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009-2:朝食バイキング②

「ふぁ……みなしゃん、おふぁようごじゃいましゅ……」


 レティに連れられてロリエが現れたのは本当に午後になろうかという時間だった。


 ハアトが初めて見た時と同じ白いローブを纏い、魔法使い然とした杖を手にしていたが、クリクリとした愛らしい瞳は瞼の裏に隠れたままだった。

 これは起きているのは寝ているのか、ハアトには判断が付かないくらいには立ったまま寝ている。


 器用に立ったまま船を漕ぎ、フラフラと鼻提灯を作っているロリエを尻目にハアトは改めて学園寮の入口フロアを見渡した。


 ホテルのフロントのような場所だ。

 昨晩はパーティ会場となっていたが、それが無くなると改めてその広さを感じた。


「この学園寮はダンジョンの受付であり、同時に本当の迷宮である校舎への入口になってるってワケだ」


 安全地帯でもある受付をかねる学園寮に戻り、ダンが改めてハアトへの解説をしてくれた。


 千金学園はハアトの住む町の東に位置している。

 名前の由来は千金という区域の名前そのままだ。

 しかし、千金学園のダンジョンとしてのエリアは、その区域とは異なっている。

 つまりは、行政が決めた区分などではなく、そのエリアに住んでいた住人たちの意識に作用しているというわけだ。

 本校舎を中心として、学園寮や生徒たちが生徒たちが良く訪れていた近くの公園、関わりのある店などを丸のみにし、一つの新しい区域を作り出した。


 それが今の千金学園ダンジョンだ。


 ダンの説明を受けながらハアトも準備を進める間、レティがなかなか起きてこないロリエを迎えに行き、こうしてやっと四人がそろった。


 これからダンジョンへ向かうメンバーだ。

 ハアトにとっては初めての仲間になる。


「俺たちは校舎を進み、ボスを倒してこのダンジョンから解放されるまで、外には出られねぇ。ここまでは昨日、話した通りだ。オーケイ?」


「は、はい!」


 ダンの説明はシンプルだった。

 とにかくダンジョンを探索する。

 その一点に尽きる。

 このダンジョンに入り込んでしまった以上、やるべき事はそれだけなのだから、それをするだけだという、それがダン達の考えらしい。

 それをハアトも冒険者として受け入れた。


「おはよう、タンバさん」


 受付フロアの中央にその人はいた。

 ダンがタンバさんと呼んだその人物は、アーチのように伸びる二階フロアへの階段の影に隠れるようにして佇んでいた。

 かけられた声に反応して、伏せられていた瞼がゆっくりと開く。


「ようこそ千金学園へ。ご用件をどうぞ」


 機械のような人だと思った。

 事務的で、どこか冷たい。


「ハアトよ、ここがダンジョンへの本当の入口だ」


 レティが言うが、ハアトはいまいちピンと来なかった。

 扉らしきものがないのだ。

 ここではなく、別の場所から移動するのだろうか。

 もしかしたら手続きのようなものだけここでするのかもしれない。


 正直、心の準備ができていないハアトには嬉しい誤算だった。


 コミュ障ゆえに、冒険者として初めての集団行動に内心では凄まじい不安を覚えていた。

 ダン達は良い人達だとは思うが、それでも昨日出会ったばかりの他人は他人だ。

 グミのような異物の方がハアト的には気が楽だった。


 まずは気持ちを落ち着けよう。

 焦りは禁物。油断も禁物。

 幸いにも時間が出来た。

 落ち着いてダンジョンに、集団行動に挑むのだ。


 などという考えは、ものの見事に裏切られた。


「おし、行くぞ。準備良いかー?」


 タンバとの話を終えたダンが振り向いて言った。


「ふぁーい……ふぁ……」


「ウム! さぁ、行くぞハアトよ!」


 ハアトは返事をする間もなく、レティにガッシと抱かれるように引き寄せられた。

 女性に、というような甘い感触は一切なかった。

 急に鎧が絡みついてきただけだ。

 驚きしか出てこない。


「え?」


 金属の冷たさを感じる間もなく、目の前の景色がドロリと溶け落ちた。

 そう思った次の瞬間には、ハアトは埃っぽい廃れた部屋の中にいた。


「……え? えぇ?」


 間抜けな声だけを受付に残し、ハアトはダンジョンの中にいた。


「な、何が……?」


「何って、ダンジョンに移動しただけだろう。そんなに騒ぐことか? 坊主はダンジョン、別に初めてじゃないんだろ?」


 状況の理解が追いつかないハアトに、ダンが呆れ顔で言う。

 どうやらワープでもしたらしい。


「え、あ、そ、そうです、けど……普通、階段とか扉から入るんじゃないんですか? というかワープとかありなんですか!?」


「え? そうなの? あー、いやぁ、俺ら、このダンジョンしか知らねぇからな。これが普通だと思ってたわ。ワルかった。そりゃ驚くよな」


 そう言われると自信がなくなる。

 ハアトも一つのダンジョンしか経験していない。

 どちらが珍しい仕組みなのかは断言できなかった。

 もしかしたら扉や階段から始まるほうが珍しいのだろうか。


「まぁ良いではないか。ウム、時間もピッタリだ。始めよう!」


「おう、そうだな。おい、ロリエ。朝だぞー」


 ダンが耳につけたピアスに触れると、半透明の小さなデジタルウインドウが現れた。

 このピアスがダンのステータスプレートなのだろう。


 ウインドウには時刻が表示されていた。

 丁度、正午に差し掛かるタイミングだった。


「……はわっ!?」


 正午になった瞬間、ロリエが目覚めた。


「あっ、皆さん、おはようございます……って私なんでダンジョンに居るんですか!? ってハアトさんまで?」


「あ、お、おはようございます」


「おはよう、ロリエ。昨日の夜、今日は坊主の案内もかねて第一エリアの見回りやるって説明してたろ? もしかして聞きながら寝てたのか? 器用だな」


「そ、そうでしたっけ……?」


「ウム。中々起きて来ないからわざわざ運んでやったのだ。ロリエ、感謝して良いぞ?」


「は、はぁ……どうも、レティさん……」


「では行こう! 我等が戦場へ!」


 ハアト並みに状況を理解できていないロリエを気にすることもなく、元気いっぱい剣を掲げるレティ。


「うっし! 行くか!」


「はい! 良く分からないけど行きましょう!」


 ダンとロリエも何だかんだ言ってノリノリでその鎧姿の後に続く。


 ハアトは、それに続けなかった。


 心の準備が出来ていないのもあった。

 けれどそれ以上に、仲の良い三人の姿に不安を覚えた。

 この中に馴染めるのだろうか。


 ずっと人との関りを避けていた自分が。


 逆に迷惑をかけないだろうかと、どんどん不安になって、同時に足が重たくなっていく。

 重りのような足枷が離れてくれない。

 空気が薄れていくような錯覚を感じた。

 冷たい水の底に沈んでいくような孤独感に潰されそうになる。


 ピロン。


 唐突に、その音は耳の内側から聞こえてきたようだった。

 手首につけたステータスプレートが静かに光っている。

 触れると、見覚えのある小さなウインドウが開いた。


 そこには『ハアトさんを応援する会』というファンクラブの名前が表示されていた。


「あ……」


 思わず声が出た。


 右上に「New!!」という新着のマークが光っていた。

 メッセージが届いていた。


「ハアトさん。おはようございます。って、もうお昼ですけど(笑)。新しいダンジョンには辿りつけましたか? 私はグミちゃんのおかげで楽しく過ごせてますよ♪ ハアトさんにも楽しい仲間が見つかると良いですね。何かあったらいつでも連絡してくださいね。力になります。お気をつけて」


 差出人はカオリだった。

 メッセージと共に、一枚の画像が開いた。


 真っ赤な髪の上にグミを乗せ、得意のドヤ顔ウインクを決めている笑顔の少女の姿が写されていた。


 その笑顔を見ただけで、強く背中を押された気がした。

 改めて見るとひどく恥ずかしいファンクラブ名だが、その名付け主の笑顔を見ると、そんな些細な事はどうでも良くなった。


 まるでハアトの不安を察知したような、絶妙なタイミングで送られてきたそのメッセージにすぐに返事を出したい気持ちになったが、ハアトは一度それを抑えた。


 まだダンジョンは始まってすらいない。

 こんな所で、立ち止まってる場合じゃない。


 ダンジョンの先に、きっとカオリに伝えたいことがいくつも見つかる気がした。


 新しい仲間、作って見せたいと思った。

 知らない事を知りたいと思った。


 最高の返信をしたいと、そう思った。


「うん。始めよう、ダンジョン探検!」


 ハアトはその一歩を力強く踏み出した。

 足取りは羽のように軽かった。

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