あらま、破棄ですか?
「お前との婚約を、なしにしたい」
「ご、ごめんなさい!私、この人が、すきなんです!!」
麗しの美貌らしい婚約者は、よくわからない凡庸な女を連れて、私に頭を下げに来た。
まあ、場所がよくないわね。ここは、私が通う女学園の校門前なのだから。
本当に目立って仕方ないわ。こらこら、そこの生徒さんが困ったようにオロオロしてるでしょ?まあ、こんな時間に登校してくる遅刻した彼女が悪いのだけれども。
今、二時間目ですわよ。
私だって、門番さんからお呼ばれしなければ、今頃退屈な数学の授業に耐えてるころなのだから。
ああ、本当に距離的に校舎から校門まで見えないからまだ良かったわ。
それにしても、この方は何を勘違いしているのかしら。とにかく、まず、それを正す必要があるわね。
「あの、私ではなく、親を通してくれません?」
貴方との婚約は、親が勝手に決めたことなのだから。私たちがどうにか出来ることでもないの、わからないのかしら?
あ、門番さん、そんな驚いた顔しないでくださいな。
ご紹介が遅れましたわね。
私は、四宮 雛恵と申します。
ここ、百合城女学園の二年生でございます。
……少し堅苦しいかもしれないのですが、ご容赦を。あまり、砕けた口調の経験値数が少ないものでして。
さてはて、今さっき驚いたようでした二人を残して私は教室ではなく、職員室に向かうことにいたしました。
お家騒動起きるかもですし、しかも相手はホワイトレイクの御曹司……ぶっちゃけ?、厄介?、ああ凛々子ちゃん、私には現代口語が難しいですわ。
「というわけなのです、先生」
「四宮、お前、悲しくないのか?」
「いえ、全然。私は大学生で恋愛を謳歌し、行く行くは愛する人と大恋愛のうち結婚するのが夢でしたので、婚約者がいなくなると清々するという思いでいっぱいですわ」
「驚きの発言だな。というか、大学付属行くんじゃないのかよ」
「はあ?何を好き好んで、幼稚園からほぼ女子しかいないこの学園に大学まで居なければならないのですか。理解に苦しみます」
「この前提出した、第一志望…ここじゃ…」
「ふんっ。親の手前ですわ。言っときますが、私が行きたいのは国立久世国際大学です。A判定でしたし、ほぼ行けるでしょうしね。あとは、ここのテストをつるりと落ちるだけですわ」
「……お前、何故国立でも中盤で、ここよりも低いそこの大学なんだよ。つるりって、わざと落ちるつもりだろ」
「当たり前でしょ?行きたくないのですから。家から遠いからですわよ。私は、アルバイトも、塾も、他校との恋愛も、夢でしたのに、こんな僻地の厳格なお嬢様学校、しかも、全寮制!!もう辟易しています!!」
先生は唖然とした表情でこちらを見ている。まあ、それに、私一人が落ちこぼれても上にも下にも合わせて六人「お嬢様」な姉妹がおりますし、我が家は大丈夫でしょうね。
……まあ、婚約者に粉かけてる女がいるとは以前から彼方に通う明子姉様から悪意たっぷり含んだ言葉で聞いてましたしね。
私としては、破棄についてはどうでもいいです。けど、これで作戦が先に進めるのですから。
「とにかく、外出許可を。一大事ですの」
まずは、この顔だけ担任から外出許可を頂くのが先決ですわね。
とりあえず、制服のまま私は電車を乗り継ぎ、自宅前に向かう。
車呼べばいいのかもだが、生憎待っていたら逆に遠回りになるので、地下鉄を乗り継ぎ、最寄り駅からタクシー。
お陰で、婚約者よりも早く到着した。
ただ、帰宅を伝えるのを忘れてて、使用人には、悪いことをしましたわ。本当に。
突然の、全寮制通う滅多に帰ってこない四女の帰宅とか、心臓に悪いわよね。大丈夫、わかってるから、頭下げないで。謝らないで。お出迎えとかも、本当にどうでもよいから。
「お帰りなさいませ、雛恵お嬢様」
「金崎さん、10人分のお茶と菓子の準備を。あと、今日は両親が早く帰宅するから皆に伝えて」
「わかりました」
金崎は、すっと退席する。そして、数分後両親が血相を変えて帰宅。その数分後に婚約者の両親、婚約者とその彼女の順番で我が邸宅に到着した。
「あら、皆さま、遅かったわね?」
「雛恵、本当なの?破棄ってどういことなの?」
「白川代表、どういう訳か説明していただけますかな??」
お母様は、相変わらずのどぎつい化粧が涙で悲惨なことになっている。対照的にお父様は表情一つ変えない。まあ、娘の心配よりも会社の繋がりのが大事でしょうし、私も理解しておりますわ。
「私も、息子から先ほど聞かされたばかりで」
「私もです」
白川ご夫妻は、困ったように笑っているが、家族ぐるみで彼女と仲良いことはとっくに知っていますがね。明子姉様のいらぬ悪魔の囁き(笑)せいで。
「とにかく、破棄していただきたい。俺は、歩花以外と結婚したくない!」
「私も、竜也さんと結婚したいんです!」
父親同士の話し合いに、婚約者と彼女がお熱い惚気を主張し、混線しているのをただただ紅茶を飲みながら見ている。
お母様は、彼女に汚らわしいやら、売女やら吐いてるけども、それ自分の首を絞めてるのと同じですからね。
あちら側も息子を試しているようにしか見えませんが、感情論でこの場をどうにかしようという考えは浅はかですこと。
彼女さんは、まあ可愛らしいわ。中の上くらい?
ああ、私も、共学だったら、もっと楽しかったのに。もしかしたら、私が恋人を連れて……ああ、でも凛々子ちゃんに会えなくなるのは嫌ですけどもね。
なんて、ふわふわと思考を漂っていたら、いつの間にか婚約者の矛先が私に向いたようで、鋭い視線をこちらに向けていた。視線があったので微笑んだら、凄い形相で睨まれた。全く、顔くらいしか長所がないわね。
「おい、雛恵。お前もなんか言ったらどうだ」
「あら、嫌だわ。私にも、発言権があるのね」
「仕方ないがな…」
「そうね…
私は、破棄していただきたいわ」
あ、母親が失神してしまった。父親も眉が少し動く。あちら側は大層驚いているし、無愛想な婚約者と恋人も目を見開き気味だ。
ゴネるとでも思ってたのかしら?それとも絶望で泣きわめくとか?まあ、そんなことどうでもよいことですけど。
「寧ろ、遅かったくらいだわ。
出来れば、中学生の頃に言って欲しかったわ。
私はね、下請けだから拒否をすることが出来なかっただけなのです。
貴方が恋に目覚めたら簡単に棄てられる立場であることを、昔から理解しております。
ただ、私にも生活があります。父の会社にも何千人の生活がかかっております。
なので、婚約を破棄するならば、婚約者として縛られてきた五歳からの十一年間の代わりとして、より一層の会社同士の繋がりを求めますわ。
どうですか?それとも、小娘の戯れ言だと踏みにじり、棄ててしまいますか?
それならば、私はそれ相当の手順を踏むことにしますわ」
ソーサーにカップを置く。砂糖が山のように沈んでるが見なかったことにしよう。いつものことだ。
とにかく、婚約者達は一切見る必要はない。これを決めるのは、一番位の高い白川代表なのだから。
「ああ、わかっている。会社との繋がりは今まで通り続けよう。寧ろ、十一年間君を縛り続けてしまい悪かった……。
昔から思っていたが、やはり雛恵ちゃんは愚息のことを、もう、どうとも思っていなかったのだね」
代表は苦笑いすると、やっと我が家の紅茶に手をつける。奥さまは驚きながらも、すまなそうにこちらを伺っている。
私を婚約者と決めたのは、奥さまなのだから。あのなかでお行儀よく、一番大人しい私を選んだのだ。本能的に息子の邪魔にならない女を。
その息子である婚約者は、横暴ですぐに私を馬鹿にする所謂「クソガキ」だった。最終的には見向きもされなかったし、会いに来て遊ぶなど一度もなかった。そのお陰か、この下半身バカとしかいいようがない婚約者から、無事に純潔も守りきれたのですから。
……勿論、最初は好かれようと頑張っていましたわ。けど、恋愛ドラマや映画を観ることで正常な感覚を取り戻した為、一切努力しようとも思わなくなりました。本当に凛々子ちゃんに出会わなかったら、私はどうなっていたのかしら。
無様に醜く、彼にすがり付いていたかもしれないわね。
……気持ち悪い。
「お父様、私の役目は終わったでしょ?私はもう自由にしてよろしいかしら?」
「何?」
さて、今までのは茶番。
私の勝負はここからなのよ。ああ、これから先イチャイチャしたら、流石に頭の上から紅茶をかけてあげますからね。
誰のせいで今まで私が彼氏が作れなかったのか、わからないのかしら。
そんなことを臆面にも出さず、ただにこやかに私は父親へと向き直す。
「ねえ、お父様。
私は、白川との繋がりのために頑張って来ましたわ。それこそ、令嬢として、妻として、いつかは母として、役立つように。
でも、もう何かない限り、このまま二つの繋がりは半永久的だわ。
もう、私の役目は終わったでしょ。
ならば、私は、自由になるべきよ。」
今の私は、今までで一番優雅であろう。
「お父様、大学に入学したら、縁を切っていただけるかしら?もう、婚約破棄になって恥ずかしくて家にいれないわ。
婚約破棄になったような恥さらしなんて四宮にはいらないでしょ?」
ただ、にこにこ笑う私の言葉に、お父様は流石に顔がひきつっている。
「どういうことか…」
「言葉通りよ。一度、婚約破棄になった娘なんてもう価値がないのと同然。
白川代表も知ってるでしょ?保呂のおば様、婚約破棄になったせいで縁談がその先纏まらなくて苦労したの。寿さんに嫁いで幸せになったけれど、私も同じ状況なの。
今は、そこまで女性が家庭に入るべき時代でもないわ。柵なんてもうないのよ。
ならば、もう良いでしょ?私は、普通に生きたいの。学費もお小遣いとアルバイトでもして稼ぐし、この家の敷地も跨がない」
「もう、自由に生きさせて。私の十一年間返してよ、パパ」
「……縁を切ることは許さない。ただ、もう口出しはしない」
私は今日この日を、解放の日と呼ぶだろう。
下半身男は、イチャイチャするのを止め、なぜだか唖然とこちらを見ていた。
※婚約者とより戻すことはありません。
※三女→四女に変更しました。
まあ、これも正しくはないのですが、こう記しておきます。