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001-3:異世界が来た③

 世界が異世界に侵食されてから一週間が経った。


「ついに、できたぞ……」


 ハアトは薄暗い部屋の中、静かに歓喜した。

 愛用しているノートパソコンのディスプレイが放つ光を、黒ブチのメガネが反射する。


 ついに最強のクソゲー記事が完成した。

 ネットで調べてみても、ハアト以外には誰もクリア後の批評を書いていない。

 これがこのクソゲー初のクリア記事という事になる。

 前評判からして前代未聞のクソゲーとしてクソゲー界隈を賑わせていた注目タイトルだけに、プレイ人口自体は少なくないハズだ。

 関連した記事もいくつか見た。だが、その誰もクリアしていなかった。

 世界中のクソゲー愛好家が未だクリア出来ていない問題作だ。

 間違いなく需要はあるだろう。

 この記事を更新すれば、新規の読者も増えるかもしれない。


 次にやるはずだった予約済みの新作ゲームは未だ届いておらず、発想の状態も定かではない。

 この世界の混乱の中では仕方ないだろうと諦め、この一週間、この記事の執筆にだけに全力を注いだ。

 ハッキリ言って自信作だ。

 駆けた手間と情熱もそうだが、何より素材が良い。

 自信家というわけではないハアトも、これには嫌でも期待が高まる。


「よし、アップするか……」


 ゴクリと息を飲み、ブラウザ上の「新規記事の登録」ボタンにカーソルを合わせる。

 指先を小さく動かすと、カチッとマウスが軽いクリック音を立て、パッっと画面が切り替わった。


「接続エラーが発生しました」


「……あれ?」


 何度やってもエラーだった。

 試しに他のサイトへ移動してみると、他のサイトにも全くつながらない状況だとわかった。

 接続していたインターネットが途切れてしまったらしい。

 無線機器の不調だろうかと、押し入れからケーブルを引っ張り出して有線接続してみるが、やはり結果は同じだった。

 どうやら家につないでいるインターネットの回線その物が問題を起こしているようだ。

 それだけでなく、家のネット回線を使っていないハズの携帯電話も通信不能になっている。


「まじかー……」


 ハアトはハア、とため息を吐いてパソコンを閉じた。


 不便だな。

 ハアトが感じたのはその程度だった。


 外からはたまに銃声のような音や悲鳴が聞こえてくるが、今のところ、この家への直接的な被害はない。

 食料の備蓄は元々から余る程度にある。

 水道水を飲まないハアトは、ミネラルウォーターの買い置きもバッチリだった。


 そんな状態で一週間をなんの危険もなく過ごし、ハアトは気楽な気持ちになっていた。


 無理して外にでなければ、とりあえずは安全が確保されている状態だ。

 今となっては機能していない政府の広報も、まだ機能しているうちには「安全のための引きこもり」を推奨していたくらいである。室内は安全だ。


 誰が言い出したのか、異世界化現象は「バグ」とよばるようになっていた。

 ゲームで良く見るようなモンスターが現実世界に急に現れるようになったりしたこの状況、良い得て妙な表現だと、ハアトは一人納得していたりする。

 「世界がバグった」とか「ダンジョンの周囲はバグが進行してる」などのタイトルの記事がネットにも溢れ、この一週間ですでに流行語大賞を受賞した言葉並みの普及を果たしていた。


 その「バグ」が日本だけでなく、世界的な事態であるらしい事は、ハアトもネットを介して把握してた。

 それはつまり、世界が対策に乗り出す事態だという事だ。


 混乱もすぐに解決するだろう。


 モンスターが現れたといっても、ハアトが一人でも倒せるようなモンスター達だ。

 多少、強いモンスターが出て来ようが、現代の近代兵器の方が絶対に強いと思う。

 ハアトが気楽な気持ちになっているのは、そんな平和ボケした予感からだった。



 電波が途切れてから、再び一週間が経った。


「暇だ……」


 ハアトはベッドで仰向けになったまま、一人呟いた。

 ネットが遮断されてしまってからは、急にやることがなくなった。

 漫画や小説、アニメなどのハアトが好んでいた娯楽の数々は、そのほとんどをネット経由で閲覧していた。

 ネットが使えなくなると、とたんに娯楽がなくなってしまう。


「あのゲーム、届かないよなぁ……」


 予約していた新作ゲームはまだ届かない。

 しばらくは届かないだろう。

 ネットニュースも見ることができず、世界の情勢も知ることができなくなった。

 テレビもラジオもないこの家には、もう娯楽は皆無だった。

 あのクソゲーも、ゲーム機本体が壊れてしまったらしくプレイできない。

 やり込みまでクリアすれば、また新たなクソゲー批評記事が書けたのに。

 今となってはあのクソゲーすら恋しくなり、ハアトはハア、と何度目かのため息をついた。


 たまに外から聞こえていた銃声も最近は聞こえてこない。

 カーテン越しに外を見ても、人影の一つも見当たらなかった。


「もしかしたら自衛隊か何かがモンスター退治でもしているのかもしれない」


 などと勝手に考えていたハアトは、この街のモンスターは退治されつくしたのかも、という甘い事態を想像したが、それを確かめに外に出るような気持ちは起こらなかった。


 街にそびえる巨大な城は未だ健在だ。

 それが何なのかは知らない。


 ネットでは、超巨大なダンジョンだと書かれていた。

 この街以外にも似たような建造物が出現している例があるらしいが、それに関しての詳細な情報は誰も書いていなかった。

 謎だらけなバグ現象の中でも、もっとも未知な分類の建物のままだ。


 ハアトは暇つぶしがてら、一階の安全確認をすることにした。

 部屋の入口近くに立てかけていた剣を用心のために手にし、階段を下りる。

 どうせ何もいないだろうと、もう足音も気にしない。

 リビングに立ち寄り、冷蔵庫から水を一本取り出して、飲みながら部屋を見て回る。

 打ち付けられら木板が外れている様子もなく、ハアト以外の生き物の気配はなかった。


 自室まで階段を戻るのもめんどくさく感じ、リビングに戻ると椅子に腰を下ろした。

 巨大なナメクジがリビングに残した汚れは、すでに綺麗に落としてある。

 掃除が良い暇つぶしになるくらい暇だったからだ。

 それに、生物の死骸の臭いは仲間を呼ぶような内容の話をどこかで耳にした記憶があった。

 それがあのナメクジに、しかもバカみたいに巨大化したモンスターに当てはまるのかは謎だったが、無駄になるわけでもないので掃除した。

 天井まで含めて綺麗に落とし切るのには丸二日かかったが、今となってはもっと時間がかかっても良かったと思えるくらいだ。


「なんか、良い暇つぶしないのかな……」


 他の人たちはどうやって暇をつぶしているのだろうか。

 そう思い、想像してみることにする。

 ハアトの家は西が道路に面しており、北と南にはそれぞれ似たような大きさの一軒家が、東にはハアトの家と北の家の両方に面するような形で小さなアパートが建っている。


 北のお隣さんはどうだろう。

 近所付き合いがないハアトは現状をあまり知らないが、確か昔から老夫婦が住んでいたハズだ、と思い出す。

 長年連れ添った二人なら、意外と楽しくやってるかもしれない。

 マイペースに家でのんびりしてるのかも知れないな。


 南は、たしか独身男性が住んでいたはずだ。

 ゲーム関係のプログラマーか何からしく、ゲームが趣味のハアトにはその情報が印象的だったから覚えている。

 年齢までは知らないが、家でプログラムでも仕事をしているのだろうか。

 ネットが使えなくなるとと大変そうだな、と人ごとのように考える。


 東のアパートは良く知らない。

 頻繁に人が入れ替わってるらしいが、そもそも子供の事から付き合いのない場所だ。


 付き合いもなく情報もなく、たいした想像も浮かばなかった。

 それならばと、さらに範囲を広げていき、近所にあるハズのお店なんかはどうだろうと想像する。

 飲食関係の所は食べ物に困らなくて良いだろうな、とか。

 バイトや仕事中にこの騒動に巻き込まれた人は大変そうだな、とか。

 そういや武器屋って現実世界にはないよな、とか。

 そんなたわいもない想像。


 その中で「そういえば」と、少し歩いたところにゲームショップがあったことを思い出した。

 そこにいけば、予約していたあの新作があるんじゃないか、と思いつく。


「……あ」


 ダメだ。と、ハアトは今更ながらに気が付いた。


 予約していた新作が届いたとしても、ゲーム機本体が壊れている。


「届いても、本体がなおらない限り遊べないじゃないか……」


 ゲームをプレイするためには、まず本体を買わなければならないのだ。

 ゲーム機本体なら多分、ゲームショップで売っているだろう。

 ハアトが好んで遊んでいるのは少しばかり古いタイプの機種だ。

 売り切れるようなことは滅多に起こらないだろうがまだまだ現役の人気ある機種。おそらく在庫はあるハズだ。

 それにもし、お店にあの新作が入荷していたら、その時はついでに買ってしまえばいい。

 配達なんて今の状況ではいつくるかわかったものではない。


 あまりに暇をもてあました時間の中、それは、すごく良いアイデアに思えた。


「……行くか、買い物」


 ハアトは椅子から腰を上げると、出かける準備を始めた。

 テーブルに立てかけた剣が、蛍光灯の光を鈍く反射する。


 ハアトは数年ぶりに、外に出ることに決めた。

 

 この、モンスターが徘徊しているらしい壊れた世界で、新作ゲームを買うために。

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