35話
確かに特別依頼をするのは洸ちゃんの為だけど、春が来たとかの感情ではない。断じて…多分だけど。
私だって、洸ちゃんに対してのこの感情が何なのかが良く分からない。
前世での忘れてしまっていた初恋を、唐突に思い出して混乱していると言う感情の方が大きいだけだと思うし。
それに私だって、前世の奏とは全く一緒の人間ではないのだから。洸ちゃんに対しての今の感情は、気に掛けている弟に対する様なものだと思うし。今の私にも前世の奏にも弟なんていなかったから憶測でしかないけど。
「洸ちゃんに対して堂々とアドバイスできるポジションと、低ランク者の実力をキチンと把握してもらう為の処置だから。」
「ふ~~ん。」
ニヤニヤしながら私を見つめ返すターニャ。私が言った事を全く信じてないな。
これだと、今日の洸ちゃんの依頼内容とかを聞けば更にニヤニヤされるのがオチだな。夕ご飯を食べる時にでも、洸ちゃんから話を聞こう。
そうと決まれば、宿屋に帰るかな。洸ちゃんは何時ぐらいに宿屋に帰って来るのかな。湯屋に行っちゃっても大丈夫だろうか?まぁ、なる様になるでしょ。
「特別依頼の話も出来たから、私はそろそろ宿屋へ帰るから。」
「分かったわ。私もそろそろ受付業務に行かないとね。
ダンジョンから引き揚げてくる冒険者が多くなる時間だから、忙しいだろうし。」
「もう、そんな時間!?忙しい時間帯にゴメンね。」
「途中で私が居なくなったのが原因でもあるから気にしないで。業務後にアリスさんにしっかりと絞られるから。」
笑顔で恐ろしい事を言ってるけど。若干、引き攣った顔の私を置いて、ターニャは颯爽と打ち合わせ室から退出していった。
あの2人の関係を考えるのはやめよう。何となく精神衛生上宜しく無い気がするし。
打ち合わせ室を出て、ダンジョン帰りの冒険者で溢れるギルドを後にした。
宿屋までに歩く道すがら、そう言えば紙とか筆記用具が手持ちに無いから用意しないと。
一昨日、石鹸を買った雑貨屋に紙とかも置いてあったから、そこで買おう。
でも、最大で50人弱も特別依頼を受ける人が居ると、この近辺の薬草・毒草・魔物図鑑を全員分を作ってあげる気がしない。それに、私が鍛冶師の傍らで、13年間冒険者をしてコツコツと蓄積して書きだした物をそのままあげるのは、相手にとっても良くない事だよね。せめて、書き写す程度でも努力はするべきだろうし。
うん、口頭で説明して、メモを取るなり質問してくるなりした子に書き写させてあげよう。ただ、字が読めない子がどれくらい居るのかが問題だけど。
「お帰りなさい、ティナさん。
何か考え事ですか?そうそう、コースケさんでしたっけ?先にお帰りになってますよ。」
「ただいま。教えてくれてありがとう。
考え事は、まぁ色々と?」
「階段の上り下りの時の考え事は気を付けて下さいね。」
「気を付けるよ。ありがとう。」
考え事をしてたら、いつの間にか宿屋の扉を開けて中に入っていたみたいだ。そりゃあ、リリちゃんが階段に気を付けてって言う訳だよね。
部屋の扉の前に着いたのでノックをしてみる。今日は起きているかな?
「ティナ、お帰り。」
「ただいま、洸ちゃん。誰が来たか確認する前に扉を開けるのは良くないよ。」
「大丈夫。アークがティナだって教えてくれたから。」
「だったらいいけど。でも、ちゃんと確認してからの方が良いからね。地球とは違って治安が良くないんだし。」
「分かってるよ。ティナ以外は確認してから開けるし。」
今日は、ちゃんと起きていた様ですんなりと扉が開いた。私だったからってちゃんと確認せずに扉を開けちゃうのはちょっと心配だな。まぁ。中位の水の精霊であるアークが付いてるから大丈夫だとは思うけど。
「そうだ。今日も洗濯してくれたんだな。ありがとう。次やる時は一緒にやらせて。
洗濯の仕方が分からないから。」
「了解。夕ご飯の前に湯屋に行って来るけど洸ちゃんはどうする?」
「俺は今日もパス。
夕飯は一緒に食べたいから、中庭で鍛練して水浴びして待ってるわ。」
「じゃあ、湯屋に行って来るね。」
「行ってらっしゃい。」
一度部屋に入って、湯屋に行く為の準備を簡単に済ませ、湯屋に向かう。
今日は一緒に夕ご飯を食べるなら、お酒は控えないと…、湯屋で軽く1杯飲んでから帰ってこよう。
ふはぁー。今日も良いお湯でした。そして、お風呂上がりの1杯は格別だね!
さて、洸ちゃんもお腹を空かせて待ってるだろうから、早く帰らないとね。
宿屋の扉を開くと、丁度階段を上ろうとしていた洸ちゃんと行き会った。
「洸ちゃん、ただいま。
水浴びしてさっぱりしたって感じだね。」
「わっ!お帰り。
このまま夕飯食べに行く?」
「そうだね。このまま行った方が楽だもんね。
今日の夕ご飯は何だろな~♪」
「…ティナのテンション何だか高くない?」
「そ、そんな事ないと思うけど。」
今日はちょっと酒精の強いお酒を空きっ腹で一気飲みしたからな。ほろ酔い気分になってるのかも。
洸ちゃんにばれない様にしないと。洸ちゃんも飲みたいってなったら困るし。未成年者飲酒、ダメ絶対。…この世界では関係ないけど、気分的な問題だけだったとしても。
「ふーん?ま、腹減ったし早く行こう。」
何を疑っているのでしょうか?洸祐さん。
食堂に入ると、魚の焼けるいい匂いがする。今日のメイン料理は魚なのかな。
「ティナさん、コースケさん。直ぐに夕ご飯をお持ちしても大丈夫ですか?
お酒などのお飲み物は如何しましょうか?」
「お酒は今日は大丈夫。」
「ティナって確か成人してるんだよな?俺に気を使わないで飲んでいいよ。
ドワーフって大酒のみってイメージあるし。」
「確かにドワーフだからお酒大好きだけど…。洸ちゃんだって飲みたくなるでしょ?」
「未成年だから、我慢するよ。それに、お酒何て飲んだら絶対明日の朝起きれないだろうから。」
「じゃあ、遠慮なく飲ませてもらうよ?
リリちゃん、昨日と同じワインでお願い。夕ご飯と一緒でいいよ。」
「畏まりました。コースケさんはお飲み物はどうされますか?」
「えっと、俺はお茶をお願いします。」
「畏まりました。ティナさんのと同じく夕ご飯と一緒にお持ち致します。」
「ありがとうございます。」
リリちゃんは注文を受けると、厨房へと入って行った。リリちゃんが厨房に入って行く姿を洸ちゃんは目で追っているけど、これはもしかして。
「洸ちゃんって、リリちゃんみたいな子がタイプ?」
「なっ!?」
「可愛い子だよね。しかも胸も大きめだし。」
「胸って、ティナおっさんみたいだぞ。」
「なっ、おっさんって。私は花も恥じらう18歳だよ。」
「花も恥じらう18歳は、もっと華奢で守ってあげたいと思うような雰囲気が無いと。
あんな大剣を軽々振り回せないと思う。今日見た冒険者の中で、一番の大剣持ってたのティナだし。」
「うぅーー。」
言い返せない。私より大きな大剣を使うのなんて、王都の冒険者の大剣使いのダラスしか見た事ないし。2m越えした筋骨隆々の大男なんだよね、そのダラスって。そんなのと一緒扱いされるなんて…確かに花も恥じらえないわ。
「お待たせ致しました。本日の夕ご飯です。」
ナイスタイミング、リリちゃん。これでこの話をはぐらかす。
「ありがとう、洸ちゃん冷めない内に食べよう。」
「そうだな。ありがとう。」
洸ちゃんがリリちゃんに笑顔でお礼を言っている間に、胸の前に手を組んで、豊穣の女神に祈りを捧げる。
今日のメニューの川魚の焼き魚は脂がしっかりとのってて美味しそう。
洸ちゃんも祈りが終わったみたいだから、早速いただきま~す。
う~ん。バジルソースが良い引き立て役になってるね。今日も美味しいぃ。
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