004-3:受付の品揃え③
「わかりました、行きますよ。ようは倒せば良いんでしょう、そのボスを」
「で、でも、やっぱり危険すぎます!」
覚悟を決めたハアトを引き留めたのは、以外にもカオリの方だった。
「ボスなんですよ? ボス! 見つけるためには最下層まで行かないといけないんですよ? ボスなんですから!」
この世界に出現したほぼ全てのダンジョンにはボスと呼ばれる存在がいるらしい。
その数はダンジョンによってまちまちだが、少なくとも最奥の階層にはダンジョンそのものの主である大ボスが待ち構えている。
それ以外には各階層の主や、ダンジョンによっては小さな区域の護衛のような小ボス、大ボスよりも強い裏ボスが隠れている場合もあるらしい。
カオリがこの店の本来の商品、つまりはゲームソフトの出現場所として感知しているのは、その中でも大ボスの待つ最下層のフロアだ。
「ハアトさんもご存知の通り、ダンジョンのモンスター達はそのダンジョンの奥に進むほどに強くなっています。これはダンジョンのボスが持つ力の影響らしいのですが、それゆえにボスが存在するフロアの周囲は特に危険度が高くなるんです」
ボスでなくとも、地下一階のネズミ達のようにはいかないことくらいハアトにだって想像がつく。
ボスに辿りつくことすら、最下層にたどりつくことですら、今のハアトでは出来るかどうかもわからない。
「それって具体的にはどれくらい強くなるんですか?」
「えーと、それは、実は私にもわかりません。なにせ、このダンジョンに挑むのはハアトさんが初めてですから……」
ハアトがなりたての冒険者として未熟であるように、カオリもまたなりたての受付嬢だった。
ダンジョンについても全ての知識を網羅しているわけではなく、冒険者へほんの少し助言できる程度の事しかしらないのだ。
「と、とにかく! やっぱり危険すぎます! 冒険者にだってなったばっかりなんですし、それに装備だって初期のままじゃないですか。ボスに挑むなんて無茶が過ぎます!」
涙で潤み始めたその明るい瞳の奥には、後悔の念が宿っていた。
一人の少年を危険に晒そうとした自分の発言への後悔だ。
冒険者の才能とは、飽くなき好奇心だ。
冒険者としての素質を持ったハアトにも、本人の自覚の有無や気持ちの強弱はあれど、それは必ず秘められている。
ハアト自身はそれを知らないが、カオリは受付嬢としての基礎知識としてそれが分かるのだ。
だからこそ、「ボス戦」などと軽はずみな発言をしてしまったと後悔する。
「そ、そのための、カオリさんじゃないですか」
「……え?」
その後悔の念を、ハアトも感じ取った。
ハアトのやる気を感じるや否や、一転したカオリのその態度に、それが自分への心配からくるものだと理解できてしまった。
だからほんの少しだけ苛立った。信用のない自分の姿にである。
それが悔しかった。
ダンジョンを進むことは確かに危険だ。
だからといって、何もできないとは思っていない。
現に、ハアトはネズミ達の群れを突破してここに戻ってこられた。
それはハアトにとっては小さくも誇らしい出来事だった。
別にカオリに良い格好を見せたい、というわけじゃない。
ボス戦に挑むのはたまたま二人の利害が一致していただけで、そしてそれは無茶な事じゃないのだと思えたからだ。少なくとも本人はそう思っている。
ただ、もう少しは自分を頼っても良いハズじゃないかと思えたのだ。
「経験が足りないなら、このダンジョンで積むまでです! それに、装備が足りないなら集めますよ。そのための受付でしょう?」
「そ、それはそうですけど……だけど……」
そしてそれを自覚すると、大人しく引き下がるわけにもいかなくなった。
ハアトはただの引きこもりだ。
小金持ちのニート野郎だ。
クソゲー愛好家だ。
それでも、冒険者だ。
そして、男の子なのだ。
「僕に協力して下さい! だ、だって、その、僕らは、仲間じゃないですか」
納得させるため、口下手なわりには上手く言えた方だと自賛したかった。
冗談っぽく言われたカオリからの言葉を引用して、そして強調してみたキメ台詞。
少し恥ずかしかったが、噛むこともなく言い切った。
「ですから、一緒に商品を、受付の品揃えを充実……」
そしてその言葉の効果は、ハアトの予測のはるかに上回ってカオリの心を直撃した。
畳み込むように続けようとした言葉は、カオリの体に物理的に阻止された。
「にゃぁぁ! ハアトさ~んっ!!」
「え、あっ……!?」
沈んでいたカオリの表情がパァっと明るくなった次の瞬間には、カウンター越しにギュっと抱きしめられていた。
こちらも照れ隠しのつもりなのか、これまで以上に激しいスキンシップがハアトの童貞心に炸裂した。
後頭部を引き寄せられるもカウンターに阻まれて前進することは叶わず、ハアトの上半身だけがカオリの方へと引っ張られる。
つまりはお辞儀するような格好になるわけであり、必然的にその顔面は見た目の割にしっかりと育った柔らかな谷間に埋もれる形になった。
女子へのボディタッチに免疫のないハアトは、最早ボディタッチの域を軽く超えたその出来事に思考と一緒にただ固まった。
無駄に全身に力の入ったその姿は、精工に形作られた人形だと言われれば信じてしまうくらいには見事な硬直ぶりだった。
「充実させましょう! 私たち二人の力でゲームショップとしての威厳を取り戻すのです!」
「は、はひっ!」
ハアトの頭部を解放したカオリは、ガッツポーズまで作ってやる気全開といった様子で受付メニューを開いていた。
「まったくハアトさんの言う通りですよ! 受付嬢である私と冒険者であるハアトさんが力を合わせればボスなんて怖くない! さぁ、挑みましょう! われらの迷宮へ!」
再び元気いっぱいの笑顔に戻ったカオリの姿に、ハアトは心の奥がじんわり温かくなるような感じがした。
他人が苦手なハアトだが、その姿を見ていることに、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「さぁ、まずは装備を整えましょう!」
バーン! と背後に効果音でもつけそうな勢いで、いつの間にか見慣れてしまったバーチャルパネルが開かれる。
「うーん、何かオススメの装備ってありますか?」
せっかくなので何か買いたいが、買うべき装備がなかなか決まらない。
それもそのはずで、ハアトにはスキルも何もない「勇者」なるジョブが、いったいどんな戦い方を目指すべきなのかが見えてこないのだ。
「そうですねぇ、ジョブの特性にあったものがオススメなんですけど……。勇者のジョブについて、少し調べてみましょうか」
少し悩んでハアトの問いにそう答えると、カオリがカウンター上のパネルを操作し始める。
すぐに探していた情報は見つかったらしい。
「えーっと、なになに……」
カオリはコホンと小さく咳払いして、バーチャルパネルに表示されたそれを読み上げ始めた。
「勇者はあらゆるスキルを行動経験値によって取得できる万能クラスのジョブである。ただし、スキルの成長度が極めて低いため、取得したスキルの組み合わせによっては実用性の乏しい究極の中途半端ジョブとなる。器用貧乏という言葉をそのままジョブにしたような存在。らしいです……」
「悪いことしか書いてない!?」
予想以上の酷評に思わず肩を落とした。
腐っても「勇者」だ。多少なりとも期待してしまったハアトは悪くない、と思う。
「ま、まぁ、それは冒険者次第ですから! うん! きっとそうですよ! ほら、なんだって使い方次第じゃないですか!」
「うぅ、急にボスに挑む自信が……」
「そ、そうだ! ステータスは確認されましたか? アレだけの素材を集めてきたんですから、戦闘も数をこなしたでしょう。きっとジョブが成長してスキルが増えてるハズですよ!」
慌ててフォローという名の話題転換をしてくれるカオリの励ましを受け、ハアトはため息交じりに腕のバンドからステータスを表示した。
「あれ、なんか増えてる……」
確かにスキルが増えていた。
スキル、ウェポンマスタリー:剣(1)、モンスターテイム:ゲル生物(1)。
後ろの単語はそのスキルの対象だろうか。
剣のウェポンマスタリーとゲル生物のモンスターテイム。
間違ってなさそうだ。
カッコの中の数字はなんだろう。
取得したばかりだと考えると、恐らくはレベルだろうか。
レベルがスキルに与える影響がどのようなものかは謎だが、スキル自体も成長するという事なのかも知れない。
「どうですか、ハアトさん!?」
「え、えっと、剣のウェポンマスタリーとモンスターテイムというスキルが増えてるみたいです」
「おぉ、剣とテイムとは、さっそく勇者特有の器用貧乏な感じがでてますね!」
ステータスを覗き込むハアトの頭上から、褒めているのか貶しているのかわからないコメントが降ってきた。
目をキラキラさせるカオリに、ハアトはバンドを傾けて画面を見せてあげた。
「ふむふむ。えぇと、まずはこのウェポンマスタリーですが、これは武器の熟練度のようなものを現すスキルですね。要するに、このスキルレベルが高いほど対象の武器を上手に操れるというスキルですよ。勇者はちょっと例外みたいですけど、通常ならジョブの基本になるスキルですね」
ハアトはリトルマウスの群れとの闘いの中で、戦いに体が馴染むような感覚があったのを思い出した。
その時、おぼろげではあったが確かに剣の使い方が自然と理解できたような、そんな不可解ともとれる感覚が混じっていたのだ。
それこそがウェポンマスタリーの効果なのだろう。
何度も剣を振るった結果として習得されたという事だろうか。
「モンスターテイムは、まぁ、この子ですね」
言いながら、カオリがカウンターの上に転がるグミをチョコンと突いた。
「うーん、テイムなんてした記憶がないですけど、いつの間に……」
「えーっと、テイムに必要な条件は……っと、対象のモンスターとの触れ合い……らしいですね」
「触れ合い、ですか……」
そういわれると心当たりがあった。
剣で倒し切れず、いろいろと試したあげくにバスケットボール代わりにして連れ歩いていた成果かもしれない。
それともドリブルと称して何度も何度も叩き続けた事も含まれるのだろうか。
「まぁ、そのあたりが原因でしょうね。というか、普通はその状態でダンジョンを連れて歩こうなんて思わないですよ……」
「た、確かに……」
「あとは条件を満たした状態で、仲間、とか服従、みたいなテイム用の単語がキーになってペット化するみたいです」
それにも心当たりがあった。
リトルマウスと戦う時に「仲間」という単語を使ったハズだ。
その時に妙な反応があったが、アレがテイム成功の合図だったのかも知れない。
どうやら何にでも話しかけるぼっち体質が役に立ってしまったらしい。
「そうだったんですね。でも、コイツは全く僕の言う事なんて聞いてくれませんけど……」
ジッとしてろと指示した次の瞬間には敵に体当たりしていたグミである。
あの姿を見れば、まさかそれがペット化しているなんて想像もつかないに決まっている。
「それはスキルレベルの低さのせいかもしれませんね。あと、ゲル生物という種族自体も命令を効きにくい方らしいです。テイムの難易度も高めらしいですし、知らずにテイムするなんて幸運なのか不運なのか、コメントに困りますね……」
ハアトの個人的な意見としては、幸運だったと思っている。
戦闘の役に立つかはまだわからないが、何よりプルプルしていて気持ちが良い。
リラックス効果がハンパではないのだ。
一人でのダンジョン探検を考えると、癒しは必要だと思える。
その点で言うならばグミは最高のペットな気がするのだ。
少なくともリトルマウスよりはハアトに合っている。
「ちなみに、テイムのレベルが1ですから、一緒に探索できるのはこの子一匹だけになりますね。スキルレベルが上がれば指示が出しやすくなって、あとテイムできる数が増えるみたいですけど、本職のテイマー系ジョブですらこのスキルを上げるのに苦労するらしいですから、勇者の補正を考えると、このスキルはもう上がらないと思った方が良いかもしれません」
「なるほど、だったら……」
「はい! では、剣を選びましょう!」
そうして、ハアトの武器選びが始まった。




