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002-1:ゲーム屋さん①

 外の世界は静まり返っていた。


 時刻はお昼を少しばかり過ぎたところ。

 都心から離れた住宅街。

 世界がまともな頃だったなら、もっと活気があったに違いない時間帯だ。

 今は、小鳥のさえずり一つ聞こえない。


 道路に出て、すぐ目に入ったのは、やはりそびえたつバグの象徴だった。

 まるでこの街の支配者でもあるかのように、今も街の中央に鎮座している。

 窓ガラス越しに見るのとは違って、古びて見えるそれが異様に禍々しい物に見えた。

 街の上空に澄んだ青空が広がる中、その城の頭上にだけは、紅色のような不気味で重たい雲が渦巻いていた。


 外出するのはずいぶんと久しぶりだったが、現実味のない世界を相手に、なんの感傷も浮かばなかった。

 異様な景色、モンスターの恐怖。

 まるでゲームの世界に迷い込んだ気分だった。


 ハアトの記憶が正しければ、ゲームショップは自宅から街の中心に向かって少しばかり進んだ先にあるはずだ。

 街の南に位置する自宅からは、まずは目の前の道路を北に向かう事になる。


 そのついでに、老夫婦が住んでいるはずのお隣さんの家を覗いてみたが、この状況下でドアが開いているわけもなく、窓はカーテンが閉め切られていた。

 ハアトのように窓を塞いだりはしていないようだが、だからといって窓ガラスが割れているような様子もない。

 昼間なので明かりがついているかもわからず、老夫婦がまだそこに生活しているのかはわからなかった。

 関係ないか、とそれ以上の詮索は止めた。どうせ、赤の他人だ。


 歩みを進める中、立ち並ぶ家々に被害の様子はあまり見られなかった。

 中の様子までは知れないが、外見上の被害はあまりないように見える。


 一方で、街灯や自販機、ゴミ箱などは荒れていた。

 それがモンスターの仕業なのかは分からないが、ゴミ箱はともかく、野良猫や野鳥が自販機を破壊するとも思えない。

 さらに進むと、ときおり銃弾の跡らしき傷が地面や壁に見えるようになった。

 恐らくは部屋まで聞こえていた銃声と関係しているものだろう。

 その付近には、血痕のような赤い跡も見える。

 どうみても戦闘の痕跡だ。


 しっかりと剣を持つ手に力を込め、警戒する。

 街の中心部へ、あの城へ近づくにつれて戦闘の痕跡は激しくなっている気がした。

 割れている街灯の中に、半ばからへし折られる様に曲がっているものがあった。

 壁に激突し、煙を出して止まった車が放置されている。

 余計な想像力が働いて、ドクン、ドクンと心臓が暴れ始めた。

 大きなナメクジが出たくらいでこんな事態になることはないだろう。

 もっと強大で凶悪な何かの存在を想像せずにはいられなかった。


 子供のころの記憶を頼りに角を曲がる。

 ゆっくりと顔だけ出して角の先を確認するが、動くものの気配はなかった。

 モンスターには遭遇しない物の、至る所に激しい戦闘の跡が残っており、ハアトは出来るだけ慎重に辺りを観察しながら、足音を殺して臆病に進んだ。


 大通りにでると、事故を起こした車が渋滞を作っていた。

 中には配達用の大型トラックなどもあるが、やはりその中に人影はない。


 通りに面した風景の中には、ハアトの記憶とは違う形の民家や店舗がたくさんあった。

 記憶が正しい物であるのか不安になってくる。

 そもそも、あのゲームショップは今も記憶の中のそこで営業を続けているのだろうか。

 目的のゲームショップに辿りついたのは、そんあ不安を抱え始めた頃だった。


 大きな雑貨ビルの間に、「ゲームショップ・フルカワ」という、所々ペンキが剝れた小さな薄っぺらの看板が掲げられていた。

 子供のころと見た記憶と同じだった。

 記憶と違うのは、その入口が今は完全に開放されているということ。

 ガラスの自動ドアは全壊し、入り口ではあるが扉ではなくなっている。

 今は太陽の輝く時間帯だが、背の高い建物に囲まれている立地の関係上、店の中は薄暗い。明かりがついていないという事は、営業していないのだろうか。


 ハアトが様子を伺うように中を込むと、そこには想像していない景色が広がっていた。

 入口を抜けると、そこにあったのは巨大な地下への階段だった。

 大人が二人並んで下りれるくらいには広さがある。

 戸惑いながらも一歩足を踏み入れると、靴底がジャリと土を鳴らした。


 店中の底が抜けたのだろうか。

 店内にあるべき商品棚やディスプレイなどは一つもない。

 ただ、赤茶色の土が店内を覆い、その真ん中にポッカリを大きな穴を明けている。

 その穴こそが、地下へと続いている巨大な階段だ。


 ダンジョン化。

 ハアトの頭に浮かんだのはそんな単語だった。


 世界中で起こっている「バグ」の中でも、もっとも被害を生んでいる現象。

 モンスターの発生源。つまりはバグ被害の原因でもある現象。

 それがダンジョン化だ。


 ネットの話によるならば、ダンジョンの内情は様々で、どんなモンスターが潜んでいるかも不明。入ってみるまで分からない。

 そして奥へ進むほど協力で危険なモンスターが生息している傾向にあるという。

 現在、なぜか住宅ではなく店舗でのみ起こっている現象らしいが、そこにそれ以上の規則性はなく、全国展開しているチェーン店でもダンジョン化している店舗としていない店舗があったり、店の規模とも関係なくその現象は起こっているらしい。 

 要するにモンスターの巣であるというそのダンジョンだが、出現している数はそこまで多くないらしい。

 だからハアトも、実際に自分の身の回りに、しかも歩いてこれるほどの近くに出来ているとは思わなかった。


 これが危険なものなのだと言われていることは知っている。

 だが、ここで引き返してはゲームは手に入らない。

 ここまで来る途中で見た大通りの車両。

 あれを見れば、もう配達なんてあてにならないことくらい容易にわかる。

 もう、自分が動いて手に入れるしかないのだ。


 確か、ダンジョン化した店内にも店の商品は残っているらしいという情報があった。

 ダンジョン化の際に商品がダンジョン内にバラバラに移動してしまうらしく、奥深くに移動してしまった商品は諦めた方が良いらしいが、浅いところなら回収も可能だという。

 ダンジョン化した飲食店などでは、食料確保のために探索部隊が組まれたなどのニュースもあった。


 要は、ハアトが探している新作が見つかれば良いのだ。


 ダメ元で浅いところを見てみるだけでも、やる価値はあるだろう。

 ハアトはそう決心すると、階段を下りることにした。

 手にした剣には、あの巨大なナメクジを一撃で倒した実績がある。

 たとえモンスターに出会ったとしても、浅い階層なら戦える自信があった。


 しばらく階段を下りていくと、一体のモンスターと出会うこともなく、そこは行き止まりだった。


「え、まじかよ……」


 ハアトはモンスターとの戦闘も覚悟していただけに、拍子抜けする。

 モンスターの恐怖に怯えながらも、ゲームのようなダンジョン探検に少しだけ胸躍らせる自分がいた。

 そのどちらも一緒に裏切られた形だ。


 薄暗い地下、明かりを持ってくれば良かったと後悔しながら、地面に何か商品が落ちていないか探してみる。


「ダメだな……」


 床には何もなかった。

 粘土のような赤土が広がっているだけだ。

 この暗さでは、たとえココが行き止まりでなくとも、これ以上の探索はできなかっただろう。


「ふぅー……」


 急に気が抜けて、ここまでの疲れが汗と一緒に全身の毛穴から噴き出してきた。

 結局はモンスターになんて出会わなかったが、その痕跡だらけの道を緊張しきりの状態で歩いてきたのだ。

 精神と肉体がどちらも酷く疲労していた。

 壁に背を預け、剣を抱くように座り込む。


 ガコン、とハアトの背中が壁に沈んだ。


 壁の一部が凹んだのだ。同時に、地面が揺れる。


「おっ、わわ……」


 慌てて立ち上がり、何が起こったかわからないまま剣を構えた。


 行き止まりを作っていた壁が、ゆっくりと地面の中に沈んでいく。

 その壁の中央辺りが不自然に凹んでいるのをハアトは見た。

 背中を預けていたあたりの場所だ。


「もしかして、あそこにスイッチが隠れてたのか……?」


 いよいよゲームじみてきたな、とハアトは内心で呆れると同時に、少しだけワクワクする。

 本当にダンジョンを攻略しているみたいだった。


 行き止まりの壁、いや、正確にはダンジョンの隠し扉が開き切ると、同時に光がこぼれてきた。

 赤みを帯びたそれは、ゆれる炎の明かりだった。その奥には、土の壁に囲まれた道が続いている。

 壁には松明のような明かりがあった。


 ハアトは息を飲み、ゆっくりと歩みを進めた。

 いつ、どこからモンスターが飛び出してくるかわからないような、異様な気配をダンジョンの奥に感じていた。

 開いたばかりの入口を潜ると、真横から、影が飛び出してきた。


「しまっ……た!?」


 不意を突かれ、隠れていたらしい影に、慌てて剣を向ける。


「うひゃあ!?」


 先に悲鳴を上げたのは、影の方だった。


「い、いらっしゃいませ~……ようこそダンジョンへ、なんちて」


 向けられた剣の先でひきつった笑みを浮かべるそれは、幼い風貌の一人の少女だった。

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