002-2:ゲーム屋さん②
その状況を理解するまでに、数十秒はかかった。
ダンジョンの中には少女がいた。
可愛らしい少女だとハアトは感じた。
小柄で、身長は恐らく百五十センチほど。透き通るような赤い瞳がハアトを真っすぐに見据えている。
腰まで伸びた艶のある長髪も同じように燃える炎のような真っ赤な色をしていた。
派手な赤色が印象的で目を引く一方、白いシャツに黒で統一したベストとスカートという、一流ホテルの受付嬢のようなクラシカルな格好で礼儀正しく立っている。
ハアトを混乱させるのはその場所だった。
入口でハアトを出迎えた少女は、今はハアトの記憶していたままのゲームショップのカウンターの中にいる。
赤土で形作られたダンジョンの中にあって、そのカウンターだけはゲームショップ本来の姿そのままだった。
ガラスのショーウインドウの上、隅に置かれたレジスター。
背後には壁にくっつくように並んだ商品棚が見えるが中身はスカスカだ。
「あ、あの~……」
混乱してフリーズしたままのハアトに、少女が恐る恐るといった様子で声をかけてくる。
ハアトの剣は、少女の顔に向けられたままだった。
「に、人間……です、か?」
ハアトが混乱する思考の中から絞り出した答えは、そんな言葉だった。
「え? あれ!? 人間ですよ? 見えませんか!? 私そんなにヘンですか!?」
驚きに目を丸く見開いて、少女がペタペタと自分の体を触りながら確認し始めた。
派手に燃える赤い髪に乗った黒いカチューシャ。カチューシャともども制服の一部なのか、首に巻かれた同じく黒のスカーフ。
顔の印象のわりに主張の強い胸。右胸に光る名札のプレート。
白のラインがフワリと広がるスカートの裾。やはり黒色の控えめなハイヒール。
上から下まで一通り触ると、胸元をのぞき込んだりと今度は内側まで確認し始めたので、ハアトは慌てて止めた。
止めなければそのうち着ている服を脱ぎだしそうなくらいの慌てぶりだったのでハアトも慌ててしまう。
「い、いや、おかしく、ないです。ににに似合ってます! け、けど、えっと、ここ、ダンジョンですよね……?」
「よ、良かった~。もう、驚かせないで下さい。見ての通り、ここはダンジョンです!」
そう、ダンジョンである。
その内側に、なぜ普通のお店のカウンターが置かれているのか。
しかも女の子が一人でいるのか。頭の中で疑問が渦巻いた先に浮かび上がったのが、人型モンスターの存在だったわけであり、先のハアトの台詞である。
なぜか胸を張って自慢げだった少女が唐突に、「あっ」と自身の右上あたり、何もないはずの空を見ながらパチンと両手を合わせた。
「お仕事、忘れてました!」
手を口元にあて、ゴホン、とワザとらしく喉を鳴らすと、少女は太陽みたいな笑顔を作って言った。
万歳するように上げた両手の先に、お店の看板が光っている。
「ようこそ、ゲームショップ・フルカワへ! あなたは記念すべき、当ダンジョン一人目のご来店者様でございます! わーい!」
「え、えっと……え?」
どこから取り出したのかハイテンションで紙吹雪をバラ撒き始める少女。固まるハアト。
「え、え~っと、お客様……ですよね?」
「いや、そ、そうです、けど……」
温度差を感じ取った少女がおずおずと問いかけ、混乱し続けるハアトもおずおずと力のない返事を返す。
「あぁ、良かった良かった! では、おめでとうございま~す! ですよね?」
「えぇ、あ、ありがとうございます?」
二人してオロオロしながら会話が進む。
確かにハアトはここにゲームを買いに来た。
お客様と言われればお客様に違いないのだが、ダンジョン化というこの異様な状況の中、それが正しい表現なのか良く分からなくなる。
「はーい、こちらが『第一旅人賞』の賞品でございま~す!」
少女が背後の商品棚から箱を取り出し、カウンターの上で開きはじめる。
「だ、第一旅人……?」
「あぁ、お客様の事ですよ。ダンジョンを渡り歩く冒険者、まさに旅人じゃないですか。はい、ではまずこれが『始まりの装備』一式です!」
聞きなれない単語がでてくるが、考える間もなく、カウンターに置かれた小さな箱から少女が次々とアイテムが出してくる。
最初に渡されたのは、一式と言いながら木彫りの剣だけの装備だった。
「あ、え? 一式って、この剣……だけ、かな?」
「うーん、そうみたいですね~」
少女は視線を右上に向けながら疑問形で答えてくる。
うーんと眉間に小さな皺が寄せられて、何かを見ているように見えるが、そこにハアトは何を認識することもできなかった。
「あと、それからこの緑の薬が『初級ポーション』で、こっちの青いのが『初級マナポーション』です。あ、このサンドウィッチもですね」
続いて出てきたのはいくつかの試験管のような瓶とサンドウィチ。
瓶にはそれぞれ緑色の水と青色の水が入っていてコルクのような物で栓がされている。
サンドウィッチは雑に紙で包まれていた。
どうしていいかわからずに固まるハアトに、キメ顔で少女が一言。
「ここで装備していくかい?」
不器用な謎のウインクまで付いてきて「一度でいいから言ってみたかったんですよね~」とノリノリの少女だったが、要は剣を手に受け取っただけである。
これは装備したというのだろうか。
受け取った木彫りの剣は、ハアトが持ってきていた剣と比べると小さく、なにより木である。
つまりはそれっぽい形をしただけのただの木刀だ。
ハアトが家から持ってきた剣の方がよっぽど実践向きな気がして用途に困る。
他のアイテムを「ゲームショップ・フルカワ」のロゴが入った紙袋に入れてもらい、受け取った。
邪魔だったので木彫りの剣もその中に突き刺した。
「はい、賞品の授与はこれで完了です!」
「あ、ありがとうございます」
いきなりでわけはわからなかったが、とりあえず貰い物をしてしまったので、一応は感謝の言葉を返す事にする。
少女が再び視線を右上に泳がせ、「よし」とグっと握りこぶしを作ってガッツポーズしていた。
この少女は何がしたいんだろうか。見ていて不安になる。
そんなハアトの眼差しが、少女の視線と交わった。
「さぁ、どうしますか!?」
カウンターに乗り出し気味に元気いっぱいで問いかけてくる少女。
その目は得体の知れない期待に揺れているように見えた。
だがどんなに元気いっぱいに聞かれても、ハアトがすべきことはたった一つしかなかった。
「あ、あの、コ、コレ下さい……」
ジャージのポケットから一枚の紙切れを引っ張り出すと、それをカウンターに広げて見せた。
紙切れにはハアトが探している新作ゲームのタイトルがハッキリとした大きな文字で書かれている。
「……ふぇ?」
ふぇ、と言われても困る。ハアトは困った。
「……えとえと、えーと、ゲーム? 先週発売の?」
「あ、いえ、はい」
紙切れとハアトの顔を往復しながら、いぶかしむような少女の視線に、ハアトは焦りながら答えた。
「…………なんで?」
なんで、と聞かれても困る。
ここはゲームショップで、ハアトはゲームを買いに来た。
それだけの話だ。
逆にこの少女は何を求めているのか、ハアトが聞きたいくらいだった。
説明する必要もないハズの説明を、一応とばかりに言葉にしてみる。
「い、いや、僕はゲームを買いに来ただけなんだけど……」
「………………ふぇ?」
少女とハアト、二人の間に長い沈黙が続いた。