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004-2:受付の品揃え②

「いやー、それにしてもダンジョンのモンスターが良く懐いたものですね。ハアトさん、もしかしてテイマーの素質があるんじゃないですか?」


「あ、え? そ、そうですかね?」


 カオリのおだてるような言葉にまんまと乗せられて、ハアトが照れ隠しをするようにポリポリと頬を掻いた。

 赤土に囲まれたダンジョン内という、原始的な空間の中でかなりの異彩をはなつ現代的なカウンター越しに向かい合うその二人の様子は、親しい友人同士というよりはまるで店員と客のように見えるだろう。

 事実、そうなのだ。


 ハアトはゲームを買うために、ここゲームショップ・フルカワにやって来た普通の客である。

 だが、まだ目的のゲームを購入することは出来ていない。


「って、コイツ、受付嬢さんにはすぐ懐きましたね……。僕の時はもっと暴れていたのに、受付嬢さんはモンスターが怖くないんですか?」


 二人の間に広がるカウンターの上に、ぐでーんと伸びているグミを指先でツンツンと突きながら、カオリは笑顔でそれを眺めていた。

 まるで怖がる様子はなく、その緩んだ表情はすっかり愛らしい小動物を愛でる時のそれである。


「はい、当然ですよ。だってこの子はこのダンジョンのモンスターですから」


「そ、そうなんですか。ダンジョンから帰ってきたとき、コイツを見て慌ててたから、てっきり怖がらせてしまったのかと……」


「いえいえ、逆ですよ。私が心配していたのはハアトさんです。私は襲われたりしないので平気ですから。なんてったって、このダンジョンの受付嬢ですからね!」


 ふんすと鼻息荒くドヤ顔で言われるが、何に対して誇らしげなのだろう。

 受付嬢というジョブへ誇りなのか、それともモンスターに怯えない度胸のことなのか。


「あ、そうじゃなく! あの、受付嬢さん、僕はゲームショップとしてココに……」


 また話の流れがおかしな方向に向いている。

 気付いたハアトがそう切り出して、逸れだした話を戻す。いや、戻そうとしたのだが。


「ハアトさん!」


「は、はひ!?」


 急に、赤く揺れる瞳にジッと真正面から見つめられる形になり、ハアトは思わず上ずった声と一緒に固まってしまった。


「受付嬢さん、なんて他人行儀な呼び方は止めてくださいな。私たちは、こう、なんていうんですか? このダンジョンで共に生きる、いわば仲間というヤツじゃないですか! ハアトさんがアイテムを集め、私が買い取る。そしてそのおかげで受付は成長し、新しいアイテムが売れるようになる。そして装備の充実と共に成長したハアトさんはより深くダンジョンへ潜ってい行く。そんな浪漫あふれる美しい円環の一部じゃないですか! だから、どうか私の事はカオリと、名前で呼んでくださいよ。私もハアトさんって、お名前で呼んでいるんですから!」


 隙をつくように、グミを弄っていたカオリの手がハアトの手のひらへとスルリと滑り込み、ギュっと握られた。


「あ、いえ、は、はい!?」


「はい、じゃあ、呼んでみて下さい」


「…………か、カオリ、さん」


「さん、は入りません! 私たち、仲間じゃないんですか? そんな他人行儀な呼び方……。あっ、もしかしてハアトさんは私の事、仲間だなんて思ってないんでしょうか? そうですよね、私なんてただのダンジョンの受付嬢ですから、勇敢なる冒険者であるハアトさんに比べれば私なんて、道端に吐き捨てられたガムみたいなものですよね……」


「そ、そそ、そんなことありませんよっ! 僕が冒険者になれたのだってカ、カオリさんのおかげですし……」


 急にネガティブオーラ全開になるカオリに、ハアトが慌ててフォローを入れる。


「カオリ、さん……?」


 カウンター越しに無言のプレッシャーが放たれていた。


「……………………か、カオリ」


 さん、を付け足したくなるのを堪えて俯いたハアトに、パアっとカオリの笑顔が向けられた。


「はい! 良くできました~!」


 一転して明るい声で、ヨシヨシと、母親が子供を褒める時のように頭を撫でられる。

 最早やりたい放題である。

 さすがに照れ臭くなってハアトがカウンターから逃げるもカオリは気にせずパチンと手を叩く。


「はい! じゃあ早速、仲間としての絆を確かめ合いましょう!」


 と、ハアトの眼前に本日何度目かのバーチャルパネルが広がった。

 青白く光る線が武器や防具の名前を示している。


「さぁさ、これがハアトさんのために私が用意できるアイテム達ですよ! じっくりねっとり見てって下さいな!」


「って、だから違うんですってば!?」 


 これも、もう何度目かわからないやり取りである。


 ハアトが本題を切り出そうとすると、カオリは何かと話を逸らした。

 ハアトが探していた新作ゲームを買おうとすると、必ず別の話題に、主にダンジョンアイテムを買わせようと話を誘導するのだ。

 あからさまな態度からなんとなく察したハアトだが、無理やりにでも話を進めなければきりがないので、強引に声を張り上げる事にした。


「ぼ、僕はゲームを買いに来たんですって!」


 普段から口下手なハアトである。

 それはさほど大きな声ではなかったが、二人しかいないこの空間では良く響いた。


 カオリがワザとらしく目を逸らすが、それでもハアトがジーっと視線を逸らさずにいると、いよいよといった様子でカオリがため息を吐いた。

 どうやら、ようやく観念したらしい。


 何かを覚悟を決めたような表情でガラス張りのカウンターに手をつくと、そのままゴツンと頭を下げた。


「ごめんなさいっ!」


「か、カオリさんっ!?」


 綺麗に響いた激突音も気にせず、カオリは謝罪しだしたのだ。

 急すぎる挙動に、ハアトがそれを止める間もなかった。


「ハアトさんがお探しの新作ゲームなんですけど、実は今は、商品がないんですっ」


「しょ、商品がない……? って、とにかく顔を上げてください!」


 そのままの姿勢ではいたたまれない気持ちになってしまって話どころではないため、ハアトがそういうと、額をこすりながら言われたとおりにカオリが頭を上げた。

 かなりの勢いでぶつかったためだろう、額は赤みを帯びていた。目は思いっきり涙目である。


「はい、そうなんです。ゲームショップとして、夢を売るべき我々がこんな醜態を晒したくは無かったのですが……」


 シュンと意気消沈したカオリの話を聞きながらも、ハアトの脳内に浮かぶものがあった。


「そ、そういえば、聞いた事があります。店舗がダンジョン化に巻き込まれると、その店の売り物がダンジョン内に散らばることがある、って話……」


 来る前に得ていたネットの情報である。

 ハアトがダンジョン化したこのゲームショップへ進んだ根拠でもあるその情報と同じ物だ。


 ダンジョン化した店内の商品がダンジョン内にバラバラに移動してしまうという現象はダンジョン化と共にかなり知られた現象だ。

 浅い場所なら問題なく回収できるとか、ダンジョンの奥は危険なモンスターが多いため、深くに移動してしまった商品は諦めるべきである、などといった話がニュースでも飛び交っていたものだ。


「さすがハアトさん! ご存知のようですね。 ……そう、まさにそれなんですよ」


 ハアトは「そうか」と今更ながらその可能性に思い至った。

 同じ現象がこのゲームショップでも起こっていれば、店の商品であるゲームソフトがダンジョン内に散らばっているという可能性は当然のようにあったわけなのだ。


「受付嬢としての能力なのかは分かりませんが、なんとな~くなら店の商品のある場所はわかるんです。だけど、正確に何がどこにあるか、とかまではわからなくって……」


 つまり、入荷はしていたが、それがダンジョンのどこかに移動してしまったため販売できない状態になってしまったとうこと。

 だから「今はない」状態なのだ。


「ハアトさんの探している新作も、このダンジョン内にあるのは間違いないと思うのですが、それが具体的にどこなのかまでは分からないんです。もし回収できれば、受付の販売アイテムとして並ぶハズなんですけど……」


 ハアトはカオリの言葉を聞きながら、思考した。

 状況は理解できている。

 予想外の出来事ではあったが、話はじめる前のわざとらしすぎるカオリの様子から、もしかしたら何か問題が起きているのかとも思ってはいた。

 だが、まさか肝心の商品がないとは思ってもみなかった。

 そしてそれはカオリも同様で、自分の店の商品がわずか二つを覗いて無くなっていることに気が付いたのは、ハアトをダンジョンに送りだした後の事だったのだ。


 ポコンとハアトの前に開かれたのはダンジョンアイテムとは違うパネルだ。

 そこには、武器や防具とは違う「ゲーム」というジャンルが光っていた。

 ジャンルの中身は「スーパーどかんブラザーズ」と「ドラやきクエスト」という超レトロゲーム二つだけだった。

 どちらもプレイするための本体がすでに貴重な骨董品レベルのレトロゲーだ。

 もはやコレクターくらいしか買わないだろうラインナップである。


「ほんと、ごめんなさい!せっかくカインを集めて来てもらったのに……」


「い、いえ、どうせ必要になるんですから、問題ありませんよ!」


「で、でも、ソフトがなければカインがいくらあっても……」


「だ、大丈夫ですから!」


 目の前で上下に揺れる赤い髪を、ハアトは珍しく力強い言葉で制した。


「ぼ、僕が探します! そ、その、ゲームソフトを!」


 最初から、ハアトの心は決まっていた。

 このダンジョンに足を踏み入れた時、いや、もっと前からだ。

 新作ゲームを手に入れる。

 その気持ちで家から出て、ここまで来たのだ。

 もうすぐ手の届くところにあるというのに、そのクソゲーを諦めるなんてできるわけがなかった。

 諦めるわけがなかった。


 なぜなら、ハアトはクソゲーマーなのだから。


 で、あれば、考えることはそのために何をするべきか。

 それだけだ。


「あ、その、ある程度の場所の候補はわかるんですよね?」


「あー、えーっと、それなんですけどぉ……」


 その問いに、カオリは再び、そして今まで以上にバツの悪そうな顔で答えた。

 その様子に、なにやら嫌な予感がハアトの背中を這いあがってきた気がした。


「……一番ボス部屋の宝箱があやしいかな~、なんちて」


 そしてカオリは小さな舌をペロっとだして、テヘっと笑ったのだった。

 ハアトはただ呆然とした。


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