003-4:赤土の迷宮【邂逅偏】④
木彫りの剣が最後の一匹を薙ぎ払うと、パン、パン、パン、と聞き覚えのある破裂音が部屋に木霊した。
アラームの音だ。
ハアトはその音にビクリとして部屋の周囲に視線を向けるが、新たなモンスターが現れる様子はなかった。
逆に、さきほどまでポッカリと壁に開いていた穴が潰れるようにふさがっていくのが目に入る。
今回の音はどうやら、部屋のトラップを突破したことを知らせる合図のようだ。
「ふぅ~……」
戦いの緊張感が途切れたせいか、ハアトはふいに力が抜けてその場にしりもちをついた。
「なんとかなったか……」
モンスターの死体は残らない。
血などの体液のあとは残るが、体は倒すと同時に煙のように溶けて消えてしまうからだ。
ハアトの周囲に残っているのは、点々と残る巨大なネズミの血の跡と、いくつかの小さな革の袋だった。
ゲーム的に考えるなら、モンスターを倒した時に得られるというアイテムがそれだろう。
「うおっと」
ペチーンと、背中に体当たりしてくる物があった。
振り返るまでもなくグミである。
「まったく、おまえはハチャメチャだな……。けど、おかげで助かったんだけどさ」
お礼とばかりにプルプルボディ撫でてやると、グミはそれを大人しく受け入れた。
予想外の反応にちょっとドキっとする。
リトルマウスの大群相手に共に戦ったおかげだろうか、今までよりも大人しい気がした。
そもそも、リトルマウスとグミが敵同士なのかどうかは知らないが、少なくともこのグミは戦闘においてはやる気まんまんだった事は間違いない。
モンスター同市でも争うのだろうか、謎である。
グミを抱えるようとすると、その手を伝って肩によじ登ってきた。
大きさの割に重さはなく、ペッタリとくっついているので落ちる心配もなさそうなのでそのままにしておく。
ひんやりとした肌触りが、戦いで火照った体に気持ち良く馴染んだ。
「とりあえず、戦利品とやらを見てみるか?」
もはや当たり前のようにゲル生物に話しかけながら、周囲の袋に近づいて拾い上げてみる。
それは手のひらよりは少し大きいくらいの袋で、見た目の大きさよりもずいぶんと軽かった。
荒くなめされた皮の袋は、巾着袋のように上だけ紐で閉じられている。
紐を引いてみると、それを待っていたかのようにスルリと開いて中身が覗いた。
「これは……ネズミの皮か?」
見覚えのある色合いの皮だった。リトルマウスの体と同じ色をしている。
ささくれだった毛に覆われていたあの体皮をしっかり処理すれば、こんな皮の素材になりそうではある。
グミも、うにょーんと体を伸ばして袋の中を覗いているが、特に反応はなかった。
興味なさげに肩に戻っていく。
そもそもグミに目はあるのだろうか。
見た目以上にゴワゴワしたその皮を袋から取り出し、腕のバンドを向けてみる。
アイテムを取り出した途端に袋は消えたが、もはやそういうものなのだろうと納得する。
バグの世界に順応しているハアトだった。
「たしか、アイテムの説明も見れるんだったよな」
ステータ表示とつぶやくと、パッとバンドが光る。
素材名、リトルマウスの粗皮。
ランク、G。
「……今まで以上にシンプルな説明だな。にしても素材か」
たったの二行の表示に思わず「うーん」と唸る。
素材ということは、恐らくはそれを加工するジョブがあるのだろう。あるいはスキルだろうか。
武器か防具か、あるいは道具にでもなるのだろうか。
今までの世界でならバッグにでもなりそうなものだが、ダンジョン化した世界ではどうだろう。
「だったら、素材のままじゃ価値が薄いかもなぁ……」
名前に「粗」とかついている時点で察するべきだろう。
ランクも最低だが、もとになったモンスターを考えれば、妥当ではあるかもしれない。
他の袋も見て回ると「リトルマウスの前歯」や「リトルマウスの細尾」と言った同じようなランクG素材がいくつか出てきた。
数で考えれば「前歯」が多少なりともレアなようではあるが、ランクは同じGだった。
期待はできそうにない。
そしてハアトを喜ばせたのは、それらとは全く別の物だった。
「これは……カインじゃないか!」
五百円硬貨くらいの金色のコイン。
受付嬢に見せてもらったものと同じ女性の顔が刻まれているそれは、まさにハアトが求めている物そのものだった。
たったの二枚ではあるが、目標に向かって確実に前進した手ごたえを感じて思わずガッツポーズまで出てしまう。
「っと、肝心なコイツを忘れてたな……」
部屋の奥に鎮座するのは開け放たれた宝箱だ。
中身を拝む前に戦闘になったため、未だに中身はわからないまま放置していた。
期待に胸を躍らせながら、それを覗き込む。
宝といえば宝石だろうか。黄金の山でも良いな。
金塊がでようと、ダンジョン産なら買い取ってもらえるだろう。
てっとり早くカインの山でも大歓迎だが。
それとも、ダンジョンといえばの上位装備もあり得るな。この際だから高価な素材でも良い。
もうカインになれば何でもいい。
膨らみに膨らんだそんな期待を込めた視線で、ハアトはそれを見た。
「…………」
ハアトは沈黙した。予想外のそれに、とっさの言葉が出てこなかったのだ。
「……えーと、ネギ?」
ネギである。
一本の細長い白と緑のそれは、どこからどう見てもネギだった。
「はは、まさかな」
ダンジョンにネギはないでしょう。小さく笑ってバンドをかざす。
バンドが光って答えを示した。
「未鑑定品」
「いやネギだろう!!」
思わず突っ込んだ。
まさかの未鑑定品である。
かろうじてわかるのはジャンルがアイテムだということだったが、ハアトは「食材の間違いでは?」と本気で疑った。
白と緑のコントラスト。苦味と酸味をかもす独特の臭い。
完全にネギだ。
ハアトの知ってる万能野菜だ。
鍋や味噌汁にはじまり粉物、炒飯、焼き鳥にまで何にでも合うイカしたヤツ。
日本人の食卓の友だ。
「ま、まぁ、一応、受付嬢さんに鑑定してもらうか……」
もしかしたらすごいレアアイテムかもしれない。
ダンジョンネギ、ランクS、とか。それはないか。
自分で言ってて虚しくなってくる。
うん、とにかく気持ちを切り替えよう。
「とにかく一度、この素材たちを換金しに戻ろうか」
バンドの性能では素材の換金額までは分からない。
素材は受付で買い取ってもらえるらしいから、少なくとも無駄にはならないハズだ。
どれくらい素材を集めるべきかの指標を得るためにも、ハアトは一度、ダンジョンを戻ることにした。
受付嬢からレンタルしたウエストポーチの形をした「アイテムポーチ」に素材とネギをなおしこみ、バンドを確認する。
不思議な固有の異空間を持つというこのポートは、見た目以上にアイテムを収納できる。
収納物はダンジョン産のものに限られるが、「ゲームショップ・フルカワ」の紙袋よりははるかに便利で、ダンジョン探索にはうってつけだ。
レンタルポーチ容量、残り十一。
こうしてバンドを通してどれくらい入るのかが分かるのも特徴だろう。
ついでに中身も簡単に把握できるから本当に便利の極みである。
容量は二十。
基本は一つのアイテムで一の容量を埋める。
収納するアイテムの大きさによっては一つで二とか三とか圧迫するらしいが、リトルマウスの素材に関してはそんな心配もいらないようだった。
中身がネギ臭くならないかは少しだけ心配だったが、帰り道にモンスターと遭遇する可能性も考えると、ネギを持ったまま戦うわけにもいかなかった。
もしネギ臭くなったら、うん、その時はその時だ。
売値が下がったりしない、よな……?
「……よし、準備オッケーだな」
いろいろと心配ではあったが、ハアトは慎重にもと来た道を戻り始めた。




