17話
食堂に着くと、宿屋の女の子がすぐに駆け付けて来た。
「おはようございます、お姉さん。朝からすごい鍛練してましたね。」
「おはよう。あれ見てたの?」
「宿屋の朝は早いですから。
朝食は2種類から選べる様になっています。野菜をふんだんに使った麦粥かガッツリとしたお肉を使ったサンドウィッチです。どちらにされますか?」
「私は、ガッツリのサンドウィッチで。洸ちゃんは?」
「…サンドウィッチに惹かれるけど、これからティナに吐く程鍛練されるらしいから麦粥でお願いします。」
「畏まりました。」
女の子は綺麗な礼をして立ち去っていく。そういえば、名前聞いてないから、宿屋の女の子としか言いようがないな。
空いている席に着くと女の子に似た顔立ちの妙齢の女性がやって来た。あの子のお母さんかな?
「昨日は、リリが高価な物を頂いてしまった様で申し訳ありません。」
「いえ、私が無理に渡してしまった様な物ですから、気になさらないで下さい。それよりも名前はリリちゃんって言うんですね。」
「あの子、あんな高価な物を貰っていて名乗りもしないだなんて。ちょっと再教育をしないと駄目ね。」
「お母さん。そんな再教育だなんて…。あんな地獄みたいな教育はもう受けたくないよ。」
「お客様の前で。やっぱり再教育ね。
お騒がせして申し訳ございません。」
「申し訳ございません。」
リリちゃんが私達の目の前に料理を並べから、お母さんに倣うように45度のお辞儀をする。
私何も気にしてないんだけど…。逆にこの空気が居た堪れない。
「気にしていないので、顔を上げて下さい。お願いします。」
「私としたことが、お客様に気を使わせてしまいました。
これ以上ご迷惑になる前に失礼します。」
「お姉さん、迷惑かけてごめんなさい。
お母さん、ちょっと礼儀作法に厳しい人で。」
「大変そうだね。私もお祖父ちゃんと父さんに仕事中の言葉遣いと態度は厳しくされたのが懐かしいな。
そうだ、これからはリリちゃんって呼んでいい?
私の事は、お母さん近くに居ない時なら名前で呼んでいいから。ちなみに、ティナって名前だよ。」
「ティナさんですね。
あ、料理が冷めない内にお召し上がり下さい。これはお父さんが作った料理ですが、とってもおいしいですよ。」
「ありがとう。豊穣の神に祈りを、そして今日の力への感謝を。」
そう言った後に、洸ちゃんの方をチラッと見てこちらに意識が向いていないことを確認してから小声でリリちゃんに付け足す。
「別料金払うから、このサンドウィッチをもう一食分頼んでもいいかな?
鍛錬後にお腹が空くだろうからね。」
「分かりました。料金は昨日のアクセサリーの事があるので、今回はサービスさせて頂きます。
そうでないと、母も私も頂きすぎだと納得が出来ませんから。
サンドウィッチは、鍛練後に食堂に取りに来てください。父に伝言を残しておきますので。
それでは失礼します。」
リリちゃんも一礼してから、他のお客さんの元へ向かって行く。
さて、私も早速食べよう。
う~ん!お肉にしっかりと味味付けがされていて美味しい。香辛料も何種類か使ってるみたい。それに、お肉だけじゃなくて新鮮な野菜も入っていてそれも美味しい!
本当にここの宿屋は当たりだわ。
洸ちゃんも、野菜たっぷりの麦粥を美味しそうに食べてるから、明日の朝も同じメニューなら、麦粥を食べてみようかな。でも、鍛練後だとお腹空いてるから、どうしよう。
明日の朝になってから悩むことにしよう。
朝ごはんを食べ終わったので、洸ちゃんと部屋に戻る。
「さて、それでは鍛練を始めたいと思います。
まずは、ストレッチから。質問はある?」
「大丈夫。ティナは俺がストレッチしてる間は何してるの?」
「見本としっかりとストレッチが出来てるか確認して、出来ていなかったら指導する。」
洸ちゃんが頷いたので、向き合う形で床に座り見本を見せながらストレッチをする。
ストレッチを四半時程した後に、今度は筋トレだ。
「質問。洸ちゃんは普段筋トレとかしてた?してた場合はどれくらいの回数してた?」
「…ゲーム好きの高校生が筋トレとか日常的にしてると思う?
今のストレッチだけでも結構な重労働だったよ。」
「了解。じゃあ、まずは腹筋10回を3セットね。
床に寝っ転がって、ベッドに足を掛けて膝が90度の角度になる様にして腰も足の付け根と90度になる様にね。
そして、背中を丸めながら状態を起こす。手は耳たぶを持って。そうすると、手の力を使わないからね。
息は起き上がる時に吐いて、倒す時に吸う。倒す時も背中は丸めながら倒してね。
はい、いーち…。」
「え、ちょ…待って!」
私が数を数え出したので、慌てて体制を整えて言われた通りに腹筋をしだしたけど、5回目ぐらいで辛そうな顔をしている。
完全なる運動不足だね。
その後何とかノルマの10回3セットを終わらせ、腕立てと背筋、体幹トレーニングもやってもらった。室内でやる分が終わった時にはかなり辛そうになっていたけど頑張ってもらう他ない。
この世界はゲームじゃない。魔物や盗賊に襲われれば死んでしまう事も多い。そして、リスタートは無い。
レベルがあっても、私はあくまでも強さの目安だと思ってる。
だって、同じレベルの人が居たら、何が強さを決めるのか。それは、その人が持つ体・知識・勘が物を言うと思うのだ。
だから、ただレベルを上げるのでは無く、体も鍛えそして知識も蓄える。それがこの世界で生き延びるコツだと思っている。
だからこそ洸ちゃんには、理不尽に連れてこられた世界で、寿命を全うしてもらう為に、一から鍛え、この世界の事を教える。
それが、前世で洸ちゃんの幼馴染だった私が出来る唯一の事だと思う。何時かは別れの時がやって来るんだから。
「さて、室内での鍛練は終わったから、これから中庭に出てさらに鍛練するよ。」
「まだあるのかよ…。」
「次は走り込みと、剣の基本を教えるから頑張れ。」
「……走り込みか。」
「ほら、サクサク移動するよ。」
部屋を出ると、項垂れながら洸ちゃんが続いて出てくる。
ストレッチと10回3セットの筋トレと体幹トレーニングでこんなに項垂れられても。これからが本番だよ?
中庭に出て、洸ちゃんが絶望する様な事を告げる。
「これからこの中庭を半刻…約1時間走り続けてもらうから。
流石に、洸ちゃんだけ走らせるのは可哀そうだから、私も一緒に走るから安心してね。」
「い、1時間!?正気かよ。」
「正気だよ。
この世界の庶民は体力が無いと務まらないから、基本はしっかりと時間かけてやらないとね。
ペースは流石に洸ちゃんに合わせてあげるから。じゃあ、スタート。」
洸ちゃんは顔を引き攣らせながら、少し遅めのペースで走り始める。最初からペース早かったら、半刻後まで走り続けられないから良い判断だね。
「洸ちゃんお疲れ、1時間たったよ。
急に立ち止まらないで、そのまま中庭を1周歩いてから止まる事。」
洸ちゃんは、私を見る事も頷くこともせずに中庭を1周歩き、歩き終わった所で倒れ込んだ。
「み、水…。死ぬ。」
『任せて!ご主人様』
洸ちゃんの言葉を受けて、アークが洸ちゃんに水をぶちまけた。
うん、ちょっと量が多いよアーク。
私は洸ちゃんに乾いた手ぬぐいを渡し、引き起こす。そして笑顔で洸ちゃんを地獄へと突き落とす。
「息が整ったら、次は剣ねー。」
「俺を殺す気かーーー!!」
それだけ元気があれば死なないよ。
お読み頂きありがとございます。




