~第三話~アークライド家
ライフランド王国の上流貴族だけが住むことを許された地区にあるアークライド家。光属性の魔法で右に出る者はいないとされる名家だ。その家の一室でクライシスは目を覚ました。
「······ここは?」
全身傷だらけでいたるところに包帯を巻いている。そして、何故かクライシスはベッドに寝ていた。
「グッ」
痛みに耐えながらなんとか上半身だけを起こして周りを見た。
高そうな絵画や壺それ以外には棚に本や食器がある。
「貴族の、屋敷か?」
「あら、起きたのですね」
クライシスの正面にあるドアが開くとそこから長い金色の髪を揺らした自分と同じくらいの少女ミーシャ·アークライドが入って来た。
「誰だ。お前は?」
「名前を聞くときはそちらから言うのが礼儀では?」
「生憎だが貴族様に使う礼儀は持ち合わせちゃいない」
クライシスは皮肉を込めて言った。
クライシスは貴族が嫌いだ。いや、貴族というよりも偉い人が嫌いなのだ。
かなり大まかな括りなってしまうがクライシスは権力や地位が高い者を嫌う。それは彼の過去にある。
クライシスが六歳の頃。彼の家は母と妹の三人で暮らしていた。彼の家は貧しくその日その日を食い繋ぐだけで精一杯だった。しかし、彼の住んでいる村の統治をする貴族は傲慢で民からかなりの税金を巻き上げていた。それはクライシスの家も同じだった。
貴族が毎回やってくる度にお金が無いというと鞭で叩かれた。子供であったクライシスとその妹も例外ではない。彼らもいつものように鞭で叩かれる。ただ、その時、彼は妹を守るように彼女に覆いかぶさり彼女の分も鞭を受けていた。その都度彼女は「お兄ちゃん」とすがるように泣いていた。
そんな毎日が続いていたある日。
今日も貴族が来てまた鞭を受けるのだろうと思っていたクライシスだがその日は違った。
「金が無いなら、そこの娘を貰って行くぞ」
貴族はクライシスの妹を連れて行こうとしたのだ。
それをなんとか止めようとする母とクライシスだが、ひ弱な女と子供では到底太刀打ちが出来ず妹は連れて行かれた。
母親は悲しさの余り涙を流し、クライシスは悔しさの余り涙を流していた。
しかし、その日の不幸はそれだけでは終わらなかった。
「魔物だ!!」
村にモンスターの大群が襲って来たのだ。その量は村の自警団だけではとてもじゃないが迎え撃つことが出来ない程だった。
自警団が無理ならば貴族が雇っている傭兵の出番だがその貴族は自分の身を守るために傭兵全員を引き連れて村から逃げた。村を捨てたのだ。
「クライシス、早く逃げなさい!!」
「な!!母さんは!!」
「私は良いわ。あなたは逃げなさい!!」
「そんな······」
「いいから早く!!」
母親の剣幕に押されたクライシスは言われるがままに逃げた。
それからもう十年。今までクライシスは生きるために盗みをし人を騙した。独学で魔法や武術を学んで力をつけた。そして、彼はいつのまにか世界最強の大犯罪者になっていた。
そんな過去があるからこそ彼は貴族、権力、全てが許せなかった。
「助けた恩人にその態度はどうかと思いますわよ」
「助けた?」
ミーシャの言葉にクライシスは耳を疑った。
「お前が俺を助けたのか?」
「正確には私ではなく私の義理の妹ですわ。あなたが路地裏で倒れているところを運んで来たのですよ」
「そうだったのか。・・・・・・まさか、貴族に助けられるとはな。すまない迷惑をかけた」
一応、貴族と言えども助けられた人に対しての礼儀はクライシスにある。
「分かればよろしいのですよ。それよりも何があったのか教えて頂けませんか?あなたの怪我は尋常じゃありませんでしたからね」
「悪いがそれは教えられないな」
クライシスの言葉に少女は怪訝な表情をした。
「何故ですか?」
「お前は知らなかったとしても犯罪者をかくまったんだ。これ以上巻き込む訳にはいかない」
クライシスはベッドから出た。そんな彼をミーシャは目を見開いて見ていた。
「犯罪者って、あなた何者ですか!!」
「言っただろ、教えられないと。繋げろ。【スペース】」
クライシスの前の空間に穴が開いた。
「く、空間魔法!!」
ミーシャは驚いているがそんなもの関係無しにクライシスは空間に手を入れた。
そこから手を抜くとクライシスの手には黒いジャケットが握られており彼はそれを裸の上半身に着た。
「さて、助けてもらった礼だ。俺に係わる全ての記憶を消させてもらう」
「ま、まさか、あなたが──」
「大丈夫だ、痛くは無い。ただ、気絶はするがな」
クライシスはミーシャにゆっくりと近づいて行く。その時、ミーシャが発した言葉に彼は耳を疑った。
「あなたがティアのお兄さんですか?」
「······なん、だと?」
クライシスはその名前に聞き覚えがあった。
「何故、お前が妹の名前を知っている!!」
「やはり、そうだったのですか」
クライシスは足早にミーシャの前まで行き彼女の肩を掴んだ。
「お前はティアの居場所が分かるのか!!言え!ティアは何処にいる!!」
「は、放してください。痛いです」
「言え!!ティアは何処だ!!」
「何を騒いでいるんですかミーシャさん」
クライシスがミーシャに詰め寄っていると部屋のドアが開き黒髪黒目の少女が入って来た。
「ティア!!」
「ティア、だと」
ミーシャが叫ぶと同時にクライシスは肩から手を放し今入って来た少女の方を見た。
少女ティアもクライシスの方を見上げている。
「ティア、なのか?」
「やっぱり、お兄ちゃんなの?本当にクライシスお兄ちゃんなの?」
「あぁ、そうだよ」
「お兄ちゃん!!」
ティアはクライシスに抱きついた。その瞳からは涙が流れている。
クライシスもティアのことを優しく抱きしめた。
「もう、会えないかと思ったよ。お兄ちゃん」
「俺もだよ、ティア。よく無事だったな」
「お兄ちゃん」
ティアはそれから数分兄の胸で泣いていた。クライシスはそれを嫌とはせず彼女の髪を優しく撫でていた。