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003-1:赤土の迷宮【邂逅偏】①

2016/10/01 サブタイトルを「赤土の迷宮」から「赤土の迷宮【邂逅偏】」に変更しました。

「少し奥へ進むと下の階層へ続く階段がありますから、まずはそこを目指して見てください。そこから先が本当のダンジョンですよ!」


 出発の間際に受けたいくつかのアドバイスの内の一つはそんな言葉だった。


 言葉の通り、階段はすぐに見つかった。

 受付があるこのフロアにはモンスターは出てこないらしい。


 大人でも三人くらいなら楽に入るくらいの幅の通路よりも一回りだけ大きく開いた小部屋のような空間の真ん中に、通路と同じくらいの幅の階段があった。

 階段の下は薄暗く、中の様子はうかがえない。


 ハアトは「よし、行くぞ」と覚悟を決めて足を踏み出すした。

 赤土を踏みしめ、薄暗い階段を踏み外さないようにゆっくりと階下に降りていく。


 受付嬢であるカオリの説明によると、このダンジョンは地下へ地下へと進んでいくダンジョンらしい。

 最下層である地下五階には危険なボスが待ち構えているらしいので、一人で挑むのは止めておくように釘を刺された。最初からそんな気はないのだが。


 受付フロアも地下のように思えたが、ダンジョンとしては一階という扱いになっているそうだ。

 受付を含めても全六階層という大きさはダンジョンとしては小さな部類だそうで、カオリいわく「初心者にオススメの入門用ダンジョンですよ!」とのこと。


 階段の先に辿りつくと、自動的に壁に掛けられた松明に光が灯されていく。

 そこには代わり映えのしない赤土の迷宮が広がっていた。


 入門用の第一階層、まさにダンジョンの始まりだ。


 手にした木彫りの剣に自然と力が入る。

 両手で持つような重さでも大きさでもなく、利き手である左手にそれを持つ。

 何も持たない右手を持て余し、盾でもほしい気持ちになった。


 階段を下りた先には真っすぐと一本道が伸びていた。

 その先は曲がり角なのだろう、土の壁までの間にはなにもなく、モンスターの気配もなかった。


 地下だからなのか、少しだけジメっとした空気が流れてる。

 雨上がりのような湿った土の臭いがするだけで、ダンジョンやモンスターという単語を忘れてしまえば、そこはただの綺麗な洞窟のようにも思えた。


 赤土に囲まれた道を進む。左へと曲がる角までたどり着くと、その先には今までよりも大きく開けた空間があった。


「地下にこんな空間が……」


 その大きさに思わず声がでたほどだった。

 ネットの情報などにもその異様さを伝えるものはあった。

 ダンジョンの広がり方は物理法則を完全に無視しているという。地下に青空や海が広がっていたという目撃証言まであるらしいから驚きだ。 


 空があるわけではないが、小部屋の天井は通路よりもかなり高かった。

 明かりは通路と同じ高さにしか設置されていないらしく、天井は薄暗い。

 何かが潜んでいても、注意して確認しなければ気づけないだろう。


 ハアトの注意は天井よりも床に向けられていた。


 辿りついた部屋の中央に、それはいた。

 プルプルと体を揺らしながら小さく飛び跳ねているのは水っぽい塊だ。

 水の塊としては異常だが、大きさはさほどない。バレーボールより少し大きいくらいだろうか。


 モンスターだ。

 ハアトの心臓がドクンと跳ねる。


 プルプルした大きめの水玉は、ハアトに向かってくるわけでもなく動いたり止まったりを繰り返していた。

 どうやらまだハアトは敵に気付かれていないらしい。

 それを確認して、一度、深呼吸して自分自身を落ち着かせる。


 カオリに教えてもらった助言を思い出し、その物体にバンドをかざすと「ステータス表示」と心の内に呟いてみる。

 バンドが反応し、モンスターのステータスが表示された。


 わざわざ口にしなくても良いのなら最初から教えてくれと苦情の一つでも言いたかったが、いたずらっぽく舌を出して謝る受付嬢の姿が浮かんで、そっこうで許した。


 気持ちを切り替えて宙に浮いた半透明のウインドウを確認する。


 モンスター名、グミ。

 種族、ゲル生物。

 危険度、G。


 スライムかと思ったモンスターはグミという名前らしい。

 どこかで聞いたような名前だった。お菓子のグミのことだろうか。

 グミにしては大きいが、確かにやわらかそうな見た目は似ている。


 種族はゲル生物となっている。名前から察するに、スライムのような見た目の生き物が属しているのだろう。確かにゲル状と言われればそうだ。

 ハアトの知っているものは勝手に動いたりはしないものだが。


「よし、行くぞっ」


 危険度のランクはG。

 受付嬢が「ほぼ最低装備」と言っていた木彫りの剣のランクが同じGなのだから、危険度も最低ランクだと思っていいだろう。


 入門ダンジョンで最初に来訪者を待つ最弱クラスのモンスター。

 出来すぎなくらいのシチュエーションだ。


 見た目にはそうは見えないが、手にしたこの木彫りの剣は、ハアトが家ね巨大ナメクジを一撃で倒したあの剣の三倍の攻撃力を持っていることになっている。

 恐らくはバグの影響の一つなのだろう。今更何が起こっても驚かない。

 丸みを帯びてすら見えるこの刃が、いったいどれほどの力を秘めているのだろうか。

 ハアトはワクワクしていた。


 開けた部屋に足を踏み入れると、そのまま駆け出した。

 部屋の中央にいるグミが、ハアトに気づいたかのようにビクンと跳ねる。その時にはもう、ハアトは小さな剣の間合いにまでたどりついていた。


 その剣を、試し切りとばかりに思いっきり振り下ろした。


 グニンと、ひどく柔らかい感触が手に伝う。

 その感触は、切れた、という感触とはまるで違った。水風船を剣先で押しつぶしているような感覚だ。

 そのまま水風船を破裂させるようなイメージで押しつぶす力を籠めると、グミは地面と剣の間からプルンとすべり抜けた。


「おわぁ!」


 地面との間に挟んでいた弾力を失って、剣が地面を打つ。

 そのまま勢い余ってハアトは前のめりに倒れ込んだ。

 慌てて起き上がろうと顔を上げると、目の前にグミが勢いよく突っ込んで来てくるところだった。

 そのまま体当たりをしかけてくるグミを避ける暇もなく、ハアトはそれを顔面で受け止めた。


「わぷっ!」


 その勢いに、一瞬、交通事故にあうかのような衝撃を予感したハアトだったが、訪れた衝撃はわずかなものだった。

 ボヨーンと弾力がたっぷりあるおかげで、全く痛くない。

 硬めの枕をぶつけられたくらいの衝撃だ。痛みの小ささに逆に驚く。


「こ、この~……!」


 痛みはなくとも、腹は立つ。

 剣による一撃は全く聞いておらず、無傷をアピールするかのように跳ね回る姿に余計に苛立った。


 同じ失敗をしないよう、今度は横なぎに剣を振るう。

 グミの体当たりに合わせるように、子供の頃に遊んでいた野球のバッターの要領でフルスイングをお見舞いした。


 跳ね飛ばされたグミが水切り石のように地面を数回転がって、だがすぐにまたハアトに向かって跳ねてくる。 


「な、なんだよお前は!?」


 まるでダメージを受けている様子のない相手に、思わず問いかける。

 当然ながら答えが返ってくるわけでもないのだが、返事の代わりのようにまた体当たりを仕掛けられた。

 痛くもないので剣でペチンと跳ね返す。


「あ、もしかして……」


 グミが跳ねてくる。跳ね返す。

 ペチン。ペチン。


「お前、クソゲーに良くいる物理攻撃が効きにくいタイプか……?」


 そういえばと脳裏によぎったのはクリアしたばかりのクソゲーだった。

 序盤の敵にそんなタイプがいたような気がする。

 主人公が中盤まで魔法を使えないため、逃げまくるか雑魚戦とは思えない長期戦を繰り返すかという陰湿な二択を迫られるという、序盤からクソゲー全開の仕様だった。


「って、それってまさに今の僕じゃないか……」


 何度跳ね返しても戻ってくるグミをドリブルするように地面にペチペチと叩きつけながら、自分の状況を思い返す。

 魔法の話などは受付嬢の口からは聞かなかった。

 勇者というくらいだから、何でもできる万能な職業なハズなのだが、何かないのだろうか。


 あらためて自分のステータスを開いてみるが、スキルの項目には「なし」の二文字だけが青白い線で光っていた。

 少なくとも今は使えないという事だろう。


 グミでドリブルをしながら考える。

 逃げる事は可能だろうか。


 意外にもこのゲル状生物の動きは速い。だが、走ればすぐに突き放せそうな速度ではある。


 というより、このモンスターはどれくらい自分を追いかけてくるのだろうか。

 ゲームなら、ある程度の距離が離れたり、あるいは決まった範囲から抜ければ追ってこないことが多い。

 たとえば、この部屋から抜けて通路まで戻れば追いかけてこないかもしれない。

 あるいはもンスターに視界が設定されているゲームなら、視界から消えたら諦めるなんてパターンもあったハズだ。


「……試して、みようか」


 逃げきれなかったとしても、ダメージというほどの攻撃もしてこないから平気だろう。


 ハアトはまず、フロアごとに行動範囲が固定されていないかを調べることにした。

 グミをドリブルしながら、もと来た通路に戻ってみる。


 通路に戻り、ペチンとグミだけを部屋に戻す。

 部屋の地面でバウンドして、グミが戻ってきた。

 ハアトを狙っているという事だろう。


 ならば、と次は距離を調べてみる。


 部屋の真ん中までドリブルで進むと、グミを剣の腹で吹っ飛ばし、自分はその反対の方向へと一気に走る。

 グミが跳ねながら向かってくるが、速度はハアトの足の方が上だ。

 そのまま部屋を出て、ちらりと中を振り返ってみる。

 やはり追ってきている。


 小さな体を跳ねさせながら追いかけてくるその姿を見ていると、なんだか良くなついたペットを見ているような気持ちになってきて、ハアトは頭を振った。

 いやいや、相手はモンスターだ、油断してはいけない。

 愛着なんてわかせてる場合じゃないのだ。


 部屋の先の通路は再び曲がり角になっていて、ちょうどいいので視界から消えたらどうリアクションするのかも試してみる事にした。

 曲がり角の先でしばらく待つと、ペチーンと壁にグミが突っ込んできた。

 しっかりハアトを追っているらしい。


「うわっ。まいったなぁ、これ……」


 剣の先でグミをペチペチとドリブルさせながら、ハアトは心底困った。


 他のモンスター全てがそうとは限らないが、少なくともこのモンスターはひたすらハアトを追ってくるらしい。


「もう倒せないじゃないか、おまえ……」


 ハアトはそのグミにすっかり愛着を持っていた。

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