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006-4:赤土の迷宮【強襲編】④

「さぁさぁ現品限り! お買い得ですよ、お客さん!」


 グイグイと商人魂を発揮するカオリに圧倒されながらも、ハアトは冷静に思考を回転させた。


「さっきの説明の、変換とか放出に該当するスキルを持った装備ってありますか? セットでそろうなら、その、買おうかと……」


 食べすぎに注意という説明がかなり気になっていた。

 50カインも出して購入した武器が即破壊されるような事態になったら目も当てられない。

 カインが余っているならともかく、今は使い切りなんて勿体なくて出来ない。

 それにデメリットが発生するのなら、その心配を抱えて使用を続けるなども怖い気がする。


 現状、ハアト自身には魔法を変換したり放出したりするような、そんなスキルはない。

 ならば他の装備やアイテムで補うしかないのだが、果たして都合よくあるものだろうか。

 それも残りの6カインで買えるようなものが。


「あ、そうですね。では、検索かけますよー。ほいっと」


 カオリの軽いノリの掛け声と共に、ウインドウが切り替わる。

 表示されたのは装備ではなくアイテムだった。


 道具名、花火鼠。

 ランク、G。

 効果、魔力を火属性に変換し、時間差で爆発する。


「該当するのはこの一つだけですね。価格も5カインですから、ちょうど一個分。買えますよ!」


「え、えっと……これだけで変換できるんですか?」


「はい、単品で! 必要な量の魔力を含んだ物体に触れると、自動的に吸収、変換して効果を発揮します。魔法のアイテムはだいたいそんな感じですね」


「なるほど……魔力の必要量ってどれくらいですか?」


 確かに効果はハアトが望むものだ。

 後はその使用条件を満たせるのか、それさえ問題なければ迷わず購入決定したいと思う。


「えぇと、そうですね。少々お待ちくださいね」


 カオリがハアトに向けたものとは別の、恐らくは受付嬢専用のウインドウに目を走らせる。

 小さく眉間に皺をよせてわずかに唇を尖らせるのは、真剣な時にでる彼女の癖なのだろうか。

 子供っぽくも見えるその仕草が、カオリの幼い顔つきに良く似合っていて、素直に可愛く思う。


 ぼーっと眺めていると、急にその表情が曇った。


「……うーん、ごめんなさい。そこまでは買ってみなければわかりませんね」


「か、買えばわかるんですか?」


「そうみたいですけど……」


 悩んでも他に選択肢はなかった。

 不確定要素はあるし、ある意味ギャンブルじみた買い物にはなるが、これを買ってみるしかないだろう。


「わかりました。買ってみます!」


「……あ、ですけど、素材が足りませんね」


「あ、そうなんですか……」


 覚悟を決めた矢先に挫かれた。


 花火鼠の表示を良く見れば、その名前の横に付いた星のマークが透けている。

 アクジキの方は星のマークのが白く塗りつぶされていたのを見るに、これは素材が足りてない事を示しているのかもしれない。


「花火鼠には『リトルマウスの細尾』と『魔力の欠片』が一つずつ必要みたいですね。ウチの在庫はハアトさんが持ってきてくれた尾だけですから。うん、足りません……」


 魔力の欠片という名称には見覚えがない。

 ハアトが手に入れたことがない素材なのだろう。


 他に冒険者が訪れていないダンジョンなのだから、ハアトがそれを手に入れてカオリに売却しなければこのアイテムは買えない。


「これは、困りましたね……他には使えそうな装備やアイテムがないみたいですし……」


 カオリがあちこちウインドウに目を走らせているが、良い情報はないらしく、その表情は晴れない。

 何かないかとハアトも頭を捻っていると、一つ、忘れている物があることを思い出した。


「あ、そういえば……これ、忘れてました」


「それは……ネギですね!」


 ハアトがポーチから取り出した物、それは確かにネギだった。

 しかし、このネギはダンジョン産である。

 見た目はネギにしか見えないが、その実態は謎の何かだ。


「ダンジョンで見つけたんですけど、未鑑定品らしくて……素材ではないので別に処理して貰おうと思っていたんです」


「なるほどー……確かに、これは未鑑定品ですね。ランクも高くなさそうですが……うぅ、鑑定と聞くと恥ずかしい思い出が……」


 今はカウンターの横に立てかけられている謎の剣をチラリと見やり、カオリがうな垂れた。

 ハアトが知らずに持ち込み、カオリが勢い込んで見事に開封失敗したその剣だ。


「こ、これはここのダンジョンの地下一階で見つけ物ですから、大丈夫ですよ! うん! 多分!」


 落ち込むカオリを励まして、何とか鑑定して貰う。


「では、行きます……!」


 二つの視線がカウンターの上に突き刺さる。

 まるで少し前の出来事を再現するようだが、置かれているのは金属の光沢を持つ剣ではなく、生臭さを湛える白と緑の長ネギだ。


「封具、鑑定!」


 カオリのかざした手のひらから、じんわりと青白い光がネギを覆う。

 呼応するように、ネギの内側からも光が溢れてきたように見えた。


 一瞬の閃光。

 ゆっくりと光が消えていく。


 光の後に姿を見せたのは、変わらぬ姿のネギである。

 鑑定は見事、成功していた。


 その時の受付嬢のドヤ顔を脳裏に思い出しながら、ハアトはそのネギを目の前に持ち上げている。


 道具名、人食いネギの小枝。

 ランク、E。

 効果、触れた物の魔力を吸収して成長する。一度使うと道具としては使えなくなる。


 これが今のハアトの切札だ。

 実際に使用するのは勿論、初めてである。

 名前と効果の説明から、何が起きるのかを想像しているのに過ぎない。


 だが、圧倒的な数の暴力の前に、今はその効果を信じて託すしかなかった。


「グミ、離れないでね!」


 ネギの先端に、アクジキの刃を触れさせる。

 途端に、ネギがドクンと胎動した。

 ボコン、とネギの先端から根のような茎が伸びた。

 意思を持つようにうねるその茎は、アクジキが溜め込んだ魔力を糧に、次々に数を増やしていく。


 言い知れぬ危険を感じ取ったハアトは、押し寄せてくる緑の津波に向かってすぐさまそれを放り投げた。


 ゴブリン達の目の前に落ちたネギの茎、いや、根となるソレが地面を抉り、数倍に膨れ上がった本体を屹立させる。

 足を得たネギは、もはや樹木となってさらに枝葉を伸ばしていく。

 確かな意思を持つ枝の一つ一つが近づくゴブリンを絡めとると、そのまま締め付けては乾いた音を鳴らした。

 短い悲鳴と共に煙に変わる直前、ゴブリンの体がやけに萎んだように見えた。


 アクジキが魔法を消滅させることができなくなったという事は、恐らくは魔力が満タンになっているという事だろう。

 溜まったその魔力を全て吸ってくれれば、アクジキには再び暴食の効果が戻る。

 本来の目的はそれだ。


 つまりはこれは副産物になる。


 人食いネギとしての本来の姿を取り戻したその小枝は、阿鼻叫喚の地獄絵図を繰り広げた。

 こちらの方がよほどの暴食だ。

 ゴブリンが数を減らすのにつれて、ネギは成長を続ける。


 無慈悲な触手は離れていたマジシャン達にも伸び、やがてシャーマンにも届いた。

 笛の音色が焦りを含み、一層強く鳴る。

 増援を呼ぶその行為も、荒れ狂うネギには新鮮な餌を与える結果にしかならなかった。


 一方的な捕食という予想を超えた惨劇に、ハアトはいつも以上に高速で震えるグミを抱きしめて、一緒に震えて見守るしかない。


 そして全てのゴブリンが姿を消し、最後には巨大なネギだけが残った。


 アイテムとしての役割を終えたのか、ネギは地面にもぐりこみ、そして姿を消した。


「う、うわぁあ!?」


 同時に出口を覆っていた黒い幕が消え、背を預けていたハアトは仰向けに倒れ込んだ。


「助かった……」


 窮地を脱した。

 その感覚が遅れてやってきて、安堵した。


 ハアトは自然と、もうすぐ会える受付嬢の顔を思い出した。


「毎度ありがとうございます! って言いたいんですけど、本当にコレで大丈夫ですか?」


 アクジキを購入後、急にカオリが不安げな視線を向けてきた。


「これがベストかな、と思いますけど……何かマズいですか?」


「いえ、防具、買わないのかなーって……」


「今はカインが足りませんし、それに、攻撃は最大の防御って言いますから……」


「でも、その状態だと、いわゆる全裸縛りプレイですよ」


 制限をかけて難易度をあげる遊び方を縛りプレイという。

 なぜだろう、分かっているのに可愛い女の子に言われるとなんだかドキドキしてしまうのは。


「えと、ハアトさん? どうかしましたか?」


「いいいいえいえいえ、なななんでもないでうっ!」


 出発前のそんなやり取りを思い出しながら、ため息を吐いた。


 全身の至る所が痺れている。

 ジャージはボロボロだ。


 まさかこんな目に合うとは、正直思っていなかった。


「戻ったらまず、防具を買おう」


 ハアトはそう決心した。

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