002-4:ゲーム屋さん④
重厚な金属の剣と軽い木彫りの剣。
殺傷能力だけでいうなら、間違いなく金属の剣が優秀だろう。だがその一方で、木彫りの剣はその短さから小回りが効くし、何より軽いというメリットを持ってもいる。
多数に囲まれたり狭い場所で襲われたりと、戦闘の状況次第では使える時が来るかもしれない。
などと、そんな風に考えていた時期がハアトにもあった。
つい今しがたまでである。
「で、では……いきますよ!」
ゴクリと生唾を飲み込む音がダンジョンに響いた。
二人分の緊張した眼差しが一振りの剣に注がれている。
「……封具、鑑定!」
カウンターに置かれた金属の剣にかざされたカオリの手が、微かに光をまとう。
その光に呼応するように、剣も光を帯び始めた。
次の瞬間、ポスン、と、空気が抜ける様に光は消えた。
その光景に「あっ」「えっ」と二人の声が重なって、しかしハアトには何が起こっているのか分からなかった。
目の前の剣には何の変化も見られない。
「うーん、やっぱりダメみたいです。けど、開封失敗というより、そもそも私の力では開封自体が無理みたいですよ、コレ。落ちてただけのくせに上級装備なんでしょうか? 生意気ですね!」
カオリが剣を手に取り、うーんと唸る。
開封できなかった事がそれなりに悔しかったようだ。
プリプリと頬を膨らませて剣をにらんでいる。あまり迫力はなかったが。
軽さや小回り以前に、攻撃力そのもので木彫りの剣にすら劣っているというこの金属の剣。
なぜ弱いのか、という問いには明確な答えがあった。
「ダンジョンアイテムの中には、未開封品と未鑑定品というものがあるんです」
どちらも手に入れただけでは本来の力が封じられている、強力な力を持ったレアアイテム。
必ずしもそうとは限らないらしいが、基本はそうらしい。
そして力を封じされた未開封品の性能は、オール最低。攻撃力も何もあったものではないらしい。
それは素手とほぼ変わらないレベルで、つまりは木彫りの剣のほうがまだマシというほどである。
「ま、まぁ、弱いモンスター一匹くらいでしたら素手で倒される方もいらっしゃいますし! たくさんでてくるダンジョンでは危険だとは思いますが……」
カオリが精一杯フォローしてくれたが、ハアトはドヤ顔だった自分をブン殴りたい程度には恥ずかしかった。
未開封品の力を引き出すには、まずアイテムを開封し、さらに鑑定する必要があるという。
レアリティが高いほど開封に必要な能力も高くなり、鑑定も同様だ。
未鑑定品は開封はされているが、どんな性能なのかは使ってみないとわからないというもので、未開封品よりはレアリティが低い場合がほとんどらしい。
時には呪われて一度装備したら手放せなくなったり、錯乱したりすることもある危険性も孕んでいる。
「すっごーいスキルが満載のスーパーアイテムかも知れませんね!」
未開封では使い物にならなくとも、開封され出来ればそういう事だ。
目をキラキラさせ手をブンブンふりながらいうカオリだったが、ここに一つ問題があった。
「…………私は開封できないですけどね」
アイテムの開封や鑑定には、カオリの受付嬢のように専門のジョブがあるらしいのだ。
「受付嬢は便利屋っぽいジョブでもあるので、その、厳密に言えばできなくはないのですが……」
ランクの低い未開封品ならば、ある程度のスキルを持たなくとも無理やり開封することは可能らしい。
だが、失敗した場合にアイテムの性能が低下するというリスクもある。
ダンジョンの奥地でも宝箱からでもなく、ハアトの部屋の床に落ちていただけのアイテムならばそんなにランクが高いわけでもないだろうという推測から、初期スキルの一つとして開封と鑑定のどちらもレベル1を取得しているカオリが開封をしてみる事になった。
それはもし失敗したとしても木彫りの剣よりはマシな装備になるだろうとの考えからだったのだが、結果は失敗どころか開封そのものができない高ランク装備だとわかっただけだった。
「まぁ、ここは木彫りの剣で頑張りましょう! レッツ、初期装備!」
どんよりと沈む空気を吹き飛ばすような笑顔を咲かせて、カオリがバチンとウインクを投げてくる。
「そういえば、第一旅人さんってジョブは何なんですか? もし使えそうなアイテムがあれば売りますよ!」
「え、え? じょ、ジョブですか? さぁ……」
「あ、そうでした。冒険者じゃなかったですね、また忘れてました! ん、あれ? 冒険者じゃないんですよね? あれれ?」
カオリの顔が急接近してきて、ハアトはただただ硬直する。
「うーん、たしかにステータスプレートもありませんね」
「すす、ステータス、プレート……?」
「これです、これ!」
カオリが指さしたのは、自身の左胸に光る名札のような小さな金属のプレートだった。
「冒険者は最初に渡されるんですよ。自分や相手のステータスを可視化できるようになる、まぁ装備アイテムの一種ですね」
カオリ以外にもダンジョン化に巻き込まれた人間は大勢いるらしい。
そういわれてみると、たしかにネットニュースでもそんな話がでていた気がする。
「ダンジョンにとりこまれたんだが」とか「手のひらから料理がでてくるようになった」とか。
その時はあまりにもガセっぽくて作り話かと思っていたが、どうやら本当の話だったらしい。
もっとちゃんと読んでいれば良かったと今更になって思う。
そんなジョブ化した人の中には、神父やギルド長というジョブについている人がいる。
冒険者としての力を得るには、その人々が持つ「冒険者管理」というスキルを受ける必要があるらしいのだが、ハアトにはそんな人と触れ合った記憶はない。
そもそも面と向かって人と話すのは目の前の受付嬢が何年振りかという具合である。挙動不審にもなる。
「うーん、でもこの感じは……あ、ちょっと待ってください!」
何かを思いついたらしいカオリが、右上に視線を泳がせながら何かを確認していた。
「この剣、こちらで買い取っても良いですか?」
「え、あ、はい」
突然の申し出に咄嗟に頷いてしまったハアトだが、その手があったかと今更気が付いた。
要はカインという通貨が必要なのだから、売る物があればいいのだ。
手に持った紙袋に視線を落とす。
木彫りの剣と回復アイテムらしい小瓶。このアイテム達はどれくらいの価値があるのだろう。
「にゃあああ! ダメか、未開封品は買い取れない……そんな説明なかったじゃないですかー!」
カオリは良く分からない悲鳴を上げ、剣と空中に視線を行ったり来たりさせながら、クルクルとその表情を変えていた。
怒っているのか泣いているのか、それとも困っているだけなのか。
「ぐぬぬ~」
「あ、あの、このアイテムは……」
「おおー! その手がありましたか! さすが第一旅人さん!」
ハアトが紙袋をカウンターの上に置くと、カオリが興奮したようすで中身を取り出し始める。
いや、冒険者ではないのだが。
「うーん、さすが初心者向けどもだ! はした金にしかならないぜー! おっ、このサンド野郎はなかなかじゃないか!」
だんだんテンションが可笑しくなってきたカオリをしばらく眺めていると、作業が終わったのか、二つのアイテムをハアトに差し出してきた。
少なくともその言葉を聞く限り、このアイテムだけでゲームを買うことはできなさそうだ。
「お待たせしました!」
カウンターに並べられたのは腕時計のような大きさのアームバンドと、首に着けるチョーカーのようなものだった。
どちらも黒くゴムのような見た目をしてる。
「これがステータスプレートです」
どちらもプレートの形はしていないが、機能は同じらしい。
装備することで自分のステータスがわかるようになる。
他にも種類があるらしいが、今は最も安いこの二つしか買えないらしい。
「え、あの、僕は冒険者じゃ……」
「わかってますよ。ものは試しです。どちらか装備してみてください!」
笑顔でそう言われ、ハアトはアームバンドの方を選んだ。
首にアクセサリーなど付けたことがないので気が引けた。
バンドを手に取ると、ゴムに似た弾力があったが、同時に金属質でもあるような、そんな不思議な感触がした。
腕時計のようにして左腕に通すと、キュっと軽く縮んでピタリと止まる。
チカっとほんの一瞬、バンドが光った気がした。
「ん、お? おぉ?」
不意に、体が軽くなったような気がした。
どこが、というほど明確なものではないが、なんとなく感じる重力が小さくなったような、そんな錯覚じみた感覚が体に走る。
「ステータス表示! と言ってみて下さい。さぁ、どうですか!?」
目をキラキラさせながらカオリがのぞき込んできたので、装備したバンドを目の前まで持ち上げてみる。
言われたまま、カオリの言葉をなぞった。
「す、ステータス、表示!」
ハアトの言葉に反応して、ブン、とバンドが小さく唸った気がした。
「…………これがステータス?」
バンドから浮き上がるように、空中に青白い文字が浮かぶ。
名前、安部心臓。
性別、男性。
ジョブ、勇者。
スキル、なし。
表示されたのはたったのその四行だけのシンプルな文字列だ。
「おぉ、勇者ですよ、旅人さん! 主人公ですよー!」
ステータスはカオリにも見えているらしく、「勇者」という単語に反応して歓声を上げていた。
「え、えっと、すごいんですか、勇者って?」
「わかりません! なにせ冒険者のステータスを見るのは初めてなので!」
「そ、そうですか……」
「生き物のステータスはあんまり細かく表示されないんですけど、アイテムなんかはもっと詳細が見れるので便利なんですよ」
ゲームのようなレベルやHPなんかを期待していたハアトが少しだけ落ち込んだ表情を見せてしまい、カオリが説明を足してくれる。
「木彫りの剣を見てみて下さい」
袋から木彫りの剣を取り出して視線を移すと、バンドの表示が変わった。
武器名、木彫りの剣。
属性、斬撃。ランク、G。
攻撃力、3。耐久、5。
情報量はあまり変わらないが、その中身はかなり具体的なものになっている。
横に置かれていた未開封の剣はといえば、武器名や属性、ランクなど全てが「?」マークになっているが、攻撃力だけが灰色の文字で1となっていた。確かに木彫りの剣の方が強い。三倍も。
「プレートに反応するってことは、やっぱり冒険者になってたみたいですね。理由はわかりませんけど……」
まったく心当たりがないハアトだったが、もう今となっては特には気にならなかった。
モンスターが闊歩して、ダンジョンに人間が巻き込まれる世界だ。
そんなバグった世界に合理性なんて求めても仕方がない。
なにより、ダンジョンで冒険することをこの世界に許可されたような、不思議な高揚感があった。
「では、残りのアイテムはお返ししますので」
紙袋には初級ポーションと初級マナポーションがそれぞれ一つだけ返ってきた。
あのサンドウィッチは買い取られたらしい。
「あ、そうだ!」
いよいよダンジョンに向かおうという時、カオリが声をあげた。
ハアトはまだ何か説明不足があったのだろうかと思ったが、そうではなかった。
「まだちゃんと自己紹介してませんでした」
そういって、ペコリと頭を下げる。
「私の名前は古川香です。ゲームショップ・フルカワの元店長にしてダンジョン受付です!」
「あ、えと、安部心臓です。ぼ、冒険者、始めました!」
ハアトも簡単に自己紹介をして頭を下げた。嘘は言っていない。
「じゃあ、ハアトさん」
不意に名前を呼ばれて、ドキリとする。
「無事に戻ってきてくださいね。なにせ第一旅人さんなんですから、きっと私の思い出に残り続けます。だから、ちゃーんと無事に戻ってきてください。約束ですよ?」
そう言葉を紡ぎながら、カオリのほっそりとした腕がカウンターの上に乗る。
小さな小指だけがハアトに向けられていた。
「約束、してください。ほら、返事ですよ!」
「は、はひ!」
いろいろと可愛すぎてハアトの頭は真っ白だった。
ただうなずき、言われたままにハアトも小指をつきだした。
カウンター越しに二人の小指が交差する。
「では、いってらっしゃいませ、ダンジョンへ!」