002-3:ゲーム屋さん③
「ししし失礼致しましたっ!」
ハアトの目の前で、少女が謝罪の言葉と一緒にペコペコと頭を下げる。
「い、いや、ここ、こちらこそ紛らわしくて、その、すいません!」
つられてハアトも頭を下げる。
しばらく二人でペコペコしあい、ようやく話が進み始めたのは数分経ってからだった。
「てっきり冒険者のお方かと……」
「いえ、ただの買い物客です……」
冒険者、というものがピンと来ないハアトだったが、少なくともゲームを買いに来た客の事ではないらしい。
「すいません、私って昔からこう、勘違いすることが多くって」
「い、いえ、こちらこそ」
テヘ、と小さな舌を突き出して少女が肩をすくめて見せる。
その愛らしい動作が幼い容姿に似合っていて、思わずドキリとしながらも、ハアトは似たような言葉ばかりだったが何とか返事した。
「あぁ、そうだ。それで、新作のゲームでしたよね」
「あ、そうです」
「ちょっと待ってくださいね」
そういうと、少女は目を閉じ、胸の前で両手を合わせた。
瞬間、ポンと小さな光と共に纏っていた衣服が消える。
光が消えると、少女は今までのピシっとした受付嬢の格好の代わりに、Tシャツとジーパンにエプロンを付けたラフな格好になっていた。
真っ赤だった髪が綺麗な黒に染まっている。
赤い瞳だけはそのままだった。
赤いエプロンには、黄色い文字で「ゲームショップ・フルカワ」のロゴが走っている。
ハアトが先ほど受け取った紙袋と同じロゴだった。
その格好はダンジョン化する前の、ゲームショップ・フルカワの本来の制服なのだろう。
「よし、解除成功ですね」
また何もない右上の辺りに視線を向けながら、何かを確認している。
「お待たせしました。受付モードだとダンジョン用のアイテムしか販売できないんですよね」
よくわからない単語が次から次に飛び出してくるが、気にしないことにした。
「えーと、先週発売の新作は……っと」
少女はカウンターの隅からバインダーを引っ張り出すと、とじられた書類をパラパラと慣れた手付きでめくっていく。
店舗の名前が入ったエプロンと良い、この店で働いていた人物のようだ。
歳を考えると、バイトか何かしていた子なのだろうか。
「あ、コレですね。ありましたよ」
「あ、本当ですか?」
発売のタイミングを考えれば入荷も怪しいものだったが、ちゃんと入荷していたらしい。
危険を冒してまで外にでた意味があったと、ハアトの胸が高鳴った。
「はい! では、こちらの商品、お会計が35カインになります!」
パッと花が咲くような気持ちの良い笑顔にバチンとウインクもついてきて、その金額が提示された。
「え、えーと……え?」
ハアトはそう返すのが精いっぱいだった。
生まれ育った国のハズだが、まったく知らない紙幣単位が出てきたのだ。
対応できなくても仕方がなかった。
「あれ? え、うそ!? 何でコッチの商品までカインでの販売になっちゃってるんですかー!?」
「え、あ、あの、落ち着いてくださいっ」
よっぽどわけのわからないハアトを差し置いてアワアワと慌てだす少女に、ハアトの方がなだめる役割になってしまった。
「ご、ごめんなさい……」
ようやく少女が落ち着いてから、ハアトは気を取り直して話を進めることにした。
まずはカインという初めて聞く通貨の単位から確認してみる。
「あ、あの、その、カインって、円だと、その、いくらになるんですか?」
いやらしい話だが、ハアトにはお金があった。
少なくともゲームを買うくらいは何の問題もない金額を所持している。
通貨が変わっても買うものは同じである。
これまでの相場から考えるなら、1カインは二百円程度か、高くとも三百円は超えないだろうと予測しながら、カウンターに寄りかかり気味にどんよりしている少女に尋ねてみる。
「え、えーと……」
少女はバツの悪そうな感じで、一度大きなため息を吐くと、覚悟を決めたように勢いよく答えた。
「ごめんなさい! カインは、その、他の通貨とは替えられないものなんです!」
「……え、え? えぇ?」
予想外の答えに「え」しか言えなくなるハアトに、少女はうなだれたまま説明し始めた。
「実は私、このお店のダンジョン化と一緒にバグに巻き込まれたみたいなんです」
「え? ……えぇぇ!?」
そこから先は、ハアトを驚かせ続ける内容の連続だった。
世界がバグに犯されたその日、この店舗「ゲームショップ・フルカワ」はダンジョン化というバグの影響を受ける事となった。
その瞬間にその店内にいた少女、古川カオリはそのダンジョン化に巻き込まれた。
「気が付いたら、このダンジョンの中、このカウンターに居たんです」
同時に、目覚めたカオリの頭の中に大量のデータが流れ込んできた。
まるでゲームの攻略本をパラパラとめくっていくように。
「私がなぜここにいるのか、そして何ができるのか、それが理解できました」
それらの事柄が、まるで忘れていた記憶を思い出すように頭の中に浮かんできたという。
そして、カオリは「ダンジョン受付嬢」というジョブを得ていた事を同時に理解する。
「ダ、ダンジョン、受付……?」
「それが、コレです」
口で説明するより早いですよと、カオリはいたずらっ子のように笑って見せると、パン、と両手を胸の前に合わせて見せた。
衣服が光り輝くと、ハアトが最初に見たときのような受付嬢としての姿のカオリがそこにいた。
黒髪が真っ赤に燃えてる。
「これがダンジョン受付嬢です!」
新しい服を披露するように、両手を広げてクルリと回って見せる。
白いラインの入ったスカートの裾が膝上でフワリと浮く。
ダンジョン受付嬢というジョブの名前そのままに、役割はダンジョンへ訪れる冒険者をダンジョン内に案内する事らしい。
「冒険者っていうのは、要するにダンジョンを探索する人たちの事ですね。ダンジョンの中にはモンスターがいて、それを倒してアイテムをゲットしたり、いろんなところに宝箱があったりしますから、それを探してアイテムをゲットしたり、まぁ、要するにアイテムをゲットする人なんです!」
まるでゲームの世界の住人の話のようだった。
もしも自分がゲームの世界に行けたなら、なんていう子供の妄想を形にしたような話だ。
それをなぜかドヤ顔で説明してくるカオリに、ハアトはリアクションに困って苦笑いする。
もう一つ、案内と同時に、冒険者とのアイテムの売買行為も受付嬢が担当している仕事の一つらしい。
つまりは、ハアトがダンジョンの扉を開けた時、カオリはダンジョンを探索しにきた冒険者の訪問だと勘違いしたのだ。
まさかこんな状況の中でゲームを買いに来る客などいるはずがないと思い込んで、受付嬢としての初仕事に気合いを入れていたのである。
先ほどの「さぁ、どうしますか!?」には、「何かアイテム買いますか!?」や「もうダンジョンに突入しちゃうんですか!?」といった意味が込められていたのだ。
もちろん冒険者でもなくその知識すらないハアトには、それが伝わるわけもなかったが。
「そして、そのアイテムの売買で使用する通貨こそがこのカインなんです!」
受付嬢モードになったカオリが、レジカウンターから一枚のコインを取り出して見せる。
大きさとしては円の五百円硬貨に似ていた。
大きさも近ければ、色も近い。
カインの方がより金そのものに近い色合いに見えたが、それでも似ている。
一番の違いはコインに書かれた絵柄だろうか。
ツルツルした表面に見たことがない女性の横顔と、反対の面には鐘のような模様が刻まれている。
「カインはダンジョン内で流通する特別な通貨ですから、円でもドルでも替えは効かないんです」
つまり、ダンジョン化した店舗ではダンジョンの通貨であるカインでしか買い物ができないという事らしい。
そして、ダンジョンと化した「ゲームショップ・フルカワ」では、本来の商品であるゲームソフトまでもその対象となっている。
「ゲームも商品リストに入っちゃっているので、カインを渡されないと実体化できないんですぅ……」
ごめんなさい~! と、涙目になりながら謝罪され、ハアトもつられてペコペコする。
本日二度目だ。
一連の説明を聞きながら「はぁ」とか「ほぅ」などボキャブラリーの乏しい返事を続けていたハアトだが、その中でもゲームを諦めてはいなかった。
「ですから、カインがないとお売りしたくてもできないんですよぅ……」
「えー、えと、要は、カインを集めて来たら良い、ってことですよね?」
「あ、はい! そうです。カインさえあれば在庫の限りいくらでも売れますよ!」
ビシッっとサムズアップする受付嬢。
そりゃあそうだろう。在庫があれば売れるに決まっている。
ツッコミは置いておき、ハアトはまず、自分の状況を再確認してみる。
探していたゲームはあった。
ダンジョン化してもゲームショップとしての機能は健在で、ただ通貨が変わってしまっただけの話。
だったら、稼ぐだけだ。
正直言えば、カオリの口からでた冒険者の話にワクワクしていた。
手に持った剣に力が入る。
カオリの話が間違っていなければ、モンスターを倒せばアイテムが出るという。
そしてそれを売ればゲームを買うために必要な通貨であるカインが手に入る。
売るのは目の前の受付嬢だ。
「わ、わかりました」
「……ふえ?」
「あ、えっと、ちょっとダンジョンを見てきます。あの、倒せそうだったらモンスターを倒してアイテム取ってきますから、その、買い取りをお願いしても良いですか?」
ハアトはネットの情報を思い出す。
ダンジョンのモンスターは奥へ行くほど強くなる。
だったら、要は危険を感じない程度にダンジョンを進み、モンスターを倒したらここに戻ってくればいいのではないだろうか。
そう考えると、そんなに危険な行動でもないように思える。
「買い取りはもちろんできますけど……」
よし、だったら行けるな。と、一人意気込むハアトに、カオリが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「あの~、さすがに装備もなしで行くのはちょっと危険かと~……」
「あ、えと、こ、この剣がありますから、大丈夫です!」
ハアトは手に持った剣を掲げて見せた。
巨大なナメクジの化け物をほぼ一撃で倒した実績のある武器だ。
弱いモンスター相手になら負けないだろうという自信があった。
「え、え~と、あの、とっても言いにくいんですけど……」
その自信満々のハアトの表情に、それを言うべきかどうか、眉間に何重にもしわを作って悩みながらも、カオリは覚悟を決めてそれを口にした。
「それ、す~っごく、弱いですよ?」
「………………………………えっ?」
ハアトの自信は一瞬にして砕けて消えた。