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000-2:エンドロール②


 ドン、ドコドコドン。ドコドコ、ドンドン。


 ドン、ドコドコドン。ドコドコ、ドンドン。


 足元から聞こえる奇妙な鼓動に、安部心臓は跳ね起きた。


「な、なんだ!?」


 足元に目を向けてみると、見慣れた大型ディスプレイが視界に飛び込んできた。

 どうやらこの奇妙な音は画面から響いているようだ。


 ドン、ドコドコドン。ドコドコ、ドンドン。


 ドン、ドコドコドン。ドコドコ、ドンドン。


 画面上では、紫の蛍光色が幾重にも重なる大きな円を描いており、その円と円の間には複雑な模様のようなものがびっしりと敷き詰められるように描かれている。

 心臓が「まさか」と思って枕もとの時計を見やると、数字は今が昼過ぎであることを示していた。


「嘘だろ、あのエンディングまだ終わってないのかよ……」


 眠りについたのは西の空がこれから白んでくるような、そんな早朝の時間だったと記憶している。

 だとすれば、このエンディングは数時間も続いている事になる。


 心臓の記憶の最後の方ではヘビメタ的なものが流れていたはずだが、いつの間にか、民族音楽とでもいうのだろうか、荒々しい太鼓や笛のような音色で構成された、なんとなく原始的で力強い印象の曲調に変わっている。


「はっ……」


 鼻で笑うような声がでた。

 それはむしろ、呆れなど飛び越えて、すでに尊敬にも値しようか思えるほどのクソっぷりへの称賛だ。


「途中から薄々は気付いていたんだがな……」


 ここに至ってついに、心臓は確信した。


「今年のクソゲー・オブ・ザ・イヤー。コイツで決まりだ!」


 まだ決めつけるには早いと思っていた。

 世の中にはどんなクソゲーが生まれてくるかわからない。


 現に、心臓はこのゲームをプレイするほんの一週間前までは、「コイツこそが今年のクソゲー・オブ・ザ・イヤーだ!」と思えるアクションゲームをクリアしたところだったのだ。


 だが、コイツはそれを軽々と超えてきた。

 もうコレを超えるクソゲーはないと確信してしまっている。

 揺るぎないほどの確信だ。


 やり込みに手を出す気持ちなど、もはや微塵も残っていない。

 このエンディングにの長さに何か意味があるのだろうか。

 画面に映っているのはもはやエンドロールでもなんでもなく、ただの模様である。

 恐らくはゲーム本編とも無関係だろう。

 まったく見覚えがない模様である。

 このクソゲーをやり込もうとしたならば、いったいどんな苦行を強いられるというのだろうか、想像もできないくらいだ。


 そう気持ちが固まると、クリア後のセーブもどうでも良くなってくる。

 たとえセーブしなかったとしても、心臓がこのゲームをクリアしたという事実は変わらないのだから。


「先にレビューだけ更新するか。このライブな気持ちを大事にしないとな」


 一度横になってしまうと、今更ベッドから起き上がるのも億劫になり、心臓はそのままゴロンと転がってうつ伏せになると、足元からノートパソコンを引き上げた。

 スリープ状態を解除し、自身のホームページを表示する。


 ドン、ドコドコドン。ドコドコ、ドンドン。


 ハッ、ハッ、ウンボッコ!


 ドン、ドコドコドン。ドコドコ、ドンドン。


 ハッ、ハッ、ウンボッコ!


 心臓の後ろでは太鼓をベースとした力強いリズムが響いている。

 良く響く音色の合間に、掛け声のようなものが混じりはじめ、いよいよ原住民の儀式か何かでも始まりそうな雰囲気だった。

 その音は以外にも心地よく鼓膜を揺らし、心臓は良いBGM代わりだと開いたページの更新を始めた。


「さーて、これは長くなるぞ!」


 心臓が更新しようとしているのは、心臓が続けているクソゲー批評のサイトである。

 題材が題材なだけに大衆向けとは言えない内容ではあるが、それでもそれなりのアクセス数があり、ファンメールを送ってくるような好き者も少なからずいてくれる。

 批評とは言っても、要はブログのようなものだ。

 心臓がクソゲーとして目を付けた作品を買うたびに、買ったときは前情報や期待値と共に購入報告を。クリアすればそのクソゲー度を、丁寧に文字に起こす。


 もともとは「地雷」とよばれる、大手メーカーなどから一定確率で発売される一見面白そうにみえてどうしようもなくツマラナイ作品の批評を、暇つぶしがてらに書き始めたのが始まりだった。

 プレイした作品もクソゲー目当てなどではなく、純粋に面白そうだと思って購入したものだ。

 それがとんでもない地雷だったことから、同じ被害を受ける者を少しでも減らそうという善意の側面を持って発信したのだ。


 もともと好きなシリーズの作品だったこともあり、それ故に、記事には愛があった。

 ゲームそのものを完全に否定するのではなく、楽しみにしていたという愛ゆえに許せなかった点を網羅した。

 それらを伝えるために、読みやすい文章を練り、読み手を不快にさせないように批判の言葉はしっかりと吟味した。

 どうやらそんな心遣いが共感を呼んだらしく、ちらほらと記事へのレスポンスが返ってきて、それに答えるように新たなクソゲーをクリアし、サイトを更新する。

 それがいつの間にか、気が付けば心臓の生活の一部となっていた。


 ドンドコドン! ドンドン! ドコドコドン!


 ハッ、ハッ、ウンボッコ! ハアッ!


 ドンドコドン! ドンドン! ドコドコドン!


 ハッ、ハッ、ウンボッコ! ハアッ!


 ドンドンドコドコ! ドンドンドコドコ!


 サイトの記事が充実してきてからは、読者を増やしたいという思いも芽生えてきて、今まで気にしなかった箇所にも力を入れるようになった。

 それは、例えばタイトルだったり、記事の最初の一文だったりする。


 読んでもらうにはまず、興味を引かなければならない。

 けれど、嘘を書いても仕方がない。結局、読めばバレるのだから。

 それも、心臓が書いているのは批評だ。

 ただの物語ならば、読んで面白ければまだ許されるかもしれないが、批評となれば信憑性がなにより大事になる。

 タイトルから詐欺をするようでは、中身まで疑われても仕方がない。

 そのため、興味を引くための強烈なタイトルを考えることは意外と難しい。

 だからこそ、面白いのだ。心臓はそう思っている。

 できる限り興味を引くために、その記事に使えるインパクトの強い言葉を羅列し、組み合わせ、使う。


「しかし、こいつは逆に悩ませられるな……」


 なにしろ今から書こうとしている批評の相手は今世紀最強とも呼べるほどのクソゲーである。

 そのクソっぷりを最大限に表現する言葉を選ばなければならない。

 特にインパクトの強いクソ要素も具沢山すぎるほどにある。


「うーん、あんまりゴチャゴチャしたタイトルになると良くないからな……」


 たくさんの言葉の中から、ベストなものを選ばなければならない。

 微妙なクソゲー相手だと、使える言葉が少なく感じるが、コイツが相手では多すぎて悩まされる。


 ドンドコドコドンドン! ドンドンドコドン! ドコドンドンドン!


 ハッ、ハッ、アー、ウンボッコ! ハアッー! ハアッー!


 ドンドコドコドンドン! ドンドンドコドン! ドコドンドンドン!


 ハッ、ハッ、アー、ウンボッコ! ハアッー! ハアッー!


 ドンドコドンドコ! ドンドンドコドコドンドコドン!


 アァーァ、ソイヤッ! ソイヤッ!


「って、うるせーな!」


 だんだん主張が激しくなるエンディングに、心臓は思わずツッコんでしまった。

 バンと乱暴にノートパソコンを閉じると、電源を落とそうと体を起こした。


「さっさと消せば良かった……」


 少し前まではちょうどいいくらいの曲だったのに、だんだん掛け声がうるさくなってきて、記事を書くのに集中できなかった。


「はい、おつかれさま」


 バカにするようにゲーム機に声をかけ、電源ボタンを押す。


「……あれ?」


 反応がなかった。もう一度、ボタンを押す。


「なんだよ、ぶっ壊れたか?」


 何度押しても反応はなく、電源が落ちる気配もない。

 強制終了の時のやり方でボタンを長押ししてみるが、それでもダメだった。


 良く考えてみれば一週間近く付けっぱなしになっていたのだ。

 壊れてもおかしくはないのだが、よりによってこんな壊れ方はやめてほしい。うるさすぎる。


「あ、そっか」


 少しだけ悩んで、心臓は思い出した。


「こっちを消せばいいだけじゃん」


 散らかった床から拾い上げたのはディスプレイのリモコンだ。


「はい、今度こそおつかれー」


 ぴ、と電源ボタンを押す。

 これで、ゲームが起動していようとディスプレイが消えれば静かにはなる。

 はずだったのだが。


「まじかよ、こっちもか?」


 ディスプレイはついたままだ。


 ドンドコドコドンドン! ドンドンドコドン! ドコドンドンドン!


 ハッ、ハッ、アー、ウンボッコ! ハアッー! ハアッー!


 ドンドコドコドンドン! ドンドンドコドン! ドコドンドンドン!


 ハッ、ハッ、アー、ウンボッコ! ハアッー! ハアッー!


 ドンドコドンドコ! ドンドンドコドコドンドコドン!


 ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ!


 電源ボタンの感度が悪くなったのかと別のボタンも押してみるが、やはり効かない。

 ディスプレイについているボタンを直接押してみたが、それでもダメだ。


「なんだよ、これ」


 奇妙な偶然に気味が悪くなり、心臓はゲームとディスプレイ、両方のコンセントを抜いた。


「…………うそ、だろ」


 それでも、ゲーム画面は消えなかった。

 だんだんと恐怖が沸いてくる。


 ドンドコドコドンドン! ドンドンドコドン! ドコドンドンドン!


 ハッ、ハッ、アー、ウンボッコ! ハアッー! ハアッー!


 ドンドコドコドンドン! ドンドンドコドン! ドコドンドンドン!


 ハッ、ハッ、アー、ウンボッコ! ハアッー! ハアッー!


 ドンドコドンドコ! ドンドンドコドコドンドコドン!


 ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ!


 画面からはわけのわからない掛け声が響いてくる。

 そのわけのわからなさが、余計に心臓の恐怖を煽った。


 ただ、予感があった。

 次第に勢いを増していく掛け声に呼応するように、画面の模様が発光していた。

 掛け声はもはや雄たけびと化していた。


 何かが起こる。

 微かだった予感は、すぐに確信に変わった。


 アァーァァ! ヴウゥンビッチャアボォォォアォォァァァ!!


 ひときわ大きな雄たけびと共に、光が弾けた。


「うわー!?」


 爆発した光は画面を飛び出し、心臓の部屋のカーテンすらも容易に通過し、世界中へと広がっていった。


 その時、世界が、変わった。

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