005-1:赤土の迷宮【偵察編】①
階段の先に広がるダンジョンは再び暗闇に包まれていた。
これが侵入者が誰もいない状態。
いわばスリープ状態らしい。
ハアトが階段を下りると、再び松明が灯っていく。
一度目と同じように、目の前の道を真っすぐに進む。
すぐに最初の小部屋に辿りついた。
そしてそこには、何もいなかった。
「ふぅ、良かった。カオリさんの言った通りだね」
肩に乗ったグミに話しかけると、頷くようにプルンと揺れた。
「ダンジョンにはリセットのタイミングや条件が決まってるんです。ウチのダンジョンは一日でリセットされます。具体的には夜の十二時ですね。日付をまたぐとリセットです。ですから、今しばらくは一度倒したモンスターに出会う心配はありませんよ」
受付嬢であるカオリの知識は信用に値すると理解している。
だからハアトは出発前のその言葉を信用していたが、少しだけ不安があったのも本当だ。
もし、またここにグミがいたら、ペットであるグミは自分の同族と戦うことになるわけで、このゲル状の生命体がどんな思考をしているのかはわからないが、あまり気分の良いものではない気がしたのだ。
次の部屋に進んでも、やはりそこにもモンスターはいない。
奥には二又に分かれた道。
そのうちの右側の地面にはハアトがつけた矢印が残っている。
「この矢印もリセットされるのかな……?」
できれば残っていてくれた方が助かるが、そう甘くもない気がする。
このダンジョンではハアトが初の侵入者だ。
ハアト以外の他人の探索の痕跡などあるわけもなく、それがリセットによるものかの判断もつかない。
「まぁ、一応だけど宝箱の方も見てみるか」
リトルマウスの群れと戦ったその部屋には、空っぽの宝箱があるだけだった。
「まぁ、そうなるよね」
リセットされていないのだから当然だ。
わかっていた事だが、やはり自分の目で一度は確かめておきたかった。
一つ前の部屋まで道を戻り、今度は左の道へ進む事にする。
他に道がないのでそうするしかない。
「……あ、そうだ」
進むその前に、矢印を書き足すことにした。
右側の通路の入口に、宝箱を示す箱の図を書いておく。
「リセットされたら無意味なんだけどね」
道はそれまでと同じだ。
赤土で出来た壁が続いている。
ときおり松明が設置されているだけで、他には何も見当たらない。
左へ曲がった後、次は右へ曲がる。
すると、壁に突き当たった。
つきあたりからは、左右に道が伸びている。いわゆる丁字路だ。
「また分かれ道、か……。思ったよりも入り組んでいるみたいだなぁ……」
迷宮なのだから当たり前だが、ゲームのイメージのおかげでもっと簡単なものだと思っていた。
ゲームの場合、初心者ダンジョンはかなり簡単なものが多い。
場合によってはほとんど一本道だったりするくらいだ。
チュートリアルでいきなり本格的なダンジョンだったりはしない。
「やっぱり、先の様子は見えないな」
どちらの道も薄暗くなっていて、その先がどうなっているかは見て取れない。
「とりあえず、また右に進んでみようかな」
何となくだが、ハアトは左が正解な気がしていた。
だから右を選んだ。
今回は攻略が目的ではないのだ。
探索のために、あえて正解ではない道を進みたかった。
「よし、行くぞ」
グミを地面におろし、新調した剣を構えて戦闘に備えた状態で薄闇に入り込む。
ボボッと松明が点灯し、道の先が明るみに出た。
曲がり角だ。右から、今度はまた左へ道が伸びている。
慎重に進むと、開けた空間に出た。
「あっ、こっちだったのか……」
小部屋の中央にあったのは、地下に続く階段だった。
また宝箱でもないかと期待していたハアトは、少しだけ落胆してしまう。
本来なら喜ぶべきなのだろうが、今みつけたかったのはそうではない。
あぁ、ゲームでもあるよな、こういう事。
なんて思った。
「うーん、どうしようか……」
地下二階へ進むことも目標の一つではある。
どれくらい敵が強くなるのか、それを知る必要があるとは思っていたからだ。
だが、それにはまず、地下一階を探索してからでないと危険な気もしていた。
攻撃力が皆無なグミや、単体では恐れるに足りないリトルマウス。
ハアトが出会ったのはこの二種類のモンスターだけだが、他にはどのようなモンスターがいるのか、それともいないのか、それが把握できていない。
宝箱のトラップで呼び出してしまったリトルマウスの群れを突破できた事を考えると、もう一階層くらいなら下りてしまっても平気に思える。
と言うのも、あのトラップは完全に殺しに来てたと思うのだ。
実際、偶然にグミがテイムできていたから助かったようなもので、有能な囮が居なければ死んでいただろう。
だが、その囮が有能なのは物理攻撃に対してだけだ。
ポヨンポヨンと地面を跳ねながらついてくるこのペットは魔法攻撃には弱いらしい。
「よし、やっぱり他の道も見てからにしようか」
ハアトはまだ、このバグった世界に存在するという魔法を見たことがない。
ハアト自身も覚えていないし、敵も使ってこなかった。
受付嬢であるカオリも詳しくはないようで、魔法そのものに対する情報が足りていないのだ。
魔法という言葉は有名だ。
いろんなゲームで当たり前のように出てくる。
ゲームだけでなく、漫画や映画でもだ。
しかし、その中身は作品によってバラバラだ。
魔法なんて誰でも使える場合もあれば、限られた天才にしか使えない場合もある。
大したことない魔法もあれば、どうしようもない魔法もある。
気軽に使える代わりに威力が弱い魔法もあれば、使用するための制限が大きい代わりに威力が尋常ではない魔法もあるだろう。
バグが生み出すこの世界のモンスター達が使う魔法がどんなものか分からないまま、より敵が強くなる場所へ進むのは危険すぎると思ったのだ。
「小さな火の玉くらいなら避けながら逃げる事も出来るだろうけど、気軽な感じで辺りを火の海にでもされたりしたら、それはもう死ぬしかないしな……」
そんなのはゴメンだ。
この世界の魔法がどんなものなのか、できるだけ弱い浅い階層で知っておく必要があった。
ハアトは来たばかりの道を戻り、丁字路に帰ってきた。
「……よし、これで良いか」
階段を示す図を足元に残し、真っすぐと暗闇に向かう。
闇が晴れると、今度はすぐ近くに小部屋があった。
「……また何も居ないな」
初心者向けダンジョンだからなのだろうか。
なかなかモンスターに出会ない。
こうも出会わないと、もしかしてモンスターってすごく貴重な存在なのではないかと思えてくる。
辿りついた部屋からは、またしても二つの道が伸びていた。
「また分かれ道か……。このパターンだと、どっちかが宝箱か?」
階段は後ろの道にあった。
つまり、二つの道はどちらも本筋ではない事になる。
考えられるパターンは、三つくらいだろうか。
一つは、一度あったように宝箱が置かれたアタリの部屋。
二つ目は、罠が仕掛けられたメリットなしのハズレの部屋。
もしくは何もない行き止まりといったところだろう。
「なんとなく、嫌な感じがするな。なんだろう、ゲーマーの直感ってやつかな。伊達にいろんなクソゲーやってきてないし、ココは慎重に……ってグミィィ!?」
しっかり考えていたハアトを置いて、グミが部屋に突っ込んでいった。
戦闘に備えるためとはいえ、地面に放し飼いにしたのは失敗だったと今更気づく。
こいつはそういうヤツなのだ。
小部屋に入った段階で抱え上げておくべきだったのだ。
ハアトの後悔もむなしく、グミが部屋を駆け抜ける。
そして、グミが部屋の中央に近づいたその時、グニャリと景色がゆがんだ。
「な、なんだ!?」
歪みは部屋全体ではなく、部屋の中心部だけに生まれ、そしてすぐに収束して消えた。
そこに小さな火の玉のような物体だけを残して。
「あれは……?」
ハアトが素早く腕のバンドをその火の玉に向けると、思った通りにステータスが表示された。
モンスター名、ヒノタマ。
種族、魔法生物。
危険度、G。
「モンスター!? ……こいつ、隠れてたのか!」
フワフワと宙を漂うヒノタマに、構わずグミが突撃する。
どうやらグミはこの存在に気づいていたらしい。
最初からヒノタマを目指して突っ込んでいったのだ。
グミの素早い跳躍は、しかし宙に浮かぶヒノタマには届かなかった。
水に浮かぶようにフワフワと漂う白っぽいヒノタマの体がジンワリと赤みを帯びる。
ヒノタマの体全体に広がったかと思ったその赤みが、次の瞬間には一点に収束し始めた。
これは、やばい。
直感がハアトを突き動かした。
ポン、と収束した赤みがヒノタマの体を離れる。
ヒノタマが生み出した本物の火の玉が、グミを目がけて飛んだ。
当たらないというのに懲りずに体当たりを続けていたグミは、今まさに空中に飛び上がった瞬間で、偶然にもそれを回避する。
爆ぜた火の玉が赤土の地面を吹き飛ばした。
直撃していたなら、グミが耐えられたとは思えない。
これが、この世界の魔法というわけか。
ハアトは自分の選択が正しかったことを知る。
爆発による突風が収まるよりも早く、既にヒノタマは再び次弾を装填していた。
突風に煽られてプルプル転がっているグミは、次の火の玉を避けることなどできないだろう。
火の玉がポンと、反動もないような不思議な勢いで発射される。
グミへ間違いなく当たるであろうその火の玉を、割って入った衝撃がかき消した。
振るわれたのは小さな短剣だ。
駆け寄ってそれを振るったのは、他でもない勇者ハアトだ。
火の玉を弾くでもなく、ただ消し去ったその鈍い光を宿した短剣には、傷一つも付いていない。
「ふぅ、間に合ったか……」
それがハアトの新しい武器である。
手に入れたリトルマウスの素材から作った新しい武器。
短剣「アクジキ」。
「だけど、うん。ちょうど良かった……」
ハアトが再びダンジョンへと来たのは、目的があったからだ。
奥へと進むためよりも、宝箱を見つけるためよりも、何よりも。
「その力、試させてもらうよ」
今は、新たに手に入れたこの武器の試し切りのために。