第一章
第一章
一面の砂。
この山を除いて、地平線まで砂だけの世界は続いている。この山だけ、緑が残っている。他には見渡す限り砂しかない。
三年前にはこの砂は無かった。ここはいわゆる砂漠ではない。暑くも寒くもない、ここでの気温は昼夜問わず常に25度だ。
この山には緑がある。草、花、木。それぞれの葉や枝が風が吹く度に揺られこすれ合う。普通の山だ。
周りの砂とこの山を除き、もう一つだけ特記すべき場所がある。この山の南西のはずれにあるカフェだ。山から一直線に伸びたブリッジの先で半球型の透明のリアクションに囲まれた中にそれはある。カフェは砂の海の上に浮いているかのように建てられており、リアクションはカフェを周りの砂から保護する目的の為にあるように建物一帯を覆っている。
カフェ、ブリッジ、リアクション、これらは僕らが知らされている呼び名である。彼らは本当の名前を持っているのかもしれないが、僕らの中ではそう呼ばれている。カフェは建物のその小洒落た外観からつけられた呼び名だろう。実際にカフェなのかどうかは分からない。少なくとも僕らが定義するようなカフェとしての機能はしていない。そこには人はいないのだ。
僕は携帯でその日のニュースをチェックしながら、学校から自分の家に向かって歩いていた。僕の通学路にはバースが1カ所あり、どうしても注意して飛び越えなければならないので、そこだけは携帯から目を外し、バースに触れないように気をつけて飛び越えるようにしている。
バースとはこの山の各地に点在している直径1メートル程の立ち入り禁止区域のことである。バースはさなぎのようなものだ。この山の人間は何かのきっかけでこのさなぎになり、そして羽化する。生まれ変わるようなその行程からバースと呼ばれるようになった。バースが始まると地面に穴が出来、さなぎはその穴の中で羽化を待つ。僕らがバースを注意をしなければならない理由は、バースに触れた者は皆、後日どこかへ消えてしまう為である。この仕組み、ミステリーはよく分からない。僕らが出来る事は、ただ避ける事、それだけだ。
バースを飛び越えた僕は、再び歩きながら携帯に目を向けた。
およそ3時間前、学校では昼休みの時間だ。学生同士の喧騒の中、今日も勇者勧誘の妖精達が教室に現れた。
妖精の勇者勧誘はこの1年で大ブレイクした。かつては体力の無いオタクにしか勧誘出来なかったものが、 スマートフォンの普及により多種多様な人材を対象にすることが出来、様々な成果を上げられる勇者が現れるようになったのだ。各業界のスポンサーもつき、妖精側のアプローチは日に日に進化していった。僕らが普段使うwebサービスから個人の趣味嗜好をデータ化し、それに合わせた妖精がターゲットの前に現れる。その姿はモデルやアイドルの様なものからイケメンまで。
僕の前に現れる妖精はいつも勧誘をしてこない。大体が社会の中で健気に頑張っている様をアピールして帰っていく。しかし、今日の妖精は何かいつもと違った。どこが違うのかは分からない、けど確かに違った。勧誘を断るのは無視をすることが一番だが、今日は一瞬だけ気を奪われてしまった。
妖精と契約をするのは情報弱者がする事、これは学校の中でも一般的な見方だった。9割9分の新規勇者が目的に挫折、放棄をし、享楽に甘んじ、1分の既存の勇者と運営が彼らから搾取をする。もちろん新規勇者が一躍スターになることもあるが、それは運以外の何物でも無い。そんな中、契約はしなかったとは言え、ひと時でも普段自分が卑下している弱者の立場に立ってしまった自分を思い返し、帰路の中自責の念に駆られた。
しばらくすると家についた。
「・・・・・・・・・」
僕はただいまを言わない。母もおかえりは言わない。というより、会話をする事が出来ない。
先週、母はバースになった。