006-3:赤土の迷宮【強襲編】③
マジシャン達の悲鳴のような雄叫びと共に、地下ダンジョンの部屋の中を二本の光が走った。
その一つは、眼前に迫ろうと疾走する人間の姿をその軌道に捉えていた。
速い。
子供同士でキャッチボールするような緩やかな速度で放たれていたヒノタマの魔法弾とはまるで違う。
目にも止まらぬ弾丸というほどの速さではないが、キャッチボールと比べるのなら、こちらは本気のピッチングだ。
光の弾は確かな熱量を持ってハアトに迫り、反射的に迎え撃つ刃の前に、弾けるようにして消えた。
「くうっ……重い!?」
消えるその瞬間、刃を伝う確かな衝撃があった。
ヒノタマの魔法とは込められた魔力の密度が違うのだとわかる。
同時、その威力を物語るかのような爆発音がハアトの背に打ち付けられた。
「グミ!」
周囲に群がっていたゴブリンごと、爆風が吹き飛ばしていた。
肌を燃やすゴブリン達がギャアギャアと喚きながら駆けまわる。
火を消そうと地面を転がるその様は思いのほかダメージを負っていないようにも見えるが、着弾点と思しき場所は地面が抉れている。
周囲に残り火が揺らめいていて、ハアトがそれが炎の魔法なのだと気が付いた。
光のように見えるのはその密度の濃さのせいか、あるいは魔法だからそういうものなのか。
直撃はかなりマズいぞ。
グミは騒がしいゴブリン達の間でプルプルと震えていた。
ヒノタマの時と言い、魔法を見ると怯えてそうなるらしい。
恐らくゴブリンの群れが壁になり、魔法はハズれたのだろう。
グミに直撃はしたわけではないようだ。
これは不幸中の幸いだろう、無事で良かった。
すぐにでも助けに行きたいが、今はそうも言ってはいられない。
まずは魔法使いを減らさなければ、グミをより危険に晒すことになる。
その距離はすでに距離は縮んでいる。
再び詠唱に入ったマジシャン達を、それが発動するよりも先に倒しきる。
ハアトは一瞬の躊躇いを振り切って駆け出した。
二体の間に少し距離は空いているが、次の魔法攻撃までにはどちらも倒せる自信があった。
そうなれば、あとはお気楽に笛を鳴らしているシャーマン本体まで一気に叩けば良い。
マジシャンの一体に肉薄し、木彫りの剣を振るった。
魔法攻撃に備えて、アクジキはいつでも振れるように構えたままにする。
マジシャンが詠唱を中断し杖を振るってくるが、遅い。
振り上げられた杖が下りて来る間もなく、その小さな首をへし折り煙に変える。
生々しい感触などすでに気にもならない。
「間に、合えっ……!」
ハアトは一体目の消滅を確認するや、躍るようにくるりと上体を捩じれば、傾きかける体のその勢いのままに地面を蹴った。
非日常的な動きであって、けれど淀みないその動きは、スキルの成せる技だろう。
取得したてとはいえ、有るのと無いのとでは大きな違いが生まれる。
目の先の杖に宿る光はまだ弱々しい。
ハアトの接近に気づいたマジシャンが、今度は慌てて魔法を放ってきた。
小さな光の弾が線を引く。
が、その速度は遅く、密度も小さい。
ハアトは余裕をもった動きでアクジキを振るい、光の弾を消し飛ばすと、そのまま距離を詰めては返す刃でマジシャンを裂いた。
動きを止めたマジシャンが煙に変わるのを見届け、この戦いの攻略をハアトが確信しかけた時、ピィ! と笛が一際大きな音を鳴らした。
すでに聞き覚えのある音だ。
部屋の各所で炸裂する光の輪から呼び出されたのは新たなゴブリンたち。
最初よりも数は多い。
その上、杖をもった姿の比率が高くなっている。
吹き鳴らしていた笛はこの時のためだったのか。
「しかもこいつ、もしかしてグミの耐性を……!?」
二十は下らない数、もっと多いだろう。
見渡すだけでは正確な数は分からないくらいだが、その中にマジシャンの姿が多くみられる。
代わりにファイターらしき姿はない。
明らかに魔法攻撃に比重が置かれている。
震えるグミに新たなゴブリンを引き付ける力もなく、ハアト目がけて殺到してくる緑の波に寒気を感じた。
マジシャン達は現れた場所から動くことなく詠唱を始めている。
勝てる気なんてしなかった。
逃げ出したいがそれも叶わず、悪あがきのように無我夢中で剣を振るった。
囲まれないようにと後退りながら、ワンパターンな攻撃を避けては反撃して数を減らす。
その合間に、魔法が割り込んでくる。
「今しかない……!」
ハアトは最初から避けると決めていた。
飛び退いたハアトの後方で巻き起こった爆風がゴブリン達を燃やし、低い悲鳴が上がる。
そうしてハアトが標的から外れるこのタイミングを待っていた。
マジシャンを仕留めるにはこのチャンスしかない。
しかし、魔法は一発では終わらなかった。
一発目を皮切りに、様々な角度から打ち込まれる。
タイミングがズレていた。
そしてそれを全て回避することなど、到底不可能な事だった。
クソゲーめ! と内心で毒吐きながらも、抗うように体は動く。
迫る魔法をアクジキで弾きながら走ることは止めなかった。
数匹のゴブリンが追ってきているが、その動きは俊敏とは程遠い。
攻撃は忘れ、魔法を防ぐこと、避ける事だけに集中する。
魔法が肩や足元を掠め、その度に痺れるような痛みが走る。
まともに戦えばマジシャン達を倒し切る前に自分が死ぬ。
シャーマンへの到達は不可能だ。
それを理解した上で、最後の抵抗を試みる。
一か八かの分が悪い賭けでも、やってみる価値はあるハズだと信じて。
ハアトはシャーマン、そしてマジシャン達とは反対の方向へを駆けた。
それは本来なら出口があるはずの方向であり、グミがいる方向だ。
「このっ……!」
背を向けてグミをペチペチしているゴブリンの後頭部を目がけて木彫りの剣を投げつけた。
後頭部に命中した剣は、しかしそのゴブリンを倒す事は出来ずに地面に転がる。
投擲は攻撃とは見なされないのだろうか、などと考えるつもりもなく、ハアトはただ注意を引きたいだけだった。
ゴブリンがハアトに視線を移し、体を向ける。
その隙間からグミの居場所を確認すると、その群れの中に一気に切り込んだ。
刃の腹で殴り飛ばすようにゴブリンを倒し、手を差し伸べる。
「おいで!」
言うが早いかグミを拾い上げ、囲まれる前にそのまま駆け抜ける。
背後から伸びた光の線がハアトの耳元を掠め、かすかに電流を感じた。
慌てて振り返った所に、再び光が見える。
「くのっ……!」
迎え撃ったアクジキの刃がそれを捉えて、そして爆ぜた。
魔法が消えなかった。
アクジキが食らったのではなく、その刃に触れて爆発を起こしたのだ。
「しまった……!」
食べ過ぎ注意。
そんな言葉が浮かぶ間もなく、爆発に吹き飛ばされて黒い幕に背を打ち付ける。
爆発の衝撃でアクジキを手放さなかった事は奇跡的だった。
おかげで、全ての条件は整ったのだ。
「ギリギリ、間に合ったよ……!」
封じられた出口を背に、目の前には数えきれない程のゴブリン達。
まさに追い詰められた形になるが、それこそがハアトの望む形であった。
目の前に、全ての敵を見渡すことができる、この形こそが。
「本当はボスまで温存しておきたかったんだけどね……!」
そんな諦念にも似た思いを溢しながら、ハアトはポーチから一つのアイテムを取り出した。
ネギである。




