いらっしゃいませ!
街で一番高い教会の塔から鐘の音がとても遠くまで響きそうな音で鳴り響いて正午を知らせた。通りを行き交う人々もほとんど気にも留めないいつもの音なのでこの鐘の音に耳をすませるのは暇人か、物好きか、もしくはこの街を始めて訪れる、田舎から来た駆け出し冒険者ぐらいだ。
もともとこの街には冒険者が多く、新米の冒険者はよくこの街を拠点にして、魔物の討伐だとかダンジョンの探索だとかに出かけて行く。
そんな街なので、この街にやって来るのは冒険者が多く、つまり男が多いが、それでも冒険以外の目的でも結構女性がやって来る。
そしてそんな女性の一人、コーン・カンナもまた、この街の鐘の音を聞いていた。
「あーっ!もう12時だよ!」
カンナは正午の鐘を聞いて約束の時間が来てしまったことを知り、手に持っていた地図を片手でぶんぶん振り回しながら泣きそうな声で叫んだ。
そして地団駄を踏んで自分を落ち着けると、また地図とにらめっこを始めた。
「えーと、あっちがこうで、ここはこうで…うーんどこだろう」
これじゃ迷子みたい、とカンナは思った。
もうこの道は何度か通った気がするし、もう30分は同じ所をぐるぐる回っている。
そして自分で探すのは諦めて人に聞くことにして、今近くを通った女性に声をかけてみた。
「あの、私、お店を探してるの。」
「はあ、何の?」
高校生ぐらいだろうか、彼女はカンナの問いに対して当然の返答を返した。
「食べもの屋さんなんだけど、ハンバーグとかエビフライとかがある。」
「ハンバーグ?」
「うん。あとエビフライとか。」
「ハンバーグ、エビフライ・・・洋食店ですか?ならおすすめの店があります!」
彼女はすこし考えるそぶりをして、やがて洋食店というところでテンションが上がって、カンナをおすすめの洋食店に連れて行こうとした。
「でももう12時過ぎてるし、早く店に行かないとテイラーさん心配しちゃう。」
「テイラー?」
「うん、今日からテイラーさん家にお世話になることになってるの。テイラーさん家お店もやってるんだけど。」
「あ…あの話の人…ならちょうどいいですね、私がテイラーです。今から店に帰るとこなんです。一緒に行きましょう。」
彼女は何かを思い出し、そして納得した様子でそう切り出した。
「私、テイラー・レンです。これから家の部屋を借りるんですね。えっと…カンナさんですか?」
レンは軽く自己紹介をして、するとカンナも「私は、コーン・カンナって言います。」と名前を名乗った。
「それにしてもすごいと思わない?たまたま出会って道を聞いた人が実は同居人だったなんて!」
カンナは自分の名前だけ言うと「すごいと思わない?」と言いながら、レンの腕を取って大きく上げ下げして感動を伝えようとした。
「カンナさん。痛いからやめて下さい!」
「あぁごめん。でもほんとにすごいと思うの!なんか運命感じちゃう。」
カンナはレンの腕から手を離したが、それでもまだ興奮して一人でぴょんぴょん跳ねていた。
「そんなことよりいいんですか?たしか父との約束の時間は12時でしたよね。」
「あ!忘れてた。レンちゃん、案内して!」
言うと同時にカンナは走り出した。
「待って下さい!お店はこっちですよ!」
それを聞いたカンナは走るのをやめると、回れ右して今度はさっきと逆方向に赤面しながら走り出した。
「ちょっとカンナさんっ!一人で行くとまた迷子になりますよ!」
こうして少女、コーン・カンナの新たな街での暮らしが始まった。