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003-3:赤土の迷宮【邂逅偏】③

 巣穴のような穴から飛び出してきたリトルマウス達が入口を塞ぐように広がっていく。

 背の低い灰色の壁は明らかな敵意を持ってハアトの前に立ちふさがった。


「……これ、出てきすぎ!」


 仲間を呼ぶ。ゲームではわりとポピュラーな技だろう。

 弱いモンスターには付き物な技でもある。

 ハアトもいろんなゲームでその技を見てきたが、だからといってこんなに増援が出てきたことはなかった。


「これが入門用って、おかしいぞ!」


 明らかに初心者が相手にする数ではない。

 もしこれで入門用をうたうのなら、間違いなくクソゲーのやることである。


 新しく増えた穴だけではなく、最初に開いた穴の方からもリトルマウスは増えてきて、驚く間もなくハアトはネズミの群れに完全に包囲された。


 この数、まともに戦って切り抜けられるものなのだろうか。

 モンスターの攻撃力を知らないままのハアトだが、リトルマウスの鋭い前歯や爪を見れば、ただでは済まない事くらいは想像できた。


 リトルマウスたちは二十匹ほどまで増えるとそれ以上は出てこなくなった。

 かわりに、ジリジリと包囲網を縮める様に近づいてくる。

 広かったはずの空間がやけに狭く感じられ、ピリピリと肌の薄皮を焼くような緊張感が場を支配していくようだった。

 リトルマウスが群れから一匹でも飛び出せば、後は乱戦になるだろうとハアトは予感した。

 それは乱戦というよりは、ネズミ達による一方的な狩りになるかもしれない。


 そうはいくか、と剣を持つ手に力をこめる。

 剣が当たれば一撃だ。すでに一匹は倒した。

 その敵を倒せるという自信を薪にして、闘争心に火をくべる。


 アイテムさえ手に入れて脱出すれば、求めていた新作ゲームが手に入るのだ。

 まだダンジョンに入ったばかりだというのに、こんなところでやられるわけにはいかない。

 なによりあらゆるクソゲーを、千種万別の理不尽を乗り越えてきたゲーマーとして、宝箱の罠などという初歩的な仕掛けに引っかかったマヌケな自分も許せなかった。このまま終わるなんて屈辱的すぎる。


 状況は危機的だ。だからこそ、絶対にこのピンチを潜り抜けてやるという思いが燃え上がった。


 ネズミ達よりも先手を取り、一匹でも数を減らす。

 そう決めたハアトが剣を振り上げる。


 それより早く、一匹の影が飛び出した。


「~~っ!?」


 グミだ。


 ハアトの背後から跳び出すと、目の前のネズミの群れに躊躇なく飛び込んでいく。

 恐れ知らずのその振る舞いに、思わず「またお前か!」と叫びそうになるのをこらえて、ハアトは気持ちを切り替えた。

 突然の事態に反応が遅れてしまったが、グミの突撃により、戦いの火蓋は切って落とされたのだ。

 リトルマウスの攻撃がグミを襲う。


 いや、これはチャンスだぞ。


 グミに殺到するネズミ達を見て、ハアトは冷静さを取り戻した。


 予想外の展開ではあったが、グミの暴挙とも思える行動によって事態はハアトにとって好転したのだ。

 ネズミの群れはハアトを差し置いてグミを狙っている。

 そのグミはというと、物理攻撃に対しては無類の耐久性を誇っている。

 早い話が、最高の囮である。


「よし……!」


 ならば、とハアトは体を捻り、背後のリトルマウス達と対峙する。

 前後に十匹ずつは居たハズのリトルマウスだが、その大半は今は派手にグミとじゃれあっている。

 飛びかかる機を伺っていたのか、出遅れたのか、ハアトの背後に残っていたのはわずか三匹だけだった。


 乱戦になる前にと、ハアトは悩むことなくその三匹に駆け寄った。

 まずは背後を綺麗にして、包囲を解く。

 グミを助けるのはあとでも何ら問題ないだろう。


 ハアトが放つ攻撃の意思を感じ取ったのか、リトルマウス達も「ギィ!」と一鳴き、勢いよく跳びかかってきた。

 真正面、横なぎに振るった剣の先が、一匹の腹を捉えて吹き飛ばす。

 三匹とも薙ぎ払うつもりで振るったが、そう上手くはいかなかった。


 残ったリトルマウス達の鋭い前歯が、ハアトを襲う。

 ハアトはそれを、振り抜いた剣の勢いのままに、倒れ込むようにしゃがんで避けたが、一匹の前歯の先が肩をかすめた。

 ジャージが引き裂かれ、グンと引っ張られるような衝撃と共に、強烈な静電気を感じた時のような瞬間的な痺れが肩に走った。


「うぐっ!」


 それは、ハアトが初めて受けた「ダメージ」という感覚だった。


 それはただの衝撃とは違う。

 モンスターによる攻撃は、それを受けた相手にバグの影響を与える。

 無力な人間相手ならば、ただの一撃でも命を奪いかねない威力。

 それが「ダメージ」にはあるのだ。

 受付嬢から予め説明は受けていたハアトだが、そのどんなにわかりやすい説明よりも、たった今わずかに受けた「ダメ―ジ」がその恐ろしさを明確に教えてくれた。


 グミのせいで侮っていた。

 グミの攻撃力の低さがおかしいのだが、ハアトはモンスターの攻撃の恐ろしさを再認識し、同時に距離を取る。

 痺れて落としかけた剣を握り直し、振り返る。


 現状では、二体一すら危なっかしいくらいだ。


 離れて相手の動きを見る。

 リトルマウスは二匹同時に追ってきていた。

 二匹は息を合わせる様に同時に飛びかかってくる。


「……今なら!」


 横にズレてその攻撃をよけながら、そのうちの一匹を剣で返り討ちにする。

 空中からなら急な攻撃を受けることはないだろうとの咄嗟の判断だったが、それが正解だった。

 残ったもう一匹から視線を外さないよう、すぐに振り返る。

 飛びかからせる間もなく、振り返った体と一緒に返した剣先が、リトルマウスの首をへし折るように地面に叩きつけて煙に変えた。


「よし!」


 目下の脅威を排除した安堵からこぼれたその声は、ハアト自身が思っている以上に力強いものだった。

 一匹、一匹と倒すうちに、妙に体が戦闘に馴染んでいくような感覚があった。

 モンスターだろうと何だろうと、対等以上に戦えるという不可思議な自信が体に染み込んでいくような感覚だった。


「グミは……あれ、無事なのか?」


 振り返れば、グミは十匹以上のリトルマウスに次から次に攻撃されていた。

 ほとんどおもちゃ状態である。だが、相変わらず攻撃を受けてもプルプル跳ねて受け流すばかりで傷を負っているようには見えない。

 無事、なのだろう。恐らくは。


「……いててっ」


 攻撃を受けた肩に触れると、小さな痺れが残っていた。

 傷口に出血などはないようだが、「ダメージ」の感覚はまだ残っている。

 肩に受けたその「ダメージ」を思い出すと、さすがにグミが心配にもなってきた。


「どうせ無事なんだろうけど、とにかくやるしかないか……!」


 これだけのリトルマウスの数に総攻撃を受けても無事なのは、まさしくそれがグミだからだ。

 ハアトが同じように狙われたなら、そうはいかない。

 それは良く理解した上で、ハアトはグミから遠い位置にいるリトルマウスから数を減らしていくことにした。


 このネズミ達、すばしっこそうに見えてそうでもない。

 剣を振れば簡単に攻撃があたる。


 ハアトは確実に一匹、また一匹と仕留めていった。

 グミへの攻撃に集中しているリトルマウスを不意打ち気味に攻撃するだけの簡単なお仕事だ。


 数が減ってくると、今更それがハアトの仕業だと気が付いたのか、攻撃を仕掛けられる事が増えてきた。

 一匹だけなら簡単に返り討ちにできたが、二匹、三匹となるとそうもいかない。

 それも、リトルマウス達がいつハアトに攻撃目標を切り替えるのかが分からなかった。

 ついさっきまでグミとじゃれていたはずのリトルマウスが急に飛びかかってくるのだから、ハアトにとっては恐怖の一言である。


 注意しながら攻撃していたハアトだが、気が付けば四匹に狙われていた。

 グミの方も数匹と戦っている。

 ネズミ達も残りは少ないが、ここに来てハアトの息も上がってきた。

 ズシリと重しのような疲労感が体に乗ってくる。


 四匹が相手になると、攻撃の隙もなかなか無い。

 おのずと回避に専念する格好になるが、その回避の動きすら疲労から鈍くなっている。


 ちょっと、ヤバいな。


 そんな危機感が、疲労からとは違う冷たい汗を流させる。

 剣を持つ手にもジットリと汗が滲んでいる。

 とにかく、まずは一匹減らそうと、ハアトは下がり気味の動きで四匹の姿を逃さないように視界に捉え続けた。

 一匹での先行、あるいは遅れて動いてでもくれれば、そこを狙うつもりだ。

 次々に飛びかかってくるリトルマウスの攻撃をかいくぐり、チャンスを待った。


「ギギィ!」


 そしてチャンスは唐突に訪れた。


 一匹が飛びかかりの着地に失敗し、倒れ込んだのだ。

 転がるそいつに次の一匹が突っ込むような形になり、二匹がもつれてさらに転がっていく。


 三匹目の攻撃をかわすと、四匹目を避ける必要はなかった。


 振るった剣で返り討ちにし、三匹目に振り返って追撃する。と、そこで剣がすっぽ抜けた。

 汗で手が滑ったのだ。


「あっ!? しまった……!」


 やっと訪れたチャンスを逃すまいと焦りすぎた結果だった。

 武器を失ったハアトに、リトルマウスが鋭い前歯を向ける。

 かすめた肩を思い出し、ぞっとする。

 直撃ならば、いったいどれほどの「ダメージ」に襲われるのか、想像すらできない。


 思わずぎゅっと目を閉じたハアトの耳に響いたのはペチーンという柔らかい音だった。 


「グミ……!?」


 襲い来るリトルマウスに、グミが突っ込んでいた。

 ダメージはないが勢いはあるらしく、リトルマウスを弾き飛ばしてくれる。

 その隙を逃さないよう、慌てて剣を拾いなおすと、再び向かって来ようというリトルマウスに叩きつけた。


「……お、お前、助けてくれたのか?」


 そうとしか思えない動きに、思わずキュンとする。

 ハアトは跳ねながら近寄ってくるグミを受け止めようと両手を広げた。


「こいつ、かわいいやぷふっ!?」


 ペチーンとハアトの顔を踏み台にし、グミは再び残ったリトルマウスに突撃していった。

 好き勝手に体当たりしていただけである。


「こ、このやろー……!」


 ハアトは一瞬でもグミに感謝しかけた自分を呪った。

 そして後でブン殴ってやると心に決めた。どうせ効かないのだけれど。

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