010-2:廃校の迷宮【侵入編】②
「ハアトさん、似合ってます! 似合ってますよ! 本当に勇者なんですね! すごいです! すごいですよ! 私はハアトさんのような選ばれし冒険者を待っていたんです!」
真夏の星空のように目をキラキラを輝かせるロリエに、ハアトは負けた。
何が負けたかと言われれば、羞恥心が負けた。
キラキラ輝くその瞳の奥に込められたロリエの熱意に、ハアトの羞恥心がねじ伏せられた形だ。
初の千金学園ダンジョン探索から戻るやいなや、ロリエは「んふー」と鼻息も荒く、用意していた真っ赤な全身タイツをハアトに突き付けてきた。
「ウーム、私はこっちのトッコーアーマーの方が似合うと思ったんだがな……」
「いいえ、やっぱりハアトさんはこのレッドスーツを着るべきです! 着るべきですよ! 勇者であるハアトさんにしか着れないものなんですから!」
レティもどこから取り出したのか、今どき不良すら着るのを恥ずかしがるような真っ白な特攻服を持ち寄っていたが、ハアト共々ロリエの熱気に押し負けた。
ダンジョンから戻ったハアトは逸るロリエに手を引かれ、エントランスホールから購買部へと移動してきた。
「いらっしゃいませー!」
購買部の受付らしい女性が元気な挨拶を飛ばしてくる。
一階の隅、エントランスから少し離れたところにそれはある。
学校の一部、などというレベルではなく、購買部の札がかかった扉を潜った先にはダンジョンならではの物理法則を無視した空間が広がっている。
まるでちょっと変わった巨大スーパーだ。
食料などの日用品から冒険者向けの武器や防具まですべてが揃っている複合施設。
特に武器や防具は品数が豊富で、大きな剣や杖など並んでいる様子は大きな玩具売り場のようにも見える。
「さて、ここが購買部だぜ。つっても、坊主もガルスから説明は受けてるだろうけど、一応もう一度説明しておくか」
「ウム。まぁ、そのまんま購買部だな。エントランスにいた受付のタンバからも基本的な品は買えるが、もちろん購買部の方が専門のNPCがいる分、品揃えは豊富だ。見ての通り」
「武器や防具も一通り揃っていますから、装備を整えるには最適ですね。それに試着室もありますし……というワケでハアトさん、さっそく装備してみましょう!」
グイグイと差し出される真っ赤な全身タイツ。
さり気なく見ていないふりをして装備を探しに行こうとしたハアトの手をロリエがヒシと掴んだ。
もう試着などしなくてもわかる。
絶対に恥ずかしいヤツである。
あまりにもファッション上級者向け過ぎる装備候補に、さすがにハアトも断ろうとするが、しかしロリエは頑なだった。
「え、えっと……ちょっと派手、かなぁ? 僕にはちょっと……」
「大丈夫です! そんなことないです! そんなことないですよ! 大丈夫ですから!」
何が大丈夫なのか全くわからない。
出来ればもっとファッション的にレベルが低い物をお願いしたい。
助けを求める様にダンに視点を向けるが「すまん。諦めてくれ」の表情が無言で返って来るのみだった。
レティは残念そうに肩を落として白い特攻服を眺めている。
そうして結局、ハアトは試着してみる事になったのだった。
その結果が冒頭のロリエの台詞である。
似合っていると言われても、まったく同意できない。
試着室の姿見の鏡には、真っ赤なタイツで頭までを覆ったハアト自身の姿が映っている。
本来は顔の部分は空いているのだが、そこにはロリエお手製の仮面が取り付けられていて、それを装着した今はハアトの顔すら見えない。
似合う似合わないの話でない気がした。
「そ、そうかな……」
さらにロリエは次々に装備を取り出してくる。
「それにこのベルト! スカーフも赤で揃えて……ほわぁ~っ! すごいです! これ完全にブイレッドです! ブイレッドですよ! ちょっと身長は低めですけど……」
もうよくわからない状態のハアトが抵抗しないのを良いことに勝手にそれらを装着し、ロリエはテンション爆上げだった。
初対面の時に感じた小動物っぽい最初の印象はどこへ行ったのか、今は誰にも止められない暴走列車の様相を呈している。
「ブ、ブイレッド?」
「そうです! ブイレッドです! ご存じないんですか!? 今期のハイパー軍団シリーズ! 毎週日曜朝九時大絶賛放送中……って、今はさすがに放送中止中みたいですけど……でもでもすっごく面白いんです! 面白いんですよ!」
「そ、そうなんだ……」
ハイパー軍団シリーズと言われれば知っていた。
ハアトも子供の頃は見ていた朝のヒーロー番組だ。
最近のものは知らなかったが、確かにカラフルな全身タイツにスカーフやベルトをしていた気がする。
ロリエは現在進行形でそれらの大ファンらしい。
「ブイレッドはそのリーダーで、どんな些細な悪事も許さない孤高の熱血ヒーロー。だけど仲間の危機は絶対に見捨てられない熱い友情の持ち主でもあるんですよね! そもそもブイレッドは子供の頃に親に捨てられ、孤児院では仲間に裏切られと壮絶な過去を背負っているワケなんですけど……」
完全に自分の世界に入ってしまったロリエに困惑していると、ダンが声をかけてきた。
「ロリエならしばらくしたら勝手に我に返るから放っといて良いぞ」
慣れた様子だ。
どうやらいつもの事らしい。
「まぁ、勇者……のイメージとはちと違うが、ヒーローらしくなって良かったじゃねぇか。実際、ジョブ専用の装備だけあって防御力はあるからな」
ロリエが自分で着ないのはそのせいだ。
レッドスーツなるこの装備は、勇者のジョブを持った冒険者にしか装備が出来ないらしかった。
「それは、そうですけど……でもこれ着替えるの大変ですよね……全身タイツですよ。初めて着ましたよ、僕……」
「フフフ、それは心配いらんぞ。ハアトよ。ステータスプレートには装備の記憶機能というモノがある。それを使えばいつでも簡単に装備を切り替える事ができるのだ!」
困り果てるハアトに、なぜか自分の手柄のように胸を張りながらレティが教えてくれた。
使い方は至って簡単だった。
使う装備が決まったらステータスプレートを開いて「装備中アイテム」の項目に移動する。
その中にある「お気に入り装備登録」というボタンがその機能だ。
押せば、装備中の一式がお気に入り登録され、一度登録しておけば「装備変更」というメニューから簡単に装備の変更が出来るようになる。
「まぁ、俺はあんまり使わない機能だけどな。別に装備のままの格好で日常生活に困りもしねぇしよ」
「ウム。確かにそうだな」
レティもダンに同意する。
いや、困るだろ。
と誰も突っ込まないのは何故だろうか。
ハアトには不思議でならなかった。
全身甲冑のままの日常生活など絶対に不便に違いない。
「とりあえず、このままだと僕は困ります……」
「まあ、そうだな。頑張れ、坊主」
「フフ、似合っているぞ」
ダンとレティが真っ赤なタイツヒーロー姿になったハアトをしげしげと見つめて言う。
この二人、絶対楽しんでる。
そう思いながらもロリエの熱い視線を無視できないハアトだった。
「私、初めてこのレッドスーツを購買で見た時からずっとそうだと思ってたんです! 思ってたんですよ! やっぱりそっくりだ! 完コスです! いいなぁ、私もジョブさえ合えば自分で着たかったのに……あ、ハアトさん。写真とっても良いですか? あ、もっと右腕あげて、腰は落として……」
それから夕ご飯の時間まで、ロリエによるハアトの装備選びは続いた。
ハアトは、日常生活は今まで通りジャージで過ごそうと心に決めた。




