコに戻っていた。
「ね! 暇だし、しりとりでもしようか!」
先ほどの暗い感じを全く見せないので、気にする必要はない。
そう思って、僕は微笑んで頷いた。




