004-1:受付の品揃え①
一度通った道には変化は見られなかった。
念のためにと地面に付けた矢印も意味をなさないほどのシンプルな道順に、ハアトは迷うこともなく入口へと戻っていく。
下りてきた階段にもすぐに辿りつき、モンスターに会うこともなく受付の階まで返ってくることが出来た。
「あら、ハアトさん! 早かったですね、おかえりなさ……って、ハアトさん!?」
ハアトが無事にダンジョンの入口まで戻ると、予想していた通りの元気な声に迎えられた。
このダンジョンの風景の中では相変わらず違和感しかないカウンターの中で、なにやらカウンターの上に走っていた視線が、揺れる赤髪と一緒に動くと、入り口に現れたハアトに向けられる。
そして、その「おかえりなさい」の言葉は驚愕の表情によって打ち消され、「首、首!」と指をさされるハメになった。
そこまでふくめて予想していた通りである。
「あ、いや、コレ、大丈夫なヤツなんで……」
「大丈夫ってそれ、モンスターくっついてるんですけどぉ!?」
まったくもってその通りだった。
始めはハアトの肩に乗っていたグミだったが、右に左にと気まぐれに移動し始めたあげく、最終的には「ど真ん中」という奇跡的な位置に落ち着いた。
その形はすでに球体でもなんでもなく、ハアトの首を背後から挟むようにして、座ったまま使える首枕みたいな感じになってしまっている。
分かりやすく言うなら「パンの袋をとめるアレ」みたいな形状だ。
首が楽なのでそのままにして帰ってきてしまった。
「え、えーと、大丈夫……なんですか?」
「は、はい。乗っかってるだけで、大人しいヤツですから」
今は、ではあるが嘘は言っていない。
「はぁ~、良かったです」
首枕になったまま動かないグミの様子にハアトが言ったことが嘘ではないことを信じたのか、カオリは安心したように大きく息を吐いた。
「私はてっきり、ハアトさんが不運にも出会ってしまった物理攻撃を無効化するスライム系のモンスターに為す術もなく首を捕食されながら逃げ帰ってきたものかと……」
カオリの口から飛び出してきたやけに詳しい状況説明にゾッとして、ハアトは首のグミを慌てて引っぺがした。
ペローンと抵抗なくはがれたグミが、挟むものを失って球体に戻る。
プルンとした体は手から逃げる様に離れると、カウンターの上に飛び乗った。
「大丈夫ですよね!? 僕、た、食べられてませんよね!?」
ハアトが首元を見せながら聞くと、何やら様子のおかしい返事が返ってくる。
「え、あ、はい! だ、大丈夫、です……ぷふっ!」
何事かとカオリの様子を見れば、カオリはその顔を真っ赤にしながら両手で口元を隠していた。
そのプルプルと小さく震える肩を見て、ハアトはようやく自分がからかわれたのだと気付く。
「ご、ごめんなさい。そんなに慌てるとは思わなくて……。あ、でも、先に驚かせてきたのはハアトさんの方なんですからね! そんな風にグミを装備してくるなんてズルですよ!」
ひーっと笑いを堪えきれないといった表情で、小さく舌を出して謝るカオリの可愛らしい仕草に、ハアトは何も言えずに俯いた。可愛さが反則的だった。
なにより、当たり前のように名前で呼ばれるのに、恥ずかしいようなムズかゆいような、そんな妙な感覚がしてしまう。
ちなみにグミはそんな捕食の仕方をしたりはしないので安心して良いらしい。
「ア、アイテム取ってきましたから、見てください!」
恥ずかしさを誤魔化すように、アイテムポーチから手に入れた素材達を引っ張り出してはカウンターの上に置いていく。
ポーチの中に広がる暗闇に手を突っ込むと、取り出したいアイテムの方から手に吸い寄せられるようにして掴むことができる。
今までの世界の科学ではなしえないような不思議な感覚を楽しむ余裕もなく、ハアトはただ次々に取り出した。
「あ、はーい。うわぁ、すごい! けっこう集めましたね!」
カウンターの上には「リトルマウスの粗皮」が三枚と「リトルマウスの細尾」が四つ。そして「リトルマウスの前歯」が一つ置かれた。
リトルマウスを二十匹くらい倒して得られたアイテム達だ。
素材が八個と、その他にカインが二枚だった。
モンスターを倒した時にドロップがあるかどうか、確率で言えば五分五分といった所なのだろう。
「全てこちらで買い取ってしまって良いんですか?」
「あ、はい」
「かしこまりました~!」
笑顔でそう言うとカオリの視線が右上に向かう。
何もないと思っていたそこには、大きなウインドウが広がっていた。
ハアトの腕のバンドから浮かび上がるのと同じ、青白く発行する線で構成されたそれは、ダンジョンの受付嬢の専用パネルのようだ。
ハアトも冒険者というジョブになった事でそれが見える様になったのだろう。
「ではでは、Gランク素材が八点で、占めて60カインになりま~す!」
「はい、わかりました……って、えぇ!?」
「ひゃぁ!? ど、どうかしましたか!?」
驚いたのはハアトだったが、思わず上げた大声にカオリまで驚きだす。
ハアトが驚いたのはその金額だった。
浅い階層のわずかな探索だけで目的を達成してしまったらしい。
まさかカインがこんなに簡単に集まるとは思っていなかった。
「え、えーと、ほんとにその金額ですか?」
「はい、これが普通の相場みたいですね。詳しく明細を出しましょうか? リトルマウスの素材なら、粗皮が一枚で5カインです。細尾も同じく一枚5カインで、前歯が一つ25カインになってますね!」
手持ちの2カインと合わせると、合計で62カインだ。
35カインの新作ゲームなら二つ買える、とまではいかないが、余裕で買っておつりがくる額にはなってしまった。そもそも二つ買う意味なんてないからいいのだが。
「あ、もしかして安すぎましたか?」
カオリが不安そうな顔をしながらそう聞いてきた。
「い、いえいえ! 買い取り、お、お願いします!」
真逆である。
首がちぎれそうな勢いでカオリの問いかけを否定すると、そのまま買い取りをお願いした。
「では、買い取り!」
掛け声と共に、カオリはレジスターから引っ張ってきたバーコードリーダーを次々と素材にかざしていく。
その動きに合わせ、素材が手品のように消えていった。
素材があった場所には、代わりとばかりにカインが並んでいた。
粗皮と細尾の場所には五枚が、前歯のあった場所には二十五枚のカインがそれぞれ綺麗に積み上げられ、特に前歯の場所には高いカインのタワーが出来ていた。
「ほいっと、どーぞどーぞ。お納め下さい」
カオリは芝居がかった口調で大げさに頭を下げながら、カウンターのカインタワーを一か所に集めて寄せてくれる。
「あ、そうだ。これ、アイテムポーチのレンタル代です」
そういって、カインを一枚だけつまみ上げると、カオリはそれをレジスターの中になおしこんだ。
アイテムポーチをレンタルした時に最初に説明を受けていた事だ。
一度の探索につき、レンタル代としてカイン一枚が必要になる。そしてそれはダンジョンから無事に帰還する度に回収される事になっていた。
かなり有能なアイテムだからしかたない経費だと割り切ったつもりだったが、それは予想以上に安いものだった。
払っても新作ゲームを買うのになんら支障がない。
「あ、ちなみにアイテムポーチ、五カインで買えますけど、どうしますか? 今のハアトさんなら楽勝で買えちゃいますよ!」
「たた、たったの五カインなんですか!?」
安い! と思わず反応してしまう。
なんだか良いお客様にされている気がするが、今は深くは考えないことにした。
「アイテムポーチとしては最低ランクですから。容量もかなり小さめですし、お財布機能とかもありませんからね」
なるほど、と頷いてから少しだけ考える。
正直言って安いと思った。
一枚余分にネズミの皮なり尻尾なりを拾って来れば良いだけだ。
というより、欲しかった新作ゲームさえ手に入ればカインは不要である。
ケチる必要性がまるでないのだ。
「か、買います!」
勢いよく返事をして5カインを差し出すと、「まいどあり~!」とカオリが相変わらずの元気いっぱいな笑顔で返事をしながら店のパネルをちょちょいと操作した。
「はい、これでレンタルが解除されましたから、そのポーチはハアトさんのものですよ!」
「あ、ありがとうございます!」
ダンジョンの中でその便利さは痛感していた。
それが自分の物になり、なんだか嬉しい。
「あ、武器もどうですか? カインは十分足りますから、いろいろ見て行って下さいよ。いろんな種類がありますよ~!」
「あ、そ、そうですか? えっと、どれどれ……」
カオリが見ていたものとは別に、ハアトの前にも大きなパネルが出現する。
広げた新聞紙くらいの大きさのパネルの右側に、いくつか武器らしき名前が並んでいる。
それは「木彫りの剣」から始まり「木彫りの斧」や「木彫りの槌」、「木彫りの槍」などの「木彫りシリーズ」だ。
カオリがやっていたように、見様見真似で試しに「木彫りの斧」をタッチしてみると、詳細が開いていた左側に表示される。
「おぉ……」
左上には武器の画像まで表示され、下に細かな説明も書いてある。かなりわかりやすい。
画像をタッチしたまま動かすと、向きも買えられた。
細かいところまでしっかり作ってあるぞ。ゲームなら良ゲーだな。
などとゲーム脳な事を考えながら武器の性能を確認していく。
説明によれば、斧は攻撃力が高いが、その分、小回りが利きにくいようだ。
槌は斬撃属性の斧を打撃属性にしたバージョンといった感じ。
槍はリーチの長さが特徴だが、やはり小回りは利きにくい。
剣は攻撃力やリーチなどは控えめだが、何より小回りの利いた隙のない戦いが長所となっている。
そう考えると小回りが利く「木彫りの剣」が今のところは使いやすくて良い感じかもしれないな。
実際、戦闘に関してはこれ以上の攻撃力も必要なさそうだったし……。
「って違ーう!」
我が物となったアイテムポーチを愛おしそうにさすりながら武器の説明を読んでいたハアトが急にハッと我に返った。
そして思わず自分で自分に突っ込んだ。
「ひゃあう!?」
「あっ、す、すいません!」
その声にまたしてもカオリが驚いた。
慌てて口を閉じてペコペコと謝る。
そうじゃない。
何を考えているのか。
もうダンジョンに向かう必要もないのだから、武器を買う必要なんてないのだ。
ハアトは思い出したのだ。
そうだ。
ハアトはクソゲーを買いに来たのだ。




