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007-3:ファン1号③

「ほ、他のダンジョン、ですか……?」


「はい! ここよりも、もーっと大くて、この辺りの冒険者には有名なダンジョンがあるんです」


 カオリに表示された地図を見ながら、ハアトは「はぁ」と思わず間抜けな声を出してしまった。


 地図は町の東の端を示している。

 そこに巨大なダンジョンがあるという。


 ネットがつながっている間はハアトもそれなりに情報は集めていたつもりだったが、この町にダンジョンがある事は全く知らなかった。


 そもそもダンジョンという存在自体がネットでも眉唾物だった。

 自分の住む町に本当にダンジョンがあるなどと思いもしない。

 それも複数あるなんて。


「良く調べられましたね。確かにダンジョンにまつわる情報は多かったですけど、どれが本物かなんて……」


「フフフ、受付嬢のアンテナを舐めてもらっては困ります」


 ダンジョンの受付嬢としてカオリに与えられた能力は多岐に渡る。


 装備や道具などのダンジョンアイテムの売買に始まり、受付フロアの改修、増築。

 アイテムの鑑定、開封なども多少なら可能だ。

 そして何より、チュートリアル役と冒険のヘルプを担当する受付嬢はNPC専用のデータベースへアクセスすることが出来る。


 ワールドダンジョンデータベース。


 名称こそデータベースだが、その実態は日記のような物だ。

 どこかの誰かの知識が次々にリアルタイムで更新されて行き、同時に整理がなされていく。

 カオリはこれによって様々なモンスターやアイテム、装備などの情報を手に入れている。


 新しく更新された項目には「更新」の文字、新規に作成された項目には「新規」の文字がついたり、ソート機能が充実していたりと、膨大なデータでありながら読み手に優しい仕様だ。

 何か条件があるのか、カオリは閲覧しかできないが、それでも孤独な時間を潰すのには丁度良かった。


「私、ハアトさんが来てくれて本当に嬉しかったです」


「……え?」


「ハアトさんが来てくれるまで、私はここに独りぼっちでした。気が付いたら閉じ込められていて、分かることは、私が今までの私とは違うって事だけ」


 受付嬢のジョブを与えられた。

 抵抗する術も、その意思すらも与えられず、気づいた時にはもう身体はバグに侵されていた。


 この世界のバグに巻き込まれ、古川カオリは半NPCと化したのだと理解する。


 そして見知らぬ空間に一人、囚われている。

 こんな異様な状況の中でも、なぜか冷静でいられる。


 そんな自分に言い知れぬ恐怖を覚える瞬間があった。


 今の自分は、本当に自分でいられているのか。

 この身体はすでにNPCというバグの入れ物に過ぎないのではないか。


 自分自身の意志すら疑ってしまう。


 孤独で不安だった。

 平気なハズなのに不安。


 心と思考が矛盾する。


「私はこのバグの世界の住人、NPCなのか、それともまだ人間で居られているのか。分からなくなりかけていました」


 ハアトがダンジョンに訪れたのはそんな時だ。


「ハアトさんが来てくれたおかげで、ハアトさんとお話したり、一緒に装備を選んだり……すごく楽しかったです」


 その感情は本物だと思えた。

 不安が薄れて、気持ちが軽くなった気がした。


 自分はまだ、古川カオリという人間で居られているのだと自信が持てた。


「そ、そんな……僕の方こそ、カオリさんには助けてもらってばっかりです! これからだって……」


 ハアトが他のダンジョンに行ってしまえば、カオリは再び一人になってしまう。


 他にも有名なダンジョンがあり、他にも冒険者がいる。

 それでもここはハアトが来るまで誰にも見つけられなかった。

 ハアトが見つけたことも偶然だ。


「ハアトさん、ありがとうございます。ハアトさんは私の大事な仲間です」


 カオリは優しく笑い、そして力強い瞳でハアトを見つめた。


「だからこそ、他のダンジョンに行って見てほしいんです。ここで一人で探索を続けるのは危険すぎますから」


「だ、だったら、誰かを誘って……」


「このダンジョンは冒険者にとって美味しくないんです。ほとんどゴブリンしかでないくせに、やたらと殺意高いですから」


 他のダンジョンにもNPCがいる。

 そしてデータベースはリンクしている。

 このダンジョンの情報も伝わっているのなら、冒険者にも情報は流れるだろう。

 それでも誰一人として冒険者が訪れないのなら、そういう事なのだ。


「で、でも……」


「大丈夫ですよ! もう、ハアトさんったら、まるで永遠のお別れみたいじゃないですか」


 カオリが冗談めかして笑う。

 ハアトはその孤独に共感してしまっていた。

 引きこもりだった自分。

 カオリと一緒にいる時、いつの間にか笑えていた。


 地図を見る限り、徒歩や自転車ではそう簡単に行き来できる距離ではないように見える。

 交通機関が機能していない今、何の免許も持たないハアトでは簡単には戻ってこられないかもしれない。

 それに町の東がどうなっているのか、状況も分からない。


「それに、私一人ではハアトさんをサポートしきれないのも事実です」


 カオリはデータベース経由で様々な情報を仕入れることができる。

 ダンジョンに関する知識は常に最前線レベルだ。

 けれど、それをすべてハアトに伝えることはできない。


 例えばNSEなどの特殊なモンスターの存在もカオリは知っていた。

 だが、その説明が出来るようになるのはハアトがNSEに出会うか、他の冒険者からその情報を得た後だ。

 ある種のネタバレ防止機能のような物が働いているせいだ。


「ですから、より安全に冒険するには他のプレイヤーさん達と情報を交換したりする必要があります。大きなダンジョンで他の冒険者さんと交流した方がためになるハズです」


「……わかりました」


 情報の大事さは知っている。

 ゲームの攻略でもそうだ。

 難易度が高いゲームほど、事前の情報が戦況を大きく左右する。

 それを理解しているハアトは納得せざるを得なかった。


「だったら、カオリさんも一緒に行きませんか? そのダンジョンに」


 二人で行けば孤独にはならない。

 そしてまた戻ってくれば良い。

 強くなって、ボスまで倒せるようになってから、二人で。


 カオリは一瞬、あっけにとられたような顔をして、それから寂し気な表情で笑みを作った。


「私は、このダンジョンの受付嬢です。ですから、このダンジョンからは出られないんですよ」


「……そ、そんな! それじゃあ、カオリさんは……」


 二度と外へ出られない。


 ハアトは愕然とした。

 怒りにも絶望にも似た感情がこみあげてくる。


 そんな理不尽な話があってたまるか、と。


「ハアトさん求めているゲームを手に入れるには、やっぱり仲間を集める必要があるんです」


 地図が示すダンジョンには冒険者が数多く集まっているらしい。


「一人で挑むにはダンジョンは危険すぎます」


 冒険者たちはパーティを組んでダンジョンを探索する。

 互いに助け合い、協力してダンジョンの攻略を目指す。


「そもそもダンジョンのモンスター達は群れるのが普通ですから、こちらも数を増やさないと対抗できません」


 ハアトもその身をもって実感している。

 グミが居なければ、地下一階の時点で死んでいた。

 仲間がいればもっと安全に探索できるのも理解できる。


「ダンジョン探索は命がけですから。命を預けられる仲間なんて、すぐには見つからないと思います」


 背中を預けることが出来る仲間を探すなんて、引きこもりには難易度が高すぎる話だ。


「だけど、私は応援していますから」


 けれど、ハアトはやってみようと思った。

 目の前の少女が応援してくれるなら、できる気がした。


「わかりました」


 力ず良く返事をした。


「でも僕は絶対、ここに戻ってきます。もっともっと強くなって、頼れる仲間を見つけて」


 ハアトは頭の中で必死に考えていた。


 ダンジョンはバグの塊だ。

 そしてNPC化はそのダンジョンの影響だ。


 だったら、何かあるハズだ。


「はい、待ってます」


 ダンジョンを進み調べて行けばヒントが見つかるかもしれない。

 他の冒険者たちから何か教えてもらえるかもしれない。


 NPCとしてダンジョンに縛られたカオリを解放する方法が、何かあるハズだ。


 それを探すために、どんなダンジョンへだって行ってやる。


「そうだ……ハアトさん、知ってますか? 優秀な冒険者には後援会が存在するんです」


「後援会、ですか?」


 急に出てきた単語にハアトは思わず聞き返してしまった。


「はい。ファンクラブって言う名前で、ちゃんとしたダンジョンのシステムの一部なんですよ」


 ファンクラブに所属する事で、手に入れたアイテムやカインを支援として渡すことが出来るというシステムだ。

 ファン自体にはメリットが少ないため、ファンクラブの機能はあまり活用されていないようだが、人気のある冒険者というものも居る事は居るらしい。


「私は離れてもずっと応援しています。私はハアトさんのファン、第一号ですから!」


 そう笑って、カオリが小さなウインドウを開いて見せた。

 そこには『ハアトさんを応援する会』という直球な名前のファンクラブが作られていた。


「……直接言われると、な、なんかすごく恥ずかしいですね」


「確かに、照れますね」


 もうクソゲーなんてどうでも良かった。

 この少女を救い出してあげたい。


 そのために、強くなる。


「えへへ。私たち、結構良いチームでしたよね」


「これからも、です」


 ハアトは新しい決意を胸に、カオリと共に出発の準備を始めた。

第一部、完!

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